愛の嵐
「なんか最近、ハインド殿と二人で組んで負けるパターン多くないでござるか?」
「言うな。お互い様だろうが……」
アルテミスの面々が去り、システムにより蘇生させられた俺たちはのそのそと起き上がった。
弦月さんたちにしっかりとポイントを稼がれてしまった。
俺たちのほうのポイントは……まあ、お察しである。
「それとな、相手が悪い。なんだ、プロゲーマーやらトップギルドやら。万全の状態でも勝つのは難しいってのに」
「それなー、でござる」
「俺らの組み合わせも悪いんだ、そもそも。避けタンクとヒーラーじゃ、攻撃力が足りねえ」
「今回のイベントに限っては、別でござろうが。なにせ、魔族スキルが――」
「それそれ」
トビの勘が鈍っていたこと以外に、俺が気になったことはそれだ。
魔族スキル、幹部スキル、イベントスキル……プレイヤー間での呼称は様々だが、ともかく。
「なんで使わないんだよ。イベント専用スキル」
使う段階まで至らなかったといえば、そうなのだが。
あそこまで状況が悪化していたのなら、悪あがきにでも使ったほうがよかったと個人的には思う。
「だってこれ、魔王ちゃんから賜ったスキルでござるよ!?」
「だからなんだよ。っていうか、システムからだよ」
べつに魔王ちゃんから直々に力を付与された訳ではない。
イベント開始時にしれっとスキル欄に追加されていたので、トビのそれは存在しない記憶である。
「そんな大事なスキルを使うからには、相応の状況というか!」
「どんな状況?」
「格というか!」
「中には使えねえスキルも混ざっているけど?」
「必要でござろう! そういう丁寧で恭しい扱い!」
「ああ、わかった。俺の話は聞かない方針なんだな? そうなんだな?」
大体、イベント序盤はバンバン使いまくっていたじゃないか。
軽戦士にあるまじき火力! たーのしー! とか言いながら。
「ってわけで、ハインド殿。拙者と一緒に、スキル発動時の決め台詞を考えるでござるよ!」
「どういうわけだよ」
繰り返しになるが、序盤は普通にスキルを使っていた。
その際には、特に決め台詞なんて叫んでいなかったのだが。
……うん? まさかこいつ。
「一応訊いておくが、トビ」
「なんでござるか?」
「決め台詞に悩んでスキルを使わなかったとか、そんな馬鹿なことはないよな? なあ?」
「ぷ、ぷー。ぷいー」
「へたくそな口笛で誤魔化そうとするな」
せめて覆面を外せ、その状態で音が出るわけないだろ。
どうやら図星だったようだ。
「……まあ、いいか。決め台詞の作り込みは――ひいては、キャラの作り込みに通じる。イベントの主旨にはばっちり嵌まるだろう」
「そうでござろう!」
「戦闘前に決定しておかなかったのは、阿呆としか言えないけど。魔王ちゃんのスクショ整理でもしていたのか?」
「ま、まさかぁ?」
「……」
どうやら――って、もういいか。
話が進まない。
「よし、早速やるか。連携の再確認もしたいから……」
「トレモでござるな!」
「ああ。さっさと済ませて、すぐイベントに戻ろう」
ポイント獲得のペース改善も大事だが、結局はプレイ回数が大事だ。
トビが乗り気になってくれたことだし、時間は有効に使っていこう。
一旦、決戦ステージを抜けてロビーへと戻る。
「くっ……拙者たちがここまで追いつめられるとは……」
小一時間後。
俺とトビ――トッビィは、激しい戦いの最中にあった。
軽い練習を終え、数戦して連携も高まってきたところに当たった上位ランカーたち。
二人の残HP三割、バフ切れ、サーバントは消滅直後、相手はヒーラーありで四人残しと厳しい戦況である。
はっきり言ってしまえば、敗色濃厚だ。
「ハイン・ドゥ殿! あれの使用許可を!」
「……」
下がれば立て直せるかもしれないが、その隙に相手も倒れた仲間を蘇生してくるだろう。
相手は特にダブルエースの前衛二人が優秀で、ボロボロになりながらようやく片方……防御役だった重戦士を戦闘不能にしたところだ。
彼が復活してしまうのは、こちらとしては面白くない。
「なにかな? なにするのかな?」
「よくわからないけど、チャンスだ! 一気に攻め――」
「待って。見たい」
「はぁ!?」
「私ファンなの、渡り鳥の。なにするか見たい」
「お前なぁ!」
あちらはあちらで揉めているな。チャンスか?
後衛でチームのムードメーカーらしき神官の少女と、弓術士の少年が言い争っている。
しかし、このまま近距離で継戦が正しいとも言い切れないのが難しい。
エースの片割れ、アタッカーの騎士はまだ残っている。
仲間たちの言い争いを無視し、黙ってこちらに睨みを利かせている。
攻めるか、退くか……。
「ハイン・ドゥ殿!」
ポイント的には時間一杯まで戦ったほうがプラスになるかもしれないが、それは引き分けた際の話。
ここから相手を全滅させれば、半端なRPPを得るよりも利が大きい。
トビの呼びかける声を受けて、腹をくくる。
「……仕方ない。やれ! トッビィ!」
「よっしゃあぁぁぁ!」
わざわざ大袈裟に使用許可を求めてきたのは、RPP目当てもあるだろうが……。
――あ、俺のRPPも上がった。
……今から使うスキルの効果範囲が広く、巻き込みの危険があるからだ。
手でそれっぽい印を結ぶトッビィから距離を取る。
「拙者の魔王ちゃんに対する忠心、篤とご覧あれ! ――ラブ・ハリケェェェンッ!」
珍妙な叫び、間抜けな予備動作から放たれる凶悪なスキル。
ラブ――ではなくスキル『大旋風・纏』は、自身の周囲に連続ヒットする多数の風刃を発生させる技だ。
突き進むトッビィに反撃しようとした騎士が吹き飛ばされる。
矢は弾かれ、魔法は掻き消え、剣は風圧で届かない。
まず一人、突進が直撃した魔導士の女性がものの数秒で戦闘不能に。
「うおおおぉぉぉっ!」
「な、なんだこのスキル!? 近づけねえ!」
「あっはっは。不条理すぎるでしょ」
その通り。
不条理なまでの攻撃・防御性能である。
ただし……。
「うおぉぉぉぉぉぉあああああぁぁぁっ!! そっちじゃないでござるぅぅぅっ!」
制御できれば、の話である。
進路上の魔導士を轢いたトッビィだったが、フィールドの端に接触。
HPを減らしながら、どうにか壁を擦りつつ必死のコントロールで戻ってくる。
……回復魔法を詠唱中の、こちらに向かって。
「あ、お、おい!」
「避けてぇぇ! ハイン・ドゥ殿ぉ!」
「ほあぁぁぁっ!?」
詠唱中断、必死の横っ飛びで同士討ちを避ける。
まるでピンボールのように、戦闘フィールド内のそこかしこにぶつかり跳ね返るトッビィ。
トッビィ曰く――台風の中、全身のあちこちに広げた傘をくくりつけられ、走り回るような使用感――だそうだ。
元よりピーキーなスキルが揃う軽戦士・回避型だが、イベント追加スキルまでピーキーな仕様である。
ただ、足りなかった攻撃力は有り余るほど大幅に補われており……。
「あ、やだ、待って! あたしを倒すなら最後に――」
「拙者は急には止まれないぃぃぃ!」
「きゃっ!」
当たると一瞬でHPを持っていかれる。
避け損ねた神官の少女を薙ぎ倒し、尚もスキルの効果は継続。
トッビィがフィールド内を強風と共に駆け回る。
「わあああ!」
「愛が止まらないぃぃぃ! 魔王ちゃんへの愛が止まらないぃぃぃ!」
「こっちくんなぁぁぁ!」
最後に弓術士の少年を跳ね飛ばし、尚も加速。加速。
遂には……。
「魔王ちゃん、ばんざぁぁぁい!!」
フィールド端に激突し、トッビィは自傷ダメージで戦闘不能になった。
俺と敵前衛の騎士の彼は、戦いの手を止め呆然とそれを見ていた。
思わず顔を見合わせる。
……はっ!?
「おおい!? 一番厄介なのを残していくな! この状態からなら負けるぞ、俺!」
「あとは……任せた、でござる……」
同時に距離を取り、武器を構え直す俺たち。
相手はサーバントの復活時間に間に合わないよう、蘇生の隙を与えないよう、エースアタッカーらしく速攻を仕掛けてくる。
――張り付かれた!?
こ、これは……! だめだっ! 圧倒的敗北の香り!
シャイニングは当たらない、苦し紛れの杖による攻撃は完封、おまけに足も速いし反射神経もいい。
無理っ! 勝てるか、こんなもん!
「ぐっ、くっ……ぬああ!」
「とどめだっ!」
「おのれぇ! ――魔王様、万歳ぃぃぃっ!!」
観念した俺は、勝利を捨ててRPPを取りにいくことにした。
トッビィに倣い、魔王を称える言葉と共に捨て身の攻撃。
RPPがもりっと増えるログが見えた直後、反比例するように残っていたHPがごっそり消えた。
爆発、轟音、衝撃。景色がぐるぐると回る。
あー、『バーストエッジ』か今の……そりゃ耐えられんわ。
「なんだったんだ、一体……」
いや、本当にね?
負けはしたものの、俺とトッビィはこの戦いでイベント最多となるRPPを獲得した。