中学生ズのお宅訪問 後編
結論からいうと、電車を始めとする交通機関はほとんどが麻痺。
小春ちゃんたちの帰宅、ひよりちゃんの迎えは難しいとのことだった。
そして、今の俺がなにをしているかというと……。
「はい、はい……ですね、びっくりしました。今夜の夕食、明日の朝食はきちんと……あ、はい! 恐縮です! ……ええ、状況次第ですけど、場合によってはバスのほうが早いかもですね。いえいえ、迷惑だなんて、そんな。天気には誰も勝てませんから」
電話である。
ひたすら、ひたすら保護者の方たちに向けての電話である。
「家主の許可は取りましたので……あー、そうですね。忙しい方なので、すぐ電話に出られるかはわからないですが……はい、番号も教えて問題ないと、はい。帰ってこないですねー。雪がなくても、普段からあまり帰ってこられない人なので。なので、夜は女の子だけになりますが、きちんと警備会社にも加入してあるので……はい!? 俺――じゃない、自分もですか!? 確かに防犯上は安全度が増すでしょうけど、別の意味で怖くないですか? い、いや、さすがにそれは……え? ええー……」
これで連続、四……いや、五回目の電話か。
停電や断線・電波障害などは起きていないようで、連絡は問題なく可能だった。
まだ雪は降り続いているので、今後はどうなるかわからないが。
「夜更かしさせないように――ははは、大丈夫です。はい、はい……なにかあれば、いつでもご連絡ください。はい。それでは、失礼します」
電話を切り、時間を確認する。
余裕で一時間を超えたか……長かった。
「はぁぁぁぁぁぁー………………」
疲れた。
ものすっごい疲れた。
一番話しやすい小春母を、最後の電話相手に選んだのは間違いじゃなかったと思う。
「……お疲れさま」
「お?」
少し休憩をと思い、リビングでボーっとしていると……。
盆に茶を載せたひよりちゃんが、ドアを開けて顔をのぞかせる。
そのまま茶を差し出してくれたので、受け取って――お、熱くない?
「ありがとう。いただきます」
「ん」
茶碗を傾け、一気に流し込む。
話し疲れた喉に、やや渋めのお茶がスッキリと染み渡る。
「あぁー……潤った。ひよりちゃん、わざとぬるめにしてくれたの?」
「うん。石田三成ごっこ」
おっと、なんだか意外な言葉が出てきたな?
意外というか、単にひよりちゃんに対する俺の理解が浅かっただけの話だと思うが。
「次はちょっと熱めの……」
「ほほぅ……」
ひよりちゃんが言っているのは「三献茶」という逸話のことである。
秀吉が三成を見出すきっかけとなった話だ。
後世の創作という説が有力だが――ひ、ひよりさん?
「最後は熱いの。量は少なめ」
「……ひよりちゃん。後で戦国武将談義、する?」
「する」
即答だった。
同好の士を見つけた俺はにやりと笑い、ひよりちゃんは無言で親指を立てる。
冬なので、なんだかんだで最後の熱いお茶が一番おいしかった。
「――未祐! 未祐!」
「お、なんだなんだ?」
ひよりちゃんのおかげで、体力・気力共に回復することができた。
活力を取り戻したところで、未祐を呼びながら部屋を出る。
「連絡終わった! さっさとみんなの寝床を準備して、遊ぶ時間を捻出するぞ! 協力しろ!」
「任せろ!」
「理世ぇ!」
「長靴とコートは出しておきました。行きましょう」
「よし!」
客である中学生ズに留守番を頼み、未祐・理世を伴い外へ。
目指す先はすぐそこ、未祐の自宅である七瀬家である。
うおおお、玄関開けたら雪が! 冷気が! 視界が!
「おー、すごいスピード感」
風に押されながら玄関ドアを閉める際に、愛衣ちゃんのそんなつぶやきが聞こえた。
「……ということで、泊まりは未祐の家でお願いね」
雪の勢いが収まったタイミングで、四人を七瀬家に招く。
自宅には理世に戻ってもらい、緊急事態に備えてもらっている。
「本邦初公開! ここが私の家だ!」
「お前の家は海外にあんのか?」
未祐の発言はいつも通り頓珍漢だ。
とはいえ、目の前にある家がややビッグサイズなのは事実。
周囲の家々との比較もあってか、小春ちゃんたちは驚きの声を上げる。
「おっきなお家ですね! しかも綺麗! おしゃれ!」
「豪邸」
「未祐先輩、この家をほっぽって先輩の家に入り浸っているわけですかー。もったいなー」
「でも未祐先輩、普段はこの家で一人なのですよね? 私が同じ立場でも……」
「そういうことだ! 住んでみろ、めちゃくちゃ寂しいぞ!」
実際、中の設備は素晴らしいのだ。
未祐は「落ち着かない!」という理由で今でも狭めの子ども部屋を使っているが、未使用の広い部屋もあるし、三階には未祐の母親が使っていた衣裳部屋がある。
地下にはほとんど使われていない防音のカラオケルームやらトレーニングルームがありと、未祐のお父さん――章文おじさんの収入の高さが窺える。
「だから、今日は嬉しい! 人が沢山で、父さんもこの家もきっと喜ぶ! 父さん帰ってこないけど!」
明るい口調と表情の割に、内容はヘヴィである。
収入と反比例するように、章文おじさんが家にいる時間は非常に少ない。
だから普段、未祐に「家に帰れ」とは、あまり強く言えないのである。
俺も、章文おじさんも、理世ですらも。
……あ、ウチの母さんは既に未祐を家族認定しているので、別である。
未祐がどれだけ入り浸っていても、いつの間にか家に未祐の部屋ができて連泊していても、一切気にしない。
「そんなわけだから、有効利用してくれ! 遠慮は一切無用だ!」
「お、お世話になります」
「賑やかな夜にしましょう!」
椿ちゃんが頭を下げ、小春ちゃんが未祐にひしっと抱きつく。
……うん、今夜はきっと寂しくないな。
このまま外にいると寒いので、とりあえず中に入ろう。
「この家、寝泊まりできる大きめの客室があるんだよ。未祐の女友達とか、たまに泊まりにくることはあるんだけど……」
以前はその集まりに出す料理やお菓子を、頼まれてよく作っていたものだが。
いわゆる女子会だとか、パジャマパーティだとかいうやつだ。
そのことに思い至り、はたと気付く。
「そういや最近、すこぶる減ったな? 女子会。どうしてだ?」
「亘とネトゲをするので忙しい! と言ったらみんな納得してくれたが?」
その口ぶりからして、お誘い自体は存在しているらしい。
しかし、あまりにも明け透けな断り方だな……。
椿ちゃん、愛衣ちゃんも驚いている。
「周囲の理解力……」
「それでハブられないのはすごいですねー……」
「そうか?」
本人は不思議そうな顔だが……まあ、一つは未祐の人を見る目が確かなこと。
家に招く友人は礼儀正しい子ばかりで、変なやつは絶対に呼ばなかったからな。
それから、事情があって自分の家に帰りたくない、帰れない子を一時的に泊めたりもしていた。
そういった積み重ねがあり、歴代トップの支持を得て生徒会長に当選したわけで。
「はい、ここね」
四人を泊める客室は、一階に存在している。
寝具は三人がかりの超特急で用意したし、暖房も入れておいた。
加湿もしてあるので、中は快適なはずだ。
「夕食は俺らの家で用意するつもりだけど、雪がひどい時は――こっちで仕上げの調理をするか、完成品を持ってきて温める感じにしようと思う。近いとはいえ、風邪をひくといけない。移動は最小限にしよう」
「「「はーい」」」
キッチンはもちろんこちらの家にもある。
しかし、使い慣れていない家電や調理器具というものは、効率を著しく下げる。
章文おじさんは「自由に使っていいよ? むしろ使ってください!」とまで言ってくれるが、我が物顔で使うのはなんとなく気が引けるしな。
親しき仲にも、というやつだ。
調理はなるべく自分の家がいい。
「お風呂は二人ずつ入れるくらい広くて、トイレは各階に……って、その辺は未祐が説明しろよな。俺は一旦、家に戻るから」
家が広めなだけに、それこそ見て回るだけで時間を潰せるし、楽しいはずだ。
中学生ズの面倒を未祐に任せ、俺は理世の待つ自宅に戻ることにした。
勤務中の母さんとも連絡を取らないとだし、夕食の下拵えをしないと。
「わかった! ありがとう!」
応じる未祐の声を聞きつつ、俺は再び外へ。
夕食のメニューを考えながら、積もった深い雪に足を沈ませるのだった。