クエスト発生?
「つまり、こうだな!」
俺たちは広大な魔王城にある、一室をあてがわれた。
部屋には人数分の椅子と、円卓のようなものがあり……見た感じ、会議室に近い部屋のようだった。
今はサマエルから聞いた話を元に、次の行動を相談中である。
「クエスト“魔王の継承式”を成功させると、報酬として継承スキルゲット!」
サマエルに式の手伝いの許可と、成功報酬として継承スキルを教えてもらう約束は取りつけた。
俺たちを城に招いた理由が他にあったらしいサマエルは、渋い顔をしていたが……。
ひとまずそれらは棚上げされ、式に集中という形で一応の決着がついた。
「まあ、ざっとまとめるとそうだな。ゲーム的には別に、クエスト扱いじゃないけど」
「勇者が魔王の手伝いでござるかぁ……って、ハインド殿? 拙者、結局魔王ちゃんとほとんど話せなかったのでござるが?」
「さーて、なにから手をつけようか」
「ハインド殿? 無視しないで?」
サマエルによると、式準備はほとんど手つかず。
継承に関する根回しに人員不足が重なり、猫の手も借りたい有様のようだ。
あんな強引な交渉で上手くいったのも頷ける。
「ところでハインド。継承式って、どういう感じのものをやればいいのだ? 学校集会の表彰みたいなやつか?」
「例えが身近すぎるな……もうちょいマシにならないか? ユーミル。もっと格式高そうなやつで」
魔王ちゃんに体育館で賞状を渡すだけでいいのなら、とても簡単なのだが。
絵面的にはそっちのほうが微笑ましくて、個人的には好きだが……。
継承スキルのためにも、それで済ませるわけにはいかないだろう。
「うぅむ、最近見たもので格式が高いの……勲章授与、叙勲式とか? 大臣とか首相がくれる感じの」
「お、やればできるじゃないか。さっきよりは、その系列が近いっちゃ近いな」
「えっへん!」
「できるなら、最初からそうしてほしいですけれどね……」
腕組み&胸張りのユーミルに、リィズが溜め息を吐く。
発想が現代日本を飛び出していないのが残念ではあるが、大分まともにはなった。
続いて、ワルターが小さく手を上げて発言する。
「師匠。現実にある即位式を模倣、では駄目なのでしょうか? 王政の国はほとんどなくなりましたけど、王族が残っている国は多いですよね?」
「魔界式にカスタマイズしないと駄目だろうなぁ。TBの世界観からして、西洋式に寄っているのは間違いないと思うけど」
そういや現代の即位式とかって、昔の形式をどれくらい守っているのだろうか?
残念ながら、自分にその辺に関する知識はあまりないな。
この面子の中で、そういった方面で頼りになりそうなのは……。
「一応そういうのに詳しそうなヘルシャに、基礎知識は教えておいてほしいかな」
「あら、わたくしですの?」
「頼んでいいか?」
「ええ。構いませんわよ」
やはりヘルシャだろう、ということでワルターから少し横に視線をスライド。
すると、真横に座ったユーミルが視界に大写しで割り込んでくる。
ちっかいな、お前は!
これは「もっと自分と話せ!」のアピールだ、多分。
とりあえず、むぎゅっと顔を押して座らせる。
それから、俺はユーミルが会話に入りやすいよう体の向きと視線を中間くらいに置いた。
これでいいだろう?
「というか、ドリルならそのものに出たことがありそうではないか?」
「ありますわよ」
「あるのかよ……」
世界を股にかける大企業のお嬢様は、格が違った。
そこからはヘルシャによる講義のお時間だ。
まずは、現代における一般的な儀式の様式。
地域差、歴史の流れによる変遷、そもそもの成り立ちと多岐にわたり……。
ヘルシャの話運びは、抜群に上手かった。
あのシエスタちゃんすら、あくびをせずに耳を傾けている。
俺としてもそんなに興味のない分野だというのに、面白い内容に聞こえる。
「うぅむ、ドリルは普段こういう話術で商品を売り込んでいるのか……やるな! しかし私は騙されんぞ!」
「褒めるなら、もっと素直に褒めてくれませんこと?」
ああ、今のってセールストークやプレゼンなんかの延長上の技術なのか。
ユーミルの発言で気がついた。
こいつ、単純な癖に本質はすんなり見抜くよな……なんていうか、ずるい。
「しかし、政変があった。儀式の作法が失伝した。近代の魔王は略式ばかりで、正式な儀式を行ったのが遥か昔である。当時を知る魔族がほとんど生き残っていない……でも、魔王ちゃんは出自が特殊だから、正式な儀式が必要。だからある程度、新しく作ってしまう必要がある――と。ここまではいいんだけど」
この辺りはサマエルから説明があったことだ。
政変は身内の恥ということでかなり、かなーりぼかしての説明だったが。
「前例を無視できるとなると、自由度が高すぎてなぁ」
「かえって難しいな!」
「式典は、例の投影魔法で魔界全土に放送されるのですよね?」
「多くの魔族の目に入る以上、中途半端にはできないよね……」
「そのせいか、サマエルも悩んでいるみたいでしたねー」
「人手がないからって、みすぼらしい式では威信に関わるものね……」
ヘルシャのおかげで基本は抑えられたと思うが、それだけでは物足りない。
ワルターに話したように、魔界流にする必要がある。
それでいて、今の話の通り厳かで華やかに見えなければならない。
「自由度が高い……つまり、私たちが後押しして超ヘンテコな式を作り上げることも可能と!」
「やめて、ユーミル殿! 今の話、聞いてた!? 魔王ちゃんの晴れ舞台でござるよ!?」
「むっ、閃いた!」
「やめてぇ!!」
この感じだと、町に出て情報収集をやる必要があるな。
欠片でもいいから、昔の儀式の様子を知ることができれば一気に話が進む。
サマエルたちが考える手間、負担も減るし、俺たちも楽だ。
それから……。
「ヘルシャ。最近のでも昔のでもいいんだけど……実際の式だと、前任の王が崩御したり病気で出席不能だったりする場合はどうなるんだ? っていうか、そもそも戴冠させるのって前任者だっけ? ちょっと違う気がしたんだが」
「生前譲位という形であれば、前任者が――という形でも構わないと思いますわ。そうでなければ、国の宗教……その最高指導者が、次の王に戴冠させる形が基本ではないでしょうか? 多少、前時代的な様式ではありますが」
「ああ、法王とか教皇とか司祭とか、そういうのか。でも……」
「魔界にはないでしょうね。宗教といいますか、強さ・力を信仰している様子でしたから」
魔界で最も強い者が魔王なので、その魔王こそが魔族たちの信仰の対象となっている。
だったら、仮に魔王よりも強い存在がいれば……などと思ったが。
いるのだろうか? そんなもの。
俺たちが悩んでいると、トビが急に椅子を蹴るように立ち上がる。
「然らば! 拙者が魔王ちゃんに戴冠を――」
「あっはっは」
「消えろ、ぶっ飛ばされんうちにな!」
「トビさんでは高貴さ上品さ、そしてなにより優雅さが足りませんね」
「えっ? 顔しか合格点に達していないトビ先輩が?」
「失礼ながら、立ち居振る舞いの訓練が必要でしょうね。衣装でカバーするにも、限界が……」
「ド辛辣ぅ!」
俺、ユーミル、リィズ、シエスタちゃん、そしてカームさんにまでベコベコにへこまされるトビ。
完全に妄言の類だったので、これは仕方ない。
「あの、ハインド殿? みんなもだけど、今日のハインド殿……マジで拙者に冷たくない? ねえ?」
「なんでだろうなぁ? なぁ、リィズ」
「どうしてでしょうね? 不思議ですね」
「わ、悪かったってばぁ!」
好きなものを前に興奮するのは結構だが、ブレーキが壊れているのはいただけない。
魔王ちゃん本人にも嫌われるし、味方からも煙たがられる。
「えっと、魔王は継承制って話だから……古の魔王とか、生き残っていないのかな?」
と、ここでセレーネさんが脱線気味の話を戻してくれる。
リィズが自分の記憶を探るようにしつつ、不思議そうな顔をしているが……。
これはTB内のどこかで、存在が仄めかされたわけではない。
いわゆる、ゲームあるあるというやつだ。
「ありそうですよね、魔族だし。俺たち、魔族の寿命がどれくらいなのかも知らないわけですから」
うんうん、とセレーネさんが嬉しそうに数度、頷く。
政変があったという話と城内の様子からして、先代魔王になにかあったのは間違いない。
ただ「先々代よりも前の魔王」なら健在という可能性は残っている。
記憶力がよければ、昔の継承式の様子も教えてくれるかもしれない。
みんなもセレーネさんの言葉に刺激されたのか、思い思いに意見を交わす。
「初代様がなぜか超長生きとか、定番ですよねー」
「魔王を倒したかと思いきや、黒幕である真の魔王が! みたいな展開もよくあるござるな?」
「魔王より上の、破壊神参上! も、定番だろう!」
「じゃあ、誰かしら式に参加してくれる魔族さんがいそうですね!」
「話が通じる相手なら、でしょうけどね……」
なるべく魔界流に考えるなら、魔王と伍する強さの者か、それに近い者がいいだろうが……。
最悪、弱くとも魔王ちゃんの親族などがいれば、その魔族に頼むということも考えられる。
要は、強さか地位のどちらかがあれば、戴冠を行う責任者として収まりがいい。
無論、両方揃っているに越したことはないのだが。
「……とりあえずは、そこからだな。サマエルに、戴冠の儀に適任の魔族がいないか訊いてみよう」
初動として、情報収集と同時進行させたいのは人探し……もとい、魔族探しになりそうだ。
方針が決まったところで、俺たちは部屋を出るべく大扉へと手をかけた。