神魔決戦終盤の攻防
あれから数日後。
一枚岩とまでは言えないが、魔界臨時幹部の結束は高まった。
増加した勢力勝利報酬が目当てであったり、魔王の笑顔のためだったりと、目的は様々だが……。
幹部同士による攻略情報共有の成果もあり、それは徐々に数字に表れはじめた。
「47%かぁ……」
どちらが優勢かは、このイベントページ内にあるパーセンテージで表現されている。
少し前まで40%を割るような劣勢ぶりだったことを考えると、かなり巻き返したほうだ。
イベント期間の残りは、およそ三日。
直近の勢いだけで考えるなら、最終日までに魔界が逆転する可能性は非常に高い。
風呂上がりに、私室のPCでカチカチと……。
今夜のログインはもう終わったので、就寝前のリラックスタイムといったところ。
さて、最後に……。
「個人ランキングを――って、おお!?」
しばらく確認していなかった個人ランキングを見ると、そこには意外な結果があった。
いつの間にか自分のランクが急上昇! とか、そういう甘い話ではない。
俺のランクは斎藤さんのアドバイスで底辺こそ脱出したが、低くも高くもない無難なところに落ち着いている。
そうではなくて、RPPランキング上位に――
「フィリアちゃん!」
――フィリアちゃんがランクインしていた。
前日比で10近く順位を上げ、間もなくベスト5に届きそうな勢いだ。
「どうして急に……」
フィリアちゃんとは今日も一緒にイベント参加したが、立ち回りに劇的な変化はなかった。
イベントへの慣れと特殊行動への理解が深まったからか、動きの冴えは日に日に増しているが。
それだけでは説明がつかない躍進ぶりに思える。どうしてだ?
「まさか、今から連絡して聞くわけにもいかないし」
現在時刻は夜の十一時だ。
起きているのが確実で気の知れた秀平などが相手なら、遠慮しなくていいだろうけれど。
このところのやり取りで、前より仲良くはなったが……やめておこう、うん。
思い出せる限りで、他にフィリアちゃんが変わったところというと――あ。
「……もしかして」
確証はないものの、俺はとある考えに行き当たった。
変わったのは、本人ではなくて……?
その裏付けが欲しくて、就寝予定時間を少し伸ばす。
そして、攻略サイトのはしごを始める。
「一番アクセス数が多い攻略サイト……ダメか、確度は高いけど若干鮮度が低い。もっと、推論交じりでいいから更新が活発な――」
そうしていくつかの攻略サイトを巡り、過去に利用させてもらった検証専門の個人サイトで目的の記述を見つけた。
相変わらず数字の羅列が多く、強烈な眠気に包まれそうになったが。
「おっ」
イベント攻略関連、項目一覧の下のほう。
目立たない場所に「RPP判定と脳波検知に対する仮説」とあった。
一瞬で目が覚めた。
このサイトの制作者らしく、なにやら小難しく書いてあったが……。
「RPPの基礎ポイント計算に、自分だけでなく相手の感情値が大きく関係しているんじゃないか? って仮説だったわけで」
翌日、俺は得た情報をみんなに話して聞かせた。
みんなと言っても、この場にいるのはリィズとシエスタちゃんだが。
場所も共有ロビーではなく、鍵付きのロビーだ。
「へー。それって、強い怖いとか嫌だなーとかいう方面の感情だけです?」
細かい疑問は飛び越え、本題に必要そうなものだけ口にするシエスタちゃん。
それにリィズが即座に応じる。
「仮装やRPPという言葉に誤魔化されそうになりますが、神魔決戦の本質は対人戦イベントですからね。どの感情がより強くポイント加算対象になるかは、決まっているようなものでは?」
「話が早いな、君ら」
仮説の是非は置いて、それが適用されていた場合の話に入っている。
違っていたらいたで構わない、承知の上ということもわかっていそうだ。
仲間内の中でも、特に頭の回転が速い組み合わせだからなぁ……このパターン、俺が付いていくのが大変なやつだ。
「じゃあ、格好いいとか衣装が似合っているとか、そういうのはいまひとつですか」
「そうだね。それだとシエスタちゃんはもっと高順位にいると思うし」
「おー?」
俺の言葉を受けて、シエスタちゃんが自分の衣装を再確認。
着脱が面倒なのか、魔族仕様のままだ。
気をよくしたようで、見せつけるように距離を詰めてくる。
「ほうほう。先輩はこういうのがお好みでー?」
「そうは言っていないよね?」
「……なるほど」
「リィズ? なにがなるほど?」
シエスタちゃんが身に着けているのは、肌色に見える肌着の上に、編み目が各所に配された衣装だ。
確かに露出は少ないし、配慮もされている。
されているけれど……これをデザインしたやつは、色んな意味で変態だと思う。
「あー……話を戻すな? そもそもボーナスポイントの付く特殊行動に、戦場支配ってのがあってね?」
「対戦相手の全員が恐慌状態に陥った際に付与、でしたね」
「感情値を計っているのは確定、ですかー。じゃー、基礎値のほうも確定でいいんじゃないですか? 使わない理由がないっていうか」
俺もそう思う。
要するに「魔族らしく相手を恐れさせる」ことができれば基礎ポイントアップ!
……と、そんな仮定の話である。あくまで仮定だが。
「で、フィリアちゃんが急にランクアップした理由は――」
「天界上位のプレイヤーに、フィリアさんの戦いぶりが周知されたからですね?」
「フィリーの戦いが、掲示板とかで噂にでもなりましたー?」
「――……」
この状態、是非フィリアちゃんに見てほしい。
あ、いや、さっきの衣装に関するやり取りは別としてだが。
リコリスちゃんみたいな子はいたほうがいいというのは、呼吸を置く間がなくなるからというのもある。
話の流れが速すぎる。
「そう、そうなんだよ。いつの間にか背後に回られているから、死神なんて呼ばれはじめているとか」
「中二ネームじゃないですかー、やだー」
「ネームじゃなくて二つ名だけどね」
「……」
どっちでもいいです、という冷めた顔のリィズ。
そういうノリには不寛容というか、結構厳しめである。
「……ユーミルさんやリコリスさんは、囮としてはさぞ優秀でしょうからね。多数の目が行くなら、敵の背後も取りやすいのでしょう」
「あー、フィリーもそんなこと言っていましたね」
目立つのはリィズとシエスタちゃんも同じだと思うが。
……あ、俺もか? 特に召喚系のスキルを使うとすごく注目される。
俺の場合は技の珍しさ、という別ベクトルが原因だけれど。
フィリアちゃんと組むと、自動的に陽動役になる俺たち。
「つまり、こうですか? 敵から見ると、フィリーを対戦相手に引いた時点で怖いから……」
「その時点でポイントが入りやすい状況になる、ということですか」
「そういうこと……かもって話」
フィリアちゃんと対峙した相手は戦闘中、常に背中を狙われているような感覚に包まれるそうだ。
特に二度、三度と対戦して負けたプレイヤーは顕著なのだとか。
「じゃあ、もうイベントに参加すればするだけランクが上がる状態じゃないですか。むてきむてきぃ」
「今後はサポートの必要、あまりなさそうですね……」
「そうなんだよ。さすが傭兵」
元々、フィリアちゃんはイベント前から評価が高いプレイヤーだ。
今回は特にアルベルトさん抜きで活躍していることから、彼女単体への再評価が加速。
掲示板で「スペシャルマッチで当たりたくない魔族幹部筆頭」に数えられている。
こうなると、初見のプレイヤーすら最初から身構えて挑む状態ということに。
更にフィリアちゃんは毎試合、その期待を裏切らない動きをするものだから……ここに来てポイントが爆増、ということになったようだ。
「で、こうなると次は我が身の心配っていうかさ。俺らの順位が気になってくるわけで」
「魔界の襟章が入手できる、3位入賞ですか? ユーミルさんがギリギリになりそうですが……」
「2位に落ちていますもんねー。遠からずフィリーにも抜かれそう」
1位は有名な決闘ランカーに取られてしまった。
もっとも1位にフィリアちゃんほど勢いがあるわけでもないので、独走というほどではないが。
「これまではユーミルのイン率が高かったからいいんだけどさ、これからしばらく生徒会の仕事が立て込んでいて……」
おそらくだが、時間経過でユーミルは自然と3位から陥落する。
最終日までがっちりプレイしてもらえれば別だが、ここはさすがにリアル優先だ。
組まれている仕事は会長でないと処理できないものばかりで、俺が目一杯手を貸したとしてもイン率は上がらないだろう。
本人はもっとイベントに参加したがっていたが、難しい状況である。
「それは……まずいですね」
「まずいんだよ」
「まずいんです?」
非常にまずい。
買い物の割引は大事である。
例えそれがゲーム内のことであっても、節約できるところは節約しなければ。
……ちょっと待って、なんで二人とも半笑いなんだ? 大事だよ?
「今回は勇者のオーラが報酬にないから、ユーミルにはそっちに集中してもらうとして」
「どうするんです?」
「俺はもう無理そうだから、誰かを全力サポートして3位以上に押し上げたいんだけど。二人は誰が適任だと思う?」
俺の問いに二人が顔を見合わせ……。
リィズが嫌そうな顔を、シエスタちゃんはにんまりと笑った。
……ああ、どうやら同じ人物が同時に頭に浮かんだようだ。
多分だけど、俺も同意見。