三人で考察
その後、軽く数戦を終えて。
元気いっぱいなユーミル、無表情のフィリアちゃん、疲労困憊の俺は帰還した。
他の面々は戦闘中、あるいは一時的なログアウトで、誰の姿もロビーにはない。
出発時と同じプライベート設定のロビーに戻ってきたので、玉座も無人のままだ。
そんな中、ユーミルが手を上げて呼びかける。
「順位発表! いーち!」
いち……? と、一瞬戸惑ったものの。
俺とフィリアちゃんは顔を見合わせた後、意図を察する。
「に」
「むん!」
応えたフィリアちゃんの両頬を、ユーミルがすかさずキャッチ。
そのままむにむにと上方向に引っ張り、にーと笑顔の形をキープさせる。
可愛いけど、やめてやれよ。迷惑そうだぞ。
「それで、ハインドは? ハインドは何番目だ? この中で!」
「……三番目だよ。お前、分かっていてそこまで煽るか? なぁ?」
俺のイベント成績は、相変わらず低調なままである。
その事実に対する苛立ちはないが、煽ってくるユーミルの顔は苛立つ。やめろ。
とはいえ……。
「馬鹿な話は置いておいて、フィリアちゃん」
「ふぁに?」
まるっきり浮上のきっかけを得られなかったわけでもない。
頬をつかまれたまま、フィリアちゃんがこちらに顔を向ける。
「RPPについて、どう思った?」
情報整理と自論の確立のため、所感を訊いてみる。
ユーミルの手が離れ、いつものフラットな顔に戻ったフィリアちゃんが口を開く。
「……エモーションシステム、知ってる?」
ユーミルが「なに言ってんだこいつ?」という顔をしたが……。
お前のエルフ耳とか、『勇者のオーラ』に使われているもののことだぞ? という主旨の説明を俺がすると、ようやく話が進む。
「ああ! 感情に合わせて耳がピコピコしたり、オーラが噴き出したりするあれか!」
「そうそう。脳波検知の技術が応用されている、っていう触れ込みの」
「うん。採点に、あれが使われていると思う」
「おっ」
フィリアちゃんのその考察は、非常にしっくり来た。
さっきから鋭いな……口数は少なくても、頭の中では色々と考えているタイプなんだな。
「なるほど。そうか……」
「なんだ? 結局、今のがなんの話に繋がるのだ?」
「お前の出所不明な、高ポイントの正体の話だよ」
「む?」
ログを見るとわかるのだが、RPPには一定時間毎に加算される『基礎ポイント』というものがある。
これは加点量が一定で条件が明確な特殊行動とは別で、採点基準が明示されていない。
フィリアちゃんが言いたいのは、ここに『エモーションシステム』が使われているのでは? ということだな。
だから、それを踏まえるなら……。
「いいか? すごく簡単に言うとだな。心底から、ノリノリで演技すると――」
「基礎ポイントが増える」
「――そう。だから、毎回ユーミルのポイントが一番高いんじゃないか? ってことだな。あくまで推測だけど」
「おお!」
理会が及ぶと同時に、得意気な顔になるユーミル。
なんだ、急にどうした?
「つまり私は、無意識にイベントの極意を体得していた……!?」
「偶然だろ」
「偶然」
わかりやすく調子にのっているな、こいつ。
なんだその悟りを開いたような表情は。
「ふふん、妬くな妬くな! このままトップを独走して、ギルマスとしての威厳を見せつけてやるぞ!」
こいつに「ギルマスらしく振る舞おう」という気概が残っていたことに驚きだ。
俺は言わせっぱなしでいいかと黙っていたが、フィリアちゃんはそうではなかったらしく……。
ふんぞり返るユーミルの前へと進み出る。
「ログに表示される、テクニカルなポイントは私の方が高かった」
「む? しかし……」
「高かった」
「お、おお」
フィリアちゃん、俺たちが思っていた以上に負けず嫌いのようだ。
ああしてユーミルが押し切られるのは珍しい。
フィリアちゃんは勢いのままに、ぐるりと俺に視線を戻す。
「総合ポイントも、すぐに追い越す。ハインド、なにか対策ある?」
「うーん、対策ねぇ……」
ユーミルと同じようにできれば、一番いいのだろうが。
俺たちの中でそれが可能なのはトビ、それとリコリスちゃんくらいか。
やる気があればシエスタちゃんも――いや、無理か。やる気ないし。
「私たちに、ユーミルと同じやり方は無理」
「まぁ、そうだね……俺も今、そう考えていたところ」
「なぜだ?」
「なぜって、お前……」
「……」
「?」
本気で不思議そうな顔はやめていただきたい。
お前は驕ったり哄笑したりするセレーネさんやリィズ、サイネリアちゃんを想像できるのか?
「……うん。特殊行動なんかのテクニカル方面に注力しつつ、静かな演技でも感情が乗るよう工夫する――これがいい。というか、これしかないんじゃないかな?」
「む?」
どうにか捻りだした俺の意見に、ユーミルが首を傾げる。
どこか引っかかるところがあったのか?
「テクニカル方面はいいとして、静かな演技というのは?」
「さっき、フィリアちゃんがやっていたあれが近い。ダウナー系の演技、とでもいえばいいのかな?」
ユーミルのものをアッパー系と考えるなら、逆はダウナー系となる。
明るい性格の悪役もいれば、そうでない性格の悪役もまた然り。
魔族の一般的なイメージで考えれば、充分に勝算があると俺は踏んでいる。
事実、あの戦いで獲得したフィリアちゃんの基礎ポイントは、決して低くなかった。
「大事なのは一貫性だ、多分。俺みたいに、ブレたり露骨に素が出たりするのはよろしくない。乗った演技どころか、動揺の元だから」
「あれはあれで、お前らしくて私は好きだがな!」
「そりゃどうも」
そう言われて悪い気はしないが、今回のイベントでは駄目ということだろう。
あるいは、あれさえも演技の一部に昇華できるなら話は別だが。
「では、具体的にどうする? 思春期真っただ中な中学二年生ばりに、設定を作り込むか!? 闇のエネルギー!」
「それだと、俺とかセレーネさんはより酷くなるだろ……恥の上塗りじゃねえか」
「うぉぉぉぉ……力が溢れる、高まるぅ……」
「それはなんか違う。近いけど違う」
なんだよ、闇のエネルギーって。
右腕を抑えて苦しそうにするな。
そこか? そこに闇のエネルギーが封じられているのか?
魔眼でもいいぞ、じゃないんだよ。イタいんだよ。
「……もういい? ハインド」
「あ、うん、ごめん。話を戻そうか……」
コントは終わった? とばかりに、冷たい目のフィリアちゃん。
目を抑えて悶えるユーミルを放って、俺はフィリアちゃんに向き直る。
「大袈裟な演技が無理なら、なるべく自然にできるものがいい?」
「そうなるね。だから、フィリアちゃんはさっきの方面を詰めるだけでいいと思う。ダウナー系はアッパー系より、感情を乗せるのはどうしても難しいだろうから……積極的に、特殊行動も絡めて補えば伸びるはず」
「……頑張る」
アレを超える残虐プレイとなると、どうなるのか恐ろしい気もするが。
要はその人の気分が乗るかどうかなので、フィリアちゃんに合っていればそれでいいはずだ。
恨まれたり嫌われたりしない程度に、冷酷な魔族を演じてもらいたい。
「私は!? ハインド、私の改善案は!?」
「お前、闇のエネルギーはどうした。魔眼は?」
「光の力で相殺した! ……む? 相殺より、光と闇の力を合わせたほうが、より――」
「もういいって。しかし、ユーミルの改善案か……」
特殊行動というのは、先程ユーミルに試してもらった『静観』の他に……。
『不意打ち』だとかフィリアちゃんが達成した『同士討ちの誘引』、相手の戦意を折る『戦場支配』などが挙げられる。
『戦場支配』などを見ると、対戦相手の感情もRPPの計算に入っているのでは? と推察できる。
これらは普通に戦っていて達成されるものも多いが、ユーミルの場合はなぁ。
「お前が細かい技術面のことを考えると、感情の乗りが鈍るだろうし……そのままのほうがよくないか?」
「そこはかとなく馬鹿にされている気分!」
「してないしてない」
これは本当に、やり方が合っているかどうかの話だ。
改めて、今回のイベントは戦闘の勝敗が最優先にならないとわかる。
いかに魔族に「なりきる」かが大事なのだ。
どんな魔族を目指すかは、ある程度プレイヤーの意志に委ねられているようだが。
「どうしてもって言うなら、両方のやり方を試してみたらいいじゃないか。エモーションシステムが介在しているかどうかの実証にもなるし」
ただ、停滞を良しとせず、向上心を持つのは悪いことじゃない。
やってみて駄目だったら、戻してもいいのだ。
イベントはまだ始まったばかりである。
「そうか! では、もう一度戦いに――」
「いやいや、ひとまずフィリアちゃんは解放してやれ」
「――む?」
マッチングに進もうとするユーミルを止めつつ、俺は時間を確認する。
ここまでで、一時間経たないくらいか……ちょうどいいタイミングだろう。
「フィリアちゃん。さっき共闘に誘われていたよね? リコリスちゃんに」
「うん」
同時に戦えるのが三人までということもあり、このイベントは全員一緒に遊ぶことはできない。
せっかくなので、フィリアちゃんには他のメンバーとも楽しんでいってもらいたい。
「リコリスちゃんは……まだ戦闘中みたいだね。すぐに戻ってくると思うから、このままロビーで待つなり、一度ログアウトするなりするといいよ」
「そうする」
フレンドリストからリコリスちゃんの状態をチェックすると、戦闘中となっていた。
俺の呼びかけを受けて、フィリアちゃんは迷わずログアウトを選択。
なんだかソワソワしていたようだけれど、もしかしてトイ――いや、やめておこう。
無神経にも程がある。
「……よし、では行くか! 付き合ってくれるのだろう?」
フィリアちゃんの離脱を見届けてから、ユーミルが気合を入れ直す。
どんな状況でもイベントでもモチベーション高いよな、お前って。
ちょっと尊敬する。
「もちろん。ところで、結局どうするんだ? どういうプレイスタイルで行く?」
「無論、テクニカルに感情を乗せていくっ! 特殊行動点も基礎点も、どっちも獲りにいくぞ! 私は欲張りだからな!」
「そうか。失敗して、急に低ポイントになっても泣くなよ」
「泣かん!」
――それから数分後。
ユーミルは特殊行動を意識するあまり、グダグダな台詞回しと立ち回りになり……。
これまでよりも遥かに低いポイントを叩きだし、即座に泣きを見ることになったのだった。