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冥王降臨

 ――冥界。

 それは、魔界と人間界の間に横たわる絶対不可侵の領域。

 ――冥王。

 それは、冥界を管理・支配下に置く者。

 冥王の資格を得た魔族は、刻の制約から解き放たれる。


「さっぱりわからん!」

「悪い、サマエル。要点だけ教えてやってくれ」

「この御方は、魔界……いや、魔族一の長寿にして、魔王様の先祖に当たられる」


 先祖ときたか。

 サマエルの説明に大儀そうに頷いた少女……老女?

 ええと、冥王は、俺たちに歯を見せて笑いかける。


「ロリババア、来たぁーっ!」


 真っ先に反応したのは、立ったまま気絶していたはずのトビである。

 その様子だと、気絶しつつもサマエルの声は耳に届いていたのか。

 変なところで器用な……。


「いきなり失礼な!? なんじゃこやつ!」

「スルーでいいぞ!」

「放置なさってくださいな」

「処刑でいいですよ」

「待っっってリィズ殿だけおかしい!? おかしいでござるよ!?」


 冥王の注目がトビたちのほうに行っているので、俺はその間にサマエルの傍へ。

 つかまれたせいか、上等な服の襟元が伸びてしまっている。

 いつもは綺麗に整えられている髪も、ぐしゃぐしゃだ。

 近くで見ると目元の隈が本当にひどいし……ボロボロだな、サマエル。

 気の毒に。


「サマエル。大丈夫か?」

「あ、ああ……すまん。助かる」


 そっと椅子を後ろに近付けると、フラフラとした動きで素直に座るサマエル。

 ちなみに現在地は、先程の会議室らしき部屋へと戻っている。


「しかし、サマエル。あの冥王様とやら、これ以上なく継承式に適任じゃないか? どうして呼びにいかなかったんだ?」

「それはだな――」

「待て、サー坊。ワシが説明しちゃる」


 冥王が注目を引きつつ、俺たちの前に立つ。

 サマエルがどこからか取り出した踏み台を差し出し、冥王がその上に乗る。

 手慣れているなぁ……そういや魔王ちゃんも使っていたな、踏み台。


「冥界という地は魂の集積地。行われるのは汚れた魂の浄化じゃ」


 冥界に魂が、というのは割と一般的なイメージのように思える。

 ただ、浄化というのはなんだ?


「冥界で浄化しきれなかった魂、また、冥界に辿り着けなかった魂は魔物と化し、各地に湧き出す。ここまではよいか?」

「へー」

「へええ」


 TBの設定では、どうもそういうことになっているらしい。

 冥王によると人間界・魔界には魂の吹き溜まりになる場所があり、その地に強力な魔物が増えやすいということらしい。

 そういった場所では渦巻くエネルギーの影響で、冥界への道も途切れがちとのこと。

 俺たちがよく知る場所だと、サーラの砂漠にある王の墓地とかベリの大山脈、グラドの遺跡群などが該当するっぽいな。


「ここ最近、魔界も人間界も、戦争が絶えなんだ。だからワシ、大忙しでのぅ……」

「……あのー、冥王様。最近というと?」

「うみゅ?」


 来訪者の出現以前、ここ数十年は国家間の戦争がなかったはずだが。

 サーラの兵が平和ボケで弱体化していたというのは、記憶に新しい。

 意味がわからないといった冥王の様子を受け、サマエルが耳打ちしてくる。


「……ハインド。この方の言う最近は、過去数百年程度の出来事を指すと思っていい。おそらく、貴様らの感覚・尺度とは大きく違う」

「うわ……」

「よいか? 話を続けるぞ」

「あ、はい」


 だとすると、サーラで耳にした大戦争が冥王の言う「それ」だろうか。

 小国が淘汰(とうた)され、今の五大国家の形になる大戦があったのだと聞いている。


「知っておるか? 倒された魔物の魂は、その時点で浄化が進む」

「え? 倒すだけでいいのですか? 負けたら余計に憎悪が(つの)りません?」

「勝ち負けはともかく、全力で戦うとすっきりするじゃろ?」

「あー……」

「確かに! 超わかる!」

「つまり、ユーミルさんの頭は魔物レベルと……わかります」

「あ゛ぁ!?」


 (あお)り耐性の低さでいうと、魔物とどっこいな気もするが……。

 一瞬でリィズに対するヘイト値が最大まで上がったのが、一目でわかる。

 そんな二人を見ていると、突然――。

 (にら)みあうユーミルとリィズの眼前に、シャボン玉のようなものが浮かび、弾ける。


「「!?」」


 なんだ!? 今の、どうやったんだ!?

 やったのは冥王で間違いなさそうだが、魔法陣もスキル発動のエフェクトもなかった。

 ゲームの仕様を超越していないか、この魔族……?


「これこれ、喧嘩するでない」

「冥王様ご自身は、登場時に自分を全力で殴りにきましたよね?」

「なにか言ったかの? サー坊」

「いえ。なにも」


 にっこり笑う冥王様、笑顔を返して黙るサマエル。

 両者の関係性も気になるところではあるが……。


「ええと、冥王様的には、魔物はどんどん倒していいと? 冥界的にはいいことなんですよね?」

「その通り。来訪者のおかげでワシ、大助かり」

「そういえば、魔王ちゃんもイベントで魔物討伐の依頼を出していましたもんね!」

「いべ……?」

「あ、あー、こっちの話です! お気になさらず!」


 リコリスちゃんが口にした「イベント」というワードは、若干微妙なラインのものだ。

 魔王ちゃんとサマエルが自ら口にした「運営」のように存在が認知されれば、使って問題なくなると思うが……と、それは一旦置いて。

 魔物、モンスターが魔界の勢力の一部という作品も多いが、TBの魔界は違うらしい。

 一部、使役されている魔物を通り道の町で見はしたが、それは特殊なケースのようだ。


「ふぅむ、それは後であの子を褒めてやらねばならんな? サー坊」

「い、いえ、それには及ばないかと」

「なぜじゃ?」

「そ、それは……」


 冥王様の疑問の声に対し、言いよどむサマエル。

 ……あー、そういや『クラーケン』は魔王ちゃんのミスで解き放たれたんだっけ?

『ソル・アント』も多分だけど、魔界の討ち()らしが人間界に――言えないよなぁ、サマエルとしては。

 仕方ない、その場しのぎだが助け船は出しておくか。


「――ということは、ですよ? つい最近になって、ようやく冥王様は手が空いた。そして、サマエルがそれを知る手段はなかったと」

「みゅ? うむ、そういうことじゃ」

「だからサマエルの勘定に、冥王様は入っていなかったのですね」

「うむうむ。賢いのう、おぬし」


 話しているうちに、自分の中でも情報が整理された。

 なるほど、納得の流れだ……。

 念のため、サマエルに古株の魔族について訊きにきたのは正解だったと思う。

 ゲーム的にメタなことをいうなら、訊かないと冥王様が現れなかった可能性はあるからな。

 フラグ立てというか、トリガーというか、そんな感じで。

 背伸びし、椅子に座っている俺の頭をぽんぽんと撫でてから、冥王様はサマエルに向き直る。


「ま、知る手段がなかったとはいえ、冥界の忙しさは死者の数に比例する。ワシの手がそろそろ空くと、予想くらいはできたと思うのじゃが。この未熟者は、よほど余裕がなかったものと見える」

「くっ……!」


 皮肉と、愛情と、自身の存在を忘れられていた寂しさが混ざった声音に聞こえた。

 当然、サマエルはなにも言い返せない。


「じゃが、ワシの大事な孫を――」

「孫? 聞いた限りだと、雲孫(うんそん)よりも遠いんじゃ……」

「――孫を! ここまで守り、育てたことは褒めてやろうぞ。サー坊」

「……それがあいつとの約束ですから」


 俺のツッコミを一蹴(いっしゅう)しつつ、サマエルへと歩み寄る冥王様。

 あいつ、と聞いてサマエルが見ていた肖像画の人物が脳裏をよぎったが……。

 口を挟める雰囲気でもないので、黙っておこう。

 ただ、いつまでもその場の空気と化しているわけにもいかない。

 少しの間を置いてから、代表して声をかける。


「冥王様。その様子だと、魔王ちゃんの継承の儀には出ていただけるので?」


 次の行動に移るためには、確約がほしい。

 俺の質問に対し、冥王が笑って首を縦に振る。


「当然じゃ。おぬしらもこき使ってやるから、覚悟せい!」

「冥王様。仕切りは私が……」

「あ?」

「……いえ。なんでもございません」


 またも一瞬で黙らされるサマエル。

 どうやら、冥王に対してサマエルの頭が上がらないのは確かなようだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] トビはやっぱりロリならなんでもいいのでは…?と思ってしまう [一言] 今回もおもしろかったです。 続き楽しみにしております!
[一言] 冥王ちゃんが魔王ちゃんの直系尊属だとすると、その体型で子供を産んだことに。 つまり、トビ級の変態が大歓喜?
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