真っ白に
翌朝。
ぼんやりした状態で、通学路の角を曲がったところで。
「……」
「……」
秀平と顔を合わせた。
ひどい顔をしているな、お前。
――いや、それは俺も同じか。
数拍の間を置いて、秀平が怠そうに片手を上げる。
「おはよー、わっち……」
「……おう。おはよう」
互いに覇気のない挨拶を交わし、学校のほうを向く。
そのまま並んで歩くが、特に会話が盛り上がったりはしない。
代わりに……。
「がふっ……ぐふっ……」
「……」
秀平が定期的に、あるいは不定期に呻き声を上げる。
みっともないからやめろ、と普段なら注意するところなのだが。
「おふっ……」
「………………」
声を上げる元気が出ない。
足取りも口も重い。っていうか体が重い。
気力が湧かない。億劫だ。
回れ右して帰って寝たい。
「おー、おはよう亘。秀平も……おい、どうした!? 二人とも!」
この鍛え上げた腹筋から出たような、低くも柔らかい声は……健治か。
今朝はよく友人と顔を合わせるな。
ここまでタイミングが合うのは珍しい。
「……ああ、健治。実は昨日、TBでな……」
「ゲームで夜更かしか? 秀平はともかく、亘は珍しいな」
夜更かし……夜更かしか。
朝から疲れている俺たちを見て、健治はそう推測したのだろう。
「いや、イベント終了は22時だったし、寝たのは早かったんだけど」
「?」
健治がノロノロと歩く俺たちの横に並ぶ。
っと、車輪の音が後方からしたので俺たちは縦列になる。
近い学区、別の高校の制服を着た生徒の乗る自転車が横を通り過ぎ……自転車、自転車か。
「例えるなら、全速力で走る自転車を追走した気分というか」
「いやいや、わっち。そんな生易しいもんじゃなかったって……どっちかって言うと、車に引っ張り回された感じじゃね? それも、300キロくらい出るスポーツカー的なやつに」
「つまり、なんだ……オーバーペースで疲労困憊? ってことでいいのか? 燃え尽きたと」
再び横に並びながら、健治が俺たちの微妙な例えに頭を悩ませる。
話しているうちに、ようやく俺も秀平も普段の調子を取り戻してきた。
健治に感謝である。
「正解だ」
「さすが筋肉」
「筋肉言うな。お前がヒョロヒョロすぎるんだ」
健治に対して軽口が出る程度には、秀平は元気を取り戻した模様。
ちなみに俺たち三人が並ぶと、細身、中肉、マッチョとなる。
マッチョと言っても、健治は細マッチョの部類に入ると思うけれど。
「――で、具体的にはなにがあったんだ?」
「聞いてくれるのか? 優しいなぁ、健治は」
「さすが筋肉」
「しつこいぞ」
学校に着くまでの雑談のネタとして、俺と秀平は昨夜のことを健治に話して聞かせた。
ジャンルこそ違うが、健治もゲームはやるので話はスムーズだ。
「……へえ。そんなにプレイヤースキルが高いのか、その中学生の子」
要約すると、フィリアちゃんのハイペースに合わせ、イベント終了まで走り込んだ結果……。
物凄い勢いで疲弊した、という話である。
成果はあった――と思いたい。
終了即発表ではなかったので、最終成績の発表までは少し時間がある。
「そうだな。半端じゃないよ、あの子は」
「ありゃ小鬼だよ、小鬼。スーパーストイックゲーマーだね!」
「秀平、お前……横文字のセンスが絶望的だな」
「――あんたたち、邪魔!」
「「「あ、すみません……」」」
話に夢中になりすぎたせいか、今度は背後から迫る自転車に気づくのが遅れた。
慌てて避ける俺たち。
……今の、うちの学校の制服だったなぁ。
あの子は同学年、他のクラスの女子だったかな? 妙に不機嫌そうで怖かった。
並んで歩いていた俺たちが悪いのだけれど、それにしたって言い方がきつい。
「……昨今の女子はパワフルすぎると俺は思うっ! 健治はどう思う!?」
「それは俺も思う。邪魔なら車道を走ってくれ……とも言いづらいよな。逆切れされるし」
ちょっと心が傷ついた様子の秀平と健治が、互いを慰めあう。
俺は道路を行き交う車を見つつ、溜め息をついた。
「はぁ……まぁなぁ。ここは車の交通量も多いから、歩道を走るのも間違いとは言えんし」
「環境が悪いよ、環境がー! 家も、学校も、ゲームまで女子優勢っておかしいでしょ!」
癒しが足りない、潤いが足りないと嘆く秀平。
とはいえ、フィリアちゃんに関しては悪気があったわけではない。
話の流れとはいえ、一緒くたにされるのは不本意だろう。
そんなこんなで前日の疲れを残しつつも、どうにか昼休みを迎え……。
「イベントの最終結果が出たぜ、わっち!」
「うわ、急に元気になったな……」
授業が終わるなり、スマホを片手に秀平が駆け寄ってくる。
こいつ、タイミング的に授業中に結果を見ていただろう……?
結果発表は正午ちょうどだったはずだが、その時はまだ授業中だったからな?
……それはそれとして、突きつけられた画面に目をやる。
トビ……トビ……ランキングの上から見ていくと、すぐにその名は見つかった。
トビ(トッビィ)と書いてあるのがちょっとアレだったが。
「やったぜ! 2位確保っ!」
「おー、ナイス。これが女子中学生に尻を叩かれて得た順位か」
「人聞き悪っ!? 言い方よ、わっち! 言い方!」
「すまんとは思っている」
秀平が周囲を気にするが、俺たちの会話は昼休みの喧騒に紛れている。
誰も気にしていないし、自意識過剰――と思ったのだが。
佐藤さんが変な目でこちら、というか主に秀平を見つつ去っていった。
後でフォローしておくか……と、秀平に視線を戻す。
「襟章、無事に取れたな。ありがとうな。苦労した甲斐があった」
「うん、お互いにね。でさ、わっちの順位だけど」
そっちは別にどうでもいい、と止める間もなく。
秀平が画面をスクロール。
しかし、スクロールした幅はほんの僅かで……。
「6位です!」
「おー」
意外と高い。
最後の数時間はランキングを見る暇もなく連戦していたので、いつの間にやらという感覚だ。
駆け込み需要があったのか、対戦相手が多くマッチングも高速だったし。
「6位!」
「おー」
「……それ、どういう反応なの?」
「うん。フィリアちゃんすげえな、っていう反応」
俺の薄味な反応を訝しんでいた秀平だったが、理由を聞いて納得した様子。
スマホのランキング画面を今度は上に動かし、引きつった笑みを見せた。
そこには1位の名前と獲得ポイントが他より大きく表示されている。
「だ、だよねぇ。俺ら、すげー! ってより、フィリアちゃんすげーってなるよね……なにこのポイント。やば」
「盛大に上から引っ張り上げられたからな。年長者として情けないと思わないのか!」
「わっちもだからね!? 俺だけじゃないからね!?」
RPPは俺たち自身も頑張ったが、フィリアちゃんは積極的に戦闘時間を短く、最終的な戦闘回数が多くなるよう動いてくれた。
ロールプレイに右往左往する野郎どもをよそに、次々と敵を狩り取るという構図だった。
当然、最終順位はフィリアちゃんの独走状態に。
最後までアクセルを緩めることのない爆走だった。
「ま、とにかく秀平。エクストラマッチとやらも頑張れ。俺は気楽に観戦に回るから」
「あ、そうだった。2位に入ったから、それがあった……」
上位に入賞した秀平とフィリアちゃんには、まだイベント最後のおまけが残っている。
上位幹部同士のエキシビジョンマッチという認識だが、どういう感じになるのだろうな?
イベント中は敵対幹部同士の戦いは発生しない仕様だったので、どうなるのか予想がつかない。
まぁ、お知らせの内容からして、勝敗はさほど重要じゃないと思われるが。
「でもさ、わっちにも出場の可能性あるじゃん?」
「6位でか? まさか。ないない」
「いやいや。3位と4位、それと5位が辞退したらわかんないよ? 繰り上げ出場あるって発表されていたし!」
「さすがに出番が回ってくることはないだろ、それは……」
わざわざ上位を取るような人なら、必然的にゲームへのイン率は高い。
そういったイベントにも積極的に出たがるだろう。報酬もあるそうだし。
開催時間が決まっているので、どうしても都合が悪いというパターンがないとは言い切れないが。
……ないよな? 上に三人もいるんだから。