扮装・変装、登用
ゲーム内時間の流れは、思っている以上に早い。
準備が整った後、現実時間で一日も経過しないうちに魔王の継承式は開始された。
手伝ったとはいえ部外者の俺たちは、城の外。
首都の町にある宿屋の近くででも、その様子を見守る――
「なんで?」
――はずだった。
しかし現在、俺たちは城内の玉座の間にいた。
全員揃って、玉座へ続く通路の左右に分かれて立っている。
城勤めの魔族たちに混ざって姿勢を正し、背筋を伸ばし、足を揃えて主役の登場を待つ。
「なんで?」
困惑と疑問がミックスされた声を出し続けているのは、隣に立つユーミルである。
その格好は普段と大分違っている。
頭には角、顔や体にはペイントされた偽の入れ墨、いつもよりやや露出の多い黒を基調とした服装。
俺は俺で、似た雰囲気の黒っぽい……まあ、上がローブなので、いつもとそこまで違うかというと微妙だが。角があって、頭がちょっと重いのは一緒だ。
簡単に言えば俺たちは全員、魔族の変装をしている。
「なんで?」
「もう諦めろ、ユーミル」
三度目のつぶやきを受けて、俺はユーミルを制止した。
継承式の開始は目前まで迫っている。
魔法の準備をしている魔族たちの様子からして、投影魔法の開始も間もなくだろう。
ちなみに放送上は例の『魔力の波長』とやらは見えないらしく、俺たちの正体に疑いを持たれる心配はないとのこと。
「お前は納得しているのか!? ハインド! いや、悪魔神官ハイン・ドゥ!」
「その呼び方やめろ、魔勇者ユーミルン。……魔勇者ってなんだ?」
「私が知るか! それに、呼び方に関してはお互い様だろうが! 悪魔神官だって十分おかしい! 意味がわからん!」
「微妙にプレイヤーネームをもじって付けられた、下の名前もこそばゆいしな……」
この変装の発案者、及び命名――いや、改名か。
改名は、もちろん冥王様によるものだ。
面白いことに、改名はシステム画面の名前にまで反映されている。
プレイヤーネームの欄に、パーティリスト……この場にいないフレンドからは、どう見えているのだろうな?
「このイベントが終わったら、元に戻るよな? ハイン・ドゥ。なぁ?」
「一プレイヤーの俺には、なんの保証もできないけど……多分な」
さすがに一時的なものだとは思う。
もし戻らなかったら、普通にクレーム案件だろう。
「むぅ……魔族のコスプレも結構だが、私は早く魔王煉獄弾を撃ちたいぞ?」
「よりによってそれかよ。まだ騎士に適性のある技かわからないだろ」
「効果がショボかったら泣くが!」
「俺も泣くし、その後は土下座タイムになるな」
この魔族への変装の目的は当然、式典の見栄えをよくするため、武官の不足を補うためのものだ。
なのだが、まさか俺たちを補充要因として使うとは思わなかった。
一応、俺たちは全員が戦闘を行うタイプのプレイヤーなので、武官と言えなくもない。
かなり無理はあるが。
「こうなったらもう、流れに身を任せるしかない。大人しく魔族のフリをしておこう」
「お前の悪いところだぞ、それ! わかっているのか!?」
「知ってる、超知ってる。直せるもんなら直したい。もっと我を通したい。コツを教えてくれ、魔勇者。傍若無人に振る舞うコツを」
「そうだ、私を見習――む? もしかしてそれは、私が我儘だと言っているのか?」
「あー、お二人さん。それ以上大声を出すと、放送に乗っちゃいますよー」
「「はっ!?」」
複数名による魔族の魔法詠唱を眺めていたシエスタちゃんが、のんびりとした歩調で列に並ぶ。
今から使われる投影魔法の効果範囲は魔界限定で、人間界には影響が及ばない。
……のだが、魔界に他のプレイヤーが一切いないわけでもない。
サマエルによると人間界に潜む魔族の密偵を仲介人に、少数のプレイヤーが俺たちよりも先に魔界入りを果たしているそうだ。
互いに黙っていれば利益の独占を狙える立場なので、口が軽いプレイヤーはあまりいないと思われるが……。
俺たちが魔王城に入れているという事実、それが漏れないに越したことはない。
「すまない、シェースター」
「ごめん、夢魔将シェースター」
「私は自分が眠りたいのであって、眠った人をどうこうしたいわけじゃないんですけどねー……」
シエスタちゃん、もとい夢魔の冠名を付けられたシェースターの衣装は、やや煽情的だ。
といっても、年齢を考慮されてか露出は控えめ。
ただ、体のラインが分かりやすいというか、それっぽさは充分に出ている。
面倒なのか彼女はそのまま受けたが、拒否権も存在していた。
配慮があるのかないのか、いまひとつわからない冥王様の采配である。
「しかし、夢魔って要はサキュバスだろう? 体型的にはぴったり――いや、なんでもない」
「ブーメランですもんねー、ユーミル先輩。じゃない、ユーミルン先輩。名称、交換します?」
「なんでもないと言っただろう!? 失言だ! 忘れろ!」
「先輩はどう思います?」
「是非はともかく、そのタイミングで俺に振るのは最高に意地悪だと思う。どう答えろと?」
「あっはっはー。まー、キリがないので、この辺でー」
職が被っている者も多いので、名称も盛大に被るかと思いきや……。
どうも冥王様は、俺たちがこれまでゲーム内で取ってきた行動を加味して、名付けをしていたようだ。
リィズはシンプルに『魔女』、セレーネさんは『魔装具の創造主』、カームさんは『鉄の従者』、ヘルシャは『魔界公爵』といった具合に。
ただ、複数候補がある場合は選ばせてもらえるらしく――
「料理魔人、悪魔神官、魔針縫合、闇商人……お主は忙しないやつじゃからのう。どれがよい?」
「えっ? あの、全部嫌っていうのは……」
「……」
「……あ、悪魔神官でお願いします」
「そうかそうか! 悪魔神官、が! よいのだな!」
「は、はい! 悪魔神官がいいです! い、いやあ、光栄だなぁ! 冥王様から称号をいただけるなんて!」
――消去法、だった。
あの「せっかく考えてきたのに!」という顔は卑怯だと思う。
といったわけで、式典の場には魔族に扮したプレイヤーが十一人、珍妙な名を帯びて紛れ込んでいる。
会場内に存在するのは総勢三十名ほどなので、実に三分の一がモグリということになる。
こんなんで大丈夫か、魔界。
「――詠唱完了、魔界全土に向けての投影開始。魔王様、お出ましになります」
内政官の中でも、特に位の高い魔族がそう告げる。
直後、言葉通りに玉座の間の大扉が開かれた。
まず最初に入ってきたのは……。
「……」
魔王の副官にして魔界の執政官、サマエルである。
サマエルは無言でゆっくりと歩を進めると、玉座の手前で止まり――これから現れる主を出迎えるように道を空け、膝をつく。
それに合わせ、俺たちも一斉に膝をついた。
「あ、やべ」
約一名、出遅れた覆面野郎がいるようだが。
トビは普段の格好が既に闇に紛れる装束なため、般若の面をしている以外の変化はほとんどない。
呆けるな、お前が大好きな魔王ちゃんの晴れ舞台だぞ。しっかりしろ。
「――」
そんなトビだが、すぐに違った意味で呆ける――というか、惚けることになった。
大人バージョンの姿をした冥王様に続くように現れた、次代の魔王――正装に身を包んだ魔王ちゃんの姿を見てしまったからだ。
式典用の美しい黒色と金色が合わさった服は小さい背丈に合わせられ、お世辞にも大人びて見えはしなかったが……。
今日の彼女は、一味違った。
「……」
平時の騒がしい様子からは考えられない、静謐な空気をまとっている。
深い闇色の瞳は真っ直ぐに前を見据え、一切揺らぐことはない。
悠然とした歩み、美しい姿勢。
普段の魔王ちゃんなら、この辺で転ぶところだろうけど……と、これ以上は視線を上げられないな。目立ってしまう。
「はぁ、はぁ……」
と思っていたら、荒いというよりは浅く苦しそうな息遣いが聞こえることに気がついた。
トビが凛々しい魔王ちゃんの姿に興奮しているわけではない。
あいつはさっきから、息をするのを忘れて固まっている。
では、これは誰の呼吸音だ? といった疑問を抱きつつ、もう一度だけ軽く視線を上げると――。
魔王ちゃんに付き従うようにして、剣を捧げ持って歩く魔族の女性が目に入る。
ああ、そうだった……この段階での入場者はもう一人、彼女がいたのだ。
『アウラ隊長……』
『わたくしたち以上の被害者ですわ……』
『尊敬していた魔王の姿は虚像で、しかも身の丈に合わない突然の抜擢。感情が追いついていないでしょうね……同情してしまいます』
『不運な人ですよねー……人?』
『確かにな。私たちに関わったせいでああなった、と言えなくもない……』
『普通であれば、栄転……出世なのですけれどね。あれは笑えませんね』
と、こっそりメール機能を用い会話しあう俺たち。
魔都の警邏隊所属――だったアウラ隊長は、魔王ちゃんの傍仕えとして抜擢された。
今は身分を改め、魔王親衛隊の隊長である。
魔王ちゃんの身の回りの世話をする女官やメイドのような魔族はいるのだが、まあ……アウラ隊長の抜擢理由は俺たちと似たようなものだ。
戦闘向きの、中でも魔王ちゃんと同性である女性の魔族が足りないということで連れてこられた。
内々の事情も彼女が連れてこられた際に、冥王様から直々に説明されたわけだ。
よく見るとアウラ隊長の手も足もかなり震えているらしかった。不憫な……。
「――今より、魔王継承の儀を執り行う!」
三段ある玉座の階段を一段だけ登って振り返り、冥王様が声高に宣言する。
魔王ちゃんがその声を受けて冥王様の前で膝をつき、アウラ隊長もガクガクとした動きでそれに倣った。