ギリギリログインタイム
「解散前にTBやろうのコーナァァァッ!」
「わー」
未祐――からユーミルに変わり、早速の宣言。
呼応して声を上げたのは、すっかり元気を取り戻したリコリスちゃんである。
場所は昨日と同じ、プライベート設定にされたイベント待機ロビー『魔王城・玉座の間』だ。
「なんで君ら、そんなに元気なの……」
「雪合戦をして、巨大な雪だるままで作っていましたよね……?」
一方、こちらはハイペースな動きに脱落寸前である。
俺と理世が雪かきをする横で、彼女らは自分たちの身長ほどの雪だるまを作り上げた。
記念に写真を撮って家に戻るや否や、次はゲームをやろうの大合唱である。
どんな体力をしているんだ。
「インしてから言うのもなんだけど、無茶じゃないか? お母さん方から、連絡来ちゃうって」
外の雪はまだまだ残っているものの……。
晴れて気温が上がり、徐々に溶け始めている。
元来、そこまで雪の深い地域ではない。
徐々に交通網の機能も回復し、帰宅の算段が付きはじめることだろう。
そんな中でのログインに難しい顔をしてみるが、ユーミルは強行する構えを崩さない。
「ハインドよ。子どものころ、もう帰るよー! って言われてからの時間のほうが楽しかったりしなかったか?」
「え? ええと……」
「しなかったか?」
「……あったし、わかるけど」
「今、私たちはそういう気分なのだ!」
な、なるほど?
わかるような、わからないような。
「親からすると迷惑な話だよな……なぜ無駄に粘ろうとする」
「陽が沈んでからが本番だ!」
「帰るぞ。危ないから」
子ども時代の「もう後がない!」というレベルの遊びっぷりはどうしてなのだろうな。
時間一杯、あるいは体力の限界まで遊んだ記憶は自分にもあるが。
この歳になってまでそれをやるのか?
「もうちょっとだけ! もうちょっとだけお願いします、おとうさーん!」
「あのね? リコリスちゃん」
誰がお父さんだよ。
段々とユーミルの言葉に乗っかるのが上手くなってきたな、キミ。
妙に言い慣れている様子から、今でも使っている言葉であるというのがうかがえる。
そして、なんだかんだで言われた小春父が許してしまう姿が目に浮かぶ。
「パパー、お・ね・が・い」
と、右後方から邪悪な気配。
振り返ると同時に、抱え込むように腕を絡め取られた。
なんかいかがわしいな。
「待って。シエスタちゃんもなの? 本当に遊びたいの? 悪乗りしているだけだよね?」
腕をホールドされてはいるものの、その力は強くない。
というか、柔らか――じゃない、振り払えば簡単に外せそうな感じだ。
ゆるゆる拘束。
「――よくぞ見抜きましたね。先輩んちのこたつに帰りましょう、今すぐに」
「シーちゃん!? もう少し粘って!」
シエスタちゃんの媚び顔は、約五秒しか持たなかった。
リコリスちゃんがショックを受ている間に、つかんでいた俺の腕もあっさりと解放する。
親よりも率先して帰ろうとするタイプだ、この子……。
もっとみんなと遊んでおいで?
「あ、え、ええと……ご、ごほん! と、父さん?」
「無理しないで、サイネリアちゃん」
次なる刺客はサイネリアちゃんのようだ。
といっても、彼女がこの流れに乗るのは性格的に無茶である。
「じゃ、じゃあ……お兄さん、とかですか……?」
「は?」
「呼び方の問題でもなくてね? それ以前に、その呼び方は色々とまずいんだけど」
最近のサイネリアちゃんはちょっと変だ。
迂闊にリィズの尾を踏むような真似をする子じゃなかったと思うのだけれど。
会話の間に挟まった怒りの声の主が誰のものだったのかは、言うまでもないだろう。
「「「……」」」
そして、三人とのやり取りが終わった流れで、なんとなく……。
本当に何気なく、俺たちはフィリアちゃんに視線を向けた。
「――」
集まった視線にびくりとした後で、無表情のままフィリアちゃんが右往左往する。
もしかして、次は自分の番だとか思っているのか?
「フィ、フィリアちゃん? だ、大丈夫だよ。合わせなくていい」
「……そう、なの?」
見るに見かねて声をかけると、ほっとした様子で動きを止める。
……ほっとしたんだよね?
顔に出難いからわからないなぁ。
「やらなくていいから。むしろやらないでくれたほうが、俺の疲労が軽減されるから」
「……でも。ボケの連鎖が、このグループの流儀――」
「ないよ、そんな流儀」
ないのか? というユーミルの声がして、それに首を傾げるリコリスちゃんとシエスタちゃんの姿が見える。
いや、ないでしょう?
そんな連鎖になんの得があるんだ。パズルゲームでもやってんのか。
「というのは冗談でな!」
「もう、どこからどこまでが冗談かわからねえよ!」
「まあまあ。落ち着け、ハインド」
「お前にだけは言われたくねえ」
「とにかくだな?」
ユーミルによると、ただ闇雲にログインしたわけではないらしい。
今度はきちんと意図を持って、ユーミルがフィリアちゃんに視線を流す。
「解散前にある程度、戦法を確立したい」
「――だそうです!」
リコリスちゃんの合いの手は力強いのだが、もっとこう……ね? 補足というか。
相変わらずフィリアちゃんの言葉は短く、端的に過ぎるが。
これまでの彼女の行動を踏まえると……。
「軽く戦闘しておけば、帰り道で反省会もできるって?」
「そう」
「昨日の分の戦闘だけだと、戦法を考える材料が足りなかったと」
「うん……やっちゃ、ダメ?」
「……」
あれだな、フィリアちゃんは……若干だが、効率に拘りがちなところがあるな。
他人に迷惑をかけるほどではないので、問題ない範囲だが。
事実、こうして周囲の了解を得ようとしているわけだから。
それに対する俺の答えは――
「……わかった。いいよ」
――という、割と甘いものだった。
ギリギリまで遊びたい勢が、答えを聞いてわっと沸く。
特にリコリスちゃんが嬉しそうだ。
……仲直りできたとはいえ、昨晩の悪いイメージを早めに払拭しておきたいのだろう。
気持ちはよくわかる。
「ありがとうございます、ハインド先輩!」
「ううん。ただ、時間には注意してね? リコリスちゃん」
「はい!」
元気のいい返事だ。
ただ、夢中になっていたら忘れてしまうだろうなぁ……。
と、いうことで。
「リィズ」
「はい。時間になったらお知らせしますね」
ログイン前に親御さんたちと連絡を取り合った感じだと、一刻も早く午前中に――という話は誰からもなかった。
だからといって、帰すのを遅くなるようなことはあってはならない。
リィズに声をかけると、すぐに察して時計を気にしはじめてくれる。
「頼むよ。やっぱりシステム内臓のアラームよりも、リィズアラームのほうが頼りになる。あれは戦闘音に紛れやすいし」
「お任せください」
「うむ。頼んだぞ、リィズアラーム!」
「次にその呼び方をしたら殴ります」
「おい!?」
特に遠方から来ているフィリアちゃんに関しては要注意だ。
ゲームをするにしても、きっかり昼食前までが限界という気はする。
おおよそ、今からだと二時間程度になるだろうか?
……昼食、どうしようかな。
「それはさすがにひどくないか!? ひどい差別!」
「これは差別ではありません。区別――いえ。分別、ですかね?」
「ゴミ捨てみたいな言い方をするな! ゴミを見るような目もやめろ!」
俺が思考の中に沈んでいると、いつの間にか喧嘩がはじまっていた。
あー、うーん……うん。
止めなくてもいいか、これくらいなら。
「さー、いつもの儀式が済んだところでー」
「出発です! 時間は待ってくれません!」
「あなたたちの先輩に対する扱いも、大概よね……」
ヒナ鳥たちはすでに戦闘準備をはじめている。
その横では、ユーミルとリィズの言い争いが続いている。
それらを順番に――二往復くらいだろうか? 交互に見た後で、フィリアちゃんが俺の服の袖をつかむ。
「……ハインド。やっぱり、これがこのグループの――」
「違うから」
どこかズレてはいるが、なるべく溶け込みたいというフィリアちゃんの想いは感じ取れた。
だからといって、無理に染まる必要はないと思うが。