中学生ズのお宅訪問 中編
和室には、未だ甘い香りが漂っている。
今はこたつを中心に、思い思いに食後の時間を楽しみ、寛いでいる。
「よーし、お腹も膨れたところでー」
「?」
そんな中で、意外な人物がこたつからのそのそと這い出してきた。
いや、本当に意外だ。
愛衣ちゃんは、こたつの呪縛に人一倍弱いタイプだと思っていたから。
隣にいたひよりちゃんを伴い、気怠そうに立ち上がる。
「先輩の部屋に突撃じゃー。ひより、供をせーい」
「おー」
「待ちなさい」
お腹が苦しくて動けない俺よりも先に、止めに入ったのは……。
食器洗いを申し出てくれた、椿ちゃんである。
戻ってきたということは、もう終わったらしい。手際がいいな。
「これ以上、先輩方に迷惑をかけるのはやめなさい!」
「えー。椿は先輩の部屋、興味ないの?」
愛衣ちゃんの質問に、威勢の良かった椿ちゃんがピシッと固まる。
そこで腹を押さえながら、ようやく壁に手をついて立ち上がる俺。
「……」
「……」
妙な空気に、指を黄色にしながらみかんの皮を剥いていた未祐と小春ちゃん。
それと、お茶を啜っていた理世も視線を向ける。
集まった視線に怯みつつも、まなじりを決して椿ちゃんは応える。
「……あるけど!」
「あるんだ……」
「あるんだね!」
「あるのだな!」
「……は?」
反応は様々だったが、愛衣ちゃんはしてやったりという顔。
じゃあ止めるな、と言わんばかりである。
そして……。
「ちょっといいですか? 椿さん」
理世が光のない目で椿ちゃんの肩を叩く。
椿ちゃんは激しく肩を震わせた後で、観念したように力を抜いて一言。
「はい……」
力のない返事を残し、理世に部屋の隅へと連行された。
俺が言うのもなんだか変だが、その……ごめん。
「あ、あー、アレだ。愛衣ちゃん」
「なんですか? 先輩」
「……見ても、別に面白くないと思うよ? 俺の部屋なんて」
「面白いか面白くないかは、見た私が決めることにします」
「今、そういう信念めいたものを表明するタイミングだったかなぁ?」
意地でも見に行く、という気迫を愛衣ちゃんから感じる。
なにが君をそこまで駆り立てるんだ……。
「亘……部屋、見せたくない?」
「ひよりちゃん……いや、別にそんなこともないけど。俺も、親しくなった人の部屋は見てみたいと思うし」
「……相手が嫌がらなければ?」
「そうだね。それは大前提だ」
住んでいる部屋というものは、相手の人となりが現れやすい。
例えば「寝に帰るだけ、特に弄っていない」という殺風景な部屋の場合でも……。
事務的、ドライ、あるいは単に面倒くさがりというイメージを連想することができる。
それを格好いいと思い、あえてそうしているのは――こじらせた思春期男子。
その上で、わざわざ人に見せようとしてくるのが――そう、構ってちゃんである。
ちなみに、中学時代に初めて招かれた秀平の部屋がまさにこの類で。
「殺風景なのは表面上だけ。押入れを開けたら、中からゲームと漫画の雪崩が……」
「なんですか、それ? 先輩の部屋の話じゃないですよね?」
愛衣ちゃんの声に、意識が目の前に引き戻される。
まあ、なんだ。
ともかく、人の部屋に興味を持つ気持ちは理解できる。
要は「あなたのことをもっと知りたいです」と言われているのと同じことだ。
悪い気はしない。
「ああ、うん、ごめん。俺の部屋は頻繁に掃除してあるから、そういうのはないよ」
「ですよねー。それじゃあ?」
「そうだなぁ。愛衣ちゃんたちが、そんなに見たいなら――」
「入室は許可しません。繰り返します、兄さんの部屋への入室は許可しません!」
言葉を遮るように、ようやく椿ちゃんを解放した理世が舞い戻る。
特にお前は許さん! と言わんばかりに愛衣ちゃんを睨む睨む。
「じゃあ、私だけ……」
「ひよりさん単独でも駄目です!」
小さく手を上げるひよりちゃんにも、ノーを突き付ける理世。
その間に黙ってこっそり部屋を出ようとする愛衣ちゃんの襟首をつかみ、引き留める。
忙しいな……。
「……だったら、理世の部屋でもいい」
「……はい?」
ひよりちゃんの目先を変える提案に、三角だった目を丸くする理世。
「理世の部屋も、見てみたい。だめ?」
「ぐっ……!」
「無理にとは言わない。今の時点で、けっこうなプライバシーの侵害? をしているから」
「それは今更ですから、もういいですけれど……」
すっかり勢いが削がれ、言葉をよどませている。
その機を逃さず、愛衣ちゃんが意地の悪い笑みを浮かべる。
「あれぇ? 妹さん、部屋に見られて困るものでもあるんですか?」
「あるから困っているのでしょう!?」
「だろうな! 深淵を覗きこむようなものだぞ! ひより、やめておけ!」
ここでこたつから立ち上がったのは、未祐である。
勢いでみかんの皮が吹っ飛び、並んで座っていた小春ちゃんがせっせと回収する。
それを見た椿ちゃんも来て、こたつの上を片付けてくれている。
あー、確か小さめのゴミ袋を切らしていたな……どうするかな。
――の前に、とりあえず未祐に軽く反論しておくか。
「え? でも俺、割としょっちゅう理世の部屋には出入りしているけど。そんなにおかしなもの、あったっけ?」
「お前、行くときは必ず予告してから行くだろう? 急に行くとしても、タイミングがほぼ決まっているし」
「そうか?」
「そうだ。許可なしで行くのは、大抵こいつが深夜まで勉強している時だろう? 夜食がいるかー、とか。無理していないかー、机で寝落ちしていないかー、とかで」
「不躾に人を指ささないでください。兄さんは未祐さんと違って、細やかな気遣いが可能なのです。年中無礼講な未祐さんとは根本から違うんですよ」
「人を常に酔っぱらっているサラリーマンみたいに言うな!」
「うるさいですね。大体、あなたはいつもいつも……」
あー、こりゃだめだな。いつものやつが始まった。
話している間に新聞紙を折って作ったゴミ箱を用意し、二人が集めたみかんの皮を入れてもらう。
食べ物の殻とか皮を入れる時には、これが便利だ。
広告のチラシを使うと、多少の耐水性もあって使い勝手が増す。
「今の話、わかるなー。私も、急にお父さんが部屋に入ってくると嫌だし」
「クラスの子も、愛衣ちゃんと同じことを言っていたよ! 私は気にしないけど、椿ちゃんはどう?」
「私もちょっと……。部屋で隠れて悪いことをしている、なんてことはないんだけどね? 用がある時は、なるべくリビングに呼んでほしいかも」
こうして横で聞いていると、みんなお年頃なんだと実感する。
そして、微妙に入りづらい内容だな。
ここはおとなしく、片付けに専念するとしようか。
「……亘先輩、そういうのが女系家族で上手くやっていくコツなのかな? すごく家族仲がいいよね。尊敬する反面、疲れないか心配になるけど……」
「大丈夫。多分、無意識。亘、TBで一緒に戦っている時も位置取りが絶妙」
「「「あー」」」
「絶対に邪魔な位置に来ない。身体に染みついてる」
みかんの減りがすげえ。
とはいえ、母さんの実家から箱で送ってもらっているので、後で補充しておこう。
痛んだり、余ったりするよりずっといい。
「ひよりの言葉って割と直感的だけど、妙に説得力あるよねー」
「日常生活の行動が戦闘に活かされる、ってなんかいいですね! 燃えます!」
キッチンとの往復の際にも、中学生ズのそんな会話が聞こえてきた。
お、この流れなら会話に参加できそうだ。
ゴミを捨てて戻ってから、俺はそれに対して応じる。
「うーん。確かにある意味、理世の勉強に対する姿勢は“戦い”って感じではあるけれども……」
「戦闘もお勉強もサポート! ですね! 私も亘先輩にバフ魔法“オヤショクドウゾ”を使ってもらいたいです! 学習力と体力アップです!」
「オヤツヲドウゾならさっき使ったばっかりだけどね。どうだった?」
「おいしかったです! 元気百倍!」
小春ちゃんの素直な感想は心地いい。
ずっと餌付けをしていたくなってしまう。
しかし、そんな無邪気な笑顔の小春ちゃんの背後に、邪悪な笑みが迫る。
「いいのー? 小春ー」
「え? なにが? 愛衣ちゃん」
「その魔法、妹さんみたいにパッシブスキルの“睡眠耐性”がないと……ねぇ? 椿」
「ええ。太るわね、確実に」
「――デバフ魔法です!?」
「うりゃー、ぷにぷに」
「あははは! 愛衣ちゃん、脇腹つつかないで!」
勝手に夜食がデバフ魔法にされてしまった。ぷにぷに。
確かに、理世にはゲーム的なパッシブスキルでいうなら「集中力レベルMAⅩ」とか「記憶力レベルMAⅩ」とか色々と付いていそうだ。
もちろん、全て本人の努力と根気によって獲得したものだが。
「……ひよりちゃんのお家は、どう?」
「……? お夜食? 亘が作ったお夜食なら、いつでも歓迎」
「そ、そうじゃなくて。お父さんとの仲だよ。どんな感じ?」
「………………。まあまあ?」
「ま、まあまあかぁ」
一緒にネットゲームをやるくらいの仲でも、まあまあなのか……父娘って難しい。
それにしても、この年代の子のお父さんたちは大変だな。
幼いころと同じ距離感で接すると、きっとあっという間に嫌われるのだろう。
俺も、彼女らに対して無神経な行動や発言はくれぐれも慎まないと。
「――で、どうするの? 愛衣ちゃん」
「はい?」
「部屋を見たいって話。俺は別に、部屋の中で見せて困るものは……」
会話が切れたのを見計らい、最初のほうへと話を戻す。
……今の部屋の状態は、掃除はしたばかり。
見える場所にバイトの給与明細、家計簿なども置いていない。
そうなると、見られて困るものは……。
「……パソコンくらいしかないけど」
「では、ハードディスクぶっこ抜いて帰りますねー」
事もなげに返す言葉に、一瞬思考が止まる。
今、愛衣ちゃんはなんて言った?
「ふふふ、先輩のPCデータはいただいていくー。あ、もしかしてSSⅮだったりします? どっちにしてもいただいていくぜー」
「――ド外道!? なんてことをするんだ! そして中身をなにに使う気なんだ!?」
「もちろんシークレットな画像・動画フォルダを中心に、色々と参考に……」
「参考!? どういうこと!?」
「そういうことです」
「重ねて問いかけるのが怖いっ!」
ちなみに、使用している記録媒体はHⅮⅮである。
SSⅮに変えたいと思ってはいるけれど……って、どっちでもいいよ!
今はそんなこと!
「なんて、冗談ですよー。PCに触らなければいいんですね?」
「ま、まぁ。頼むよ、ほんと」
いまひとつ、愛衣ちゃんの言動は信用が置けないんだよなぁ……。
あ、いや、心底相手が嫌がることはしないと思っているよ? でもなぁ。
「よーし、お許しが出たぞー。みんな、改めて突撃ぃー」
「おー」
「おー!」
「お、おー」
「――お? よっしゃあ! うぉぉぉぉぉっ!」
「ちょ……っと待て、未祐! なんでお前まで行くんだ! 戻ってこい! おーい!」
中学生ズはともかくとして。
理世と言い合いをしていた未祐まで、勢いよく二階に向かっていってしまった。
なんでお前が一番、気合の入った声を出してんだよ。
何度も入っているだろうが、俺の部屋なんて。
「……兄さん。監視に向かわなくていいのですか?」
「……椿ちゃんがいるから大丈夫だろ」
あの中では最も常識がある。
押しに弱いところもあるが、目に余るような暴走はしっかり止めてくれるだろう。
「……そうですね。そうだといいですね」
「不安になるような言い方するの、やめてくれない!?」
理世と椿ちゃん、どういう話をしていたんだ……?
いかん、心配になってきた。
俺も二階の様子を見に行こうかな? などと考えつつ。
半開きになった襖のほうに、意識を向けた時だった。
『――を原因とする大気の急激な変化により、いわゆるゲリラ豪雪が発生し――』
「!?」
静かになったことで、点けっぱなしだったテレビの音が聞こえてくる。
この固めの言い回しと声色は、ニュース番組のようだが……。
気になる単語が聞こえたのは、理世も同じだったらしい。
軽く視線を交わしてから、並んでテレビに向き直る。
『――の影響で、各種交通機関の運行に乱れが生じ――』
そうして、二人でテレビを見ていたのは一瞬。
ほとんど同時に窓際に駆け寄り、庭に隠れていた未祐たちを見つけた時と同じように。
ニュースがローカルではなく、全国放送であることを祈りながら。
外の景色を確認すべく、障子を左右に開け放つ。
すると……。
「うわぁぁぁ!? なんじゃこりゃあ!」
「真っ白……ですね……」
そこにあったのは、数時間前とは完全に別世界。
今も空から降り続く多量の雪が、辺り一面を銀世界へと変えていた。