ハインドの手本?
「フィリア! 私たちの手本、よーく見て吸収するのだぞ!」
「おー」
神魔決戦・本戦スペシャルマッチ。
パーティを組んで、三人での参加だ。
場所は既に『暗黒空間』に移り、今は相手待ちの状態だ。
「いや、俺のはそのまま取り込んじゃ駄目だから。反面教師にすべきだから」
「悪い、お手本?」
「その通りだけど、ストレートに言われると来るものがあるね……」
「わはははは!」
「笑ってんじゃねえよ、ユーミル。腹立つな」
先述のように大事なのはRPPとなるが、今回はパーティバランスがいい。
ユーミル・フィリアちゃんで前衛が二人、後衛が自分という構成だ。
相手によっては、撃破ボーナスを狙ってみるのもいいだろう。
「む? 吸収、取り込み……あれだな! 人とか物を取り込んでパワーアップする敵怪人が、弱いのを取り込んで失敗するパターンのやつ!」
「どっから想像を膨らませてんだ。俺は吸収したらパワーダウンするくらいの弱キャラだってのか? そこまでか? そこまでひどいか?」
「私、敵でも怪人でもない……」
その理論だと、ユーミルも取り込まれていることになるが。
それでいいのだろうか? こいつは。
――と、対戦相手が来たな。
「ふはははははは! よく来たな、神の走狗ども!」
「こいつ、言いっ放しで戦闘に入りやがった」
「ユーミル、少年マンガ脳」
対戦開始の表示が出たところで、俺たちは雑談を止めて武器を構える。
相手は五人、フルパーティの……男女混合で、ぱっと見た限り強くはなさそうだ。
武器も構えていない上に、戸惑いを隠せていない。
「ハイン……ハイン・ドゥ?」
魔戦士、という称号の付いたフィリアちゃんが袖を引いてくる。
後出の幹部は変な改名されなくていいよな……と、そうじゃなくて。
彼らの戸惑いの理由が、フィリアちゃんにはわからないようだ。
「スペシャルマッチの出現確率は、通常対戦の連勝数によって上昇するんだ。でも、今はイベント開始――いや、正確には再開か? その直後だから」
予備戦の連勝数は、既にリセットされている。
その後にどれだけ瞬殺、秒殺を重ねても数戦程度が関の山。
「まだ、みんな一勝や二勝の横並びってこと。つまり、ほぼ運だけでマッチングする状態ってわけ」
予備戦終盤にマッチングした、カクタケアは連勝後のマッチングだったはずだ。
スペシャルマッチ自体も初見じゃない反応だった。
俺たちより前のスペシャルマッチの相手はNPCだったようだが……対する彼らの様子は、それと大きく違う。
「マッチすると思っていなかったから……びっくり、してる?」
「そうだと思う」
フィリアちゃんとの会話を切り上げ、相手パーティに視線を向けると……ぶんぶんと、何度もうなずきが返ってくる。
正解だったようだ。
……それにしても。
「みなさん、気にせず殴っていいんですよー? 時間、なくなっちゃいますよー。ユーミル――ユーミルンなんて、ほら」
「ふはははははは! よく来たな、神の走狗ども!」
「準備万端ですから。はいはい、武器を構えて」
いつまで固まっているのか。
スペシャルマッチの権利をどう使おうと自由だが、そのままだと勿体ない。
実に勿体ない。
スペシャルマッチが基本の俺たち幹部サイドとは違い、一般参加のプレイヤーにとっては貴重なポイント大量獲得の機会だ。
「ええと……ありがとう、ハインド!」
「始まっているのに、問答無用でこないなんて……ハインド――さん、優しい!」
「スペシャルマッチの相手がハインドたちでよかったぁ」
「俺ら、ライトプレイヤーだしなぁ。おかげで心の準備ができたわ」
「ねー」
「……」
本当に大丈夫だろうか? この人たち。
なんだか非常に頼りない。
自分の中のお節介の虫が、もぞもぞ動くのを感じる。
「じゃあ、遠慮なく攻撃――」
「ちょっと待った」
結局俺は、我慢できずに声をかけた。
だってこのままだとこの人たち、一瞬で全滅するだろうしなぁ。
こっちはユーミルにフィリアちゃんだし……。
手加減? なにそれ? みたいなところは共通している二人だ。
「そこ、隊列の組み方がちょっと」
「え?」
「前衛はもっとこう、最初は広く受けて。後衛はこの位置……で、中衛はこの辺りで」
「こ、この辺?」
「そうそう、最悪なのは初撃で後衛がやられることで……すみませんね。余計なお世話ですよね?」
「「「いや、全然!」」」
ライトプレイヤーを自称してはいたが、見た感じ装備もレベルも「戦える水準」には達している。
パーティの職構成も悪くない。
スタートの隊列さえしっかりしていれば、少しの間は耐えられるはず。
「ってことで、今度こそどうぞ。存分にスコアを稼いでいってください」
「ふはははははは! よく来たな、神の走狗ども!」
「ユーミルンもこう言っていますんで」
魔勇者さんはブレない。
色々な意味でブレない。
「す、すげえ。同じ台詞を三度も! まるで恥ずかしげもなく!」
「しかも、ポーズまで全部一緒って! プロじゃん、プロ!」
見えるわけじゃないが、ユーミルのRPPが高まっていくのを感じる。
剣を抜いてポーズを取るユーミルを残し、フィリアちゃんの横を通り、俺は後衛の位置に戻っていく。
「ハインド、親切」
「うん、まあ、そうね。どうせ、こっちにとって勝ち負けは最重要じゃないし。お礼を言われるのも嬉しい。けど……」
言いつつ、再び武器を構える。
ようやく戦闘が始まりそうだ。
「演技力の問題だけじゃなくてね? こんなことばかりしているから、俺は余計にRPPが……」
当たり前だが、システム上はとっくに戦闘開始になっているのだ。
つまり今の一連の行動も、採点の対象となる。
いつもなら、そろそろ視界にポイント増減が表示され――
「って、マイナス100ポイントってなんだよ!? ざけんな!」
――るのだが、思った以上に減点された。
というか、予備戦で受けたどのマイナスよりも大きい数字なのだが。
「……自業、自得?」
「人としては正解でも、魔族としては不正解ということだな! 無様だな、ハイン・ドゥよ!」
「お前はどの立場で俺を罵倒してんだよ。味方だろ、一応……」
しかし、そんな言葉もRPP的には加算なのだろうな……というのがなんとなくわかってしまい、納得がいかない。
俺はいい加減に戦端を開くべく『ランダム・サモニング』を使用。
召喚対象に選ばれたのは――。
「ゾンビハウンド……ハズレだなぁ」
腐りかけの狼、数は五体。
スピードがあってスケルトン系よりは強いが、耐久力はお察しである。
その見た目に、相手パーティの女性陣が「うわっ」という顔をしたので、前衛にいる野郎どもに向けて差し向ける。
そうすることで、ようやく全員が動きだした。
「うおっ、気持ち悪っ!」
「グロさがリアル! 怖っ!」
「は、早く追い払ってよ!」
本来であれば、素早さを活かして中・後衛にいる女性陣を狙わせるのが定石だが。
……結果、俺のRPPは更に減少した。
だから! 厳しいんだよぉ! 採点が!
「だぁっ、もぉぉぉっ! そりゃ、俺だって強敵相手なら手段を選ばないさ! でも、いいじゃないか! この人たち、自称ライトプレイヤーなんだから! この行動は、ある意味舐めプなんだから悪役っぽいでしょうが! 大目に見てくれよ!」
実際、喋りながら戦えるくらいに余裕があるし。
彼ら彼女らには申し訳ないけど!
宙に向けて叫ぶ俺に、憐れなものを見る目をするユーミルンとフィリアちゃん。
「ハインド……システムと戦ってる……」
「いやいや、フィリア。あれはひとり相撲というものだぞ! 声は届いていないからな!」
「わかっとるわ! お前の言葉が一番ダメージでかいんだよ、ユーミルン!」
「うはははは!」
「笑うな!」
イベント本戦、その一試合目。
最終的に、俺たち三人は相手パーティに勝利を収め……。
RPP獲得量は、ユーミルがトップ。
様子見をしながら戦ったフィリアちゃんは、そこそこに。
減点の多かった俺は、撃破ポイント込みで0に戻すのがやっとという状態で戦闘を終えた。
「もう一戦……いい?」
という、終了直後のフィリアちゃんの言葉に対して。
ユーミルは拳を握って応える。
「うむ、私は構わないぞ! いくらでも付き合おう!」
連戦の場合は、ここ『暗黒空間』に残ってマッチング待ちができる。
今回のパーティリーダーはフィリアちゃんに設定したので、決定権があるのは彼女だ。
ユーミルの同意を得たフィリアちゃんは、岩盤の上に座る俺の顔を覗きこんでくる。
「……ハインドは、平気? 一戦でヘロヘロ……」
「だ、大丈夫だよ。行ける。俺のことより、次はユーミルに注目するといいよ」
「……わかった」
「うん。俺は……なるべく静かに、おとなしくしているから……」
「……そう。辛かったら言って」
フィリアちゃんの気遣いと優しさが沁みる。
若干だが、そのおかげでダメージを受けたメンタルが回復した。
これは、俺のほうも早期にポイントを稼ぐ方法を確立しないと身が持たないな……などと。
ユーミルの手を借りて立ち上がりながら、俺は溜め息を吐いたのだった。