ユーミルの手本!
「いいか? お前たち! よく聞け!」
本戦、二戦目。
相手は男性のみの四人パーティ、前衛三人に後衛一人の接近戦重視な構成。
後衛は杖、前衛が徒手空拳に、槍に、ハンマー……ハンマーは珍しい武器だな。
そんな対戦者に、ユーミルが呼びかける。
「プレイヤーがイベント仕様で魔族化すると、職特性を大幅に強化! あるいは、職特性を超えたスキルが追加される!」
「ぜーんぶ、俺がユーミルに説明した言葉のまんま……」
なにを言うかと思えば、全て受け売りの言葉である。
発信源の俺は、そのまますぎる引用に若干の羞恥を感じる。
「私のような、騎士・攻撃型が魔族化した場合は――これだぁぁぁ!」
剣の切っ先を敵に向け、ポーズを決めて大きく息を吸う。
叫ぶ言葉と同時に、ユーミルは動きだした。
『デモニック・ダァァァンスッ!』
低く、速く、鋭く。
通常の突進ではない。
残像を伴いながら右に左に蛇行し、相手を幻惑する。
「うっわ、速っ!」
驚いているが、速度に関してはユーミル本来のものだ。天然ものである。
ただし、スキルエフェクトによる残像のせいで、普通よりも速く見えるのは事実だろう。
「隙だらけだな! ――どっせーい!」
距離を詰めに詰め、狙いを定めるユーミル――ユーミルン。
重戦士の持つ盾を避け、無防備な脇腹を激しく斬りつける。
「うげぇ!? なんか攻撃が二段ヒットした!」
「てか、なんなんだ!? この残像!」
「ふふん、これがデモニック・ダンスの効果だ! 細かい仕様は、えーと……」
「そこまで教えてくれんの!? 勇者ちゃん、優しい!」
「えーと……」
スキル性能の開示、というのは運営からイベント開始時に「おすすめ行動」として幹部プレイヤーに紹介された行動だ。
俺も予備戦ではあるが、スピーナさんたちに対して使用した。
どうやら、ユーミルもそれを憶えていたようだが……。
「……うむ! やはりやめておこう! 感じ取れ!」
「「「ええ!?」」」
面倒になったのか、戦闘に集中したかったのか、放棄してしまった。
それでも見栄のいい動き、勢いのある言葉遣い、不敵な笑みなどによってRPPが加算されていく。
つくづくこのイベント、あいつ向きだよなぁ……。
「ハインド……あのスキル、強いの?」
戦闘には参加せずに、フィリアちゃんが疑問を投げかけてくる。
ユーミルンのイベント専用スキルに興味が湧いたようだ。
「強いさ、そりゃ。攻撃力二倍だもの」
「!?」
「消費MPは確か……10だったかな」
「!?!?」
『デモニック・ダンス』は、自分と身に纏う残像による同時攻撃を発動させるスキルだ。
フレーバーテキストには悪霊を使役とかドッペルゲンガーがどうとか、色々と書いてあったが。
とにかく、簡単に言えば「全ての攻撃が二段攻撃になる」スキルである。
「……減衰とか、連撃補正とか、デメリットとか。ないの?」
「ないね。そのまま二倍」
なんなら、通常のスキルも二倍の効果になってしまう。
必殺級のスキル『バーストエッジ』を使用すれば、大爆発が二つ起きる。
それを聞いたフィリアちゃんは、無言・無表情ながらなにか言いたそう。
「わかる、わかるよ。普通に自己強化タイプのスキルだし、バランスブレイク必至だ。ただ、それは普通のプレイヤーが持っていたらの話で……」
こんなスキル、仮に習得が異常に困難な継承スキルであったとしても許されないだろう。
存在したとして、大幅に性能が弱体化するか、発動条件が厳しいかのどちらかだ。
「今回のモードでは、許される?」
「うん。俺らは今、三人だけど……マッチング登録は、一人でもできるんだ。最も人数差がある戦いでは、一対五になるわけだから」
極論、一人でも五人と拮抗できるように設計されている。
もちろん人数差によって、能力に補正はかかるのだが。
幹部側は味方の人数が少なく、敵が多いほど強化されるというわけだ。
大抵の後衛職に召喚スキルが付いてくるのは、一人で参加しても戦えるようにという配慮なのだろう。
「……私たち、ボス扱い?」
「あ、俺と同じ感想……そうだねぇ。といっても、中ボスくらいだろうけれど」
強くはなるが、全プレイヤーを蹂躙できる! というほどの強さではない。
大ボスクラスではない、中ボスくらいの性能だ。
とはいえ初戦、そしてこの二戦目のようなライトプレイヤーが相手だと、大きく水をあける結果になるのだが。
全力で戦うと一瞬で終わってしまうので、今はユーミルン一人に好きにさせているという流れだ。
早期決着では、フィリアちゃんに手本を見せるという俺たちの目的も達成できない。
「それで、どう? フィリアちゃん。ユーミルンの動き、参考になりそう?」
「……」
俺の言葉に促され、改めてユーミルンをじっと観察するフィリアちゃん。
視線の先では、銀髪の女が高笑いしながら敵を蹴り倒している。
「なると思う。でも」
「でも?」
「私は真似しないほうがいい……気がする」
違う? と目で問うてくるフィリアちゃんに、俺はうなずきを返した。
ごもっともで。
フィリアちゃんが高笑いしている姿は、うまく想像できない。
「そしたら三戦目は、フィリアちゃんを中心に色々と試してみようか? ユーミルとは違う方向性でさ。俺も、いくつか試したいことを思いついたし」
「うん……ハインド」
「?」
話が一区切りついたので、支援魔法の準備をしようとしたところで……。
フィリアちゃんが神官服(黒)の袖を引く。
「ユーミル、危ないかも」
「え?」
「相手が動きに慣れてきた」
じっと戦況を見つめながら、フィリアちゃんがそんな警告をしてくる。
その声を受けて観察すると、俺もなにか「不穏な流れ」のようなものを感じ取れた。
前衛三人という利点を活かして、相手パーティがユーミルンを包囲しつつある。
「ふはははは! 馬鹿め! そっちは残像だ!」
軽快に攻撃を避けるユーミル。
空を切る敵の武器、魔法、拳。
しかし――。
「ふはははは! 馬鹿め! そっちは本体だ!」
数瞬後、ユーミルはフィリアちゃんの言葉通りに被弾した。
「ぐっはぁ!?」
「うぉい!? だめじゃん!」
ノックバックの大きいハンマー攻撃を受け、豪快に地面でバウンドするユーミルン。
ユーミルの集中力が切れるには、まだ早いタイミングだ。
さすがに一人で戦わせすぎたか? あるいは、相手の能力を低く見積もりすぎたか。
「――本体といっても、私自身のことでハイン・ドゥのことではないぞぉぉぉ!」
「うっさいな!? 吹っ飛んでる割に余裕あるじゃねーか!」
残HPには余裕があるが、いかんせんユーミルンの体勢が悪い。
無駄なお喋りのせいか珍しく受け身に失敗し、剣を手放し地に伏してしまった。
カラカラと、ロングソードが岩肌の上を滑っていく。
「うおお、当たった! 当たったぁ!」
「ぺーやんのマグレが出た!」
「マグレ言うな! マグレだけど!」
「なんでもいい、勇者ちゃんにおさわり――もとい! 勇者ちゃんを叩くチャンスだ! そして俺らの名を売るチャンスだ!」
「っしゃ、畳みかけろぉっ! 勝ったらご褒美、負けても美少女に張り倒されるご褒美付きだぁ!」
俄然、勢いづく相手パーティ。
彼ら、俺たち二人が後ろに控えていることを忘れていないだろうか?
「うおおおおお! タイム! タァイム! 助けろ、ハイン・ドゥ! フィリアァァァ!」
倒れた体勢のまま、転がって逃げてくる魔勇者ユーミルン。
ハンマーの連続スタンピングが追いかけてくるので、気持ちはわかるが……。
「お前、それRPP大丈夫なの? すっげえ情けないけど」
「むっ!? 音を聞く限り、もりもり増えているがっ!? 上昇音がじゃりんじゃりんだ! じゃりんじゃりん――のわぁぁぁぁぁぁ! ハンマーやめろぉぉぉ!」
「あ、そう……」
増えているのかよ。基準が謎である。
こいつだけ贔屓されているのではないかとさえ感じるが、これまでの運営を知る限りそれはない。
まだ、俺が今回のイベントに対する理解が浅いだけなのだろう。
フィリアちゃんが斧を手に、俺に視線を向ける。
「……助ける?」
「あー、まあ、一応。あいつは見ての通りのアホだけど、弱いと思われるのは癪だから」
「……」
転がり、転がり、遂には足元まで転がってきたユーミルンを杖でストップさせる。
あ、やべ、脇腹に入ったかも。
「ぐふぇっ!? 痛いぞ、ハイン・ドゥ!」
「すまん」
そして、止まったユーミルンを飛び越えて俺とフィリアちゃんは前へ。
「行こうか、フィリアちゃん」
「任せて」
敵は前衛多めなので、俺も一度前へ。
イベント仕様で上がったステータスを利用して、ユーミルンが起き上がるまでの時間を稼ぐ。
……それと、落とした剣も拾いにいかないとな。
「おおー! 救いの神!」
「魔族だけどな」
「早く立って」
それから程なくして、名を上げると息巻いていた敵パーティは全滅した。
倒される際には、宣言通りの満足そうな顔で散っていったのが印象的だった。