温泉と掲示板 後編
884:名無しの魔導士 ID:6bc7NpA
魔王ちゃんが魔王ちゃんじゃなかった件について
885:名無しの弓術士 ID:epShZir
魔王ちゃんが魔王ちゃんでないのなら、
俺たちは魔王ちゃんをなんと呼べばいいのだ?
886:名無しの重戦士 ID:tazc79W
魔王ちゃんは魔王じゃなかったけど、
今は魔王ちゃんだから魔王で……あれ?
887:名無しの重戦士 ID:aDauXp8
今は名実ともに魔王らしいから、
呼び方を変える必要はないのでは?
888:名無しの騎士 ID:Q6e59eZ
可愛いから何でもいい定期
889:名無しの武闘家 ID:yGJtHWA
いつもより噛み噛みだったね……
神界のもにょどもー
890:名無しの魔導士 ID:82G7E2c
もにょどもー
891:名無しの武闘家 ID:uTucYS3
なんか魔王軍幹部とかいうの増えていたけど
魔族コスした勇者ちゃんにしか見えないのがいたなぁ
不思議だなぁ、ドウシテカナー
892:名無しの騎士 ID:rUNSZXR
他にも見覚えあるのがちらほら……
勇者ちゃんの横には本体、そしてギルメンたち……
893:名無しの弓術士 ID:yKcQ7Mf
識者によると鳥同盟+シリウストップ3+ズッ友コンビ
っぽいらしい、だから全部で13人?
894:名無しの弓術士 ID:fBsYFig
識者って誰だよ
895:名無しの軽戦士 ID:NDjS8Wt
なんでプレイヤーがNPC化してんの
これ本人たちなの?
運営が用意したそっくりさんとかじゃなくて?
896:名無しの神官 ID:gMSgWNA
悲報
TBの勇者、魔王と戦わない
897:名無しの騎士 ID:SpzVZBu
言っても最近はそういうの多くない?
898:名無しの神官 ID:gMSgWNA
確かに!
899:名無しの魔導士 ID:xmFYQRL
世界の半分をもらう約束でもしたんかなぁ
900:名無しの弓術士 ID:YLUEPaJ
俺も魔王ちゃん軍に入りたい!
901:名無しの重戦士 ID:ua8DxxW
>>900
入りたければスレ立て
902:名無しの魔導士 ID:SpzVZBu
>>900
スレ立てよろ
失敗したら不採用で
903:名無しの弓術士 ID:YLUEPaJ
マジですか、やってみます
しばらく減速お願い
水分補給を終え、場所をミストサウナに移した俺たち。
温度は50度程度、ここなら長時間いても大丈夫そうだ。
そんな中、俺はハーブが香るミストを強めに吸い込み――
「即バレじゃねえか!」
――我慢できずに、吸ったミストを吐き出しながら叫んだ。
掲示板を見ての感想は、主にそれ一本だった。
「考えてみたら、ボクら素顔を丸出しでしたからね……」
「冥王様の言ってた偽装効果は、NPCに対してだけだね。当たり前だけどさぁ」
俺たちが行った魔族への変装は、やはりザルだったらしい。
これまでの露出の多さから、見る人が見ればすぐにわかるレベルだったようだ。
「蛹さんと大器さんも有名プレイヤーだから、わかっちゃうよねぇ」
『ずっと蛹』さんと『未完の大器』さんは、古参プレイヤーであり決闘上位ランカーである。
運営選出の決闘リプレイで目にする機会が多く、こちらも姿を知る人は多い。
俺たちよりも先に魔界に来たことのあるプレイヤーたちで、継承式にこそいなかったが、宣戦布告の際には魔族に変装して参加。
「決闘好きだと特にそうだろうな。俺たちも頻繁に対戦する関係だから、顔見知りといえば顔見知りだし」
「あの駆け込み参加にはびっくりしましたね」
渦中にいた俺たちに比べれば、時限式かつ受付時間の短いクエストだったにもかかわらず、間に合わせてきたものなぁ。
もしかしたら他にも魔界到達者で、城の関係者と親交のあるプレイヤーはいたのかもしれないが……とにかく、彼らは宣戦布告の際に参列していた。
二人コンビプレイが基本のようで、ずっと蛹さんの名前をもじってズッ友コンビと呼ばれている。
「あの、秀平さん。いつもよりしつこめの、動画利用に関する同意確認があったのは……」
「宣戦布告の動画を使い回すためだろうねぇ。くっ、こんなことなら魔王ちゃんの隣に立っておくべきだった……!」
「そ、そこはサマエルさんの場所ですよね?」
「え? いずれは俺の場所になるんだよ? 前借りしてもよくない?」
「どっから湧いてくるんだ、お前のその自信」
魔王ちゃんに関してなら、やっと名前を覚えてもらったばかりの癖に。
しかし、秀平の言う通りなら……。
「宣戦布告の動画、しばらく残るのか……」
「ボク、変な顔をしていませんでしたかね?」
「気になるよな。確認するほどの気力と勇気は出てこないけど」
「すっごくわかります……撮った自分の姿とか声って、思っているのと差があるんですよね……」
「だよな。まぁ、もういいけどな……同意したのは自分だから……」
公式の動画は転載禁止、コピー防止機能もあるが、少々憂鬱だ。
写真撮影が趣味な司も、自分が映る側になるのはあまり好きではないらしい。
「なんで二人して暗い顔になってんの? 魔王ちゃんと一緒の映像だよ! 最高じゃん! 嬉しくないの!?」
「うっせえんだよガワだけイケメン野郎が。水風呂に沈めんぞ」
「突然の暴言!」
「秀平さんは自分の容姿や立ち居振る舞いに自信があるんですね……」
「まあね!」
「立ち居振る舞いのほうは否定しろ」
そちらは司が必死に磨いている分野である。
執事見習いという立場ではあるが、既に司の所作は一般的な高校生男子と比べれば綺麗だ。もっと自信を持っていい。
「はぁー……それで、宣戦布告がイベントにどう関係してくるんだ?」
「ついさっき発表された公式からのお知らせ、それを見てから現行の雑談スレッドにゴー! だぜ!」
「え、えと……操作しますね? 師匠」
「ああ、頼んだ」
司が額に浮いた汗を拭い、熱っぽい吐息を漏らしながら指を動かす。
温度が抑えめのミストサウナとはいえ、端末が壊れないか心配になるな。
さて、公式からの発表は……なんだこれ?
『第一回・神魔決戦開催のお知らせ』
――神界・魔界に到達、特定イベントを進行したプレイヤーの方が
現れましたので、臨時イベント『神魔決戦』を開催いたします。
神界・魔界、好きな陣営を応援して報酬を獲得しましょう!
詳細は後日、本お知らせにて公開いたします――
「……元々あったイベントは、後ろにスライドさせる感じなのか?」
「多分ね。いやー、こういう運営は珍しい。俺らがゲームを動かしている! って感じられて、ワクワクしてこな――」
「めっちゃワクワクする」
「師匠、食い気味に言いましたね!?」
TBではこれまでも、プレイヤーの行動によるNPCへの影響は大きかったが……。
これだけ大規模で、範囲がゲーム全体となると初めてかもしれない。
ゲーマーの端くれとして、目の前で起きていることが面白くないわけがないのだ。
「でさ、イベントを発生させた俺らには別途メールが来ているわけよ」
「お前、なんでそんなことを知って……まさか、さっきの隙間時間にログインしたのか?」
「だ、駄目ですよ! お母さん方との約束があるんですから!」
「てへ」
ゲーム内メールを外部で受け取る手段は存在するが、秀平には隙あらばゲームという習性がある。
簡単には治らない……いや、不治の病かもしれないな。
現に今も――人と話している最中にソシャゲをやるなよ。見えてんぞ。
「……で? メールの内容は?」
「そっちのタブレットにまるっと転送しておいたから、開いてみて」
「わかった。司?」
「はい」
とりあえず、掲示板の出番は一旦終わりらしい。
司の操作でメールソフトが起動され……一番上のこれだな?
下にゲームアプリ関係の領収書が記載されたメールが見えるが、そちらは無視で。
『上位魔族ロール権付与のお知らせ』
プレイヤー名:トビ 様
――ゲーム内において条件を達成したため、
次回、臨時イベント『第一回・神魔決戦』にて
魔族 トッビィ としての行動が可能になります
権利行使時のイベント期間中は行動が大幅に制限されますが、
特別な報酬をご用意いたしております
権利を行使しない場合につきましては、代替魔族(NPC)が
配置されます
また、イベント中のプレイ時間外に関しましても代替魔族が――
「え? し、師匠、これって……」
「???」
「し、師匠!? 秀平さん、師匠が見たことのない顔を!」
「キャパオーバーだね。珍しい」
……はっ、いかんいかん。
情報過多で思考が停止した。
要約すると、イベント中も魔族のフリを続けろという話だよな?
「もちろんやるよね? わっち。ね? ね?」
肩を無遠慮にべしべし叩いてくる秀平。
大昔の壊れた家電じゃねえんだぞ、そんなんで再起動するか。
司はまだ固まり気味の俺を心配して、あたふたしている。
「ほ……」
「ほ?」
「報酬を見て、みんなで相談してから決めよう……」
「えー、即答してよ。みんながやらないって言っても俺はやるよ?」
「ああ、それは別に。無理して足並みを揃える必要もないだろ、多分」
「……」
一人でもと言った割に、同意すると寂しそうな顔をする秀平。
持っているスマホの画面では、MISS! という表示が連発されている。
全く、こいつは……。
「心配するな。どうせ未祐辺りが絶対やる! 全員でやる! とか言い出すよ」
「――! そ、そうだよね! 言いそう!」
「俺も心情的にはやってみたいし、嫌だって言われたら二人でやろうぜ。司は?」
「あ、えと……お嬢様のご意向次第ですけど、個人的にはやってみたいです」
「よっしゃ!」
スマホを手に、秀平が勢いよく立ち上がる。
と同時に、腰に巻いたタオルが落ち、そっと司が目を背けた。
「おっと、ごめんごめん」
そそくさと背を向け、タオルを巻き直す秀平。
よかったな、ミストサウナの中で。
ドライサウナだったら丸見えだったぞ。