魔王の初仕事
「継承式、そしてパレードが終わったな! 次はいよいよ――」
魔族装備を外し、大きく伸びをするユーミル。
玉座に座る魔王ちゃんに向けて、期待を前面に押し出した顔で話しかけた。
継承スキルだな? 早く継承スキルを教えろ! と。
「そうだな! 人間界と天界への宣戦布告だな!」
「――は?」
しかし、返ってきたのは期待を裏切る言葉だった。
我慢の限界だったか、呆気に取られた後に……。
「はぁ?」
苛立ったような声と共に、魔王ちゃんへと詰め寄るユーミル。
玉座への階段を遠慮なしに登っていく。
まあ、さすがに俺たちも同じ気持ちではある。
「そ、そんな顔をするな、勇者! これは大事な慣例なのだ!」
ただ、魔王ちゃんを責めても仕方ない。
それも事実である。
しかし、いきなりの宣戦布告とはどういうことだろうか?
「宣戦布告って……戦争をするのですか?」
これまでのTB世界の傾向からして、そこまで血生臭いことにはならないと思うが。
質問をぶつけたのは、サマエル……ではなく、ワシに訊いてこい! という顔で待ち受けていた冥王様にだ。
「うんにゃ? 宣戦布告と言っても単に“魔王ここにあり!”という宣言のようなものじゃな」
「え、ええと?」
「言い方を替えるなら、即位宣言ともいうのぅ」
「なんだ、そうなんですか」
だったら即位宣言でいいではないか、と言いたくなるが。
わざと誤解を生みだそうとしているようにしか思えない、魔界流の言い回しである。
下手に突っ込むと怖いので、口には出さない。
「ただのぅ……」
「え?」
また厄介ごとか?
ここは継承式とは逆に、魔王ちゃんの幼さを前面に押し出していけば……。
大抵のことは、笑って済ませてもらえると思うのだが。
「前に、冥界の仕組みは簡単に説明したじゃろう?」
「魂を浄化する場所でしたよね?」
「うみゅ。神界にも似たような場所がある、と言えばお主なら察しがつくのでは?」
天国と地獄のような関係……は違うか、この世界の冥界は苦しみを伴う場ではないようだし。
神界についての情報は少ないので、どちらが是でどちらが否と決めてかかるのは難しい。
ともあれ、その言い方だと上手く住み分けができているわけではないらしい。
つまり、だ。
「……魂の扱いを巡って、神界と対立でもしていますか?」
「大正解! やはり察しがいいのう!」
神界と魔界、関係が良好なわけがないとは思っていたが。
冥王様の言いっぷりからして、会った瞬間に衝突! というレベルで悪いらしい。
「……いいですか?」
「よいぞ。魔女リズー」
と、ここでリィズが挙手しつつ発言。
冥王様からの呼ばれ方については、無反応である。
「つまり魔界側に喧嘩を売るつもりがなくても、神界側が反応してくる可能性はあると?」
「大いにあるのう!」
「……やめませんか? その宣戦布告というか、即位宣言」
「そうもいかん」
ここまで腕を組んで話を聞いていたサマエルが、強い口調で割って入る。
冥王様は鼻を鳴らし、リィズは黙って距離を取り……おーい、サマエル泣いちゃうぞ?
ほら、ちょっと悲しそう。
皮肉っぽい割に傷つきやすいやつである。
「ど、どうしてやめられないんだ? サマエル?」
「……力の象徴たる魔王が、都合が悪いからといって戦いを避けるようではいかんのだ。例え魔界陣営がどれだけ弱体化していようとも、苦境にあろうとも」
サマエルとしても今、敵対陣営を刺激するのは得策とは考えていないらしい。
実際、魔王軍の組織は身内争いの後遺症でズタズタだ。
だが、それでもやらねばならないと説く。
魔王ちゃんもサマエルの言葉に、大きく頷き追従する。
「うむ! 我が魔界の頂点に立つ者としてがんぜん……げんぜん? と、そんざい?」
「顕然と存在?」
「そう、それ! していれば、それだけで戦える! 魔界と魔族、そして魔王は、そうでなくてはだめなのだ!」
……魔王ちゃんは先だっての継承式で、ようやく市民の心をつかみかけているところだ。
より強固に魔族たちからの支持を得るためにも、即位宣言――もとい宣戦布告は行われなければならない、ということのようだった。
「話はわかりましたけれど、本当に戦いを仕掛けられたらどうしますの?」
「ど、どうにかする!」
ヘルシャの問いに、苦しそうに答える魔王ちゃん。
魔王ちゃん個人の力と、それが現在進行形で増大中なのは俺たちもわかったが……。
「魔界の戦力事情、魔王ちゃんはわかっていますわよね?」
「ど、どうにか……」
重ねてのヘルシャからの問いに、口ごもる魔王ちゃん。
……どんなに個の力が強くても、ワンマンじゃ苦しいよなぁ。
サマエル、冥王様を入れても有力者は三名だ。
そもそも、冥王様を戦力としてカウント可能なのかもよくわからない。
「今のままでは確実に負けますわ。仮に魔王ちゃんだけが勝利しても、局地的な勝利に終わりますわよ? 本当にそれでよろしいんですの?」
「ど、ど……どうしよう?」
ついには不安が勝ったのか、目を泳がせながら周囲の面々を見回す魔王ちゃん。
これ、見方を変えると俺たちの意見を採り入れてもらうチャンスだよな?
継承スキル、それから今後の付き合いなどを考えると、あまり魔界勢力に弱まってもらっては困る。
「ちょ、ちょっとまとめますよ?」
故に、事態の前進を図るだけでなく、ここは有用な意見を述べなければならない。
今までのように、運営・開発サイドからのヒントは沢山出ているはず。
まずは情報を整理しながら……。
「前提として、神界と魔界の関係は険悪。即位宣言を出せば、その時点で噛みつかれる恐れありと。冥王様?」
「うみゅ。そうじゃな」
「でも、地上世界にいる人間たちとプレ……来訪者は、明確に魔界・魔族の敵ではないのですよね? どうだ、サマエル?」
「ああ、その認識で間違っていない」
「一部、大陸の人間の中には我らのシンパや、神々を信仰している者もおるがの。少数派と思っていいじゃろ」
……これ、大事なことじゃないだろうか?
大陸の人間、現地人は場合によっては微妙なところのようだが。
今、この世界には来訪者――プレイヤーたちという大きな中立勢力がいるわけだ。
「だったら、なるべく多くの人間、来訪者を味方に引き込むしかないのでは……?」
どの勢力に肩入れするのかは、プレイヤーそれぞれに一任されている。
ほとんどのプレイヤーは大陸のいずれかの国に属す形になっているわけだが、聞いている感じだと、どの国も宗教色は薄めだ。
神界・魔界は国とは別カテゴリーとして、応援するシステムになっているのだとしたら……。
「それだ! それでいこう!」
魔王ちゃんは乗り気なようだ。
よかった、来訪者どもの力は借りぬ! とかいうタイプの子じゃなくて。
顔色を窺うと、サマエルも反対する気はないようで――
「しかし、ハインド。大陸の人間どもは同族間で国を割っているような種族だ。貴様ら来訪者とて、住む世界が違うとはいえ、その多くが人間。当然、一枚岩ではないのだろう?」
「来訪者たちの中で、どれだけの数が味方に付くかって話だよな?」
――勝算があるのかどうかについて訊いてきた。
もちろん、魔界の味方をする者もいれば、神界につくプレイヤーがいることもあるわけだが。
「それは魔王ちゃんの呼びかけ方次第だと思う」
アドバンテージ、神界に比べての優位性は多数ある。
一つ、魔王ちゃんの登場はゲーム開始直後からであること。
二つ、神界陣営はまだ二柱の神しか登場しておらず、プレイヤーたちにとって親しみが薄いこと。
三つ、単純に魔王ちゃんの人気が非常に高いこと。
「ってことで、政治関連にも詳しそうなヘルシャさん? どうっすか?」
「ですわね。力のある演説は、時に世論を誘導できてしまいますもの」
「なんか怖いことを言い出したな……」
ともあれ、悪用しなければいいだけの話だ。
ヘルシャの賛同を得られたので、この方向できっと大丈夫だろう。
「人間界向けの即位宣言に、協力を呼びかける声明を盛り込んでみてはいかがかしら? 条件は揃っていますし。やりようによっては、確実に半数以上の来訪者を――」
「なにを言う! ワシの孫の可愛さをもってすれば、来訪者は全員イチコロじゃろ!? 十割じゃ、十割!」
「孫馬鹿も大概にしてください、冥王様」
「なんじゃとサー坊! 甘やかし具合ならお主も大概じゃろうが!」
言いたいことは言い終えたと、途中で言葉を遮られたヘルシャが肩をすくめて一歩下がる。
それから、口論を始めてしまった年長者二人を前に、おろおろしつつも。
長としての責任感からか、こちらに水を向ける魔王ちゃん。
「ぐ、具体的には!? 我はどうすればいいんだ! ハインド!」
「そりゃ……」
と、答えかけたところで――めっちゃ睨んでくる。
名前を覚えられていることと、名前を呼ばれたことがそんなに妬ましいのか、ものすっごい睨んでくるやつがいる。
はぁ……わかった、わかったよ。
「……俺じゃなくて、トビが答えます」
「んおっ!? せ、拙者にお任せあれぇぇぇっ! うおぉぉぉぉ!」
ハインド殿、ナイス! ナイスすぎるぅぅぅ!
と、声を出さずに口を動かしつつ、親指を立ててウィンクしてくるトビ。
そういうのいいから、早く魔王ちゃんに説明。
「では! ……来訪者に対しては、今までの大型魔獣討伐の時と同じで、なにか報酬を付けつつ協力をッ求めるのがよいでござろうな! サマエル殿と相談されるがよいでござろう! あ、拙者トビでござるよ魔王ちゃん!」
「そ、そうか。報酬か。即物的なんだな……」
「来訪者は拙者も含めて、そんなもんでござる! 来訪者が動くかどうかは、報酬次第でござるよ! あとは、呼びかけ方でござるな! 拙者が思うに、今までの流れを踏襲するのが最適だと思うでござる!」
変なところがあれば訂正しようと思っていたが。
ガチガチのゲーマーであるトビなので、一般的なプレイヤーの考えもよく理解している様子。
特に口を挟む必要はなさそうだ。
「今までの? というと、式典の時みたいなのは……」
「いらないでござるよぅ! 来訪者のみんなは、素の魔王ちゃんが大好きでござるから! あ、もちろん拙者、トビもでござるよ! 魔王ちゃん!」
トビは厄介オタ――もとい、屈指の魔王ちゃんファンでもあるので、ここも間違っていないと思う。
笑ったり、泣いたり、怒ったり、だらけてみたり、噛み噛みだったり……。
プレイヤー間で人気が出たのは、そういう隙の多さと愛嬌からだろう。
今更、路線を変える必要はない。
「わ、わかった、そうしよう。サマエル?」
「悪くない意見かと。魔王様のご随意に」
サマエルは魔界市民の前以外では、魔王は威厳を保たなくてもいいという判断らしい。
そうだよな、そういうスタンスだから人間界での投影魔法を練習に使っていたんだものな。
「あ、ありがとう、ハインド。それと、ト……?」
「トビでござる!」
「と、トビ。お前、普通に話すこともできたのだな……」
「はうぁっ!?」
初めて直接、目の前で名前を呼んでもらえたことによる衝撃。
更には、まともに会話できないやつだと思われていた衝撃。
二つを同時に受けて、トビは形容しがたい表情で固まった。
「よし、では予定通りの宣戦布告と……その後で、来訪者たちに協力を呼びかける準備だ! お前たち、また幹部魔族の役をやってもらってもいいか?」
「はぁ!? もういいだろう、いい加減に! 私は嫌だからな!」
話がまとまりかけたところで、ユーミルが怒りを露にする。
継承スキルを一番楽しみにしていたの、こいつだからなぁ。
どうたしなめようか……そんなことを考えていると。
「教える予定だった魔界スキルを、格上げ……」
「はっ!?」
サマエルが小声でユーミルにささやく。
反対側には、いつの間にか冥王様もいて……。
「数も、各人それぞれ二つに……」
息の合った動きで、両側からユーミルのやる気に働きかける。
どっちもわかっているなぁ、ユーミルの性格を。
いや、あいつが見たまんま単純な性格なせいかもしれないけれど。
「やるぞ、みんなっっっ!!!!!!」
結局、ユーミルが意見を翻すまでに五秒とかからなかった。
チョロすぎて心配になるよ、俺としては……。
それから、程なくして。
『フハハハハ! 人間ども、来訪者ども、そして神界の者どもよ! 我こそは――』
人間界、そして神界に向けて、魔王による宣戦布告が行われたのであった。