共有ロビーにて
「ええい、貴様ら下がれ! 下がらんか! 散れ!」
魔王ちゃんに群がるプレイヤーを散らすサマエル。
当然ながら、周囲の――魔王ちゃん好きのプレイヤーからは激しいブーイングが起きる。
相変わらず憎まれ役の苦労人だなぁ……。
サマエルは魔王ちゃんを守りつつ、玉座の横へ。
「んしょ……」
そして魔王ちゃんはというと……。
無駄にでかい玉座に辿り着き、それによじ登っているところだった。
それを見ただけで沸き立つ馬鹿たち。
「うぉぉぉぉぉ!」
「椅子の設計者わかってる! 超わかってる!」
「最高でござるよぉぉぉ!」
魔界に与したものの、そこまで魔王に入れ込んでいないプレイヤーたちは引くか苦笑するかの二択を迫られた。
俺は引いた。
いつの間にか隣に戻ってきた、ユーミルも引いていた。
玉座付近に群がって少女のスクショを撮る様が、ちょっとキツイ絵面である。
「サマエル、現在の戦況を……えと、報告せよ!」
魔王ちゃんがキリッと決めた表情で、サマエルに問いかける。
それから勘違いでなければ、ちらりとこちらのほうを見て一瞬だけドヤ顔をした。
うん、噛まずに言えて偉いね……。
でもその顔、周囲のカメラ小僧どもに抜かれていますよ。女性もいるけど。
「ははっ。現在、神界の軍勢に対し、我がほうはやや劣勢――」
「ええっ!?」
地が出るの、早いな!?
魔王ちゃんは自軍優勢を無邪気に信じていたようで、大いに動揺している。
ただ、サマエルはそれを予期していたようで、言葉を続けた。
「――ですが」
「え?」
「この場にいるのは、魔王様の威光に惹かれ集った強者たちです」
威光……?
サマエルの言葉に、その場のプレイヤーほぼ全員の頭に疑問符が浮かぶ。
実際には魔王ちゃんが可愛いからとか、面白いからとか。
光より闇のほうが好きとか、神界と比べたときにマシという消去法で選んだ人もいるだろう。
しかし、さすがに面と向かってそれを口にするものはなく……。
「で、あれば。必ずや現況を打開・挽回し、魔界を勝利に導くことでしょう!」
「お、おおっ! そうか!」
すごい勢いで買い被ってくる。
責任をプレイヤーたち、来訪者におっ被せてくる。
なんだ?
「なあ、ハインド。あいつ、なにかおかしくないか?」
「え?」
「話すのが早いというか、いつもの勿体ぶった様子が足りないというか。余裕がないときのハインドに少ーしだけ似ている気がするのだが」
「……ああー。言われてみれば」
ユーミルに促され、よく見ると……。
サマエルの目の下の隈は、以前よりもっと悪化していた。
どうも仕事のしすぎでハイになっているようだ。
魔王の正式就任、即位式、宣戦布告からの神魔決戦だものなぁ。
そりゃ、多少はおかしくもなるか。
「頼んだぞ、皆のもにょ!」
最後に一噛み、ノルマを達成してから魔王ちゃんがそそくさと玉座を離れる。
締めの言葉で噛んだのが恥ずかしかったらしい。
滞在時間、およそ数分……うーん、レアすぎる。
トビがロビーに張り付くのもわかる短さだ。
未確定だが、人が共有ロビーに一定以上集まると登場――という噂もある。
「あ、そうだ!」
プレイヤーたちの手の届かない場所、扉の向こうに行く寸前。
魔王ちゃんが立ち止まり、副官の服を引っ張る。
「サマエル! サマエル! みんなへのご褒美……じゃない、褒章の話!」
「はっ、そうでした……」
サマエルが疲れた顔でプレイヤーたちのほうを振り返る。
お前はもう休め、と言える立場であれば言ってやりたい。
「先刻、既に同じ知らせを受けた者もいるだろうが……在野で戦う同志たちへの士気高揚のため、魔王城からの報酬が増加する。無論、貴様ら臨時幹部も対象だ。さらに、勝利の際には全員に報酬の上乗せを。そして四魔将へと至った者にはさらなる褒美と栄誉を約束しよう!」
矢継ぎ早に告げられた言葉に、一同は唖然とした。
次いで、内容が浸透するにつれて騒然となる。
「報酬増加だって!?」
「四魔将ってなんだ? 四天王みたいなもん?」
「五人揃って――」
レスポンスがいいな、さすが決闘ガチ勢たち。
サマエルが発した言葉の中で、自分たちに関係がありそうな部分だけに着目している。
俺も――俺は決闘ガチ勢とは言い難いが、その二つの単語が引っかかった。
「明日、正式に城より通達が下る。各員、一層の奮戦を期待する!」
サマエルは質問に答える気はないようで、魔王と共にさっさと玉座の間を後にする。
ざわめく共有ロビーの中で、流れについていけなかったユーミルがこちらを見る。
めっちゃ見てくる。縋るような目で見てくる。
「……」
「だから、顔文字やめろって。わからないことは普通に訊け」
「どこがわからないのかわからない!」
「教え方に困る、駄目っ子的な発言!」
「というのは冗談でな?」
一から教えないといけない! と、フル回転をはじめた脳がフェイントを喰らって一瞬思考停止する。
ボケを挟まないと普通に会話できないのか、こいつは。
「まず、報酬増加……は嬉しいが。なぜだ?」
「ガチガチの対人戦イベントなせいで、アクティブユーザーの参加率が低いんじゃないかな。掲示板の書き込みにもあったろ、対人戦が苦痛ってコメント」
「なるほど!」
今回のイベント、ガワは魔界と神界の戦いという構図だが……。
実際に行われているのは、プレイヤー同士の決闘だ。
戦闘関連のプレイヤースキルが露骨に出て、それ以外で補うという工夫の余地が薄い。
「コツコツ経験と強い装備を積み上げてきた俺たちみたいな古参は楽しいけど、ライトユーザーほど楽しくないと思う」
「だから報酬を盛って、なるべく参加してもらおうと!」
「多分。俺の予想だけど、報酬増加に合わせてルーキーモードみたいなのも追加されるんじゃないかな。それか、単純に負けた時のポイント増加とか。装備・レベル・スキルを公平にした別枠のモードとか」
私見だが、対人戦で最も緊張するのは一戦目だ。
そこを越えれば緊張が解れて二戦目、三戦目とやり続ける人も出てくるだろう。
そのためには「負けても得るものがある」という点と「同格で適正な相手」が必要になってくる。
何も得られないサンドバッグ役は、ほとんど誰もやりたがらない。
現状、対人戦が苦手な人でも「試しにやってみようか?」となるような導線が足りていない。
「なにもなくても、勝負は楽しいと私は思うが?」
「まぁ、否定はしないけど。お前みたいなのが多数派なら、純粋な競技型のゲームはもっと流行っていると思うぞ。例えば――」
「あ、ハインド! ハインドだよな!?」
っと、話の途中で見覚えのある人たちが声をかけてきてくれた。
確か、決闘の高レート戦で何度か……プレイする時間帯が近い人とは、顔を合わせやすいな。
所属国はベリだったと記憶している。
声を発した、先頭にいるリーダーのプレイヤーネームは……。
「ソランさん」
「憶えていてくれたか。勢力勝利の報酬も増えるっぽいし、情報共有しないか? 個人報酬を優先するなら無理にとは言わないけど」
「あー、いいですね。誰か特殊行動のリスト作っている人っています? 補完し合いません?」
「あるよ! ……って、そっちのリストすごい埋まっているね! さすが!」
状況を利用する以前に、労せずに向こうから情報源が転がりこんできた。
特殊行動の情報はフィリアちゃんが特に喜ぶので、もちろん提案を受けることにする。
仲間内ではユーミルが基礎ポイントの打点が高いので、勢力内の個人ランキングで不利になることもないだろう。
慎重を期すなら明日の変更された報酬を見てから決めればいいのだが……目の前にいるような人たちは、早さと効率重視だろうしなぁ。
一日だって無駄にしたくはないだろうし、明日も話に応じてくれる保障はない。よって即決だ。
ユーミルが俺の背を叩いて笑う。
「よかったな、ハインド! 魔王たちのおかげで話しやすい空気ができたぞ!」
「そうだな、ラッキーだった。こうなると、後は自分次第か……」
「む?」
ロビー内にいた他のプレイヤーも集まり、羊皮紙に書かれたリストがどんどん埋まっていく。
これ、完成したらどうするかな? 上手く勢力内で協力的な人たちと共有したいんだが。
こういうのが得意なのは……あ、トビがこちらの視線に気づいた。
魔王に会えた喜びを引きずりつつ、すごい勢いでこちらに向かって突進してくる。
「ハインド、なにか心配事があるのか? 自分次第とは?」
「ああ。どういう方向性のロールプレイをするか、俺だけまだ定まっていないんだよ……」
「まだなのか!? 遅くないか!?」
「遅いよな……」
ユーミルのように乗り切れず、助言した身でありながらフィリアちゃんのように割り切ることもできない。
このままだと、中途半端で楽しくないイベント期間を過ごすことになりかねない。
どうしたものかな……。