神魔決戦・序 前編
「うおおおおお! イベントやるぞ! イベントやるぞ! イベントやるぞぉぉぉ!」
との叫びと転移の光を残し、ユーミルが戦いに赴く。
イベントの内容があいつ向きなのもあって、えらく上機嫌だなぁ。
「あれ、一体どうしたのでござるか? ハインド殿」
「見ての通り、気分が乗りすぎて上限突破している状態だな。いつも通りだが?」
「ま、まあ、ユーミル殿がおかしいのはいつものことでござるが。今日は輪をかけて変でござるよ?」
「わかるか。実はな……」
不審を感じたトビに、今日のことを説明――と、セレーネさんもログインしてきたな。
イベントの待機所である『魔王城・玉座の間』で、俺は二人に経緯を話して聞かせた。
「……ってことで、今日はあいつの家でお泊り会の――延長戦みたいなもんだ。ひ……フィリアちゃんを加えてな」
「へー、フィリア殿がヒナ鳥ちゃんたちと遊びに。冬休みを満喫しているようで、なによりでござるなぁ」
「お泊り……それだったら、無理にゲームにインしなくてもよかったんじゃ?」
セレーネさんの言葉はもっともである。
もっともであるが、よく思い返してほしい。
「そうは言ってもですね、セレーネさん。俺たち、このゲームが繋がりの出発点なわけで。どう遊ぶのが一番楽しいかっていうと、自然とこう……」
「た、確かに……そっかぁ。みんなが楽しいなら、いいのかな?」
夕食が終わった後は、誰ともなく「TBやらない?」という流れになった。
その際、異論は誰からも出ず。
そもそも遊びに来た全員、VR機器を持ってきていたからな。
「一緒にどう遊ぶか、どう過ごすかに正解なんてないですから。俺らはこれでいいんじゃないですかね」
「そのとーり! ゲームが不健全っていう論調、よくない! ――あ、拙者マッチングしたでござる。いってきまーす」
「「いってらっしゃい」」
トビも戦いに向かい、玉座の間には俺とセレーネさんだけになった。
こちらはまだマッチング待機中となっている。
「セレーネさんも、大学はまだ冬休みでしたっけ? 雪は大丈夫でした?」
「あ、うん、今日はずっと家にいたから。お父さんが勤務先から帰れなくなっちゃったけど……」
「ウチの母もそうなんですよね。小さい雪ウサギと雪だるまの画像を送ってきたので、なんだか余裕ありそうでしたけど」
「え? ハインドくんのお母さん、かわいい……」
「多分、小児科の入院患者のために――あ、マッチングしましたね」
近況に関して雑談している間に、マッチング完了の効果音が鳴る。
カウントダウンが始まり、足元に転移の魔法陣が出現。
俄かに緊張を帯びるセレーネさんに向けて、笑いかける。
「行きましょう」
『神魔決戦』のイベント形式は、二つの陣営に分かれての対人戦だ。
プレイヤーは選んだ神界・魔界いずれかの勢力に所属し、最終的に全体の戦況が優勢なほうが勝利となる。
ただし、通常の対人戦と違う点がある。
「うおっ!? スペシャルマッチ来た!」
「よっしゃ! これで二回目!」
それは『スペシャルマッチ』と名付けられた非対称型の対戦が存在すること。
参加した時点で、一般プレイヤー目線では通常の対戦よりも報酬が豪華になる。
そのため、発生時はこうして歓迎されるというわけだ。
「しかも肉入りじゃん! 初めて見た!」
相手になるのは俺たち陣営幹部に選ばれたプレイヤー、ないし幹部NPCだ。
人数は幹部側が最大で三人、一般プレイヤー側は五人のパーティ満員状態まで。
肉入りというのは、中に人がいる……つまり、NPCではないという意味である。
それで、イベント中の幹部側の仕様だが、ええと……。
「わ、我が名は悪魔神官ハイン・ドゥ! 魔王軍幹部にして、魔王様の忠実なる僕!」
ロールプレイをきちんとこなすほどに、ポイントが加算される困ったシステムだ。
これがなんと勝敗以上に重視されており、俺やセレーネさんといったタイプには――
「お、同じく、魔装具の創造主セレ!」
――大変、恥ずかしくしんどいものとなっている。
どもったせいなのか、ポイントは少ししか加算されなかった。
なんだよ、この仕様!
「いかんなぁ、二人とも。まだまだ照れが抜けていないじゃんよ?」
かけられた馴れ馴れしい言葉に違和感を覚えた後に、それが聞いたことのある声だと気づく。
その人物、それから周囲を固めるパーティメンバーにもばっちり見覚えがある。
「スピーナさん!」
「おう、ハインド。すげえ身内マッチになったな」
気づくまでにかなりの時間がかかったな、自分!
どれだけ緊張していたんだ、セレーネさんのことを全く笑えないじゃないか。
「なんだ、ただのハインドか。盛り上がって損した」
「よく見たら黒い神官服になっただけじゃん。いつものハインドじゃん。いつハイじゃん」
「でも、闇落ちセッちゃんは素敵やん?」
「セッちゃん、頼んでおいた俺の武器って完成した?」
顔見知りだとわかった途端、好き放題に言われている。
対戦相手は同じサーラ所属で親交の深いギルド、カクタケアの面々だった。
そこから先は、もうグダグダだった。
戦闘が開始されても喋る喋る、ロールプレイによるポイント――RPPも下がる一方だ。
「っていうか、みんな神界陣営なんですね……」
この場に対戦相手としているということは、カクタケアが選んだのは神界だ。
当然ながら、同じ陣営所属の者は対戦相手に選ばれない。
両陣営の報酬内容はおおよそ同格で、どちらを選ぶかは好みの範疇となっている。
「ハインドよぉ……そりゃ、魔王ちゃんはかわいい。マジでかわいい。女王様第一主義の俺らでも、間違いないと認めるくらいにかわいいじゃん。でもなぁ」
カクタケアの面々が顔を見合わせて頷き合う。
なんだろう、全員イヤラシイ顔をしているような。
話の流れからして、この後の内容は容易に予想できた。
セレーネさんも俺と同じだったらしく、ちょっと微妙な顔で笑っている。
もしかしなくても、追加キャラのアレのことだよなぁ。
「……神界のアスタルテ様、よくね?」
予想的中。
――大地の女神アスタルテは、今回のイベントが開始されるにあたり追加された神界陣営のキャラクターだ。
その容姿を簡単に表現するなら……。
「なるほど、胸に釣られた訳ですか」
……体の一部分が非常に豊満である。
メインキャラクターはもう一人、既に登場済みの戦闘神・ベルルムもいるが。
そちらはイケメン枠かつ割と人気があるので、女性プレイヤーを陣営に取り込む役目。
女神アスタルテは魔王ちゃん人気で魔界に流れがちな男性陣を引き入れるためか、露骨にわかりやすいキャラ付けをされている。
性格も大地母神らしく包容力にあふれた優しい性格、らしい。
「あ、あんまりはっきり言うんじゃねえよぅ! セッちゃんの視線がいてえ!」
スピーナさんが、俺の背後に立つセレーネさんを気にして視線を右往左往させる。
実質女王様ファンクラブのカクタケアだが、ギルド名からわかるように一定の恥じらいは持つ。
ギルマスの彼がそうであるように、そのメンバーも同様だ。
全員が似たような反応をしている。
「女王様に言いつけちゃいますよ? セクシーな女性キャラなら誰でもいいんですか、あんたらは」
「待て待て! ハインドも男ならわかるだろう!? 男なんて安直なもんよ! ってか、なんで責められているんだ!? 俺たち、なにも悪いこたぁしてねえのに!」
「「「そうだそうだぁー!」」」
「……それもそうですね」
みんなして後ろめたそうな顔をしているから、つい。
別に、今回のイベントは国に関係のない話だしな。
どちらに味方しようが女王様に対して、背信行為になるということはない。
女神様に肩入れして、神界に協力。大いに結構である。
俺だって、なにか信念を持って魔王ちゃんを支持しているわけではないからなぁ。
「まあ、俺も男なんで、気持ちはわかります。目が行きますよね、あんなの」
「わかるだろう!? そうだろう!」
「わかっちゃうんだ……」
うっ、セレーネさんの視線が痛い。
人を呪わば穴二つ。
「ところで、スピーナさんたちみたいな人って結構多い感じですか?」
「俺たちみたいな……?」
「女神釣られ勢」
「一々、言い方が引っかかるが……魔王ちゃんとアスタルテ様とじゃ、女性キャラクターとしてのタイプが真逆だからなぁ。魔王ちゃんの既存ファンの多さを加味しても……」
「しても?」
「……最終的に、ちょうどよく神界と魔界にわかれると俺は見た。魔界に偏る、ってえ読みで神界につくやつも多いしな」
今はイベント予備期間なので、勢力間の移動は自由に可能だ。
人数の偏りがひどいと、本戦で獲得できるポイントに補正がかかるらしい。
スピーナさんの言葉通りになれば、その必要はなさそうだが。
この人の勘、割と信用できるし当たるんだよな。
「ま、話はこの辺りにして……せっかくなんで、戦っておこうぜ! 魔族バージョンのお二人さんよぉ!」
話が一段落したのを見て、スピーナさんが両の拳を打ち鳴らす。
それに続いて、カクタケアの面々が。
俺とセレーネさんも応じるように、それぞれの武器を構えた。