爆弾投下
その後、イベント攻略改善の甲斐あり……。
トビの順位が安定、三位が視野に入ってきたころのこと。
「エクストラマッチ開催のお知らせ……?」
場所は学校の食堂、時間は昼休み。
一早く昼食を食べ終え、スマホを見ていた秀平。
そんな秀平がつぶやいた一言に、俺と未祐は箸を持つ手を止めた。
「あ?」
「お?」
TBのことだろうことはすぐにわかった。
秀平が持ったスマホの画面には、見慣れたTBのホームページ。
その中のお知らせ一覧が表示されていたからだ。
「両陣営、成績優秀者の幹部三名同士でイベント終了翌日20時に決戦を行います。参加者には、勝敗に関わらず“一般継承スキル選択権”を付与……」
秀平が文面を読み上げる。
俺の隣に座る未祐がなにか叫びかけるが、口に食べ物が入っているのを確認したので口の前に手を出す。
察した未祐は、しっかり噛んで飲み込んでから改めて発言。
よしよし、お行儀いいぞ。それでいい。
「ごきゅ……なんだその、途方もなく魅力的な報酬は! スキル選択権!? ずるくないか!?」
「みんなが今、一番欲しいものを報酬にしてくるじゃん……しかし、なんでこのタイミング?」
プレイヤーなら一発でわかる強烈な爆弾だ。
対面に座る秀平が、俺たちに見えるようスマホを差し出す。
なになに? 秀平が読み上げた内容以外には……。
対象となる継承スキルは習得者無制限のものに限られる、と書かれていた。
未祐が首を傾げる。
「これ、どういう意味なのだ? 亘」
「簡単に言うと、俺らが習得した中だと……女王様とか元戦士団団長、聖女様なんかのレアな役職の人たちからもらったスキルは対象外ってことだろう」
「つまり、レアじゃない継承スキルをどれでも一つ! ということだな!」
「多分な。だから一般って名前なんだろ」
例えば、俺たちだと未踏破エリアが多い大陸の東側で習得可能なスキルは魅力的だ。
他にも、勢力的に交流のないアウトロー系……PKにならないと会えないNPCから習得可能なスキルなどに使えば、非常に効果的と言えるだろう。
「全継承スキルの中からどれでも! じゃないのはよかったが、イベント終盤で告知は色々とまずくないか? 私でも駄目だとわかるぞ!」
確かにな。
最初からわかっていれば、もっと本気を出した! 幹部を狙った!
そんな声が多数のプレイヤーが出るのはわかりきっている。
秀平も何故か、したり顔で腕を組んで何度もうなずく。なんでだよ。
「ここの運営には珍しく、ごたついているよね。突発イベントだからかな? 後でお詫びアイテム配布とか来そう」
「だなぁ。わかりやすい失策だし」
「詫び石はよぅ!」
「そんなものはない」
急にソシャゲーマーのような呪文を唱えだした秀平はともかく。
掲示板……は、見なくてもどうなっているか想像がつくな。
運営への不満と非難で渦巻いていそうだ。
「でもこれ、サマエルがそれっぽいことを言っていたよね?」
秀平の言葉を聞いて、俺も記憶の中をひっくり返してみる。
あー、そういえば。
共有ロビーでサマエルが呼びかけた、あの時の言葉は……。
「……優秀な臨時幹部には、更なる栄誉と報酬を――だっけか? 確かに、匂わせている風ではあるな。微妙なラインだけど」
「む? あれは全体報酬アップの件ではなかったのか?」
「あ、それもあったね。どっちかわかんないから、違うかな?」
「いずれにせよ、わかりにくい言い方の時点で対応としてはアウトだろうな」
デリケートな扱いが要求される報酬に関して、匂わせるだけでは問題がある。
なんだろうな、今が忙しい年始なせいもあるのだろうか?
それとも、ゲーム内の挙動の大半をAI任せにしているせいなのか。
いちプレイヤーとしては、事情を想像することしかできない。
「ともかく、あれだ。幹部で上位三名ってことは……」
「あっ!? ランキング争いがきつくなるじゃん! やだなぁ、それ」
対岸の火事のような態度だった秀平が、頭を抱える。
ここにきて、幹部3位以上への新たな要素と報酬の追加……。
当落線上にいるプレイヤーたちの動きが活発になるのは、どうしたって避けられないだろう。
三位から遠いプレイヤーは……そうだなぁ。
かえってやる気をなくすかもしれないな。こんな形で報酬を追加されると。
「はっ。そこで燃えるのが、真のゲーマーというものではないのか? 諦めるな! 勝て!」
「でもよぉ、未祐っち……」
「どの道、私には関係ないがな! どうせ参加できないし! けーっ!」
秀平を激励、と同時にこちらを見て拗ねまくる未祐。
いや、俺に言われてもな……仕方ないじゃないか。
しかし、確かに未祐なら、仮に最下位からだったとしても1位を目指しただろうな。
現実問題、生徒会長としての仕事が詰まっていて無理だが。
「……はー。諦めてもいい? わっち」
「下からの突き上げ、昨日まででも厳しいもんなぁ」
一方の秀平は、激励を受けても青色吐息といったところ。
イベント自体は互いに楽しくプレイしているが、こんな顔をしている理由は単純。
やたら強いのだ、競争相手がどいつもこいつも。
「やるだけやって、駄目なら気にしないということで」
「そうなるよねえ。俺としても、わっちと魔王ちゃんに褒められたい気持ちは山々だけど」
「はあ?」
俺と秀平の意見は一致をみたものの、未祐は不満そうだ。
意気地のない様子に眉を吊り上げる。
「気の抜けたことばかり言うな! お前たち、本当にそれでいいのか!?」
「自分のランクが微妙なのに、人に強制はできねえよ。俺はお願いしている立場だし」
「未祐っちだって、あれこれ口を出すのは違うじゃん? なんたって、今回はイベに参加できないんだから――」
「あ?」
「――なんでもないっす。うっす」
未祐のやつ、イベントに参加できないせいでちょっとイライラしているな。
秀平もさすがに刺激するのを止め――
「ま、やるだけやるとは言っただろ? やる気がないわけじゃない」
「そうだそうだー! 未祐っちみたいに、フンフン力めばいいってもんじゃないぞー! ゴリラじゃないんだからー!」
――たかと思えば、これである。背後に回るな、人を盾にするな。
未祐は当然、俺の背に隠れた秀平を睨みつける。
「喧嘩を売っているのか? あんまりしつこいと、魔王にお前の悪評をあることないこと吹き込むが?」
「すみませんでしたぁぁぁ!」
あることないこと……。
事実だけをそっと魔王ちゃんに教えても、トビの評価を落とすのは簡単だと思う。
あることあることだけで行けるぞ、きっと。
秀平をやり込めた未祐は、俺のほうへと視線を戻す。
「で、亘。実際どうなのだ? なにか秘策とか、奇策とか――」
「特にないな。もうやることは大体やったから、プレイ時間の捻出くらいか? パワープレイしかないと思うぞ」
「!?」
頭を下げていた秀平が、がばっと起き上がる。
うわ、なんだよ! 危ないだろうが、至近距離で!
「つまりしばらくの間、わっち公認でゲーム漬けになってもいい……ってこと!?」
「なんでそうなる。と、言いたいところだが……」
上位報酬である『魔族の襟章』は欲しい。
イベント自体を楽しめているので、最終的に駄目だったとしても平気だが……。
どうせなら、と思うのが人というかゲーマーとしての性である。
「やることやった後なら、別にいいんじゃねえかな。明日は休日だから、俺も秀平のログインに合わせるし。長くインするのも問題ないだろ」
「おっしゃ! ……ん? やることやったら?」
もちろん、楽しくゲームをするなら現実から。
引っかかりを残したままやるよりも、絶対にそのほうが楽しい。
だから……俺は秀平に向かって笑いかける。
「……数学の課題。出ていたよな?」
「まさか、わっち」
イベントに参加する時間の捻出。
そして、放っておいたら週明けに発生したであろう懸念の解消。ついでに秀平のお母さんへの言い訳作り。
それら全てを叶えるには、行動あるのみである。
「せっかくだから、昼休みの間に終わらせよう。な? 手伝うから」
「ぎゃああああああ!! 貴重な昼休みが地獄にぃぃぃ!」
「ふん。いい気味だ」
そこまで話したところで、昼食は終了。
生徒会室に向かう未祐と手を振り合い、俺は秀平を教室へと連行した。
五・六限目の休み時間も使えば、放課後までには出された他の課題も全て終えることができるはずだ。