魔王ちゃん親衛隊
「いやいや、足でしょ!」
「お腹に決まってんだろ!」
「表情豊かな尻尾だ!」
「角……」
「わかっていないでござるなぁ、お主ら!」
共有ロビーに向かうと、複数人の言い合う声が聞こえてきた。
その中からトビの声が聞こえた気がしたので、俺はそちらに注目してみる。
「魔王ちゃんで一番最高なのは、噛んじゃった後の顔に決まっているでござろう! あの自信なくしてキョロキョロしちゃう目! 舐めたい!」
「「「気持ち悪っ!!」」」
急に特殊な癖を披露するトビに、思わず周囲の人々と声が揃う。
やべ、トビと視線が合った。
見つけられたのはいいけど、この流れで話しかけられるの嫌だなぁ……。
「あ、ハインド殿。今、魔王ちゃんを愛する同志たちと親交を深めていたところでござるよ! あれ、ハインド殿? なんでこっちを見てくれないのでござるか?」
人垣が割れ、出ていかざるを得ない空気が形成される。
ああ、近づきたくない。気が重い足が重い。
「……親交っていうか」
ついでに口もなんか重かった。
数人に注目されながらの中、声が掠れる。
まあ、気を遣う必要がある人たちではなさそうだから……いつも通りに行こう。
「今、一瞬で距離が開いたような気がしたけど」
「え? そう?」
俺の言葉に同意するように、トビを除いた一同がうんうんとうなずく。
外から見ればみんな同じ穴の狢ではあるのだが。
「ところでお前、イベント参加はいいの? 別に強制はしないけど、ポイント動いていないから気になってさ」
「あー……」
トビが頭巾越しに頭をわしわしと掻く。
そう言われるのはわかっていたが、という様子だ。
「魔王ちゃんの出待ちが楽しくて、つい」
口ぶりからして、意識的にイベントを放棄したわけではなさそうだ。
魔王に会いたい、姿を見たいという欲求が勝っている状態か。
「出待ちって。アイドルかよ」
「もちろんでござるよ!」
「魔王ちゃんは俺たちのアイドルだ!」
「そうだそうだぁーっ!」
うーん、この人たち。
ライト勢ならわかるノリだが、この場にいるのは予備戦を勝って幹部に上がるくらいのゲーマーだ。
イベント報酬が気にならないわけがないんだけどな。
少し欲を刺激すれば戻ってくれるか? せっかくだから、俺は神界勢力に勝ちたいと思っているのだが。
「報酬が増額されたのに、いいのか? 今のままで」
「ぐっ……! し、しかし、魔王ちゃんに会える魅力のほうが上でござるっ! いつもだと、機会はもっと限られるでござるし!」
「そ、そうだそうだー!」
うわ、あっさり揺らいだ。
誰かに戻ってこいと言ってもらうのを待っていたかのような反応。
トビの類友というか、面倒な人たちだなぁ……。
「でも、魔界が負けたら悲しむと思うけどな? 魔王ちゃん」
「それは確かに……しかしイベント参加していては、魔王ちゃんの姿を見る貴重な時間が……」
「ここにいるメンバーで、分担してスクショや動画を撮ればいいじゃん? 後からシェアすれば」
「「「!!」」」
段々と対応が投げやりになる中、何気なく放った俺の一言。
それが意外と刺さったらしく、トビたち魔王崇拝者が肩を組んで囁きあう。
「いかに多く、画像と動画を独占するかしか考えていなかった……」
「されど、ここに同担拒否過激派はいないでござるし……」
「どうせなら、共有も……あり?」
話が一瞬でまとまる気配。
そして円陣を組んだまま、一斉に俺のほうに視線をちらり。
一度、視線を戻して互いに目配せをし合い――また、俺のほうをちらり。
なんなんだよ……。
やがて男たち(女子も一部混ざっているが)は、同時に拳を掲げて叫んだ。
「「「魔王ちゃん親衛隊、結成!」」」
「お、おう……急展開っすね……」
嗜好だけじゃなく、マジで似たような人種の集まりか。
掲示板とか、なんならギルドとか、似たような組織はゲーム内にいくつもありそうな気はするが。
臨時幹部になってまで近づこうとする人たちだ、本気度が違う。
「そしたら、ハインド殿は名誉顧問ね!」
「なんか変な役職押し付けられた!」
「問題が起きたら、相談役になってね?」
「ええ……」
問題を起こす前提で組織を立ち上げないでほしい。
というか、確かに俺の言葉が契機だったのかもしれないけれど。
俺は魔王ちゃんに特別な感情は持っていないし、他の人に任せてはどうか?
そうみんなに言ってみたのだが……。
「そこがいいんじゃないか!」
「調整役は崇拝対象に興味ない人のほうがいい」
「ハインドなら安心だ! 頼んだぞ!」
「えええ……」
客観性を持つ者のほうが相談役に向いているという、先程まで欲望を剥き出しにしていた人たちのものとは思えない意見で封殺された。
こんなところばかりガチゲーマーらしい合理性を発揮しないでほしい。
「引き受けてもいいですけど……ちゃんと魔界を勝たせてくださいね?」
果てしなく面倒くさい気もしたが、相談役程度ならいいか。
想像以上に大変だったらトビに押し付けてなんとかしよう。
そんな考えで、交換条件のように適当な言葉を投げてみる。
「おお、任せろ!」
「魔王ちゃんの悲しむ顔、よくない!」
「いや、しかしそれはそれで……悲しむ顔もまたよしというか……」
「お前! 超えちゃいけない一線があるだろうが!」
「誰も実際にそうするとは言ってない! 想像するだけなら自由じゃないか!」
「おーい。早くも仲間割れを起こさないでくださいねー」
頼りになるような、そうでもないような。
ともかく、魔王ちゃんウォッチは程々にして、親衛隊の面々はイベントに戻ってくれるようだ。
この場の面子は全員が決闘上位ランカーで、それも十人以上はいるからなぁ……。
実際、この人たちが真面目に参加するかどうかで、勢力ゲージに大きな影響がある。
今回のイベントの『臨時幹部』というのはそういうものだ。
「どうした? なにを騒いでいる」
と、ここで共有ロビーの扉が開かれる。
現れたのは、サマエル単品。
魔王ちゃんは!? と血眼になって探していた親衛隊(仮)の人々が、露骨に落胆の色を見せる。
わかりやすい人たちだな……。
「ああ、サマエ――」
「サマエル殿! 拙者たち、魔王ちゃんの親衛隊を創りたいのでござるが!」
しかし、落胆する面々の中でトビだけは動きが違った。
声をかけようとした俺の言葉を遮り、サマエルに親衛隊の承認を勢いよく迫る。
周囲のメンバーは、トビの言葉にはっとしたような表情。
公式の認可!? そうか、オフィシャル……といった言葉が方々から漏れ聞こえてくる。
……それ、そんなに大事なものなの?
「あ? 親衛隊だと? 魔王様の護衛軍なら、既に編成中だが」
「へ?」
「ああ?」
トビが考えているのは「アイドルのファンクラブ的な」意味での親衛隊。
サマエルが受け取ったのは「魔王を護衛する」意味での親衛隊。
そんな解釈の違いから、両者に混乱が生まれる。
「……」
「……」
「……わかった。わかったから、同時にそんな目で見ないでくれ」
混乱の末に、同時にこちらを見てくるサマエルとトビ。
なんでだよ。
……俺が両者の誤解を解くために要した時間は、それから数分程度のことだった。
「そうか……軍に関係のない互助組織なら、お前たちの好きにせよ。魔王様を崇め称えんとするその心、大事にするがいい」
「感謝するでござるよ、サマエル殿! ……よっしゃあ、皆の衆! これで拙者たちが魔王ちゃんの公式ファンクラブでござるな!」
「「「おおー!」」」
「公式……って、名乗っていいのか? これは」
ある意味、サマエル公認であれば魔王公認であると同義だが。
某掲示板にある「魔王ちゃんスレ」の住人に怒られないか……?
必ずしも武力に拠らない、純粋な応援の気持ちを向ける組織であるとサマエルには説明したが。
……果たしてそれも、正確に伝わったかどうか。
今回のイベントだと、普通に武力を使って助力することになるしなぁ。微妙だなぁ。
「しかし……ふふ」
「?」
「やはり、魔王様は異界の人間すらも惹きつける力をお持ちなのだな。なんと素晴らしい……!」
「ええっと……」
親衛隊の連中が気勢を上げる様子に、サマエルは満足気だ。
やはりアイドルという概念がない世界の住人に、トビたち親衛隊の意味を正確に伝えるのは難しかったようだ。
俺はもう一度、サマエルに対し丁寧に説明を試みようかと悩んだが……。
「……ああ。まあ、そうね……」
相変わらず取れていないサマエルの目の下の隈を見て、そう言葉を濁すだけに留めた。
魔王の魅力が伝わった結果だ、という点ではなにも間違っていないしな……うん……。