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狭間の守護者

「魔王様の目上の魔族? いるか、そんなもの」


 いたらとっくに声をかけている、とサマエル。

 いやはや、ごもっともで……。


「――と、言いたいところだが」

「いるのか!?」


 静かだった城内の廊下に、ユーミルの驚く声が響く。

 サマエルは顔をしかめつつも、効率優先とばかりに文句を言わず話を続ける。


「お前たち、地下大冥宮の宝珠でゲートを開いたと言っていたな?」

「そうだが?」

「大冥宮を進む際に、内部でなにか異変を感じなかったか?」

「む、異変と言われてもだな……」


 サマエルの問いを受けたユーミルが、こちらを見る。

 俺は肩をすくめながら、左右に視線を散らした。

 みんな、心当たりがないといった様子。


「俺たちが知り得る範囲では、特にこれといった異常はなかったな。それに……」

「ええ。わたくしたち、過去の大冥宮の姿を知っているわけではありませんもの」

「……」


 それもそうだ、という顔の後に眉間の辺りを抑えるサマエル。

 あー、こいつかなりきているな……疲労のピークで、まともに頭が回らないといった様子。

 気の毒ではあるが、こちらにとっては恩を売るチャンスでもある。

 みんなからの視線を受けつつ、俺は脳をフル回転。


「……サマエル。こんなに手が足りない中、わざわざ大冥宮に魔王ちゃん像を新しく設置したのか?」

「なに? ……像? なんの話だ?」


 怪訝な顔になりつつも、身を乗り出すサマエル。

 お、悪くない反応。

 もしかしたらこの線で、サマエルの言う異変に辿り着けるかも。


「大冥宮って、一定階層ごとに休憩所があるだろう?」

「大冥宮の休憩所……安息の小部屋のことか?」

「そう、多分それ。そこに、魔王ちゃんの像が設置してあるんだよ」


 あそこ『安息の小部屋』っていうのか。

 安息どころか、雷撃で瀕死になっていたやつもいるけど。

 俺の言葉を聞いたサマエルは、思案するようにしつつ質問を重ねる。


「……魔王様の? 前魔王様ではなく? その像、魔王様に比べ髪型や服などの違いはなかったか?」

「へ? いや、俺たちが知る、あの小さい魔王ちゃんの……はずだ」


 不思議なことを訊いてくるな。

 改めて言われると、若干自信がなくなってくる。

 像の造りは精緻(せいち)だったし、他の何者かには見えなかったのだが。


「服とか装飾品、髪型まで一致――」


 記憶を探り、言葉を連ねながらリィズに目を向ける。

 リィズの記憶力なら……うん、うなずきが返ってくる。

 そして、続けて目が合ったトビからは激しい肯定の動き。

 わかったから、そんなに鼻息を荒くするな。目を血走らせるな。


「――していたってさ。間違いなく」

「……その像を見るようになったのは、いつからだ?」

「詳しくはわからないけど……俺たち来訪者がこの世界に来た時には、もう設置してあったと思う」


 地下大冥宮は、サービス開始初期から入場可能なダンジョンだったはずだ。

 もちろん、初期から魔王像のところまで行けたかどうかは別として……。

 俺たちプレイヤーが観測できる中では、変化なしということになっている。


「少し待て。今、頭の中で情報を整理する」

「ああ、わかった」


 サマエルは混乱しているようだ。

 まあ、俺もずっと考えながら話しているので、一息入れてくれるのはありがたいことだ。


「……ハインド、ハインド! 魔王像がなんだって?」


 小声で訊きつつ、ユーミルが背をつついてくる。

 サマエルに合わせて省略されていた言葉も多いので、理解できなくても無理はないが……。


「ちょ、今は駄目だって……ヘルシャかリィズに訊けよ。多分、俺以上に話の流れをきっちり把握できているから」

「わかった! ドリルー! ドリっと説明! 頼む!」

「馬鹿にしていますの!?」


 最初は特になんとも思わなかった、例の魔王像であるが……。

 魔界の現体制、情勢を知った後では違和感の塊だ。


「……よし。ハインド、今の話を詳しく教えろ」

「了解」


 はっきり言ってしまえば、サマエルたちにあんなことをしている余裕はない。

 イベント絡みならともかく……なによりも、だ。


「俺たち、その像にお菓子やら何やらの(みつ)ぎ物をしたんだけど……そういうのって、魔王ちゃんのもとには届いていないんだろう?」

「ああ」

「魔王ちゃんがこっそり隠しているような様子は――」

「ない。魔王様は隠し事が苦手だ。そんなものがあれば、即座に見抜ける」

「だとしたら……な? やっぱり変だろう」


 あの魔王像は、一体誰が設置したものなのか。

 サマエルたち、魔王の側近連中ではない。

 貢ぎ物関連の話から、魔王ちゃん本人でもない。

 俺たちに心当たりはないが……。


「……冥王様! 見ておられるのでしょう!?」


 サマエルは違ったようだ。

 突如、その場で虚空に向けて呼びかけを始める。


「お目覚めになっていたのなら、なぜお姿を現さないのです!」


 声に応え次元が裂け――る様子はない。

 暗く長い廊下に、サマエルの声だけが虚しく響く。


「冥王様!」

「むっ、あいつ急にどうした!?」

「可哀想に……疲れで幻覚が見えているようですね」

「エナドリ飲むでござるか?」

「紅茶のほうが効きますわ」

「コーヒー……いや、なんでもない」

「ふつーに睡眠でしょー」

「シーちゃんが珍しくまともな意見を!?」

「サマエルさん、目の下の隈すごいもんね……」

「違うっ! いや、疲れているのは確かだが! くっ……!」


 疲れでおかしくなった人扱いされ、サマエルが焦りと苛立ちを見せる。

 おー、サマエルがいるとツッコミ負担が減るな。楽。

 サマエルは不意に動きを止めると、大きく息を吸い込んだ。


「ババア! 勿体(もったい)つけずに出てこい!」


 似つかわしくない荒い口調と大声に、俺たちは揃って目を丸くする。

 その間も、サマエルは虚空に向けて叫び続ける。


「出てこいと言っているだろう! このバ――」

「誰がババアじゃぁぁぁっ!!」

「――ブァッ!?」


 異変が起きたのは、サマエルが見上げていた方向ではなく真下。

 城の床の空間が捻じれ、中から拳を突き上げた人物が勢いよく飛び出してきた。

 体を大きく後ろに逸らし、倒れ込みながらも拳を避けるサマエル。


「偉くなったもんじゃなぁ、サー坊! こーんな小さいころから、ワシの世話になっておきながら!」

「の、覗き見などして、悪趣味ではないですか! 私の呼びかけも無視して!」

「うっさい! おしめを替えてやったのはどこの誰だと思っとんじゃぁぁぁ!」


 突如現れた人物は倒れたサマエルの上に乗り、襟首(えりくび)をつかんで前後に揺さぶる。

 その段に至り、俺たちはようやくその人物の姿を観察する余裕ができた。


「魔王……の、そっくりさんか!?」

「マジですかー。2Pカラーですよ、2Pカラー」

「双子――ではなさそうですね、発言内容からして。もしかしたらセッちゃんの説、当たっているのかもしれませんね」

「そ、そうなのかな?」


 顔は魔王ちゃんに瓜二つ、リィズが口にしたようにまるで双子だ。

 ただ、髪は銀髪、角はなし、衣装や装飾品も魔王ちゃんのものと違っている。

 だからサマエルは像に関してあんな質問を……?


「行け、ハインド! 話しかけてこい!」

「なんで俺なんだよ……」

「こういうのはあなたの担当ではありませんの? さ、行ってらっしゃいまし」

「面白がっているだろう? お前ら」


 ユーミル、ヘルシャが俺の背を押す。

 二人とも、初対面の相手に物怖(ものお)じするタイプじゃないくせに。

 あんな登場の仕方をした魔族に、自分から話しかけるのは嫌なのだが。

 誰か代わりに行ってくれないだろうか?


「魔王ちゃん担当はトビなんだし、そっくりさんもトビ担当でいいじゃないか。なぁ? ト――」

「……」

「――こいつ、気絶してる!?」

「口元緩いし、涎まで垂れているのだが……普通に引くな」

「魔王っぽいものが二倍に増えて、精神がもたなかったんですのね……」


 嬉々として引き受けてくれると思ったトビの意識は、どこか遠くへ旅立っていた。

 短い時間で帰ってくる様子はない。

 ええい、肝心な時に役に立たない……俺か? やっぱり俺が行くしかないのか?

 殴られないか? 噛みつかない? 大丈夫?


「あのー……」

「あ」


 疲れと謎の人物の攻撃により、すっかりトビに近い状態になったサマエルの上で……。

 マウントポジションを取っていた少女は、注目されていることに気づいて顔を上げた。

 そして小さく咳払いをしてから、どこかで見たようなポーズで見栄を切る。


「……ワシが、冥王ちゃんだゾ!」


 薄い胸の前で腕を組んでから、びしっと人差し指を向けてくる。

 その姿は、初めてプレイヤーの前に現れた魔王ちゃんとダブって見えたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ……先代?とそっくりなら大人フォームより喜ばれそうだよね魔王ちゃん。魔界で魔王ちゃんにボロが出ないのってまさか既にノウハウが…www 期待w
[一言] BBA無理しすg(死
[一言] RPG系では色違いは同系上位キャラ。 つまり、冥王ちゃんは魔王ちゃんの上位互換?
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