お母さん面談 その2
「はぁーい。中ボスのお母さんですよー」
連泊中の、とある日。
俺と理世を呼びだした人物は、マッサージチェアにかかりながらそう言った。
気持ちよさそうに、あ゛あ゛あ゛あ゛などという形容しがたい声を出している。
「……」
「……あ、はい」
ホテル内には人力のちゃんとしたマッサージもあったと思うが……機械は機械で、気を遣わなくていいという利点がある。
チェアの上で大きな山が揺れているのを見て、俺はそっと目を逸らした。
少しの間を置いて時間切れになったのか、火照った顔でマッサージチェアから降りると、こちらを向く。
「あらー? こういうノリじゃなかったかしら?」
「い、いえ。概ね間違っていないかと」
「調子が狂うという意味では、お母さんも娘と一緒ですか……」
「え?」
「……なんでもないです」
目の前のおっとりした雰囲気の女性は、愛衣ちゃんのお母さんだ。
愛衣ちゃんのような言葉の鋭さはないが、マイペースなところが似たのだと考えるとしっくりくる。
それと容姿、特に体型は――やめよう、理世が睨んでいる気がする。
「最近ね?」
「はい」
「昔に比べて肩こりがひどくって……なんだか、お肌の張りもなくなってきた気がするのよねぇー」
「はい……はい?」
どんな話がくるのかと身構えていると、世間話のようなものが始まった。
意図が読めない。
まさか俺たちの緊張を解そうと……いや、違う。これは違うな。
そういう感じの表情じゃない。
「二人のお母さん、明乃さんね? 年上なのに、とってもお綺麗よねぇ。おばさん、自信がなくなっちゃって……浅野さんと夜久さんも同じようなことを言っていたわぁ」
「……え、ええと。自分の目には、御三方もかなり美しく見えますけど……」
「あら、そうかしら? お世辞でも嬉しいー、ありがとうね。亘くん」
「い、いえ。あの、娘さんの話をするために呼んだのでは……?」
「あ、そうねぇ。そうだった、そうだった」
何から訊こうかなー、といった様子の愛衣母の前で、俺と理世は互いに目配せをする。
この人、間違いない……かなりの天然だ。それも本物の。
ちなみにさっきの言葉は世辞でもなんでもなく、中学生ズの母たちは実際に美人だ。
美少女の母親は美女である、という図式は絶対のものではない。
ないのだが、三人とも当然のように美人である。
「ええと、ゲーム内の……俺たちと遊んでいる時の愛衣ちゃ――愛衣さんの様子を話せばいいですかね?」
「お願いねー」
「――とまあ、いつも眠そうですし、一緒に遊んで楽しいと思ってくれているのかも不明ですが……」
理世はほとんど口を挟まず、俺が愛衣ちゃんのゲーム内での様子を話して聞かせた。
なるべくありのまま、感じたままに報告していく。
しっかりした信頼関係を築きたいなら、嘘や取り繕いはいい結果を生まないだろう。
「頭がいい上に他人の気持ちに敏感なので、助けられることも多いです。頻繁に人をからかったりもしますが、加減はわかっている感じではないかと。面倒そうにしていても、お願いされれば最終的に行動に移す辺り、根は優しい子だと思っています」
「うんうん……よく見てくれているし、仲よくしてくれているのねー。ね? 理世ちゃん」
「は、はぁ……」
なぜかほとんど話さなかった理世に向けて、念押しのように訊いてくる愛衣母。
グループ内で最も仲が悪く、ある意味で最も仲のいい理世にそれをやるのか……。
「愛衣ちゃん、みなさんとゲームをやるようになって変わったのよねぇ」
「え?」
「……えっ?」
突然の言葉に「どこが?」と返しそうになるのを堪えたのは、俺も理世も一緒だった。
変わった?
あそこまでマイペースで、他人の意見に流されにくい子もいないと思うのだが……。
「愛衣ちゃんの頻出わーどランキング! 最新版!」
「「!?」」
「なんばーわん、先輩!」
「は、はあ」
「なんばーつー、妹さん!」
「そ、そうですか……」
「そうなのです! つまり、亘くんと理世ちゃん!」
どうしよう、話の流れが非常につかみにくい。
笑顔と柔らかな雰囲気からか、不快さは感じないが。
「ぴこーん! 愛衣ちゃんの笑顔ポイントが10増えた! 意欲が1増えた! 眠気が20増えた!」
「眠気は増えちゃ駄目では!? しかも一番多い!」
「あれで意欲、増えているのですか? たったの1……?」
「パパが、成績下がったらゲームを止めさせるって息巻いていたけれど……笑顔が増えて成績まで上がったから、悔しそうにしていたわー。本当にありがとうね」
「あ、いえいえ」
小春母に続いて、成績向上のお礼の言葉が。
やはり中学生の親御さんとしては、学業が最優先。
成績が落ちなければ遊んでいい、というのは共通の考えなのかもしれない。
正直、愛衣ちゃんが宿題などをやっているかどうかのチェックは中学生ズの中で一番難しいのだが。
そう言われると、本人にうるさく思われていたとしても、やってよかったと思える。
「……あの年頃の子って、年上の……例えばだけど、学校の先生とか、大人とばっかり話している子っているでしょう?」
「いますね。早熟な子に多い印象です。兄さんの周りはどうでしたか?」
「いたなぁ、確かに」
同年代が子どもっぽく見えているパターンなのだろう、きっと。
これは中学生に限らないな、思春期全体の一部の子に見られる傾向だ。
「それでね? 我が家の愛衣ちゃん、いかにもそういうタイプっていうか……同性異性問わず、同年代の子と話が合わなかったみたいでね? 幼馴染の椿ちゃん、それから自分と全然違うタイプの小春ちゃんのことは大事にしていたみたいだけど……」
「わかる……気がします」
「理世ちゃんもそうだった?」
「いえ。私には兄さんがいましたから」
「そうねぇ。ふふふ」
愛衣母さんがにこにこと、理世がじっと俺を見てくる。
居心地悪いな!
褒められているのだろうけれど、最近は特に枯れているだのおっさんくさいだのと言われることが多い。
だから、どうしてもよくないほうに取ってしまう。あまり嬉しくない。
「愛衣ちゃん最近になって、なんだか余裕が出てきたみたいなのね。どうしてかしら?」
「……棘のある発言を受け止めてくれて、尚且つ歳がそう変わらないのに、話が合う人が見つかったからじゃないですか? 知りませんけど」
「棘を刺しあうというか、角を突き合わせる相手ができたのも大きいかと」
「そうなのねー。ふふふ」
互いのことを示して言う、理世と俺。
もっと言うなら、ネットゲーム自体の効能もあると考えられる。
色々な人と関わることで、愛衣ちゃんの価値観やら世界が広がっていったらいいな――なんて。
ものぐさな愛衣ちゃんには、ネットゲームは合っている媒体だと思う。
「ところで亘くん。最近、同年代の子にモテるでしょう?」
「はい!?」
愛衣母、ちょいとフリーダム過ぎないか?
慣れないなぁ、会話がどこに飛ぶかわからない。
「今の流れで、それって関係あります……?」
「ありありありーの、大ありよー。亘くんに彼女ができたら、愛衣ちゃんが構ってもらえなくなっちゃうじゃない? 寂しがると思うなー」
「あの。どうして兄さんが、最近になってモテると……?」
ああ、愛衣母の話に理世が興味津々に……。
そして愛衣ちゃんの言語センス、お母さん譲りかぁ。
ありありありーの……愛衣ちゃんも言いそう。
「ほら、恋愛で重視するものって人それぞれだと思うけど……段々と能力重視から容姿重視に、それから内面重視になっていく人が多い気がするじゃない?」
「小学生だと足の速い子が特にモテる、みたいな話でしょうか? 私にはよくわからない感覚ですが」
そういや秀平が見た目だけでモテていたピークって、中学から高校入りたてくらいまでだったな……などと、二人の会話を聞きながら思い返す。
もちろん愛衣母の言う能力やら内面、つまり容姿に中身が伴っている人間なら、その限りではないが。
そういう手合いは年齢を問わず、ずっとモテモテなのだろうし。
「そうそうー、そういうの。最終的に収入重視というか収入しか見えなくなっちゃう、悲しい人もいるだろうけどー」
「急に生々しい話になりましたね……」
「あ、でもでも? そう考えるとある意味……足が速いとか勉強ができるなんて能力も、将来どれだけ稼げるかを計算高く見ているだけなのかも? 女の子って、割とそういうところあるしー」
「怖っ! 女子、怖っ!」
「私は違いますからね? 兄さん」
「あ、う、うん、大丈夫だ。ちゃんとわかっているよ……」
「愛衣ちゃんも特殊枠よ?」
「わ、わかってますって!」
生存競争だとか子孫繁栄の観点からだとしっくり来るが、背筋の寒くなる話だ。
途中まで、ほわほわした顔で恋愛トークをしていたはずなのだが……話の展開がジェットコースターみたいだ。
「……って、なんの話でしたっけ?」
「あ、それでね……高校生くらいだと、ちょうど内面重視の子が多くなってくるころじゃない? 話が合うとか趣味が合うとか、単純に優しいところが好きー、とか。どう?」
「どうと言われましても……」
高校生だって普通に顔がいいやつのほうがモテるし、運動ができるやつはやっぱりモテる。
愛衣ちゃんのお母さんが言うほど、劇的な変化があるようには思えないが……うぅむ。
「まあ、中学の頃より異性に話しかけられる回数は増えた……ですかね?」
「やっぱり!?」
「自分の場合、部活動とか生徒会の都合もありますけどね?」
どちらも女所帯、そして自分に役職があるので、自然と話す機会は増える。
ただ、話す内容が事務的なものばかりかというとそうでもない。
なんだか知らないが、恋愛相談的なものをされる回数は年々増えているし。
「ふんふん……ところで亘くんは年下の女の子、どう思う? 特に三つか四つ下くらいの子とか」
「えらく具体的ですね……」
「というか愛衣ちゃんのこと、どう思うかな? かな?」
「いきなり売り込んできた!?」
愛衣ちゃんのお母さん、目が本気である。
身を乗り出して肩までつかんでくるものだから、俺は大いに動揺した。
「い、いや、もちろん嫌いなわけがないですけど! 大事な娘さんをそんなふうに雑に扱って、いいんですか!?」
「雑じゃないわよー。椿ちゃんが男の子だったらなぁって前々から思っていたところに……あの日、亘くんが来て、初めて会って。並んで座って、亘くんを弄りまくる愛衣ちゃんの顔が楽しそうで」
「弄りは程々にしてほしいんですけどね!?」
「おばさん、運命感じちゃったのよねぇ。ああ、こういう男の子なら! ってー」
「初対面で!? 嘘でしょう!?」
「……兄さん?」
熱弁を振るっていた愛衣ちゃんのお母さんは、理世の冷たい声を受けて緩やかに停止。
肩から手を放すと、にっこり笑ってお風呂セットを小脇に抱えた。
「それじゃあ、亘くん、理世ちゃん。ややこしい子だけれど、これからも愛衣と仲よくしてやってくださいなー。私は温泉に入り直してきまーす」
「ま、待ってください!? 話がまとまったふうに言っていますけど、全然綺麗に締まっていないですからね!? たっぷりかき乱されていますからね!?」
「兄さん? 私たちはこっちで、じっくりお話しましょう? ……ね?」
「愛衣ちゃんのお母さん!? 満足気に去っていかないでください! 待って! 行かないで! この状態で放置は酷くないですか!? ちょっと! ちょっとぉぉぉ!!」