幹部選抜、終了
「お、来たか!」
予備戦が終了して、一時間後。
成績の集計が終わり、新たな幹部魔族が誕生する時間となった。
ユーミルの視線の先、選ばれたプレイヤーが待合所である『玉座の間』に転移してくる。
「おお、フィリア殿。ようこそ、伏魔殿へ!」
「伏魔殿……合っているような、いないような使い方だな」
フィリアちゃんは予備戦開始すぐに10戦全勝を収め、システム側で下される評価ポイントも高かった。
両陣営併せて100名ほどの狭き門だったが、選ばれるのは当然の流れといえるだろう。
「おー、フィリーきたー」
「最後まで予備戦上位をキープしていたわね。さすが」
「わー! 後で私とコンビ組みましょう、フィリアちゃん!」
「うん。これで一緒に遊べる」
シエスタちゃん、サイネリアちゃん、リコリスちゃんがフィリアちゃんを出迎える。
家に遊びに来た日と、選抜タイミングが重なったのは幸運だった。
いくら全員がゲーマーとはいえ、リアルで一緒なのにゲームの中では別々というのは寂しい。
ただ、今回はヘルシャたちのように意図して合わせたわけではないが……。
そもそも、泊まり自体がアクシデントだしなぁ。
「……? 魔王は?」
初めて魔王城を訪れたらしいフィリアちゃんが、周囲をきょろきょろと見回す。
特に気になったのは、空席となっている玉座のようだった。
「あー、ここはプライベートルームの設定だから……」
ゆっくり話せるようにと、俺がホストになって設定、フィリアちゃんを招待した。
この『玉座の間』はイベント専用の待合所で、同じ空間がサーバー上にいくつか存在している形だ。
フィリアちゃんも察しが悪いほうではないので、その一言だけで理解したらしい。
「共有ロビーだと、会える?」
「稀にね」
誰でも入れる共有ロビーには、フィリアちゃんの推察通り魔王ちゃんがいることがある。
……おかげで、移動を嫌がるトビを説得するのに苦労したが。
「いる時は――まあ、実際に見て楽しんでもらうとして。いないときは、ここと同じ状態になっているかな」
玉座の背もたれには『がいしゅつちゅう!』と拙い手つきで書かれた札が吊り下げられている。
バリエーションとして『しつむちゅう!』と『たんれんちゅう!』という札があることを確認済みだ。
「魔王ちゃんが気になるんだね。それならある程度、準備が整ったら共有ロビーに行こうか」
「うん……それがいい」
そう応じたフィリアちゃんはまだ、普段の装備のままだ。
幹部に選出されたからには、専用装備が支給されているはず。
「準備」というのは、主にその辺りの装備変更のことを指している。
着脱は強制ではなく任意だが、高RPP獲得のためには必須だ。
「拙者もそれがいいぃぃぃっ! 早く、早く共有ロビーに!」
「お前は黙ってろ」
「そうだ! 嫌なら一人で戻れ!」
フィリアちゃんの言葉を真似て喚くトビに、俺とユーミルは厳しい視線を送る。
イベントが始まってからこっち、ほぼ一日中共有ロビーに張り付いているくせに。
ちなみに、イベント中は魔界・神界共に通常の侵入は不可である。
ここは魔王城の中ではあるが、このイベント専用仕様な『玉座の間』から出ることはできない。
だから魔王ちゃんに会いたければ、共有ロビーに来るのを待つしかないということに。
……とまあ、今はそれよりも。
「フィリアちゃん、ロールプレイは大丈夫なの?」
フィリアちゃんも、演技や大見得を切った動きは得意そうには見えないが。
あまりお喋りではないし。
しかし、フィリアちゃんは首を左右に振って答えた。
「大丈夫……ロールプレイで大事なことは、台詞回しだけじゃない」
「ほう! 例えば?」
強気な言葉を聞き、ユーミルが興味深そうに身を乗り出す。
フィリアちゃんは涼しい顔で、配布された魔族装備を身に着けていく。
「……今回は、魔族のロールプレイ。例えば、戦闘中に……」
似合うな、魔族の装束。
武器も斧だし、口数が少ないのもあって雰囲気が出ている。
「転んだ子がいたら、積極的に追い打ちをかける」
「残虐!」
可愛い顔から、とんでもない発言が出てきた。
怪しい雲行きである。
「防御が甘い子だけを、徹底的に狙う」
「合理的!」
「行けるならリスキルも狙う」
「メンタル破壊!」
「敵前衛を盾にして、防御しつつFFを誘発する」
「汚いけど実戦的!」
「不思議な踊りで、相手を困惑させる」
「え、あ、え!? なにそのかわいい盆踊り!?」
「必殺技か!? HPとかMPとか吸われそう!」
俺もユーミルも、予想だにしない発言と行動の数々に混乱している。
そういえば、最近のフィリアちゃんの評価……。
仲間にできたら最高、敵で会ったら死を覚悟しろ――みたいな物騒なものだった気がする。
アルベルトさんとは別に、彼女単品での評価も上がり続けている様子だ。
「……全部、傭兵の心得。きっと魔族にも応用できる」
「「し、失礼しましたぁ!!」」
「最後のだけ、おかしくなかったでござるか?」
今回は強さが最重視されるイベントではない。
しかし、フィリアちゃんが言うような「強さ」や「容赦のなさ」を魔族らしさとして昇華できるなら……?
「……でも、本当は通用するか不安。コツがあったら教えてほしい」
「ふん、任せろ! 大先輩の私が教えてやるぞ!」
「すげえ。たった二日の先行プレイでここまで偉そうにするか」
フィリアちゃんからの言葉に、ふんぞり返って応じるユーミル。
予備戦はたったの二日間しかなく、主に社会人を中心に抗議の声が多く上がっていた。
突発型のイベントにした弊害を感じ――と、それは一旦置いて。
フィリアちゃんがまだ、なにか言いたげだ。
「……できれば、実戦で見たい」
「む?」
「予備戦で一番成績がよかった人と……一番、悪かった人を参考にしたい」
「なるほど……それはいいね」
さすが、傭兵というプレイスタイルを貫き続けているだけある。
欲しがる情報に無駄がない。
基本、請われて助力する立場だものな……。
個で完成された強さというか、そういったものを感じる。
「少し待っていて」
「うん」
もうフィリアちゃんの興味は、魔王からイベントそのものへと移っているらしい。
ボーっとしているだけにも見えるが、頭の中では戦略の組み立てをして……。
「さっき食べた晩ご飯、おいしかった……」
……し、しているんだよね?
やべえ、全然わからん。
イベント本戦は即時開始されているので、このタイミングでの参戦はスタートダッシュと言えなくもない。
ともかく、フィリアちゃんを待たせて全員集合だ。
「っていうか、話が違くないでござるか!? 共有ロビーは!?」
開口一番、不満を表したのはトビである。
この後の予定は事前に決めていたわけでもないので、そこまでいきり立つ必要はないと思うのだが。
「軽く一、二戦やってからだな。どうしても我慢できなかったら、一瞬だけ行ってきたらいいんじゃないのか?」
魔王ちゃんがいればそのまま滞在、不在なら戻ってくればいい。
しかし、トビは首を左右に振って提案を拒否。
「い、いや、さすがにそこまで空気を読めなくはないでござるよ! 待つ! 待つってば!」
「そうか。んじゃ、みんな。予備戦の最終成績を順番に自己申告してくれい」
「うむ!」
「はーい!」
フレンド・ギルメンのイベント成績は共有されて、互いに自由に見られることが多いが……。
予備戦のものは終わった直後に閉じられてしまい、もう他者の成績確認はできなくなっている。
幸い、個々の成績はそれぞれがまだ閲覧可能なので、メニュー画面を開いての集合である。
……まあ、最後の数時間で順位が変わったということはないだろうが、念のため。
「1位は私だぞ! フィリア!」
成績表を持ちよった結果、この中でトップだったのはユーミル。
俺の十倍近いポイント獲得量である……ひどい差だ。
「すごい。偉そうにしてるだけある」
「そうだろう、そうだろう! ……む?」
とりあえず、一人はユーミルで確定と。
残るもう一人、成績最下位は誰かというと……。
「最下位は私だけど……そのぉ」
セレーネさんである。
やはり彼女には、今回のルールは過酷だったようだ。涙目である。
限定スキルや、召喚ゴーレムなどは最も使いこなしているのだが……ままならないものだ。
見かねたリィズが、セレーネさんの背に手を置く。
「精神力が尽きたのですね……わかります。あの、ハインドさん?」
「ああ。セレーネさんは休んでいていいですよ」
「うぅ……ごめんね、そうさせてもらうよ。復活したら言うから」
幸い「もうやりたくない」という言葉はセレーネさんから出ていない。
セレーネさんには無理のないペースで、今後も一緒に恥ずかしい思いをしてもらわねばならないので……ここはピンチヒッター。
「そんなわけで、下から二番目の俺が行くよ。フィリアちゃん、いい?」
ダメなお手本として、俺が同行することを宣言。
不満がない――のかあるのか、いまひとつわからない表情だが。
「うん……よろしくお願いします」
フィリアちゃんの同意を得ることはできた。
よって、イベント本戦開始後、最初の一戦は……。
ユーミル・フィリアちゃん・俺の三人で先陣を切る運びとなった。