プロゲーマー対ワースト10
戦いはハイレベル――と形容するのも生温い、TB史上最高峰のPvPだった。
「おまけが本編」との説明も納得の内容である。
「……」
森の中、薄闇で行われる高速戦闘に、思わず見入る。
TBの高額賞金首というのは大部分が、一度も倒されていないPKたちだ。
PKは一度でも倒されると、懸賞金額が大きく下がる。
額が積み上がっているということは、それだけ倒されることなくPKし続けているということで……。
「あ、砂かけ」
「大声で威嚇するのはありなんですか? 武道の気合の声とは違いますし……」
「あー、そこ? ヤンキーみたいで嫌だよねー、俺は嫌い。汚い。そんで一切動じていないルミちゃんは怖い」
戦法の綺麗、汚いは置いておいて、その強さは折り紙付き。
その性質上、正規の決闘で会うことはほとんどないため、こうして彼らの戦いをじっくり見るのは初めてだ。
「ワースト10の武装、ユニークなのが多いな……こう見ると、エルガーって割と正統派の装備だったんだな」
「でかい武器、黒い武器、暗器、鈍器……PKらしくこの辺が多いね、やっぱ。ネタ系は二人かなぁ、この中だと」
「ネタ系……?」
こちらの画面では、まだ襲撃者全員の姿を確認できていない。
秀平、動画のどの辺りを見て言っているんだ?
「秀平、さっきから同じシーンを繰り返し見ていないか? それ、誰だ?」
「PKだけど人気者、魔法少女・ユナだね! 賞金首ランク、5位!」
「順位高いな。こんなに背丈の低い女性なのに」
「職業は重戦士!」
「魔法使えよ」
「サブミッションも得意!」
「魔法使えや」
秀平がネタ系と評した二人のうち、一人はこのPKのようだ。
マジカル・ステッキと称したピンク色の鈍器を恐ろしい攻撃力で振り回している。
なぜそのプレイヤーネームで魔導士を選択しなかったのか、俺には彼女の考え方が理解できない。
「ところで秀平。なんかフンドシ一丁の変態が見える気がするんだが? 俺の目の錯覚か?」
「残念だけど現実だぜ、わっち。ってか、前に和風ギルドの男連中も装備していたじゃん」
「そうだけど……関係者じゃないよな?」
「違うと思う」
あの時は、海で遊ぶ際の水着代わりに装備していたはず。
断じて森の中ではない。
街中でもこの恰好なのだろうか? このPKは。
「司っち、こういう男らしさはどうよ? 憧れない?」
「えっ!? ええと……」
「おいこら、司に振るな。困らせるな」
戦闘スタイルはゴリゴリの格闘、職は武闘家だな。
相手しているメディウス陣営のプレイヤーもパワー系のせいか、非常に暑苦しい絵面になっている。
司の反応は……引いているな、当たり前だが。
司には止まり木のバウアーさんとか、バイト先のマスターとか、ああいう紳士を参考にしてもらいたい。
こういう変態紳士はちょっと違う。
「ま、まぁ、変わった個性は一旦、置くとしてだな……」
共通しているのは、言うまでもなく「強さ」である。
強面だろうと、はぐれ者だろうと、変態だろうと、こいつらは等しく強い。
この戦闘、最上位陣の正式決闘並みかそれ以上の見ごたえがある。
「うーん。秀平、お前……こんなやつらを狩れんの? 無理なのでは?」
先程、狩りたいとか言っていたが。
確かに、この場の賞金首を全て倒せた際の総額は凄まじい。
ともすると、ゲームのサービス終了まで苦労しない程度のゲーム内通貨が手に入る可能性がある。
ただし、それは倒せるなら――の話だ。
「なに言ってんの? その時はみんなで一人ずつ狩るんだよ! 囲め囲め!」
力説する秀平だが、発言内容はひどく情けない。
それを聞いた司も微妙な笑みを返している。
「あ、正々堂々、一対一はしないのですね……」
「忍者だからねっ! だーれがタイマンしますかってんだ! PKKのコツは、PK以上に汚い手で相手を嵌める! これ鉄則!」
「満点のゲス回答だな。素晴らしい」
「そんなに褒めるなよぅ、わっちぃ!」
誰も褒めていない。
そういえば結局、エルガーを倒した時も集団戦だったしなぁ。
あの時の戦いは「お互い様」と評するのが正しい戦いだったと思うが。
「でも、メディウスたちはタイマン魅せプレイの動きなんだな……」
動画に視線を戻す。
手段を問わないワースト10に対し、メディウスたちの戦い方は非常にクリーンだ。
正攻法。
プレイ歴の浅さを感じさせない、技術と判断力の高さで戦況を拮抗させている。
秀平の言葉とは逆に、一対一に持ち込むことで、場に個人戦が複数でき上がっているという形だ。
「そうなんだよね。連携取れなくはないんだろうけど、どいつもこいつも個人技強めだからねぇ。んで、動画撮影の都合もあるから、こうなってんじゃないの?」
そう語る秀平の顔には、窮屈そう、楽しくなさそうと書いてある。
やや投げやりにも聞こえる言い方だったので、俺はあまり踏み込まないほうがいいと判断。
メディウスと疎遠になった経緯と、なにか関係が……などというのは、深読みが過ぎるだろうか?
「そうか。ところでこの戦い、決着つくのか?」
正式な決闘を挟まないPvPの場合、なにが違ってくるかというと……。
それはやはり、アイテムの使用が可能になる点だ。
そのため、互いに致命の攻撃を当てることができず、回復アイテムの使用タイミングを誤らない場合。
決着が見えず、時には同じ行動がループする将棋の千日手のような状態になる。
この戦いも、既にかなりの長期戦の様相だ。
「見ていればわかるよ。そろそろだから」
「そろそろ?」
持久戦が終わるには、いくつかのパターンがある。
一番は、どちらかが均衡を崩すことだが……セントラルゲームス側、ワースト10側、未だどちらにも脱落者は出ていない。
双方の継承スキルで崩しかけた時もあったが、対応が異常に早い。
直撃しない、二撃目が有効打にならない。
俺たちは温泉でリラックスしつつ、だらだら喋りながら見ているが……そうでなければ、息が詰まるような熱戦なのだ。
こうなると回復アイテム切れか、あるいは――
「うわ、武器折れた」
――武器が壊れる、防具が壊れるといった決着しかなかっただろう。
実際、動画のメインだった金髪イケメンとエルガーの剣が同時に砕け折れた。
「ああああああっ!? ナンデ!? ナンデェ!?」
という、金髪君の嘆きの叫びがちょっと面白い。
さっきまでクールに戦っていたのに。
あれもムーンウェポンズだったな……セレーネさんの武器で、しかも新しめのやつだ。
あのクラスの武器が全損した場合の修繕費、いくらになるのだろう? 考えたくもないな。
「ちっ」
エルガーが舌打ちを残して、なにかを地面に投げつける。
直後、閃光。
戦っていた金髪君を足蹴にし、木立の陰へと消えていく。
「オゥッ!」
蹴られて転がった後、その勢いのまま立ち上がり、謎の決めポーズを取る金髪成年。
アメコミのヒーロー着地みたいな体勢だ。
遊んでいないで追いかけろ! とルミナスさんに怒鳴りつけられている。
「なんか、秀平さんっぽいですねこの人……」
「俺も思った。人種は違うけどな……」
「え? そう? どこが? イケメンなところ?」
その後、あちこちで煙幕やら閃光が炸裂。
鮮やかな引き際で、ワースト10は一人残らずその場から退散した。
どういう訳か、去った後にふんどしが一枚、ひらひらと宙を舞っていたが。
「逃げましたね。これは……」
「引き分けだろうな。ド派手な戦闘だったけど、どちらも決め手に欠けていたから」
「他の連中の装備も限界だろうしねぇ。一番激しく戦っていたのは、動画でメインだった二人だと思うけど」
そうだよなぁ……。
こいつら全員、使っている装備が弱いわけがない。
戦闘中の装備変更は大きな隙を晒すことになるため、撤退は妥当な判断だといえるだろう。
「これにて、セントラルゲームス対PK軍団の戦い、終了! ってのを踏まえて、次は掲示板を見てほしいんだけど。動画投稿日の雑談スレね」
「今の戦い、世間の評価がどんなもんか? ってことだな。司、手が疲れたから操作を頼む」
「あ、はい。師匠」
俺が秀平からタブレットを受け取ったことで、司は遠慮がちに覗き込む体勢になってしまっていた。
疲れないか? その状態。
端末を預け、今度は俺が横から覗き込むことにする。