冥王様の知恵袋
「そして、あっという間に準備は進み……魔王の継承式がはじまった!」
「……」
ユーミルがやり切った顔で、拳を天に向けて掲げる。
それから、改めて宣言。
「はじまった!」
「はじまってねえよ。現実から目を背けるな」
ここは王の間、部屋の最奥には玉座。
普段からここで魔界市民向けの放送を行っているためか、整備が行き届いている。
ただし現状、式典のための飾りや必要物資が山と積まれたままだ。
これらは「これから使うもの」であって「使い終わったもの」ではない。
つまり、全く何も始まっていない。
「もう何度、魔界内の町を往復したかわからなーい……だるー……」
「労力エグイ……エグイでござるよ……」
シエスタちゃんとトビがへたり込む。
ゲームの中でも「お使い」と呼ばれる単純作業は気力を削る。
無為に思える町との往復、似た行程の繰り返し、達成感の低い成果。
しかも時間がかかり、終わりが見えないとなれば尚更だ。
「進まないですね、式典の準備……」
「十人以上の手が増えたわけだけど、根本的な問題が何も解決していないからなぁ」
話しかけてきたサイネリアちゃんの顔も疲れ気味だ。
労働力の不足は深刻である。
しかもサマエルから受け取った指示書はそのままでも充分に効率的なため、工夫の余地もない。
疲れよりも先に、飽きがきたらしいユーミルも不満の声を上げる。
「大体、他の魔族はどこに行ったのだ? 数が少ないのはわかったが……」
「継承式の後にやる、パレードの準備だってさ。ほとんど人員はそっちに回っているらしい」
「む? だが、ここが継承式のメイン会場ではないのか? 私たちだけでやるの、おかしくないか?」
「あー……どこから説明したもんか……」
「?」
時間の惜しさから、俺とサマエル、冥王様とで打ち合わせをしている途中……。
ユーミルたちは先に、物資調達といった準備へと向かった。
得ている情報に齟齬があるのはそのためだ。
ただ、結局ここで説明するとなると単に二度手間である。
こうなるなら、最初から話に参加させておけばよかった……とも思ったが。
要約してわかりやすく言い直すのは、いつものことか。
「……どうもここの準備の責任者、冥王様になったらしい」
打ち合わせは順調に進んだとは言い難く、若干揉めるような時間があった。
サマエルと冥王様、どちらが仕切るかで何度か衝突したからだ。
結果、完全な協調には至らず、分担して準備に当たることになったわけなのだが……。
「それと私たちになんの関係が?」
「それなんだけど……どうも地下大冥宮を経由して魔界に来たやつは、冥王の客ってことになるらしい」
「初耳なのだが!?」
「俺もついさっき聞いた」
話しながらも、互いに手は動かす。
生徒会での経験からか、ユーミルの手際は非常にいい。
飾りの位置決め、人の使い方など、堂に入っている。
ヘルシャが感心するレベルだ。
他は……ワルターとカームさんの二人は特に手際がいい。
本職に近い作業だものなぁ、当然というかさすがというか。
「だもんで、今の俺たちは冥王様預かりって扱いらしい。その上で、冥王様が手出し無用とサマエルに見栄を切った関係で、ここには俺たちしかいないってことに……」
「状況は理解できたが、肝心の原因を作った冥王がこの場にいないのだが!? 責任者を出せ、責任者を!」
「そうだー、横暴だー。超過勤務だー」
へたり込んだ位置から一歩も動かず、シエスタちゃんがユーミルに同調する。
サイネリアちゃんが目の前に仁王立ちし、リコリスちゃんが支えて立たせたことでやっと動きだす。
トビは俺が正面から襟首をつかんで立たせた。
まあ、このままだとつまらないのは確かだよな……口にはしないが、俺も同じ気持ちではある。
「それにしても、本当に、本当に城内の魔族の数が足りないのですね……」
「さっき、ないせいかん? っぽい魔族さんとすれ違いましたけど、多分私が城内で会ったの、十人よりも少ないと思います!」
これはサイネリアちゃん、リコリスちゃんから出た言葉だ。
誰よりも元気に動き回っているリコリスちゃんでも、十名程度の魔族しか見ていないか……。
これはひょっとすると、この広い城内全てで五十名いるかどうかも怪しいな。
「だよねぇ。ゲーム的な観点でも、好感度を上げ下げできるようなネームドキャラが三名……魔王ちゃん、サマエル、冥王様だけ。一勢力のネームドとしては、かなり少ないよなぁ」
例えばサーラであれば、宮廷内のネームドは余裕で十人を超える。
俺たちが会えていないだけで、スピーナさんに訊けば更に多い可能性すらある。
宮廷内の廊下を進めば、軽く数十人の否ネームド現地人とすれ違うことになる。
魔王城と比べると、かなりの差だ。
聞けば聞くほど悲惨な状況に、ユーミルの表情が険しくなっていく。
「むぅ……ハインド! 魔王軍の幹部とか四天王とか、そういうのはいないのか!?」
「いたけど、政変で離散した。反逆者が出たの、四天王かららしいし」
「だぁっ!」
「あと、生き残りも地方の抑えに回っていたりするらしい。有能なやつほど遠くに行っちゃっている状況みたいだ」
「カムバック! カムバァァァック! 帰ってこぉぉぉい!」
「諦めろ。呼んですぐに戻ってくるくらいなら、サマエルはああなっていない」
仮に全員呼び戻せたとして、それでも合計何名いるのやら。
ところで今、自分が持っているこの壁飾り……。
とても美しいとは言い難い模様なのだが、本当にこれを使うのだろうか?
じっと見ていると、なんだが気分が不安定になってくる暗色系の柄物だ。
「ハインドさん。今、セッちゃん、カームさんと三人で話していたのですが……なんですか? その悪趣味な柄は」
「気にしないでくれ。で、どうした?」
入り口付近の作業を担当していたリィズたちが戻ってきた。
やっぱ、悪趣味だよな……って、もう一種類、箱の中に入っているな。
こっちはどうだ?
「あのね、ハインド君。えっと、戴冠式のときって周囲を家臣というか、部下の人たちが跪いて進めるよね?」
「でしょうね。この王の間、玉座の間の形だと……通路に沿って、左右に並ぶ形ですか。で、セレーネさんの言うように膝をついて忠誠を示すと」
「うん。それでね……カームさんが近くを通った魔族さんを捉まえて、訊いてくれたんだけど」
うわ、こっちはドクロっぽい。
魔族の感性がわからない……いっそ、一から作ってしまおうか? いや、無理か。
時間がないのと、冥王様・サマエル双方の許可が必要だしな。
おとなしく魔界の流儀に従うとするか……。
「はい。城内に残っている魔族たちは文官ばかりなのですが、見栄えのする武官の数が足りないようなのです。魔界は“力”を重んじる風習だそうですから、この状態は問題があるかと」
「マジですか……武官不足……」
とりあえず、壁掛けには見ていて不安になるほうの柄を設置していく。
しかし、三人が話してくれた問題は結構深刻なものではないか?
準備の人数不足は魔界市民の目に入らないが、肝心の式典時はそうもいかない。
人員スカスカの戴冠式を見て、今後の魔界を不安に思わない魔族はいないだろう。
「文官の人の見た目を、どうにかそれっぽく偽装できませんか!? こう、筋肉の着ぐるみみたいな……」
リコリスちゃんの発想元は、多分パーティグッズで見るものだろう。
安いやつはビニール製で、着ると激しく蒸れるアレ。
まぁ、それはともかくとして……現実的に、偽装が可能かどうかという話だが。
「投影魔法越しだと、例の“魔力の色”とか大きさやらは見えないそうだから、ありかもしれないけど……うん。人手不足の件と合わせて、冥王様に相談――」
「呼んだかの?」
「――しゅっ!?」
音もなく目前に現れた冥王様に、心臓が口から飛び出しそうになった。
姿は盛り盛り大人バージョンではなく、登場時の幼いものに戻っている。
そっちのほうが楽なのだろうか?
「おどかさないでくださいよ……冥王様」
「あら、冥王様。どこに行っていらしたの?」
ヘルシャが動揺せずに応対したあたり、離れた位置から見ると予兆のようなものがあったらしい。
もし誰かを移動する際の座標指定だとか取っかかりだとかに使っているのなら、次は俺以外でお願いしたい。
「ちょいと野暮用でのう。なに、おぬしらの悩みはわかっておる。ここは責任者のワシが! 責任者である冥王ちゃんが!」
「やけに強調しますね……」
「一挙に解決しちゃるぞ! 安心せい!」
これまで姿を消していた冥王様だが、遊んでいたわけではないらしい。
さっと片手を上げると、周囲の空間に変化が起きる。
「まずは……じゃーん! 足りない手を補う……手じゃ!」
現れたのは、地下大冥宮で見た手の魔物たちだ。
それも大量に、冥王様を囲むように浮かんでいた。
そうしていると、なにかの攻撃技のようにも見える。
「本当に手を連れてきた!?」
「ワシの眷属、プルートゥハンドたちじゃ。会ったことあるじゃろ? 1号を助けてくれたと聞いとるが」
周囲に手を浮かべながら近づく冥王様に対し、数歩下がる俺たち。
千手観音のような威圧感がすごい。
「は、はあ。地下大冥宮で会いましたが」
「そっくりの魔物も大量にいたが、そいつらとは違うのか?」
「これらはその魔物たちを半ば浄化したもので、誰かに仕えるだとか、役に立ちたいとかいう未練を残す者たちじゃ。害意はないので、そう怯えんでもよいぞ」
確か、地下で会った魔物は『イビルハンド』という名前だったっけ?
システム上も、敵扱いでなくNPCと同じカーソルがそれぞれの手の上に出ている。
「おぬしらの指示を聞くよう言いつけてある故、こやつらを役立ててやってくれ」
「りょ、了解です……」
よろしく! といった様子で肩を叩いてきたり、握手を求めてきたりする、気さくな手たち。
冥王様の言う1号というのは、多分……ああ、いた。冥王様の肩の上。
大冥宮でボスモンスターに通せんぼされていた、手袋付きのあいつだ。
呼ばれ方からして、かなりの古参らしい。
俺の視線に気づくと、1号は親指を立ててくる。
目もないのに、どうやってこちらの動きを感知しているのかは相変わらず謎だが……。
「お、おお! 一斉に動きだしたぞ!」
「しかも動き、速いな……無駄もない、手だけで小さいから邪魔にもならない」
「有能! 有能でござるな、びっくり!」
謎の力で荷物を持ち上げ、運ぶ『プルートゥハンド』たちの姿は異様である。
しかし、役に立つのは間違いないらしい。
今までの遅延が嘘だったかのように、物資の荷ほどきが進んでいく。
「ところで、一挙解決と言ってござったが。武官不足のほうも対策は考えてあるのでござるか? 冥王殿」
状況の進展を見てとり、目を輝かせて問うトビ。
冥王様が想像以上に頼りになると踏んでの行動だろう。
それにどう答えるのか、俺も気になり注目する。
「ふふふ……この冥王ちゃんに全て任せておくがよいぞ! ばっちり決めちゃるのでな!」