新魔王、降誕
その後の継承式の大部分に、語るべきところはさしてない。
冥王様が魔界市民に向かって己の身分を明かし……。
魔王ちゃんが育つまで魔王業を代行していた、魔界市民を騙す真似をして申し訳なかったと謝罪。
これは、サマエルが幻影魔法を使って立てていた偽物と冥王様(青年期)がそっくりだったためであり、冥王様があえて泥を被った形になる。
別の言い方をすれば、冥王様がサマエルの尻拭いをしてやったということに。
サマエルとしては、魔王ちゃんが成長した姿をイメージしての幻影魔法だったのだろうが……。
「――」
頭を下げている最中、ちらりとサマエルを見る冥王様。ついでにこっそりと舌も出す。
それに対し、露骨に目を逸らすサマエル。こちらは苦々しい表情だ。
後でサマエルが冥王様からどんな要求をされるのか、傍目にもハラハラしてしまう。
最後に、魔王ちゃんから魔界全土に向けて大演説が行われるという運びに。
実は、ここで事件が起きた。
「魔界の全同胞に告げる」
サマエルと一緒に、たくさん練習したであろう言葉で呼びかける魔王ちゃん。
こちらはこちらで、人間界での映像を知る俺たちはハラハラしっぱなしだ。
「我の幼い姿を見て、不安になる気持ちは理解できる」
噛むなよ、噛むなよ……頑張れ、魔王ちゃん。
舌足らずなのは仕方ないとしても、噛まなければ最後まで動揺せずに行ける。
……はずだ、多分。きっと。
「どれだけ言葉を重ねようとも、その不安をふっ――消しさることはできないだろう」
払拭、とでも言いたかったのだろうか?
ともかく、ナイスリカバリーだ。
幾分か平易な言葉にはなったが、意味は通っている。
「故に、我はここに示そう。皆の前に示してみせよう。言葉ではなく――」
ここで演説が終わりに向かう気配。
短めにされているのは、サマエルからの配慮だろう。
演説の原稿を書いたのは、そもそもサマエルだと思われるし。
「――我が持つ力の、ほんの一端を」
……あれ? なんだろう、風向きが。
魔王ちゃんが城の露台――要はバルコニーであるが。
指示して投影魔法の範囲を移動させつつ、そちらに向かう。
「なにをする気だ!? なにか知っているか、ハイン……ハイン・ドゥ!」
「いや、聞いていない。事前に知らされた予定には、なかったはずだけど……」
ユーミルンの声は大きめだったが、気にならないほど周囲もざわついている。
見回すと明らかにサマエルが慌てているし、冥王様は……あ、なんか笑ってる!
犯人、この人です! 人じゃないけど!
『雨の恵みを!』
投影魔法を介さずとも、魔界中に聞こえるような――あるいは、頭の中に直接響くような魔王ちゃんの、魔王の声音。
彼女が指差した方角は、東。
干ばつが起きている地方だったかな……実際に雨雲が集まっているように見えるが、まさかな。
『暖かな光を!』
今度は西を指差しつつ……眩しい!?
「太陽だ!? 二百年ぶりに魔界に太陽が上がったっ!」
「先々代様以来の快挙だ!」
「魔王様ぁぁぁ!」
目が潰れるような光が収まると、魔族たちが騒然としていた。
秘めた力を知る機会がなかったのか、この時点から魔王ちゃんを見る目が変わったようだ。
こうなると、先程の雨雲も間違いなく雨を降らせていることだろう。
「天候操作かぁ……力の見せ方としてはベタだけど、VRで実際に体験すると……」
「な! 大迫力だな!」
開け放たれたバルコニー、魔王の頭越しに見える範囲だけでもすさまじい。
ユーミルンと共に、こっそりと距離を詰めて周囲を探ってみる。
夜の世界、魔界の空に上がりっぱなしだった月は、魔王が上げた太陽の光で存在を確認できず。
『風を! 雷を!』
停滞していた空気が流れ、雷鳴が瞬き、遂には遠い空に巨大な虹がかかる。
あ、ここまで進むとちょっとだけ町の様子が……みんな空を見ているな!?
これは綺麗だから、という理由だけではないのだろうな。
ここしばらく魔界の勢力は、間違いなく弱まっていた。
そこに来て、未完ながらも強大な力を持つ幼い王が登場。
当然、市民たちは――
「「「魔王! 魔王! 魔王!」」」
――大いに沸いた。
幻影魔法、及び結界が一時的に解かれた城にまで、市民たちの魔王コールが届いてくる。
してやったりという顔の冥王様。
そして、魔王ちゃんが天候操作の魔法を発動する度に異常な量の大汗をかくサマエル。
動揺している? それだけじゃない? ……もしかしてだけど、細かいコントロールはお前がしているのか?
「ふふっ! そろそろ本気で行くぞ! 次は――」
「ま、魔王様! その辺りで! どうか!」
あ、これ間違いないな。
どうりで、いつの間にか杖なんて取り出していると思った。
装備されている宝玉も「効果発揮中!」と言わんばかりにビカビカと光っているし。
コントロールが甘いとはいえ、無手で大規模な魔法を撃ちまくる魔王ちゃんはおかしい。
しかし、その魔法をコントロールできるサマエルも大概ではある。
「え? もういいのか?」
「もう充分です! 市民たちにも、充分に伝わったことでしょう!」
というか、もう限界です! これ以上は、暴走してしまいます!
と、この部分は口の動きだけで伝えるサマエル。
投影魔法の映像には、多分だが乗っていない……はず。
「……うぉっほん! 我が皆に話すことはもうない」
そろそろ演説が終わりということで、解けつつある緊張の中……。
緩み気味の口調ながらも、今度は手順通りに魔王ちゃんが玉座に座る。
わかっていたけど巨大な玉座に対してかなり小さいな、魔王ちゃんの体。
「我を魔王と認めぬ者、我こそはと思う者は、いつでもこの玉座を奪いにくるがいい。我は決して逃げぬ!」
と、この口上は魔王の基本行動らしい。
実力主義・武力主義の魔界らしい宣言ではある。
そのせいで先の政変が起きたとも言えるが、まあ、それはそれ。
ただ、先程の大規模魔法を見て、それでも挑んでくる者は稀であろう。
「「「うおおーっ!!」」」
力強い宣言に、再び沸き返る市民たち。
思うに、サマエルは魔王ちゃんの魔力が成長するのを待っていたのだ。
誰も及ぶことがないと確信できる力になるまで。
それまで隠し、守り、慈しみ、共に在り続けた。
「後の話は我が最も信を置く、サマエルに任せるものとする……サマエルには父の代に続き、我の懐刀としてしっかり働いてもらう。よいな?」
そしてそれは、魔王ちゃんにも伝わっていたのだろう。
サマエルが最後にかけられた魔王ちゃんからの言葉に、大きく目を見開く。
演説の原稿にはなかった、心からの言葉を受け……。
サマエルは驚きの余り、大規模魔法の制御を誤り、一瞬太陽光が強くなったものの。
すぐに立て直すと、膝をついて手を己の胸に当て、深く首を垂れる。
「はっ……! 拝命いたします!」
魔王ちゃんが少し照れたような顔で、それに対し頷く。
うーん、トビじゃないが可愛いと思う。素直に。
この場において魔王の威厳を示すのに、相応しい表情かというと微妙ではあるが。
立ち上がったサマエルの目には、うっすらと光るものが見えた……気がした。
「……同士たちよ! 誇り高き魔族たちよ!」
魔王ちゃんが見守る玉座を背に、サマエルが呼びかける。
これまでの疲労を忘れたかのように、意気軒昂な様子だ。
「魔王様の御力は魔界全土を覆い、遍く魔界市民にその恵みを授けてくださる!」
飾り、偽りのない言葉は真っ直ぐ胸に届く。
人間界での残念な発言の数々を知る俺たちですら、黙って耳を傾け聞き入った。
強く、どこまでも強く声を張り上げるサマエル。
「力ある者を称えよ! その頂点に立つ者、我らの新たな王――魔を総べる王の再誕を! ここに称えるのだぁっ! おおー!」
「「「おおおーっ!!」」」
拳を掲げてサマエルが叫んだ直後、城の向けてあらゆる場所から……。
魔界全土からこの日、最大の歓声が浴びせられる。
「おおー! いいな、部外者なのにちょっと感動した! まおーっ!」
「だなぁ。声で城が振動しているし。すげぇな……」
熱狂の渦の中、とはこういうことを言うのだろう。
魔界で最も熱い場所と化した魔王城で、俺たちは半ば呆然としていた。
エセ魔族としては、どういう顔でこの場にいればいいのかわからない。
そんなことを考えていると、魔王ちゃんが座る玉座が魔族たちの魔法によって持ち上げられた。
確か、魔王ちゃんは玉座に座ったままの状態でパレードするんだっけ?
「ささ、お主らも来るのじゃ。下に降りるぞぃ」
いつの間にか冥王様が目の前に来ていた。
少女形態で固まった肩を解すような動きをしている辺り、投影魔法はいったん中断しているようだ。
「っていうか、俺たちもパレードに出るんですか……?」
「形ばかりとはいえ、幹部魔族が来んでどうする。不審に思われるじゃろう? はよう!」
「は、はあ。でも、魔力の波長が……」
「バレますよ?」
魔法は任せろ! 的な見た目のリィズ……リズーが真っ先に言うのがなんとも。
ゲーム的にできないことは、できないものなぁ。
魔界に来てからは特に、プレイヤーとしての限界を感じる。
周囲からの要求と、できることの範囲が噛み合わないというか。
純粋に要求のレベルが高いせいもあるが。
「ワシがフォローする。それに、お主らに渡した衣装にも欺瞞効果が付与してあるでな」
「そうなのか!?」
「うみゅ。よほど力のある魔族以外には、そうそう見抜けまいて」
どうしてそうまでして、冥王様が俺たちを魔族に仕立てたいのかは謎だが。
パレードと聞いて、じっとしていられないお祭り好きのユーミルは――
「……そういうことなら!」
――大喜びで、魔族ユーミルンとして飛び出していくのだった。
溜め息を吐くリィズが、どうするのかと視線を向けてくる。
……不参加は、流れ的に無理だろうなぁ。
フードを目深に被って参加するとしようか、念のため。