魔王と冥王
魔王の部屋は、城の主のそれと思えないほど狭い。
本当の姿が秘密だからとか、登城した魔族の目に触れないよう隠匿されているからとか、理由は様々なようだが……。
「孫よ!」
そんな部屋に、魔王ちゃんそっくりの少女が勢いよく入室。
鏡合わせのように向き合ったかと思うと、がばっと抱きつく。
「へ!? だ、誰!?」
手をバタつかせ、混乱したような声を出す魔王ちゃん。
もっとも、事態に置いてけぼりの俺たちも似たようなものだが。
「ばあばが会いに来たぞい!」
「ば、ばあば!?」
この様子だと初対面か、会っていたとしても魔王ちゃんが物心つく前といったところか。
サマエルが抱き合う二人の横で片膝をついて低頭し、告げる。
「魔王様。冥王様です」
「めいおう……?」
………………。
魔王ちゃんが疑問形の言葉を発した後、妙な沈黙が流れる。
なんだ?
「あ、あー! めいおうな、めいおう! ちゃんと覚えているぞ!」
しどろもどろな魔王ちゃんと、低い姿勢のまま額に青筋を立てるサマエル。
察するに、知識として教え込んだことがあるな、これは。
ただ、どう見ても魔王ちゃんがそれを覚えていた様子はない。
「目、泳いでんなぁ」
「絶対忘れていただろう、魔王!」
「わかりやすい嘘ですわ」
「嘘でしょうねー。宿題忘れた時のリコみたい」
「えっ!?」
「魔王ちゃんかわいい」
「う、嘘じゃないもん!」
冥王様から解放された魔王ちゃんが、誤魔化すように大声で反論する。
あー、ちょっとトビの気持ちがわかるような……いやいや。
「っていうか、冥王様はなんでそんなに魔王ちゃんと似ているのでござるか? 拙者を萌え殺す気でござるか?」
「あー、それ俺も訊きたかった。後半部分には同意しないけど」
「む、確かに。どうしてだ? 後半はどうでもいいとして」
いくら冥王が魔王の先祖といっても、限度がある。
双子と言われたほうがまだ納得できるレベルだ。
「簡単に言えば、先祖返りだ。それも極端な」
「先祖返り……」
疑問に答えてくれたのは、やはりサマエルだった。
もう内情を話すのに躊躇はなくなり……というかどこか諦めたような態度で、滔々と語ってくれる。
「魔王というものは、初代魔王であるババ……冥王様に近い姿であるほど、より強大な魔力を持つとされる。例外はない」
「あ、当たったー」
新情報・冥王は初代魔王という言葉にシエスタちゃんが反応する。
結局、古代魔族で初代魔王と、セレーネさんとシエスタちゃんが何気なく放った言葉が該当していたわけだ。
それはそうと、サマエルの発言だが。
「冥王様の姿に近いほど……それ、魔界の常識だったりする?」
「いいや。常識であれば、継承式など必要あるまい」
「確かに……」
そうであれば、市民の前に魔王ちゃんが姿を見せるだけで全ての問題が解決するものな。
解決どころか、大盛り上がりになるだろう。
わざわざ偽の立派に見える魔王を仕立てて、代わりをやらせる必要もない。
当たり前だが秘されている情報、公開されている情報、この二つをしっかり把握しないとまともに手伝えなさそうだ。
「ところでそれ、男性魔王とかの場合はどうなんだ?」
「例外はない、と言っただろう? そのままの意味だ」
つまりこの世界の男性魔王、存在したとしても弱いのか……意外だ。
政変があったというし、もしかしたら前代は男性魔王だったのかもしれない。
周囲の目から見て、明らかに力の足りない魔王であれば――などと、色々と勘繰ってしまうな。
「ということは、魔王ちゃんは……」
「無論、歴代最強の魔王を目指せる器をお持ちだ。その誕生に立ち会えること、光栄に思うがいい」
「わーお」
「うみゅ。この子なら、もしかしたら魔王時代のワシを超えてくれるかもしれぬのう」
「わ、わーお」
冥王様の強さを俺たちはまだ見ていない……いないのだが。
感覚で申し訳ないが、少し前のイベントで出てきた二柱の神よりも余裕で強い気がしてならない。
その冥王を、魔王ちゃんはこれから超えていく可能性があるらしい。
ま、まあ、世界の均衡という意味では神の頂点――主神クラスと同程度の強さを求められるのが、魔王という存在の常だが。
「そ、それにしてもだ!」
期待の声に居心地が悪かったのか、仕切り直そうと魔王ちゃんが大きめの声を出す。
ヘルシャはその姿に思うところがあるのか、同情的な目を向けている。
「冥王……様よ。こうまで我に似ていると、なんか変な感じがするのだが……」
「ワシが似ているのではなく、おぬしがワシに似ているのじゃがなぁ……ばあばって呼んで?」
「ババア」はアウトだが「ばあば」はいいらしい。
数分経ってようやく慣れてきたが、並ばれると奇妙な感覚がある。
俺たちでもそうなのだから、魔王ちゃんは尚更だろう。
「どれ、それなら少し待っておれ」
冥王様は魔王ちゃんから一歩距離を取ると、片手を頭上に掲げる。
そして、その手を振り下ろすと、なんの前振れもなく姿が変わった。
「――はっ! これでどうじゃ!」
うおっ、身長が……凹凸が……顔立ちも凛々しく……!
はっきり表現するなら、その姿は肉感的な妙齢の美女だった。
多分だが、警邏隊長や市民たちの前に出ていた「偽魔王」はこんな姿だったのではないだろうか?
魔王ちゃんとは差別化できたが、今度は別の意味で脳が混乱するな……。
「魔王時代、青年期後半ころのワシじゃ! これならいいじゃろ!」
「はぁぁぁいっ! はいはいっ、冥王様ぁっ!」
「な、なんじゃ!?」
声が裏返るほどの勢いで、冥王様へと詰め寄るトビ。
止める間もないな、暴走するなよ? 頼むから。
「魔王ちゃんも成長したら、そうなるってことでござるか!? ボンキュッボン!?」
「か、必ずしもそうなるとは……」
大人バージョンになった自分の体を見、それから魔王ちゃんへと視線を移す。
なんだか、やけに胸とかお尻の辺りを気にしているけど……。
もしかして、盛っています? 冥王様?
「か、限らぬ! うん! 今後の成長次第!」
「――え゛っ!?」
ワクワクした表情から一転、確約を得られなかったことにガッカリする魔王ちゃん。
一方、トビは……。
「ふっ……」
興奮を抑えるように一呼吸。
それから、満足気な笑みを浮かべて背を向けたのだった。
なんだお前。
「サマエル、サマエル。継承式では冥王様に、あの姿でいてもらったほうが……」
「ああ、そうだな。民衆に対しては、視覚的に理解が容易なほうがよかろう」
「となると、衣装ももっと落ち着いた厳かなものがいいよな? ありゃ派手すぎる」
「さすがにわかっているな、ハインド。絢爛に飾り立てるのであれば、やはり主役であらせられる魔王様のほうで……」
「ええい、おぬしら! ワシのふぉーむちぇんじした姿に対する感想はないのか! 実務バカども!」
えぇ、サマエルと一緒くたにされた……別にいいけど。
その後で、俺たちに比べるとずっと素直なリコリスちゃんたちのほうへと、冥王様は変身した姿を見せびらかしにいく。
なんだかもう、冥王様の中で俺たちへの印象が固まりつつないだろうか?
サマエルによると少し前から観察されていたようなので、そのせいもあるのかもしれないが。
「まあよい、孫よ。ばあばから土産があるぞい」
「え?」
魔王ちゃんの背を押し、テーブルのほうへと誘導する冥王様。
今度はさっと横に腕を振ると、塊が落ちてテーブル上になにかが広がる。
あれはアイテム類と……なーんか、見覚えのある包みがいくつか見えるな。
「お菓子!」
「これ、私たち……というか、ほとんどハインドが作ったやつではないか!」
「私たちが見繕った服のセットと、装飾品も入っていますね……」
「横流しでござるよ、横流し!」
間違いなく、それらは魔王像に献上した品々だった。
ご丁寧にランクの低いアイテム、それからガラクタに近かったものは取り除かれている。
他のプレイヤーたちが贈ったらしい物も、高ランクの物は多少入っていそうな感じだが……。
メインになっているのは、俺たちが用意した服と服飾品。
それから、魔王ちゃんの好物であろうお菓子たちだな。
「横流しではない! ちゃんと、魔王への貢ぎ物と説明されていたじゃろう!? 嘘は言っとらん!」
「ばあば、大好き!」
「おっふ!」
魔王ちゃんのほうから抱きつかれた上、ばあば呼びにご満悦の冥王様。
トビが悔しそうに歯噛み――したかと思ったら、これはこれでという表情。
なんなのお前。
「さあさ、たんと食べるのじゃ。食べたら、気に入った服を着てみせておくれ」
「わーい!」
「あっ!? ま、魔王様、お待ちをっ!」
早速マカロンに手を伸ばす魔王ちゃん。
製作者としては、お目が高いと言っておこう。正直嬉しい。
その後、お菓子の食べすぎを憂慮したサマエルと、孫を甘やかしたい冥王様とで睨みあいになったのは言うまでもない。