お母さん面談(裏)
「あれ?」
司と一緒に部屋を出ると、待っていた秀平が疑問の声を上げる。
俺たちの後ろ、大部屋の中を気にしているようだ。
「わっち、女性陣は?」
今は夕食の少し前で、いつもはみんな温泉に向かうタイミングだ。
その割に、今日は誰も出てくる様子がないことが気にかかったようだ。
「なんか、裏ボスと戦ってくるってよ……」
そんなことを未祐が言っていた。
温泉に行くのはそれが終わってからだ、とも。
「あの、師匠。裏ボス? って、どなたのことですか?」
「あれでしょ、わっちのお母さん」
「え?」
秀平はすぐに理解が及んだようだったが、司はピンと来ていない様子。
俺は「歩きながら話そう」と、動きで示してから応じる。
「ほら、なぜか俺だけ三回連続で呼び出されていた、保護者面談的なやつがあったじゃん」
「ええと……旦那様の分を含めると、四回連続だと思いますけど……」
司に言われ、サウナでの出来事を思い出す。
そういえば、あれも似たような主旨といえばそうなのだろう。
「あっはっはっは! 確かに!」
「笑うな秀平」
自分の娘たちの、目が届かない場所での様子を知りたい――というだけならよかったのだが。
人数を限定して呼んでいる辺り、他に意図があることは明白で。
「お疲れさまです、師匠……」
「ああ……そう言ってくれたのは司だけだよ……」
嫌ではないのだ。
自分に娘や息子がいたとしたら、きっと同じことをする。
嫌ではないが……こう毎度毎度、品定めのようなことをされると、さすがに疲弊する。
すぐ温泉で疲れを取りにいける、今の環境に感謝である。
「で、要はあれの延長戦だってさ。詳しい内容は知らないけれども」
「なーる。ようやくわっちが外れたと思ったら、今度はわっち母vs女性陣かぁ」
「あ、ああー……」
司もそこで、ようやく得心が行ったようだ。
まあ、俺が呼び出されていた「あれ」とは性質がかなり違うと思うけれど。
女子会? に近い雰囲気を感じる。
「わっち、絶対に酒の肴……じゃない、話の種にされていそうじゃん? わっちのお母さん主催だと」
「だろうなぁ。嫌だなぁ……なにを言われているんだろう」
「は、はぁ。師匠のお話ですか……」
「司君も混ざる?」
「!?」
廊下の角を曲がりかけたところで、唐突に大部屋の入口から声がかかる。
声をかけたのは我が家の母・明乃である。
すげえ楽しそうな顔をしているな、母さん……。
「ぼ、ボクは遠慮しておきます!? まだいいです!」
「「まだ?」」
「そっかぁ、残念。また今度、ね?」
「は、はい! い、行きましょう、師匠! 秀平さん!」
一瞬呆けた後に、司が慌てて俺たちの背を押す。
期待通りの反応、なのだろうなぁ。
ごめんな、ああいう性格の人なんだ。
「いいの? 司っちなら、あの中に混ざっても違和感な――」
「そうか秀平。お前一人だけあの部屋に戻るんだな? いいぞ。行ってこい」
明らかな秀平の失言に対し、司がなにか反応する前に言葉を被せる。
まあ、先程のウチの母の行動も似たようなものだが、直接的に言うかどうかで印象は大分違う。
「――嫌だよ!? どんな顔して混ざれと!? 地獄か!」
「憧れの女子部屋だぞ。その中に男が一人だぞ。嬉しいだろ?」
「誰の矢印も俺に向いていないんだよなぁ! 興味持たれていないんだよなぁ! 意味ないじゃん! 明らかに邪魔者じゃん! わっちが戻りなよ!」
「断る」
自分のどんな話をされているかもわからないところに、のこのこ乗り込む気はない。
絶対に変な空気になるじゃないか。
結局のところ……。
自分ができないことを、無理に他人に求めるなという話である。
「ふ、ふふっ……」
「司?」
「司っち?」
「い、いえ。楽しいですよね、こういう会話」
楽しい? 今の野郎同士の馬鹿な会話が?
……って、そうか。
司としては、こういう話に混ざれるのが嬉しいわけか。
「はー。しっかし、なんかこう……浦島太郎感があるよね」
話を逸らすような言葉と共に、秀平が窓のほうに視線をやる。
外は雪景色だ。
俺たちの地元に海はないので、海と雪の組み合わせに異界のような趣があるのは同意である。
ただ、こいつゲーム脳だからなぁ。
「それは今の状況が? それともゲーム内の話か?」
「どっちも!」
やっぱり。
脱衣所の扉をくぐったところで、俺は司と顔を見合わせる。
「ええと、それはホテルの長期滞在と?」
「魔界滞在のことか。言われてみれば、どっちも日常と離れている感はあるな」
「そゆことー」
ゲーム内はゲーム内で、サーラを離れて久しい。
イベントの度に移動はあるのだが、これだけ長期間となると今回が初か。
生産施設の管理、長いことパストラルさんたちに任せっきりになっているなぁ。
「ってことで、ここはいっちょ……世間とのズレを是正すべく、動画・掲示板ウォッチと参ろうじゃー、あーりませんか!」
さっさと衣服を脱いだ秀平が、俺たちの前でスマートフォンを掲げる。
秀平が脱ぎ散らかした服をロッカーに叩き込んで溜め息を吐くと、司と目が合う。
「な、流れるような導入! ……なのでしょうか?」
「いや、かなり強引で雑だと思うけど」
入浴中までゲームの世界に触れていないと気が済まないらしい。
しかも、現実世界とのズレはどうでもいいようだ。
ニュースなんかを見る気は皆無である。
秀平はスマホを手桶に放り込むと、そのまま大浴場へと向かう。
「お前、温泉施設内にスマホを持ち込むなよ……壊れるぞ?」
「いいじゃーん、俺らしかいないんだしー。防水だし、袋に入れたから壊れないしー」
洗髪とかは……次でいいか、寝る前にもう一度入るから。
洗い場で体だけ洗って、秀平のいる浴槽へと向かう。
少し遅れて、司も俺に続いた。
「お、来た来た。二人には、ほら。タブレット」
わざわざタブレット端末まで持ってきていたらしい。
受け取って状態を確認すると、しっかり無線で回線が繋がっているようだった。
このホテル、こんなに辺鄙な海岸沿いに建っているのに、ネット環境が良好なんだよな。
大浴場まで届く電波強度は、若干無駄にも思えるけれど。
「ほっほっほ。仲よく使うんじゃよ」
二人で一つの画面を見ろ、ということらしい。
こいつ、ワザとか? 秀平のスマホを奪い取ってやりたい衝動に駆られる。
「……。司、もうちょっとこっちに」
「は、はい……」
温まったせいなのか、それ以外に理由があるのかは不明だが……。
司が赤い顔で、おずおずと距離を詰める。
そこまで緊張されると、こっちまで肩に力が入ってしまう。
「最初に、二人に見てほしい動画があるんだよねー。ページは開いておいたから、まずはそれ見て」
言われた通りに、スタンバイ状態だったタブレットを起動させる。
動画タイトルは『TBイベントランカーを目指す動画15 おまけ』とある。
説明文は……おまけだけど本編、とだけ記載がある。
再生数……多いな、かなり。投稿から二日後とは思えない数字が出ている。
投稿者……って、やっぱりメディウスたちの動画か……そうだよな……。
「この人は……確か、黒騎士……?」
耳元で司の声が聞こえて、動画へと意識が戻る。
撮影時間としては、平原でのPK軍団との戦いの後。
姿を見せなかったPKたちから、メディウスたちが急襲を受けた状況のようだった。
はて、黒騎士といえば?
「エルガーじゃないか。見ないと思ったら、こんなところに……他のやつらも、なんか見覚えがあるような?」
「ふふふ、わっち。なんとワースト10のうち、六人が揃い踏みでござるよ! 狩りてぇぇぇ!」
ああ、どうりで見覚えがあるわけだ。
ログインすれば、そこら中に手配書が張ってあるもの。
その辺のランカーよりもずっと、TBの高額賞金首の顔は有名なのだ。
「相手が疲れたところに襲いかかる……PKらしい行動ですよね」
「平原の戦いに、目立って強いPKはいなかったけど……かなり数が多かったからな。司の言う通り、疲れと気の緩みはあるだろう。嫌らしいタイミングだ」
「襲撃場所は、やっぱ森を選んだみたいだね。平原の何倍も奇襲・逃走が容易だし」
ワースト10同士、連携……は、してないようだ。
この様子だと偶然、襲撃するタイミングが被ったように見える。恐ろしい話だが。
メディウスたちから指定されたルールを無視している辺り、ムーンウェポンを含む用意された景品はいらないということらしい。
ただ「気に入らないから潰しにいく」という、PKらしい感情をこいつらからは感じる。
奇襲に成功したPKたちが、立て直しを図るメディウスたちに向けて殺到する。