神魔決戦・序 後編
魔族化したプレイヤーの特殊仕様として、まずはステータスの大幅な増加が挙げられる。
人数が等しくないのはこのためで、幹部に選ばれた特別感を得られると同時に――
「しゃあっ! 直撃!」
「……」
「あれ、あんまり効いてねえ!」
――ボスキャラを操作している感覚を味わえる。
これがまた、MMOとしては珍しく、楽しい。
武闘家の攻撃を回避しなくても平気とは……我、後衛職ぞ?
被ダメージ時のノックバックも極端に小さくなるので、無敵になった気分だ。
この特殊なフィールド『暗黒空間』も、気分を盛り上げるのに一役買っている。
淀んだ空間に浮かんだ巨大な岩塊、その上に乗っての戦闘だ。
決戦に相応しい雰囲気がある。
『ランダム・サモニング!』
そして、スキル構成も魔族仕様へと変化。
基本は元となった職を踏襲する形なのだが……。
限定スキルとして、後衛職一人でも戦えるよう、スキルを使用してモンスターを複数体召喚できる。
その後ろから、本来の仕事である支援を行えるのが悪魔神官の仕様となる。
「うえ、スケルトン湧いた!」
「召喚スキル!? ずりぃぞ、ハインド!」
呼びだせるのは、主にアンデッド系とデーモン系だ。
今回はスケルトン、召喚数は10と一度に出せる数が多い。
岩塊の中から次々と這い出してくる。
「ふふふ。そいつらは我が軍勢の中でも最弱……!」
「本当だ! めっちゃ脆い!」
「くそ雑魚! 壁になってねぇ!」
「ふふふ……なんでランダムなんだ、このスキル……」
俺が呼びだしたスケルトンは、カクタケアの面々によって文字通り粉砕された。
そして、スキル欄に再使用までの長い長い時間が表示される。
泣いてもいいだろうか?
「おいおい、ハインド。スキルの性能、バラしていいのかよ?」
「いいんです。どうせすぐにわかることですし……能力を対戦相手に明かすと、なぜかRPPが上がるし……」
「あー……悪役ムーヴっぽいといえば、ぽいのか……?」
ベラベラと訊いてもいないことを話し、最終的に攻略される。
傲慢な悪役であれば、お約束の流れである。
スケルトンが弱すぎたせいか、余裕のあるスピーナさんは尚も話しかけてくる。
「もう神官っていうか、死霊術士だよな? アンデッドの呼びだしって」
「完全に同意します。これが本当の、ゾンビアタック……!」
「上手くねえよ。ヤケクソだな、なんか」
壁を失った俺は、あっさりとカクタケアの五人に囲まれた。
周囲の敵をスタン、ノックバックさせる『暗黒オーラ』などで粘るが、魔族仕様でも神官が近接戦闘に弱いのは変わらない。
いくら増大したHPと防御力があっても、袋叩きに遭えば戦闘不能は避けられない。
つまりは……ピンチである。
「セレ! なんとかしてくれぇ!」
『く、クリエイト・ゴーレム!』
セレーネさん……魔装具の創造主・セレに助けを求めると、ゴーレムを呼びだしてくれる。
あ、情けない声を出したらポイントが下がった。なんだよ、もう。
……こちらは俺のものと違い、防御に長けた『アーマーゴーレム』を呼びだす効果の安定したスキルだ。
仲間の召喚モンスターにも支援魔法は使用可能なので、俺も本来の職性能を発揮できる。
「なあ、さっきから気になっていたんだけどよ」
「なんですか?」
鎧をまとったような外見の、迫力あるゴーレムに睨まれながら。
我慢できずに、といった様子でスピーナさんが動きを止める。
「お前らが技名を叫ぶのって、なんか意味が――」
「こうするとRPPが増えるんです」
「スキル発動時の妙ちきりんなポーズは――」
「こうするとRPPが」
「なんか、叫んだときに変なエコーがかかるのは――」
「仕様です」
「――あ、そう」
スピーナさんに、かわいそうなものを見る目をされた。やめてくれ。
いつぞや、パーティ内の雑談でしていた内容が現実のものになってしまった。
技名を叫んで発動というのは、想像以上に恥ずかしい。
「くっ! こんな辱めを受けることになるとは……!」
「いや、お前らに辱めを与えているのは運営じゃん……?」
「黙れ! この記憶ごと、貴様らには消えてもらう!」
「お、おう……ってか、意外とノリノリなのな? ハインドは」
やるからには、中途半端が一番恥ずかしい。
それと、セレーネさんが俺よりもこういったノリが苦手ということもある。
その手前、俺までずっと恥ずかしがっていると、対戦相手が困ることになるのだ。
決して、そう、決してロールプレイを楽しんでいるなどということはない。
「真の力に目覚めよ、我がゴーレム!」
大仰な台詞と動きでRPPを稼ぎつつ、ゴーレムに防御系のバフ魔法を使用していく。
これで鉄壁の防御が要塞級へと進化。
動きこそ鈍いが、巨体を活かして俺たちを守ってくれる。
「あの、ハイン……ハイン・ドゥ君。そのゴーレム、私の――」
「……目覚めよ、我らのゴーレム!」
「あ、そ、それなら。うん」
強引に共有権を主張する俺にも、セレーネさんは優しい。
俺もそっちのスキルを使いたかった……。
さて、このバフで強化された鎧の巨人。
俺の低級な召喚対象と違い、なんと回復も適用される。
と、いうことで。
『デモニック・ヒール!』
仕上げに回復で全快させれば、プレイヤー側の専門職を優に超える最強タンクの完成だ。
俺とスピーナさんが話している間に、HPを削っていたカクタケアのメンバーからブーイングが起きる。
「ボス戦の全回復は萎えるわー! やめろぉ!」
「セッちゃんの矢もバリいてえし!」
「マジでそれな! この対戦形式で、回復は卑怯じゃねえのよ! 倒せねぇ!」
そうは言うが、この戦いは相手を倒すのが目的ではない。
もちろん、倒せば倒した側にボーナスポイントが入るが……。
先程も触れたように、陣営幹部側はロールプレイで。
一般参加のプレイヤーは、戦闘内容の出来不出来に応じてポイントが加算される仕組みだ。
負けても減るものは存在しない。
「あー、俺らも幹部選考に参加すりゃあよかった! 随分と楽しそうな特別仕様じゃねえのよ、お二人さん!」
「くくく……そうは言いますけどね? 俺らは今の状況を、多少は後悔――」
ついつい弱音をこぼしそうになると、その時点でRPPがもりっと減った。
ちょっと!? 判定厳しくないですかね!
俺の言葉に同意し、うなずいてしまったセレーネさんも「あっ」という顔をしている。
巻き添えで減ってしまったようだ……大した採点精度である。
「――な、なんでもない! い、今からでも遅くはないぞ? お前たちも魔王様の麾下に加わるのだ! さあ!」
なぜイベントに予備戦の期間が設けられたかといえば、イベントのベータテスト的な側面はもちろんだが……。
希望するプレイヤーの中から、少数だが幹部が追加で選ばれるという要素が大きい。
選考は決闘形式の上位者で、普段のレート戦とは切り離して行われている。
「さすがに今からじゃ間に合わねえなぁ。締め切り、ちょうど今日までだし――よ!」
「お、っと! 20時までに、5戦? だったであろう! 急げば間に合うのではないのかな? うん?」
ゴーレムの脇を潜り抜け、スピーナさんが接近してくる。
拳を避けつつ杖で牽制、そのせいでゴーレムに使うはずだった呪文の詠唱が止まる。
ふざけていても喋っていても、戦いのほうはしっかりしている。さすがだ。
「馬鹿野郎、ハインド! 俺たちゃ、夜は必ず女王様に拝謁するって決めてんだよ! 決闘なんかしている暇はねえ!」
「「「そうだそうだ! ギルマスの言う通り!」」」
「ええ? ブレないのか、ブレブレなのかわかんない人たちだな……」
「ハインド君、素が出ちゃっているよ? ……あ、またポイントが」
ちなみに拝謁と言っているが、宮殿に行っても女王様に会える回数は非常に限られる。
それでもほとんど毎日、行くと言っているのだから筋金入りだろう。
……さっきまで、女神様にぐへぐへ言っていた人たちではあるのだが。
ちなみに戦闘の結果は、スピーナさんが『アーマーゴーレム』に武闘家スキル『発勁』を当てまくり、破壊したところで制限時間となった。
要塞級の防御力も、防御無視スキルの前では形無しである。