名馬グラドターク
「なるほど。リコリス殿達が……」
「そうそう。砂漠に来たいって言うから、じゃあ迎えに行こうかって話になってな」
「グラドタークでひとっ走りしてくるぞ! だから一晩……長くても二日あれば充分だ!」
「あ、拙者まだ表彰式でしかあの馬を見ていないでござるよ。厩舎まで一緒に行っても構わないでござる?」
そんな訳で俺達三人は厩舎へ。
リィズとセレーネさんはギルドホームに残るということになった。
それぞれ鍛冶と調合に戻るそうだ。
「しかし、ギルメン全員で出迎えに行かないのはどうしてでござるか?」
ホームを出て街を歩きながら、トビが呟く。
道中、街ではすれ違うプレイヤーが俺達に気付いて手を振ってきたり声を掛けてきたりする。
大会直後なのでこういうことは多いのだが、それもじきに収まることだろう。
プレイヤーだけでなくサーラの代表として優勝したことになっているので、NPCが商品をまけてくれたりするのは嬉しい所だが。
そして、トビの疑問である五人で行かない理由に関しては明白である。
「パーティの最大人数を考えようぜ。彼女達のレベルを上げつつ、フィールドボスを倒さないといけないんだから」
「ああー、そうでござった。パーティは五人までなのだから、全員で行っても仕方ないでござるな」
「元々は私達のフレンドだからな。ここは私達で行くのが筋と言うものだろう?」
「拙者は友人の友人という感じで微妙でござるし、セレーネ殿は人見知り、リィズ殿はシエスタ殿と相性が悪いでござるからなぁ……」
どちらにしても二人行くなら俺達ということになる。
話している内に厩舎に到着し……中をぐるりと見回したトビが即座にソレを見つける。
それもそのはず――
「でっっっかいでござるなぁ……」
「名馬って言うから、スラッとした細身の馬を想像してたんだけどな」
「あの皇帝の所の馬だから、納得と言えば納得だがな!」
目立つのだ、他の馬やラクダに比べて。
グラドタークは二頭どちらも黒毛の馬で、フサフサとした立派なたてがみとがっしりとした体が印象的だ。
ユーミルの言う通り、あの豪快な性格の皇帝の姿とどことなく重なるような気も……。
ラクダの多いワーハの厩舎の中では、さながら主のように落ち着いた様子で草を食んでいる。
そのやや鈍重そうな見た目とは裏腹に、名馬というだけあって一度走り出すとそれはもう凄まじく速い。
ここワーハからマイヤまで、ラクダの約半分の時間で着いてしまう程である。
「まあ、デカいからアルベルトの兄貴の方が似合いそうな馬ではある。その機会を奪った俺らが言うことじゃないが」
「確かにそうでござるな。重武装をした兄貴が乗ったら映えそうな。ただこの馬、軽い人間なら二人……ともすると、三人は乗れるのではござらんか?」
「言われてみれば男なら二人まで、女性なら三人でも大丈夫かもなぁ」
グラドタークはそれだけのサイズを有している。
走っているところをロクに知らない、初見のトビですらこう言うほどのどっしりとした佇まい。
「では、そろそろ行くかハインド」
厩舎を管理しているNPCとの手続きを済ませ、ユーミルがグラドタークに馬具を装着させていく。
トビと話していた俺も、続けてそれにならった。
「ああ、そうだな。待ち合わせの時間に遅れると不味い」
「行ってらっしゃーい、でござる」
「うむ! 行ってくる!」
トビに見送られ、グラド帝国を目指してルキヤ砂漠に出た。
まずはオアシスの街マイヤ、次いで荒野の街バスカを経由して国境へ向かう。
非情に優秀なグラドタークだが、ラクダに比べるとスタミナがないので細目な休憩が必要だ。
マイヤに着いたらしっかりと給水・餌やりをしなければならない。
「今の私は一陣の風だぁ! 進め、グラドターク!」
「はしゃいじゃってまぁ……落ちるなよー!」
「分かってる! 心配無用!」
とはいえ、こうしてその背に跨っているとその気持ちは良く分かる。
ラクダに不満があった訳ではないのだが、このスピード感は病みつきになりそうだ。
景色が後ろに向かって高速で流れていく。
砂漠なので目印になるような物が少なく、どれだけ進んだのかは分かりづらいが……。
グラドタークは砂地を力強く蹴りつけてグイグイ前へ、前へ。
耐性があるのか、砂漠の暑さもなんのそのだ。
「あ、そうか。アレを見れば……おおっ、やっぱ速い」
呟きつつメニューのマップを拡大すると、その速度が一目で理解しやすい。
マイヤの街に向かって一直線に、あっと言う間に遠かった距離を潰していくのが見える。
グラドタークに乗ったのはこれでまだ三度目なので、色々と把握しきれていないことも多い。
「ハインド、折角だからマイヤまで競争しよう!」
「競争? ゲーム上の性能は同じ馬なんだから、同着になるんじゃないのか?」
「やってみなければ分からないではないか! 行くぞっ!」
「あ、おい!」
ユーミルが馬の腹を蹴って加速していく。
俺も自分のグラドタークの手綱を握り直すと、慌ててそれを追いかけていった。
マイヤはもう目の前、蜃気楼の先にうっすらと街が見える。
「……何故だ……先に走り出したのに、何故負けるのだ……」
結論から言うと、俺は途中でユーミルを追い抜いて先にマイヤに到着した。
今はオアシスで使用料を払い、グラドターク達に水を飲ませている。
「もしかしてだけど今のお前、俺よりも重いんじゃないのか? ほら、良く考えたら――」
「女に向かって重いとは何事だぁ!」
「聞けよ最後まで!? てか、いつになったら鎧を装備している自覚が出来るんだ! これを言うのも多分もう三度目だぞ、いい加減にしろよ!」
「あ……そうだった。だがな、ハインド。ステータス補正で鎧の重さはどんどん軽減していくわけではないか? だからつい、自分の今の正確な重さが分からなくなっても仕方ないではないか」
「そう言われるとそうなんだろうが……」
神官のちゃちな物理攻撃・物理防御だとそういうことはほぼ起きないからな。
重装備出来る職のプレイヤーにしか分からない事情ではあると思う。
ただ、今回のことを踏まえると一つ留意しておくことがある。
「でも、乗り物に乗る時は現実のようになるべく軽い方が速度が出ると分かったわけだから。騎乗中は、基本的に装備を外しておけば良いんじゃないのか?」
「確かに、メニューを開いてワンタッチすれば済む話ではあるな。次からはそうしよう」
プレイヤーは何も装備をしていない状態だと平服のような見た目になる。
砂漠ならその上から日差し除けの外套だけを装備すれば、それで大丈夫ということになるだろう。
軽い方がラクダや馬のスタミナも長持ちしそうな気がするし、インベントリに入れてしまえば重さは無くなる。
戦闘に入ったらメニューを開き、記憶させておいた装備セットを呼び出せばそれで大丈夫だ。
神官や魔法使いなどは基本、鎧を装備しないので意味はないと思うが、重い装備をしている他職の場合は一定の効果を得ることが可能だろう。
そこまで話したところで、グラドターク達が水を飲み終わった様子が目に入った。
「んじゃ、新事実が発覚したところで行きますか」
「うむ。次は私が先に到着する!」
「いや、競争はもういいって」
リコリスちゃん達は先程、国境砦で待っていると連絡をしてきた。
ここから先は距離の長いヤービルガ砂漠・バスカ荒野があるが、この二頭の馬なら直ぐに到着することが出来るだろう。
国境での合流を目指して、俺達はグラドタークと共に更に東へと進んだ。