斎藤式アドバイス
――槍の切っ先が目前に迫る。
内心はビビりまくりだったが、俺は余裕の表情でそれを回避した。
追加で薄く笑みすら見せる。
その様子に、相手が怯んで距離を取るのを確認できた。
「ふふふ……」
やったのは、それだけ。回避して、余裕を見せる。
それだけで、今までに得たことがないようなRPPが加算されていく。
おお、すごいぜ斎藤さん!
ちなみに、斎藤さんが授けてくれたアドバイスというのは――。
「してはいけないことを決める?」
約束通りの休み時間、三学期始業式の少し後。
自販機の置かれた喫茶スペースで、俺と斎藤さんは話をしていた。
「そうそう。思い切った演技をするのって、主役の仕事じゃない? 岸上君は……申し訳ないけど、そういうタイプじゃなさそうだし」
「仰る通りで」
誰だって自分が人生の主役だ! とか、そういう話ではなく。
舞台に立つとしたら俺は脇役に魅力を感じるだろうし、普段からして誰かをサポートすることが楽しいと感じている。
斎藤さんの言う通りだ。
……してはいけないことを決める、かぁ。
こんな演技をしたい! という考え方に比べてネガティブにも思えるが、確かに俺には合っているかもだ。
「例えば、ええと……他の人の演技を邪魔しないとか」
「いいね。大前提だね」
「顔ばっかりの不自然な演技は嫌われるけど、それでもまずは表情を作らないとだよね。無表情は駄目かも。それと、台詞の棒読み――は、さすがに仕方ないのかな?」
「素人だしね。できる範囲でなんとかするよ」
「どうにもならなかったら、いっそ口数を減らしちゃうとか」
「合理的だね。それもありだなぁ」
他人の邪魔をしない、無表情にならない、喋りすぎないか。
斎藤さんのおかげで、もう三つ埋まったな。
残りは自分で決めることにしよう。
「それと、岸上くんには言うまでもないと思うけど。万事、何事も最初は模倣からだと斎藤さんは思うわけですよ」
「うーん、全面的に同意するよ」
下手なら上手い人を見て、真似できる部分を探していけばいい。
向上心が伴えば、真似をするうちにできることが増え、徐々にオリジナリティが顔を出す。
確かに、どの分野でもそうだと思う。
これを今回の話に適応すると……。
「つまり……好きなキャラなり自分に近いキャラなりを探して、それを真似すればいいわけだね?」
「私はそう思います。斎藤です」
「……斎藤さん。もしかして、すでになにかの真似してる?」
目を閉じて何度もうなずく斎藤さんの仕草が愉快すぎる。
あまりに愉快だったので、アドバイスのお礼も兼ねて俺は温かいお茶を斎藤さんに奢った。
ありがとう、斎藤さん。
そして現在。
先の三つに加え、俺は自分で考えた禁止事項をやや増やして実戦へと向かった。
それから、模倣するキャラクターの選定だが……。
「岸上くんなら、ヒャッハー系よりダウナー系だよね」
これも相談した際に、斎藤さんがある程度の指針を示してくれた。
俺が買って渡した缶をにぎにぎしつつ、斎藤さんが続ける。
「一見クールで怖いけど、実はすっごく優しい。前々からそういう人だなぁって――今のなしにしていい?」
「え? なんで?」
それまで淀みなく話していた斎藤さんが、急にごにょごにょと口ごもる。
あれ? 俺に合いそうな演技の話……だったよな?
「と、とにかく! そういう魔族さんをやるのがいいと、斎藤はそう思いました。まる」
「なぜ日記風……照れ隠し?」
「照れてないやい」
唇を尖らせた斎藤さんが、まったく痛くないパンチを繰り出してきた。
とまあ、こんな話もあり……。
俺は昔やったゲームの中で、何人かの感情移入できそうなキャラを参考にすることにした。
複数なのは、そのまま一つのキャラを真似するのは恥ずかしいからだ。
適当に混ぜて薄めて、人に言い当てられない程度に留めておく。
近いところでいうと……サマエルに似た演技といえば、そうかもしれない。
「どうした? かかってこないのか?」
相手の攻撃の手が緩んだのを見て、そんな言葉を投げてみる。
イベントの設計上、互いになにもしていない時間というのは基本的に損だ。
ポイント取得量が減るし、時間制限もある。
例外は以前に検証した特殊行動の『静観』くらいなものだ。
「では、こちらから行くぞ!」
再度言葉を発した結果、RPPがそれなりに加算されつつ相手も動き出す。
……よし。
「ハインド――じゃない、ハイン・ドゥ」
特殊行動『相手の背後を取る』と『不意打ち』でポイントを稼いだフィリアちゃんが、合流して声をかけてくる。
俺はタイミングを合わせ、唱えていた魔法でフィリアちゃんにバフをかけた。
「今日はいい感じ……」
フィリアちゃんが親指を立てて褒めてくれる。
確かに、今日はいい感じに集中できている。
斎藤さんのアドバイスで、指針が明確になったおかげだろう。
長い目で見て成功になるかどうかは不明だが、少なくとも迷いは消えた。
「出でよ! シャドウサーバント!」
敗北ポイント増加・ビギナーマッチ実装のアップデートに合わせ、戦績の悪いいくつかの幹部職にスキルが追加された。
そのうちの一つである『シャドウサーバント』は、安定した強さを持つ影の戦士を召喚する技だ。
安定は大事だ。なぜなら――。
「なっ! こいつ!」
「さっきはポンコツ召喚したくせに!」
「ポンコツ言うな!」
っとと、いかんいかん。
こいつらが『ランダムサモニング』のプチデーモンを馬鹿にしたから、つい声を荒げてしまった。
弱いけど可愛いんだよ、プチデーモン。
声を荒げると、俺が真似しようとしているキャラたちから遠ざかってしまう。
「うええ、ダンジョンのボスクラスの動きじゃん!」
「上級AIかよ! きっつい!」
優秀なサーバントがきっちりと敵前衛を足止めする。
しかし本当に、このスキル追加はありがたい。
今回はフィリアちゃんが一緒だが、単独でイベント参加も可能な範囲になった。
とはいえ、だ。
「うおおおおっ!」
「押せ押せ! 倒せるぞ!」
俺本人の接近戦が辛いことに変わりはない。
そもそも二対五だし、影戦士を含めても三対五だし。
余裕の表情は崩さないようにしているが、イベント開催からすでに数日。
スペシャルマッチ到達者の大多数は、戦い慣れたプレイヤーたち。
そんなやつらが見ているのは、相手の表情よりも敵の残体力と獲得ポイントだ。
被弾が嵩む、回復の隙がない。減ったHPから勝機と見て、勢いを増して攻めてくる。
か、狩られてたまるかぁ!
「ぬんっ!」
ここで普段なら逃げ回るところだが、演技の性質上それは叶わない。
高ステータス補正を活かし、ダメージを受けながらも杖で反撃する。
肉を切らせて――の心構えだ。結果、RPPが加算。
これなら運動神経で劣る俺でも上位プレイヤーに攻撃を当てられる。
高速で迫る武器を避けずに受けつつカウンターというのは、それなりの勇気と気合が必要ではあるのだが。
それに、こうして我慢していれば……。
「一つ」
この場における真の狩人が、敵を順番に狩り取ってくれる。
敵パーティ全員の意識がこちらに向いた直後、後衛にいた相手の神官が倒れる。
識者曰く、瀕死の敵を倒す瞬間というのは最も隙が大きくなるらしい。
「二つ、三つ」
背後の異変に振り向いた後衛の魔導士、そして中衛の弓術士が倒れる。
動きは止まらず、尚も小さな狩人が躍動する。
残りは俺の目の前にいる前衛二人だけだ。
「せ、せめてハインドだけでも! ポイント! ポイントをっ!」
「俺がフィリアを止める! お前はハインドを!」
「ああ!」
判断の早さ、切り替えの早さはさすが上位プレイヤーだ。
役割を一瞬で決め、前後に分かれて走り出す。
しかし、忘れてはいないだろうか?
『――』
まだ俺が召喚した『シャドウサーバント』は生きている。
優秀な自律式AIを持つ召喚戦士が、俺を護るように前へ。
ここだ! 目くらまし! ――は、さすが相手も上級者。
攻撃を読んでいたのか、腕で顔をガードしたことで命中しない。
だが……。
『シャイニング』で作った隙に合わせ『シャドウサーバント』が高速で突進。
「は、速――がはっ!」
剣で相手の胸元を串刺しにした『シャドウサーバント』の背から、大量の影が噴出。
両者のHPがガリガリと減り――数秒後。
倒れた相手の横で、俺に向かってサーバントが左手を胸に、右手を後ろにして一礼。
文字通り影も残さず……というか最初から影だけだが、『シャドウサーバント』が役目を終えてその場から掻き消えた。
か、かっこいい……。
有能すぎるでしょう、この追加スキルというかサーバント。
「四つ。終わったね、ハイン・ドゥ」
淡々と仕事を終え、大斧を背に戻したフィリアちゃんが悠然と歩み寄る。
あっちはあっちで格好いいな、おい。
しかしながら、今はまだ採点区間。
フィリアちゃんに対し、俺は鷹揚にうなずきを返すだけに留めておいた。
本当はガッツポーズしてフィリアちゃんを褒めまくりたい。
試合終了の合図が鳴ったらやろう、そうしよう。
……と、そんなわけで、ようやく俺のイベント攻略は軌道に乗りはじめたのだった。