フィリアの実践
三戦目。
今度はフィリアちゃんを前面に押し出し、ユーミルは中衛で遊撃気味に。
俺はいつも通り、後衛で支援という隊形で戦いに臨む。
「おっ」
「幹部戦引いた……ラッキー」
マッチング完了、場に対戦相手となるプレイヤーが召喚された。
敵は五人のフルパーティで、落ち着いた様子から中級者以上と見受けられる。
後衛が魔法系で女性二人、前衛が物理系で男性三人の構成。
パーティバランスもいいし、そこそこ戦い慣れている雰囲気だ。
時間経過により、徐々に連勝補正が利くようになってきたのだろう。
先程までのような、ゆるい戦い方をしていると負けるかもしれない。
「……」
しかし、そんなことは百も承知と言わんばかりにフィリアちゃんが前進。
戦闘開始の合図直後から、一気に距離を潰していく。
「フィリア! いきなりか!?」
「最初に言っていた方針を試す気なのか……?」
有無を言わさず相手を倒す、傭兵の作法。
いつも通りのフィリアちゃんといえばそうなのだが、はたして今回のイベントでそれが通用するのかどうか。
俺とユーミルは、一旦待ちの体勢でそれを見守る。
「――む、もう敵の陣形が崩れたぞ!」
「早いな」
戦闘開始から三十秒と経たずに、戦況が傾きだした。
これは、決して相手が弱いからというわけではない。
単純にフィリアちゃんが強い。
敵パーティ全体の重心、狙い、居てほしくない位置、誘導したい方向……全て読み切っている。
なによりも、フィリアちゃん本人の決断力というか、思い切りの良さが抜群だ。
敵後衛は既にフィールド端、前衛三人の位置関係は最悪。
陣形を立て直せなければ、このまま戦闘が終了する流れであろう。
「行くか? ユーミルン」
「いや、もう少し待つぞ。今、私が行っても邪魔になりそうだ」
じっと、ユーミルがフィリアちゃんを見入るような動き。
……お? これはもしかして。
フィリアちゃんの動きを採り入れようとしているのか?
「そうか。じゃ、支援だけ」
「私には使わなかったのにか?」
戦いから目は離さず、しかし拗ねているようなユーミルの声。
思いもよらない言葉に、俺は支援魔法を中断した。
「……変な僻みを入れるなよ。この人たち、さっきの相手より強いだろ」
「そうだがー。そうだがなー?」
バフがあの場面、実際に必要だったかどうかは関係ない。
気持ちの問題だとユーミルは言いたいらしい。
しかし、本当に贔屓だとかそういう意図はないのだが。
「悪かったよ。次はちゃんと使うし、あえて使わない時は言うから」
「にひー」
どうやら、欲しかった言葉を探り当てることに成功したようだ。
戦いから目を離し、満面の笑みを浮かべるユーミル。
「じゃ、今度こそバフ投げるからな」
「うむ! 早くしてやるといい!」
「……」
お前のせいで詠唱中断したんだけどな! というのは、言わないほうがいいのだろう。
黙って詠唱をやり直す。
防御系バフ――いらないか、攻撃でいいな。
物理攻撃力を上昇させる『アタックアップ』をフィリアちゃんに向けて使用する。
「ん……」
バフエフェクトに反応して、フィリアちゃんがこちらに目配せをする。
そのまま親指を立て、それから、俺たちは来なくていいというジェスチャーも送ってくる。
一人で充分ということらしい。
「余裕ありそうだな!」
「だな。それにしても、さっきから三人構成がただの足かせだな……」
三人で戦わないのであれば、単に個々の能力がダウンしているだけの話になる。
二日目以降に期待、ということでいいのだろうか?
最初からフィリアちゃんだけなら、もうこの戦闘は終わっているような気がする。
「うむ。どうせなら、私たちの高度な連携も見せたいところだな!」
「高度? 俺もお前も、追加されたスキルに振り回されているのに?」
「わ、私はさっき、上手にデモニックダンス使ったぞ!? 上手に踊ったぞ!」
「ダンスるってなんだよ。途中まではよかったけど、結局捉まったじゃん」
「むぅ」
とはいえ、ユーミルンがスキルを使いこなすのは時間の問題だろう。
『デモニック・ダンス』はスキルの再使用時間が短いので、感覚派のユーミルにはぴったりのスキルだ。
何度も使って、体で使用感を覚えることができる。
むしろ問題は俺のほうである。
だから、これはただのやっかみだ。
「そんなことを言うと、もう一緒に組んでやらないぞ! スケルトンに前衛をやらせるのだな! ばーか!」
「すみませんでした前衛やってください」
「ふふん! ランダム召喚の仕様と、己の運のなさを恨むのだな!」
「本当にな……まだ一度も当たりを引いてねえよ。勘弁してくれ」
他のメンバーは一人でも戦える性能に仕上がっているのに、俺だけは難しい。
無理とは言わないが、かなり不安定だ。
……それはそれとして、つい今しがた相手パーティが一人戦闘不能になった。
俺たちの見守る先では、フィリアちゃんの大斧が唸りを上げている。
「しかし、いい動きだな……ハイン・ドゥ、このまま最後まで見ているか?」
「そうしよう。ユーミルンは、この戦闘でまだなにもしていないよな?」
「うむ。攻撃、回避、防御、その他一切の行動を取っていないな。ずっとハイン・ドゥとお喋りしているだけだ。ある意味、戦闘よりも楽しいぞ?」
「お、おう、それはありがとう……で、だ。せっかくだから、通しで“静観”した場合に変化があるかチェックしてもらっていいか? 俺はもう、支援魔法を使っちゃったから」
戦闘に参加せず、後方で待機していると『静観』状態と判定されるらしい。
この行動――というか「行動しない」という択、微量だがRPPが加算される。
普通に行動するほうがポイント上昇的に得なため、これまでは無視してきた。
だが、そのまま戦闘を終了すればボーナスがあるかもしれない。
俺の要請を聞き、ユーミルンは後方腕組み待機の構えを取る。
「わかった! ……フィリアが危ないときは、ちゃんとハイン・ドゥが助けてやるのだぞ?」
「ああ。危ないときはな」
そんなときが訪れるかどうかはさておき。
戦闘内容に目を戻すと、もう終わらせに入っている風情すらあった。
たった一人の少女に対し、五人が腰砕けという状態。
前言通り、フィリアちゃんは相手パーティの蘇生行動を利用し……。
「えっ」
陣形を更に滅茶苦茶に乱した。
蘇生をカバーする盾役、重戦士の体勢を軽く崩して一閃。
ちょっとチャラい感じの軽戦士の男が、呆気に取られた表情のまま再撃沈。
なにもできずに、再び戦闘不能となる。
「なめるなぁぁぁっ!」
激高したパーティリーダーっぽい騎士が、フィリアちゃんに斬りかかる。
だがフィリアちゃんは、役割を果たせず呆然自失の重戦士を挟むようにステップ。
直後、金属同士がぶつかり合う激しい衝突音が発生。
「あ、終わった」
俺がそう感じたのは、ぶつかった二人が互いを睨みつけながら立ち上がったのを見たからだ。
険悪な空気に、それをとりなすような動きの女性魔導士。
その背後に、斧を担いだ小さな修羅が迫る。
「きゃ――」
悲鳴は、最後まで発せられることはなかった。
敵の残りは、これで三人に。
そのままの流れで、回復役である神官に迫るフィリアちゃん。
揉めている場合ではないと、慌てて守りに向かう騎士と重戦士。
それを見たフィリアちゃんは――
「あなたは最後」
――鋭く反転、既にダメージを負っていた騎士を斧で下から殴り飛ばす。
顎が砕ける音が響き、残りは二人。
最後の前衛、重戦士は……随分とHPが残っているな。
半ば戦意喪失した彼は、フィリアちゃんにタコ殴りにされ始める。
「おお、ひどいひどい。わっはっは」
「なんでちょっと楽しそうなの? お前」
こうなると、神官の子は奇跡を信じて回復を送り続けるしかない。
回復以外に支援魔法、そして声援も送っているが、いかんせん重戦士の攻撃が当たらない。
武器は取り回しのいいショートソードだし、盾を振り回してみたりローキックを繰りだしたりと工夫もないわけではないが……。
フィリアちゃんは、リィズやリコリスちゃんに近い小柄な体形だ。
その上、全ての動作が速く隙がない。
鎧と盾で重武装、しかも大柄な彼が追い付くのは至難の業だ。
回り込まれ、死角に懐にと潜り込まれ、自分よりも二回り以上小さな少女に鎧の上から一方的に殴られ続ける。
「下手に延命するから、苦しみが長引いとる……」
「いや、本当にひどい。ひどいなー。ふふふ」
「だから、なんで楽しそうなんだよ」
なぶり殺し、という表現がぴったりの状況だ。
高めの防御力と、対象が一人になったことで増えた回復量が生み出す悪循環。
フィリアちゃんの今のRPP、どうなっているのだろう?
残虐プレイを止めないということは、上がっているのだろうか?
非常に気になる。
「も、もうやめてくれ……いっそ、楽に……」
「いいの?」
不意に、フィリアちゃんが攻撃の手を止める。
相手の懇願を聞き入れたから――ではないな、多分。
制限時間が近いのだろう。
スペシャルマッチの戦闘時間は短めだ。
フィリアちゃんが斧を悠然と構え、言葉と共に視線を動かす。
「あなたが倒れたら、次は彼女の番」
しかし、相手の重戦士は制限時間に気がついていない。
それどころはないほど追い詰められている。
度重なるミスも効いているのだろう。
盾役としての矜持を問われ、神官の女性に向かおうと足を踏み出したフィリアちゃんに対し……。
「おああああっ!!」
絞り出すような声を上げながら、突撃。
胴を汎用スキル『フェイタルスラッシュ』で薙ぎ払われ、膝から崩れ落ちた。
そのまま足を止めず、神官の少女の前へと歩みを進めるフィリアちゃん。
「あっ、あっ……」
「さよなら」
降参を宣言する間も与えず、座り込んでしまった神官の女性に斧を振り下ろす。
制限時間一杯、傭兵少女は最後まで仕事を完遂した。
「「うわぁ……」」
特殊スキルなしで勝ち切った上、悪役に徹しきったフィリアちゃんにドン引きな俺たち。
いつの間にか、笑っていたユーミルの顔も引きつっている。
「あのパーティ、トラウマになるのではないか……? 特に重戦士のあいつ、立ち直れると思うか? ハインド」
「崩壊の原因は彼一人のせいじゃないから……だ、大丈夫だろ、多分。特に神官の子、仲がいいのか最後まで頑張れ! 負けるな! って感じだったし……」
悪魔を通り越して、まるで死神のようなフィリアちゃんの戦いぶりだった……強い、そして怖い。
いや、しかし彼女のプレイは正しいのだ。
むしろゲームに対して、今回のイベントに対してどこまでも真摯な姿勢であるといってもいい。
それでもなんというか、俺たちとのカラーの違いを感じるんだよな……良くも悪くも。
「……私たち、フィリアと戦ったのが初期でよかったな? ハインド」
「……だな」
「?」
戻ってきたフィリアちゃんは、俺たちの会話を聞き……。
疲れた様子もなく、小さく首を傾げるのだった。