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中学生ズのお宅訪問 前編

「そうか、家族で近くの県まで来たから……」

「ついでに私たちに会いに来た、というわけだ!」


 それから数分後、室温が元通り温かくなるころに事情を聞き終えた。

 フィリアちゃん――ひよりちゃんの居住地は、我が家からかなり遠い位置にある。

 どういう事情かと疑問に思っていたが……。

 どうやら一家三人で隣県にある親戚の家で新年会、ということだったようだ。


「小春たちも、私たちの家を見たいと言っていたのでな! 連れてきた!」

「連れてこられました!」

「ここはあなたの家ではありませんが?」

「む?」


 割って入る冷たい声に、未祐が顔を上げる。

 視線の先では、理世が仁王立ちで待ち構えていた。


「ここは私と! 兄さんの! 家ですが!?」

「あと母さんな」


 理世が怒気を孕んだ目で未祐を睨みつける。

 それに対し、未祐は舌を横に出して一言。


「あれれぇ? おかしいなぁ?」

「わざとですかわざとですね。後で覚えていなさい」


 実質、ここが未祐の家と化しているのは事実であるが。

 綾瀬家、今となっては俺が掃除に入る回数のほうが、未祐が出入りする回数よりも多くなっているような……。

 段々と、岸上家の空き部屋に未祐の衣服や小物が増えてきている今日この頃。


「亘、黙って勝手に連れてきてすまん! 許してくれ!」

「いや、別にいいけど」

「私にも謝りなさい」


 本当に来てほしくない、立て込んでいる時期ならやらなかっただろうし。

 未祐は色々と雑だが、そういう大事な部分は見極めができるタイプだ。

 もちろん、事前に知らせてくれたほうがありがたかったのは確かだが。


「どうしてこんな、手の込んだ真似を?」

「愛衣が、どうしてもそうしろと言ったからな! 面白そうだから乗っかってみたぞ! どうだ、驚いたか!?」

「え?」

「はい。発案者は愛衣です」

「……」


 愛衣ちゃんのほうを見る。

 愛衣ちゃんが顔を背ける。

 構わず視線を注いだままにしていると、小さく一言。


「先輩。女の友情って、(はかな)いですよね……」

「……そうだね」


 未祐、椿ちゃんに相次いで後ろから刺された愛衣ちゃんが遠い目をする。

 愛衣ちゃん、ものぐさな癖に俺をからかうことに関しては全力だよね……。

 ああ、理世に対してもか。

 つまり、今回のこれはダブルで美味しい状況だったんだな。


「夕方になれば、マッチョで公務員なお父さんと、マッチョじゃないお母さんが迎えに来る予定だ! それまで頼む!」

「……お母さんがマッチョじゃないって、割と普通のことでは?」

「あれれぇ? おか――」

「それはもういいから」


 女性は筋肉が付きにくいので、鍛えていてもゴリゴリにはなりにくいものだ。

 フィリアちゃんは母親似だとアルベルトさんが言っていたので、きっと美人さんなのだろう。

 で、ひよりちゃんが滞在可能なのは夕方までということで……。


「あ、そうそう。ついさっき、お汁粉を作ったんだけど」


 なにかもてなしを、と考えていると。

 未祐がたくさん食べると思って、多めに作ったお汁粉のことを思い出した。

 時間的にお昼はどこかで食べてきた可能性はあるが、甘いものならどうだろう?


「食べる!」

「食べたい」

「いただきます!」

「あー、いいですねー」

「あ、あの、あの、厚かましくてすみません……」


 なるほど、全員食べると。

 お餅は……残ると硬くなるので、まずは少なめに用意するか。

 年明けについて、冷凍・冷蔵しておいたものがまだ残っている。

 料理の手順の算段をしながらキッチンに向かうと、二人分の足音がついてくる。


「亘……作るところ、見ていていい?」

「見ていて楽しいものでもないと思うけど……どうぞ」


 一人は、ひよりちゃん。

 もう一人は……。


「私はお手伝いを!」

「お客さんにお手伝いをさせるのは、ちょっと」


 小春ちゃんか。

 気持ちはありがたいが、座ってくれていて大丈夫だ。

 しかし、小春ちゃんはぶんぶんと首を左右に振り……。


「無断で押しかけてきた迷惑な人たちを、お客さん扱いしなくてもいいと思います! 例え友だちでも!」

「あ、それ自分で言っちゃうんだ……」

「言っちゃいます! ですので、せめてお手伝いさせてください! こきつかってください!」

「うーん……よし、わかった」


 それなら、基本的に温め直すだけのお汁粉は小春ちゃんに任せるとするか。

 鍋の様子を見つつ、網で餅を焼いてもらおう。

 俺はその間にもう一品二品、付け合わせをなにか作るとして。


「そしたら小春ちゃん、俺の隣で……ああ」

「?」


 ふと、自分の胸付近の位置までしかない小春ちゃんの頭が目に入る。

 このキッチンは父さん、母さんに合わせて作られているので、小春ちゃんの背丈だと使いにくいだろう。


「はい、どうぞ」


 キッチンの隅にある踏み台を手に取り、小春ちゃんの前に設置する。

 意図を察した小春ちゃんは、屈託のない笑みをこちらに向けた。


「ありがとうございます! 亘先輩が小さいころに使っていた踏み台ですか?」

「そうだけど、理世が今も使っているから現役」

「へー! お借りしますね!」


 俺が踏み台を使わなくなったのは、小学五年生ころだったか。

 といっても、無理して背伸びしながらここに立っていた気がしないこともないが。

 今となってはちょうどいい高さである。


「キッチン、高い……」

「ひよりちゃん、一緒に乗りましょう!」

「うん」


 踏み台は丈夫で、割と横幅がある。

 これは俺と理世が並んで使えるようにと、理世のお父さん……(さとる)さんが買ってくれたものだ。

 最初は皿洗いのスポンジ係とすすぎ係を二人で、とか。その程度の手伝いをしていたな。

 背が低めの二人が並んで乗っていると、余計に幼いころの記憶が刺激される。

 不思議な感覚だなぁ。時が経つのは早いなぁ。


「……亘?」

「亘先輩?」


 二人の心配するような声に、我に返る。

「そういうのは十年早いよ、亘くん」という悟さんの声が、どこからか聞こえてくるようだ。

 ああ、こんなだから老け込んでいるとかおっさんとか言われるんだな。


「って、誰がおっさんだよ!」

「言っていませんよ!? 妙に渋みのある顔でしたから、ちょっとだけ思いましたけど!」

「言っていないけど、亘、私を見る時のお父さんと同じ目だった」

「うっ!?」


 つまり、普通は自分の子どもを見て浸るような種類の感傷・感情だったと……!?

 確かに十年早い、まだそういう未来を一緒に見てくれる相手もいないのに。


「ぐっ、ぬあああああっ!!」

「わっ!? 本気の慟哭(どうこく)です!?」

「亘、元気出た?」

「出たよ、変な方向にね!」


 とりあえず、目の前にいる二人と調子を合わせることにしよう、そうしよう。

 なにせ、小春ちゃんもひよりちゃんも、話しつつも甘い香りに目を輝かせ始めている。

 昔のことより、目の前の食欲だ。

 ……と、そうだった。

 そろそろ餅を出さないと。


「ひよりちゃん、お餅は何個ほしい?」

「うーん、三個?」

「お、行くねぇ。小春ちゃんは?」

「えーと……私も三個、いいですか?」

「了解」


 温まった網の上に、角餅を並べて乗せていく。

 この様子だと、お昼はまだだったようだな。

 となると、付け合わせも最初の想定よりも豪勢に……。

 他の子たちの餅も三個ずつでいいか、必要なら追加も出せる。

 俺と理世は昼食を摂っているので、加減して――いや。


「……よし、小春ちゃん!」

「は、はいっ!」

「俺もお餅、三個にする! 三個に!」

「だ、大丈夫なんですか!?」


 おやつには若干早く、普段の消化速度を考えると微妙だが。

 椿ちゃんなんかは、ホストがしっかり食べていないと遠慮するだろうし。

 ここは同じ数で行く。

 なによりも、あれだ。


「大丈夫! 若者の食欲、見せてやらぁ!」

「そ、それは若さの証明にはならないと思いますが! ……行くんですね!?」

「行くさ!」

「おー……」


 ……結局この後、俺は餅を食べきれずに残すことになった。

 俺が残したお餅は理世と未祐がなにやら言い争った末に、理世が強引に再加熱。

 最終的に、未祐の胃袋に収まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >未祐「食べる!」 ひより「食べたい」 小春「いただきます!」 愛衣「あー、いいですねー」 椿「あ、あの、あの、厚かましくてすみません……」 この食いしん坊ガールズめ!! でもい…
[気になる点] 綾瀬家と本文には書かれてますが、七瀬家の間違いではないでしょうか?
[良い点] お餅「逆ラッキースケベ的立ち位置に立てるかと思ったら熱消毒されたでござる」
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