相棒の席
その後の数戦もしばらく、好調が続いた。
斎藤さんにもらったアドバイスと演技方針。
それを後押ししてくれる『シャドウサーバント』の追加。
強いスキルが安定した演技をサポートしてくれている。
「行け、サーバント!」
特に敵前衛に距離を詰められても、慌てなくてもよくなったのは大きい。
初手サーバント、WT明けにサーバント、消滅しても短い時間で帰ってくるサーバント、終盤の仕上げもサーバント。
サーバントのおかげで、魔族幹部らしい余裕の表情と声音を崩さずに済んでいる。
ありがとう、斎藤さん。ありがとう、サーバント。
この戦いも――よし、サーバントがラストアタックを決めてくれた。
バフを使用可能なのも強いんだよなぁ、こいつは。
防御バフを使ってやると、かなりの時間を稼いでくれる。実に優秀。
「むぅ……」
そんな俺たちを不満そうに見てくるユーミルン。
――しまった、ラストアタックを譲るべきだったか?
しかしなぁ、サーバントは自分でコントロールできるスキルじゃないしな……。
声に反応はするけれど、直接操作できるわけではない。
「どうした? ユーミル」
採点区間が終わったところで、未だに機嫌が悪そうなユーミルに声をかけてみる。
互いにランキングの調子はいいし、立ち回りに大きな問題はないように思うのだが。
「……私だ」
「え?」
珍しく小声だ。
俯いたまま、ボソボソと聞き取り辛い声を出している。
そう思ったのも束の間、勢いよく顔を上げて叫びだす。
「私が! 私がハインドの相棒なんだ! 誰なのだ、その影野郎は!」
「追加スキルのサーバントさんだ」
「執事はお前だろうが! 執事が執事を使うな!」
「そこ突っ込むところ……?」
サーバントには使用人、召使いという意味がある。
執事はバトラーを使われることが多いが、サーバントも近い意味を含む単語ではある。
それから、ユーミルはマリーの家でのバイトのことを言っているのだろうけれど。
あれは執事服を着ているだけで、あくまで掃除夫である。執事ではない。
「お前に分かるか!? ポッと出に大事にしていたポジションを奪われた私の気持ちが!」
「お前のポジション、サーバントがいる位置よりもかなり前目だと思うんだけど……」
どちらかというと、リコリスちゃんがいてくれる位置がサーバントに近い。
ユーミルは攻めることで後衛が安全になるというか、攻めながら守るタイプだ。
攻め込むことで、後ろは回避や後退に使うスペースができる。
当然、位置は最前線なのでサーバントとはちょっと違う。
「そういうことではないのだ! サーバントを見るお前の目というか、信頼感というか!」
「そういう意味でのポジション……? そう言われると、わかるような、わからんような」
ユーミルが言うように、サーバントのことは信頼している。
ただ、それはスキル性能としての話で……。
「つまり、あれか? 嫉妬……なのか?」
「そうだ! 嫉妬だ! シーーーット!」
「うるせえ! 耳がいてえ!」
なんで耳元に向かって叫ぶ。
どう転んでもサーバントがユーミルを超えることはないし、要らない嫉妬だと思うのだが。
そういう態度を取られると、素直に口にするのも癪である。
「あと、あれだ! なんで急にRPP獲得が安定するようになったのだ!? おかしいではないか!」
「あー、それはだな……」
そちらについては、サーバントのこと以上に答えづらい。
なんだか後ろめたい気持ちになる。
いや、斎藤さんとはなにもない。
なにもないのだが……なにもないなら、言うべきだよな? だがってなんだ。言うぞ。
「……クラスメイトの、斎藤さんに相談を」
「はあ?」
ユーミルがカッと目を見開く。
そして俺の両肩をつかむと、前後に揺さぶりながら叫んだ。
「はああ!? なんだそれ!? なんだそれは!」
「そ、相談っていっても休み時間に軽く話しただけで――」
「シーーーット! シーーーーーーーーッッット!!」
「うるさいな!? 伸ばすな、別の意味の単語に聞こえる!」
あるいは、わざとそう聞こえるように叫んでいるのかもしれないが。
おおお、揺れる揺れる。
世界が揺れる、気持ち悪い。
「なんで私に相談しない!? なんで斎藤ちゃん!?」
「しただろ、大分先に!」
「うわあああん!」
「いや、あの……ええ……」
特に涙は出ていないが、心が泣いているかのような叫びだった。
うわああんというか、うおおおんというか。
しばらく叫ぶと落ち着いたのか、ユーミルはインベントリから出した水を飲み干して一息。
「はふぅぅぅ……魔界の水は五臓六腑に染み渡る……」
「いや、それサーラの水だけどな?」
感情の幅がジェットコースターみたいだ。
ちなみに魔界の水はちょっと癖が強い。
かなり強めの硬水で、軟水に慣れた日本人にはきつい場合も……。
ゲームなので、お腹を壊すとかはないのだが。
そういう水の味の違いまで作っているようなゲームなので、食道楽には――思考が脱線したな。
「……で、俺は結局どうすりゃいいの? スキル、使用禁止か?」
「私がいるときだけ禁止!」
「マジ?」
「マジだ! その分、私がお前を守ーる!」
禁止と聞いて一瞬不安に思ったが……。
ユーミルと組んでいる時だけ禁止なら、まあ。
実際、こういう約束事を言い切ったときのユーミルは強いからな。
俺が制限されることで、ユーミルの集中力が増すなら悪くない。
多分だけどプラスのほうが大きい。
「……わかった、了解。っていうか、俺ってスキルの封印二個目なんだけど。どうなってんだ? サーバントは期間限定だからいいにしても、サクリファイス……」
「一個目について私は知らん! と言いたいが……」
「が?」
「正直、サクリファイスについては私もあまり気分のいいものではない! 何度か助けられたのは確かだが、使用禁止に賛成だ!」
「あ、そう……」
リィズが右と言えば左。
左と言えば右と答えるユーミルがこう言うなら、よっぽど嫌なのだろう。
『サクリファイス』は取得から数えるほどしか使っていない上に、PKたちのせいでイメージが悪くなっているスキルでもある。
俺としても、二人に反対されてまで使うかというと……使わないだろうなぁ。
「しかしこんだけ使わないとなると、スキルリセットとかしたくなるな。スキルポイントが惜しい」
「む、それは確かにな!」
ツリーの構造上、幹に該当する必須スキルは全員が取得するものの……。
個性を出すための枝葉に当たるスキルについては、いくつポイントがあっても足りない感じだ。
数も種類も多い。
TBではスキルリセットの有料アイテムも存在していないので、リセット機能の実装が待たれる。
……それはそれとして、『サクリファイス』についてだが。
「昔のゲームだったら、こういうリスク付きスキルってバンバン使っていたと思うんだけどなぁ」
軽いものだと自傷付きの高火力スキルとか。
重いものだと自爆と引き換えに全員復活&全回復、呪い系の強デバフなんてゲームもあったなぁ。
むしろ、高難度だと使用不可避だったりした。
TBに限らず最近のゲームで、そういったものが忌避されやすい原因としては……。
「VRだと見た目が生々しいからな! 自爆スキルとかも、なんかちょっとな!」
「ああ、確かに。わかる」
ユーミルが言った通りなんだろうな。
グラフィックの上昇に伴い、キャラの息遣いや空気感までプレイヤーに伝わるようになった昨今。
ドット絵やローポリゴンのキャラが爆散と復活を繰り返すようなコミカルさは、今のゲームにはないものだ。
現実に近づいた弊害というか、なんというか。
「自爆スキルはお前の職にもあるけれど、取っていないもんな」
「私は限界まで足掻きたいタイプだからな! 自爆なんて、命が勿体ない!」
「左様か」
考えてみれば、俺もユーミルが自爆スキルを使うところは見たくないな。
……人にされて嫌なことはやめたほうがいいのだろう。うん。
今後も『サクリファイス』は使用禁止のままになりそうだ。
「さあ、続きだハインド! 始業式の憂さを晴らしにいくぞ!」
「お前、珍しく生徒会長挨拶でめっちゃ噛んでいたものな……一瞬、魔王ちゃんが乗り移ったかと思ったぞ。気にしてんのか?」
「どちらかというと、その後で忍者野郎に言われた“俺の魔王ちゃんを汚さないで! 真似しないで!”とかいう発言にイラッと来た」
「あ、ああー……」
それでアイアンクローされていたのか、秀平……馬鹿なやつ。
そういや秀平というかトビのやつ、この数日イベントポイントの変動がないようだが。
確かログインはしているんだよな? 後で、ちょっと様子を見に行くとしようか。