彼女達のやりたいこと
国境砦の様子は、俺達が過去に訪れた時とは様子が違っていた。
かつては行き交う人はほとんど誰もおらず、閑散としていたはずの往来。
今ではそこに、なんとそれなりの数のプレイヤー達が存在している。
「千客万来! ……とまではいかないが、以前よりも遥かに賑やかになっているな! 結構結構!」
「砦の兵士も増員されている気がする。で、肝心のリコリスちゃん達はどこだ……?」
降りた馬の手綱を引きながら、サーラ側の砦出入り口付近で三人を探して歩き回る。
しつこいようだがグラドタークはサイズが大きいので、非常に目立つ。
話しかけてくるプレイヤーこそ居ないが、俺達が連れている馬を二度見した後、こちらを見て納得したように通り過ぎていく……という姿がチラホラ。
なので、出来ればあちらの方からこっちを見つけてくれると楽なんだが。
暫く歩いた後、埒が明かずにマップで位置を確認するためにメニュー画面を開こうとすると――
「あ、ユーミルさん! ハインド先輩!」
元気の良い声が周囲に響き、リコリスちゃんが手を振りながら跳ねるようにして駆け寄ってくる。
その後に続いてサイネリアちゃんが綺麗な姿勢で、シエスタちゃんが背中を丸めてだらっと歩いてきた。
「こんばんは。今日は宜しくお願いします」
「先輩方、こんばんちゃー……目立ちますねぇ、その馬。みんな見てますよ」
良かった、スムーズに合流出来た。
シエスタちゃんの言う通り目立つ上に往来の邪魔なので、挨拶もそこそこに取り敢えず人気の少ない場所まで移動した。
国境砦の少し先、モンスターが出ない安全エリアの端っこ。
まだ俺達は彼女達がサーラに行きたいということしか聞いていないので、まずは具体的な目的地に関してユーミルが質問をする。
「それでお前達、サーラのどこに行きたいのだ?」
「もちろん王都のワーハです! というよりも、ギルド“渡り鳥”さんの近くに私達のホームを作りたいなぁって!」
「俺達のギルドの近くに?」
「あわよくば先輩達に寄生――もとい、私達三人に色々と教えてくれたら楽――嬉しいなあって」
「シー、全然本音を隠せてないよ……。あの、この子はこんなですけどリコの方は嘘偽りなく純粋な憧れですので! どうかお願いします!」
サイネリアちゃんがそう締めくくった。
リコリスちゃん、本当にユーミルのことが好きだなぁ。
その憧れの視線を向けられている側であるユーミルは、思案顔でこう言った。
「それは、お前達三人が私達のギルドに入るのではダメなのか?」
その言葉にリコリスちゃんが一瞬目を輝かせるが、直ぐにシュンとした顔になる。
どうしたのだろう? と俺達が疑問に思っていると……。
「その、お誘いは飛び上がるほど嬉しいのですけど、活動時間がですね……」
「今夜は週末なので時間に余裕がありますけど、私達の主なログイン時間は平日だと午後七時前後ですから……」
「加入したとしても、お手伝い出来なくてギルドに貢献出来ないのは心苦しいのだそうですぜー、この二人は。先輩達なら心が広いから、大丈夫だと思うって言ったのになぁ」
「確かにギルドへの貢献度なんて俺達は気にしないけど、シエスタちゃんがそれを言うのはおかしくないかね?」
そういうことなら無理に誘う必要もあるまい。
俺とユーミルは顔を見合わせると頷きあった。
ただ、俺の方からは彼女達に一つ提案が。
「それなら、君達でギルドを作って渡り鳥と同盟を組まないか? その形であれば、時間の合う時だけ交流すればいいだろうし」
「おお、それは良い! それは良い提案だぞハインド!」
ギルド同盟というのは、読んで字のごとく必要に応じて協力体制を取るギルド間の横の繋がりのことだ。
生産系ギルドと戦闘系ギルドが役割を分担してゲームを攻略したり、大型イベントの際に二つ以上のギルドから人数を募ったり……用途は様々だ。
ゲーム的には同盟を組んでいることで双方のギルドホームの施設を利用出来たり、戦闘や生産を行うことで蓄積されるギルドの経験値にボーナスがついたりする。
それを聞いたリコリスちゃん達は、俺からの突然の提案に驚いたような顔をしている。
その後「三人で相談して良いですか?」と訊いてきたので構わないと言うと、俺達から少し離れた場所で小さく円を作ってしゃがみ込んだ。
「悪い、ユーミル。越権行為だったな? ギルマスのお前を差し置いて言うことじゃなかったかも」
「私は一向に構わんっ! お前の言葉は私の言葉だ!」
「過剰な信頼に恐怖すら覚えるんだが……まあ、お前が良いって言うんならいいや」
この子達ならセレーネさんとも大会を通じて打ち解けつつあったし、ギルドを自由に出入りしても問題ないだろう。
恐らく他の三人も反対しないはず……と思うんだけど、今になってちょっと先走り過ぎている気がしてきた。
俺とユーミルの二人だけでこういう大事なことを決めてしまうのは、他のメンバーに対して余りにも不義理だろう。
なので急いでメールで連絡をすると、即座に三人とも肯定的な返事を寄越してきた。
他のメンバーが嫌って言うんでやっぱりなしで! とは今更言えないし、これにはホッと一安心。
次からは重々気を付けることにしよう……。
ともあれ、全員の了承は取り付けたので後は目の前のこの子達次第。
暫くしてから三人は立ち上がると、代表してリコリスちゃんがペコリと頭を下げてこう言った。
「結論、出しました! ――是非ともよろしくお願いします! 私達がこれから作るギルドと、同盟を組んで下さい!」
「よろしくお願いします!」
「しまーす」
「うむ、承知した! こちらこそよろしくだ!」
「よろしく、三人とも」
同盟の約束をしたところで、これからいよいよワーハに向けて出発だ。
彼女達もPvP大会予選には出場していたので、レベルは40付近で問題なし。
王都に向けてサクサク進むべく、グラドタークに分乗することになったわけだが……。
「先輩。当ててんのよー、とかの定番のセリフは言った方が良いですか?」
「言わなくて良いです……」
気が付くと何一つ揉めることなく、自然とこの組み合わせで乗ることに決まっていた。
あちらはユーミルとリコリスちゃん、サイネリアちゃんの三人乗り。
そしてこちらはシエスタちゃんと俺の二人乗りだ。
グラドタークに跨った俺の背には、不必要なほどがっしりとシエスタちゃんが密着している。
更には大会に引き続き、二度目となる例の凶悪な感触に思わず体が硬直する。
珍しくユーミルが無言でこちらを睨んでいるように見えるのは、俺の気のせいだろうか?
……このままじゃ不味いと、俺の本能が告げている。
「あのさ、シエスタちゃん俺の前側に来ない? 手綱は俺が握るけど、背もそんなに高くないんだし視界の妨げにはならないと思うんだけど」
「なるほど……先輩はお尻の方がお好みで? それとも髪……まさかうなじとか背中だったりします?」
「何がなるほどなのかな? 俺達今、ちゃんと同じ言語で喋っているよね? 段々と自信が無くなってきたよ……」
どうにかシエスタちゃんを説得し、俺の前に座らせることに成功。
動き出した直後は馬上の視点の高さに感心してキョロキョロしていたが、やがて飽きたのか俺に完全に背を預けて脱力。
後は任せたと言わんばかりにスースーと寝息を立て始めた。
「眠るの早いなぁ……」
シエスタちゃんの髪からはお菓子のような甘い香りがした。