トビの忠心
「ふっ……なるほど。委細承知! で、ござるよ!」
「お、おお」
俺が上位狙いを頼んだ相手は、トビである。
トビはユーミルと近い系統のノリのいい演技で、中の上といった順位を維持している。
例の件が原因の参戦数が問題だっただけで、今からしっかりイベントに参加すれば最終的に高い順位まで上れるはずだ。
むしろ序盤に稼いだポイント貯金中心で、この順位に留まっているのが瞠目に値すると言える。
そこからしばらくの間、全くイベント参加せずに今の順位だから。
「どうしたのでござるか? ハインド殿。変な顔して」
「あ、いや。想像以上に乗り気でびっくりして」
「イベント上位狙いなんて、ゲーマーなら当然のことでござるよ!」
「そ、そうか?」
説得する手間がないのはありがたいが、なんだか様子が変だ。
集合場所の指定が共有ロビーではなく、このプライベートロビーなのも変だし。
魔王ちゃんはもういいのか?
「積み重ねたプレイ時間の結晶! 鍛えあげたプレイスキルの結実!」
「確かに俺らの総プレイ時間は長いけど」
「イベント上位は忍びの誉れ!」
「……頼んだ俺が言うのもなんだけど、忍びが目立っちゃ駄目なんじゃねえの?」
おかしい、発言内容が綺麗すぎる。
トビらしくない。
話しているときの眼も心なしか、普段より輝いて見える。
「と、とにかく、やる気があるなら助かる。できれば俺も魔界の襟章、ほしくてな」
「皆まで言うな、でござるよぅ! 拙者に全てお任せあれ!」
「サンキュー。じゃあ、頼むな。俺もできるだけ、サポート――」
「ぐふふ……上位に入れば、魔王ちゃんに褒められ……ふひひ」
「……」
あ、メッキが剥げた。
そうか、そういう魂胆だったのか。
考えてみれば、親衛隊のおかげで共有ロビーのほうは気にする必要が薄くなったものな。
だからプライベートロビーを指定して……はぁ。
ある種、そんなでも魔王に対する忠誠心の現れではあるけどさぁ。
イベントの主旨には合っているけどさぁ。
「サポートは頼んだでござるよ、ハインド……ハイン・ドゥ殿!」
「……」
「ハイン・ドゥ殿!」
「オー。オレニマカセロー」
「待って! なんで急に投げやりになったの!? やる気出して!?」
欲望が前に出すぎていて、正直引いた。
というか、脱力した。
それからしばらくして。
トビと俺は早速、イベント戦へと参加している。
イベントも終盤に入ったとあって、マッチングの待ち時間は短めだが……。
それでも、休憩と雑談に充分な時間は発生する。
「しかし……てっきり拙者、あのままユーミル殿がぶっちぎってくれると思っていたのでござるが。途中まで1位独走でござったし」
「リアルの都合だ。仕方ない」
「残念でござるなぁ。ハインド殿も、昨日あたりまで忙しかったもんね?」
「ユーミルとは、交互に忙しい感じだな。自治体の施設訪問とか、放課後の時間を取られる用事が多くてしんどい。寒いし」
生徒会は三学期早々、ボランティア系の仕事が多く入っている。
これでも俺と緒方さんが腐心し、何人かずつで分担・分散して進行できるよう設定した結果だったりする。
ユーミル……未祐は会長なので、どうしても他より仕事が多くなってしまった。
「ゲームやりたいので、ボランティア参加できません! とか、なんで生徒会役員になったって言われそうな理由だしな。どうにもならん」
「仮にそれで休んだら、先生方からの心証かなーり悪くなりそうでござるな……っと、マッチング!」
「来たか」
イベント異空間の中央に、転移の光が集まりだす。
光の数は三、四……五、相手は満員のフルパーティだな。
このイベントの調整はかなりバランスがいいと感じるが……。
上位者との戦いになるほど、数の差を補う立ち回りが重要になってくる。
二倍、三倍、それ以上のステータスがあっても、フルパーティの集中攻撃を受ければひとたまりもない。
雑談はここまでにして、集中だ。戦闘開始直後に先制攻撃!
「出でよ! シャドウサーバント!」
ユーミルがいないので、サーバントも解禁だ。
相手は弓術士ばかりの、なんだか見覚えのあるパーティだが……これで数の上では三対五。
この中ではサーバントの攻撃力が一番マシなので、アタッカーにサーバント。
トビはいつも通り、前衛で回避壁を――
「さあ行け! サーバントと共に進め、トッビィよ!」
「承知!」
――とはならない。
後衛職が一人で戦えるよう召喚スキルが追加されたように、タンク職には攻撃スキルが追加されている。
元々、インドアなゲームマニアとは思えないくらい身軽なやつだ。
高い回避能力に攻撃性能まで加わり、トビ――闇忍者トッビィは、今最強への階段を……。
「せいやぁぁぁっ! ……あれ?」
階段を……。
「なんか、縮地のコントロールが……」
階段を……。
「あっぶね! あっぶね! 足が埋まるところだった! ナイスフォローでござるよ、サーバントちゃん!」
「おい」
盛大に踏み外したのだった。
完全に勘が鈍っているね、こいつ!
長期に渡った魔王ちゃんウォッチが原因なのは間違いない。
攻撃以前に、元から持つ移動スキル『縮地』の段階でミスを連発している。
仕方ない、援護を入れて立て直しを図るか。
『シャイニング』で攻撃の起点を――
「ぶっ!? なに!? なになに!?」
「あっ」
――しようとしたのだが、不意に横に動いたトビの後頭部に命中。
いくら『シャイニング』の衝撃が小さいとはいえ、無防備なところに当たれば動揺するのも当然だ。
フォロー失敗のフォロー……と、悪循環に陥っている気もするが! ともかく!
「れ、連射だ!」
「いだだだだだだっ!?」
俺の放った多数の『シャイニング』は、そのことごとくがトビの背中や後頭部に命中した。
射線を意識し、当たらないように移動し、タイミングを考えて撃っても全てトビの背中に光弾が吸われていく。
どうなってんだ!?
「ぐっほぉ!? なにやってんの、ハイン・ドゥ殿ぉ! へたくそぉ!」
「うっせうっせ! お前こそ、勘が鈍っているならもっと頭使え! 一人で戦っているんじゃねえんだぞ!」
基本、FFは後衛の責任だと思っているものの。
こうまで試行錯誤して上手くいかないのは、前衛が援護の手をまるで意識していない証左である。
ただ、俺もトビの動きを読み違えているのも確かなわけで……結論。
「ええい、この戦いが終わったら反省会だ!」
「その後で特訓でござる!」
どちらも悪い、ということになる。
――取り戻さなければ、勘と連携を!
俺とトビは腕をぶつけ合い、そう決意したのだった。
「あの」
そこに割り込んできたのは、涼やかな美声。
見ると、そこに居たのは天界陣営・非幹部で成績トップを走る弦月さんだった。
こんな醜態を晒しながら戦っている俺たちがまだ負けていないのは、単純な話。
対戦相手が知り合いだったからにすぎない。
「ちょっといいかな? 決意を新たにしたところ、申し訳ないのだけれど。今はこちらとの戦いに集中してもらえるかな?」
弦月さんの後ろにはアルテミスの面々。
万全からは程遠い俺たちの様子を見て、途中から明らかに手を緩めてくれている。
攻撃の構えこそ解いていないが、自滅気味の俺たちを見て笑って――は、恥ずかしい!
こんなはずでは……!
「私としては、このまま見ているのもやぶさかではないのだけれど。フクダンチョーの手が、そろそろ限界になるかな? と」
弦月さんが示した方向を見ると、フクダンチョーさんが弓につがえた矢を引いたままでプルプルと震えていた。
握力が尽きれば、今にも発射されそうな体勢である。まずい。
「……きょ、今日はこの辺にしておいてやる! さらばだ、弦月!」
「憶えていろー! で、ござるよ!」
捨て台詞を残し、弦月さんたちに背を向ける俺とトッビィ。
しかし、去ろうとする肩を弦月さんにつかまれる。
「いやいや、撤退機能なんてなかっただろう? それと、そういうところは息ピッタリだね? 君たち。待ちたまえよ」
「も、もう無理……です……たーっ!」
「「ぎゃああああ!!」」
しっかりスキル付きで撃たれたフクダンチョーさんの矢に、俺とトビは仲よく貫かれた。
肩をつかんでいたはずの弦月さんは、いつの間にやら華麗に退避。
巻き添えにはならなかった。
……その後、申し訳なさそうな顔のアルテミスの面々にボコボコにされたのは言うまでもない。
さすがトップ層のプレイヤーたち。
知り合いとはいえ、敵となると最終的には容赦がなかった。