旅行最終日
「魔王ちゃぁー……んが……」
「こいつ、寝言まで魔王ちゃんかよ……どんだけだよ」
明日は旅行最終日。
寂しさもあり、反面、家に帰る安心感もあり……。
癒された体とたくさん遊んだことによる充足感、お母さま方への応対などへの気疲れと、相反する感情が渦巻いている。
いい旅行だった。
正直、モニター程度では釣り合わないくらいのサービスをしてもらったと思う。
静さんは気負わず、感じたままを教えてくれればそれで構わないと言っていたが……。
「そういや結局、このホテルの問題点ってなんだったんだ……?」
宿泊部屋のベッドの上で、連泊中のことを振り返ってみる。
そして考える。
左右からは二つの寝息が聞こえ――寝つきがよくて羨ましいな。
一人だけ眠れず、取り残されてしまった。
まだちょっと眠気が足りないんだよなぁ。
かといって、夜中のホテル内を散歩するほどの気力は湧かない。
「うーむ……」
仕方ないので、さらに深く考える。
サービスの行き届いたこの高級ホテルは料理も美味しく、なにか問題があったようには思えない。
窓から見える海の景色もいいし、もちろん接客態度もよかった。
過剰なまでに充実した数々の施設に、コスト面は大丈夫なのかと心配にもなるが……客である俺たちが心配することではないような気もする。
「あー……」
そもそも、このホテルが想定している客層すらわからない。
もうこうなったら、静さんに直接訊いてみるか……などと考えているうちに、俺は眠りに落ちたらしい。
意識を取り戻した時には水平線に朝日が昇り、自動で窓際のカーテンがゆっくりと左右に開いているところだった。
秀平と司はまだ寝ている。
「朝か……」
半身を起こすと、センサーが作動。
目が痛くない範囲の淡い光が、足元で灯る。
室温も冬の寝起きにはちょうどよく、少し暖かめで……うん。
何日も何日も、すごいホテルに泊まっていたよな。今更だけど。
最後に部屋付きの露天風呂に入ろうかな、気分もいいし。
最後まで変わらず、美味しい朝食をいただいてからチェックアウトまでの間。
静さんと話す時間が取れたので、昨晩の疑問をぶつけてみた。
静さんは最初、表情を動かさずに話を聞いていたのだが――
「申し訳ありません。せっかくお休みのところに、煩わせるような余計なことを言いました」
――そう言って、ロビーの待ち合いスペースで頭を下げてきた。
そんなつもりのなかった俺は、慌ててそれを止める。
「い、いえいえ! そんなことは! ……というか実際、俺たちがやったモニターって役に立ちそうですか?」
と、これも疑問に思っていたことだ。
もちろん、モニターという役目がマリーを俺たちと遊ばせ、休ませるための半ば名目上のものというのもわかってはいるが。
アンケートの提出は昨晩だったが、静さんだったら既に目を通しているだろう。
そしてその予想は正しかったようで……。
「はい、非常に有意義で有益なご意見を多数いただいております。特に、当ホテルでは若年層のお客様は貴重ですから」
「それはそうでしょうね……料金的な意味でも」
返答はすぐにもらえた。
アンケート項目には料金に関するものも含まれていたため、一通りチェック済みだ。
俺たちは無料だったが、もし普通に利用していたら……と、正確に計算するのは怖い額になる。
業務上、特に隠す必要もないためか、静さんは次々と集めた意見を開示してくれる。
「中でも特に、卒業旅行にまた利用したいというご意見。こちらが非常に興味深いと感じました」
「卒業旅行。へー」
これは誰の意見だろう?
少なくとも男性陣……。
俺は違うし、秀平も出さない感じの内容に思える。
「卒業旅行専用のプランを用意しているホテルなども存在しますから、当ホテルでも現実的に採用可能な案ではないかと」
「そうなんですか。でも、このランクのホテルで卒業旅行となると、かなりバイト代を貯めてくるわけですよね? いくら専用プランと言っても、学生には料金がきつくないですか?」
「将来への投資と割り切り、大幅に割引く必要があるでしょうね」
「将来への投資?」
なんだろうか、静さんっぽくない表現に聞こえる。
これは、俺にもわかりやすいような言葉に変換してくれているのだろうか?
「卒業旅行が高校、各種大学、あるいは専門学校ならば、そのプランをご利用いただいたお客様は数年後には大半が社会人です」
「……つまり、リピーター候補への種蒔き?」
ああ、やっぱりそうか。
ビジネス用語を連発されてもわからないので、非常に助かる。
俺の推測混じりの言葉に、静さんはうなずきを返す。
「はい。実際にリピーター――繰り返しご利用になっていただけるかは、このホテル次第。そうなるかとは存じますが」
「そこは大丈夫な気がしますね、今回のレベルを維持できるなら。素敵な宿泊体験でしたよ」
この規模のホテルを、傾かせずに数年維持する……それがどんなに大変なことかは、俺には想像しかできないが。
とにかく、客としては「大満足」の一言だった。
ありがとうございます、と一礼してから静さんが続ける。
「併せて、成人式の時期に――という案も一考の価値があるかと」
「あー、新成人にならお酒を出せますもんね。バーもありますし、部屋を取ってあれば酔いつぶれても比較的安全か……」
「その際のメインターゲットは女性になるかと」
「そうでしょうね。初めての飲酒を綺麗なホテルで、という層は女性が多いでしょうから」
考えてみればこのホテル、そういう卒業旅行とか女子会とかにぴったりだ。
お洒落だし、エステはあるし、温泉だし、絶景だし。
警備関連がしっかりしているのもいい。
「他にいただいたご意見としましては――ご飯が美味しい! 温泉が気持ちいい! ボルダリングが楽しかったです!」
「なんですか、その小学生並みの……ああ、未祐か」
「非常に似通った内容のご意見・ご感想が、もう一つありました」
「小春ちゃん、変なところまで真似しないで……」
「部屋の防音、遮光、寝具が最高。昼寝に最適」
「愛衣ちゃんですよね?」
「貸し出しにバスローブだけでなく、浴衣も用意してあるところに心遣いを感じました。残念ながら、洋風の施設とはあまり合っていませんが……」
「これは椿ちゃん、かな?」
「その気になれば部屋内で全てを完結できるところがいいと思いました」
「和紗さんっぽい意見」
「僻地とは思えないほど整ったネット環境、部屋にはゲーム用端子のついた大型モニター、シアタールームやカラオケルームがあるのもイイネ!」
「秀平」
「次は私と兄さんだけを招待してください、部屋は一つで。明乃さんは別室なら可、未祐さんは別室でも不可です」
「理世さん!?」
尖った意見に個人的な意見、特に意図のない感想まで。
役に立とう、有益な意見を――と肩に力が入りまくっていた俺よりも、案外こういった回答のほうから良い改善案が出るんだろうな。
「俺が思っていたよりも、みんな色んな意見を出してくれたんですね……あれ? でも、結局ホテルの問題点を教えてもらえていませんよね?」
それが知りたくて、静さんを呼び止めたのだが。
近くの時計を見ると、いつの間にか結構な時間が経っていたのがわかる。
そろそろ解放してあげないと、業務の邪魔になるな。
静さんは、少し考えるような素振りを見せ……。
「……答え、お知りになりたいですか?」
そう問いかけてくる。
色々と話をしている間に、俺の微妙な表情の変化に気がついたらしい。
「実は不思議と、自力で当ててみたい衝動があります。次のバイトの時までの、宿題にしてもいいですかね? もちろん、静さんのご迷惑でなければですが」
経営関係は完全に素人な自分だが、マリーの近くにいる機会が増えたせいだろうか?
最近になって、じわじわと興味が湧いてきたところだ。
静さんは、俺の言葉に大きく目立った反応こそ見せなかったが……。
「はい。おわかりになりましたら、いつでもお教えください。待っていますから」
そう言って、淡く口元を綻ばせるのだった。