交渉
「ところで貴様たち、なにをしに来た?」
よし、ユーミルはそっちを持ってくれ。
また暴れだすと困るからな。
きつめに縛っちまうぞ、せーのっ!
「おい」
「えっ?」
「……」
拘束したトビを通路の床に転がしたところで、サマエルの呼びかけに気がつく。
サマエルの背後には、怯えて隠れる魔王ちゃん。
予想できていたこととはいえ、トビのせいで再開は最悪の印象となった。
どうリカバリーすればいいんだ……。
「もう一度だけ言ってやろう。なにをしにこの地――魔界に来たのか、と訊いている」
「ああ、ごめん。ええとだな……」
なにをしに来たか、と問われれば継承スキルのためである。再確認。
魔界という新天地に辿り着いた時点で、他に得られるだろう恩恵も計り知れないが……。
とにかく今は、切り札になるような強力なスキルが必要だ。
対メディウス戦を視野に入れるなら、尚更のことである。
「そっちが人間界の様子を、全て把握している前提で話すけど。いいか?」
「無論だ」
こちらの問いに対し、サマエルは自信満々だ。
アップデートで新要素が開放されたから来た! スキルくれ! などと言うわけにはいかないので、言葉を選びながら……。
世界観に合わない雑な話し方をすると、現地人の好感度は簡単に下がるからな。
まずは……。
「プレイヤー……来訪者たちが、今こぞってこの世界の住人から戦いの技術を教わろうとしているのは知っているか?」
「知っているぞ! 確か“ウンエー”とかいう、お前たちの世界の神? 指導者? のようなやつが、お前たちに指示を出しているのだろう? 我は詳しいのだ!」
あ、魔王ちゃんが普通に返事をしてくれた。
ちゃんとトビとは別枠で好感度が計算されている模様。よかった。
今のやり取りを受け、鷹揚なうなずきと共にサマエルが続ける。
「魔王様の仰る通り。来訪者どもが一斉に似た行動を取るのは、ウンエーとやらが関わっていると各地に潜む我らの同胞から聞いている。なにか間違っているか?」
「いいや、大体合ってる」
その「ウンエー」は俺たちのというより、この世界全体にとっての神なのだが。
TB自体にも神界があって神様がいるから、ちょっとややこしいな。
もっと言うなら「ウンエー」の仲間である「カイハツ」は、君たちにとっていわば創造主なのだけれど……。
まあ、野暮なことは言いっこなしということで。
そこまでわかっているなら、もう少し崩した話し方をしても許されそうだ。
「で、運営はとにかく、来訪者同士を競わせようとするからさ。俺たちも負けたくなくて……」
「私たちが知る中で、最も強いのはお前たちだしな! 師事をするならお前たちがいい! そう思ったから、ここに来た!」
「ほう。我々が圧倒的強者であるのは当然のことだが、見る目があるな。貴様ら」
「そうだろう!」
「そこで胸を張る意味はわからんが」
「だよな」
「……」
と、胸を張って威張るユーミルを見て、魔王ちゃんが己の胸をぺたぺたと触る。
途端に血走った目で体をうねらせるトビの背を、俺は迷わず手で抑えつけた。
動くな、騒ぐな、興奮するな。
「魔王様?」
「はっ!? な、なんでもないぞサマエル! 我の成長は、まだまだこれから……そう、これからなんだ……」
「魔王様!?」
それにしても、運営の存在に言及した現地人は魔族が初めてな気がする。
種族特性なのか、はたまたメインの舞台である人間界を別次元から客観的に見ている故か。
ともかく、少し怖いが本題に入ってみる。
「で、ここまでの話で察しているとは思うけど、お願いがあるんだ。不躾で申し訳ないけど、できたらサマエルや魔王ちゃんからスキルを――」
「無理だ」
「まだハインドが喋っている途中でしょうが!」
「ユーミル、ちょっと黙っていてくれ……話がこじれるから」
意を決してのお願いは、無理だと断られてしまった。
しかし俺の視界に入る位置に回り込み「交渉はここから」という目を向けてくるヘルシャ。
「……」
「……」
無言で視線を交わしあう。
ヘルシャのほうが絶対に交渉能力は高いだろうと思ったが、これは俺が責任を持って完遂すべきことか。
好感度の都合もあるし……。
失敗したら助けてもらうとして、やるだけやってみよう。
「サマエル、無理な理由を訊いてもいいか? 人間に技を教えるのは禁忌とか? それとも、見返りがないから嫌とか?」
「魔界にそのような決まりはない。見返りなども期待はせんし、ハインド……お前にならば、無償で教えてやるのもやぶさかではない」
「え? じゃあ、なんで?」
「教えてやってもいいのだが……見ての通り、城内は人手不足だ。我々には時間がない」
「そういうことか……」
そこだ、そこを突け! と視界の端、ジェスチャーで示すヘルシャ。
圧が強い。
だが、そこまで後押しされれば俺にも要点が読み取れる。
思った以上に、サマエルの俺たちに対する態度が柔らかいことも大きい。
交渉の余地、ありありである。
「だったら時間の余裕さえ作れれば、多少の希望を持ってもいいんだな?」
「時間を? しかし、お前たちにそんなことが……」
「?」
小首を傾げる魔王ちゃんを一瞥してから、サマエルが疲労の色が見える眉を寄せる。
今度はお嬢様から、押せ! とにかく押せ! とのお達しである。
わかったから、ワルターを押さないであげて。涙目になっているから。
「そこはやってみなけりゃ、わからんさ。手伝えそうなことがあったら、なんでも言ってくれ。特に……」
「なんだ?」
「魔族だと都合が悪い、人間を使ってやらせたいこととか。人間に限らなくても、部外者にやらせたほうが都合のいいこととか。あるんじゃないか?」
「ぬぅ……」
サマエルが悩む。
攻める路線としては悪くなさそうだ。
が、ここでヘルシャが変な動きをする。
なんだ、その両腕を斜め上方に突き出す動き……もしかして、レーンチェンジ?
目先を変えろってことか?
「あー、あの……魔王ちゃん」
「なんだ?」
ヘルシャの意図は、おそらくこれで合っているはず。
実権を握っているのはサマエルのようだが、あくまで王は魔王ちゃんだ。いわば上司だ。
魔王ちゃんの機嫌を取れれば、サマエルの攻略も容易になるはず。
そして魔王ちゃんを攻めるとなれば、やはり……あれだろう。
「もしなにかスキルを教えてくれたら、代わりにお菓子を――」
「いいぞっっっ!!」
「魔王様!?」
即答、そしてサマエルが目を剥く。
あまりのチョロさに魔王ちゃんの将来が心配になる。
同時に虫歯も心配になる。
この世界の住人に虫歯が存在するのかはわからないが。
「よく見たらお前、パフェの男ではないか! 人間界でジジババと一緒に煎餅もくれた!」
「う、うん、そう。憶えていてくれたんだ」
「よく見たら勇者もいる!?」
「今更だな!? 最初からいるぞ!」
「ふはははは! 我が城によく来たな、勇者よ!」
「私が言うのもあれだが、色々と無理があるぞ!? 魔王!」
この段に至り、ようやく魔王ちゃんは俺たちが誰なのかを認識したらしい。
うん、全部トビのせいだね……。
「で、どの技がいい!? 魔王煉獄弾か!? 元始魔法アルファ・オメガでも、究極魔法ダークエターナルでもいいぞ!」
「格好いい!? 全部使いたい!」
「名前を聞いただけで、明らかに習得難度が異常だとわかる並びだなぁ……中二感も強いし……」
「いけません、魔王様!」
サマエルの叱責に、魔王ちゃんの肩がびくりと跳ねる。
ああ、これは叱り慣れている者と、叱られ慣れている者の反応だ。
普段の二人の様子と、その関係性が察せられる。
「な、なにがいけないのだ? サマエル」
「式典決行は近いのですよ!? お披露目の日に、ぽっこりしたお腹を魔界市民の前に見せるおつもりですか! お菓子の食べすぎは厳禁です!」
「むほぉーっ!!」
「わぁっ!?」
突如、拘束されたトビがバネ仕掛けのように跳ねたのを見て、魔王ちゃんが驚く。
猿轡も付けてあるので、意味のある言葉にはなっていないが……。
うーん、素直に気持ち悪い。なにを想像したんだ? どこに反応した?
……と、今はそんなことよりも気になる単語が。
「サマエル。式典ってのはなんだ? お披露目?」
「……」
しまった、という顔のサマエル。
打ち上げられた魚のような動きをするトビから逃げるように、再びサマエルを盾に隠れる魔王ちゃん。
そんな二人になにを思ったのか、意地の悪そうな笑顔を浮かべたユーミルが近づいていく。
「なぁ、サマエル。なぁなぁ?」
「……」
「ここまで内部事情を晒してしまったのだ、今更ではないか。どうせ私たちは部外者なのだし、素直に話してしまったらどうだ? なぁ? 私たちがどんなに大声で真実を語っても、所詮は与太話で終わるのだろう? ん?」
うざい、これはうざい。
しかし効果的なのも確かなのか、サマエルは妙に狼狽えた様子だ。
壁際に立って腕を組んだお嬢様が、満足そうに何度もうなずいている。
もしかしてこれ、ヘルシャの差し金か……?
そういや会話の隙間を縫って、ユーミルになにか耳打ちしていたような気も。
尚も言葉を連ねるユーミルに、やがてサマエルの表情が徐々に歪んでいき……。
「――ええいっ、鬱陶しい! 寄るな!」
「逃げるのか? 逃げちゃうのか? お前の認めるハインドなら、今の式典という単語だけで正解に辿り着くぞ? さすがに、多少は城内の魔族への聞き込みは必要になるだろうが。でも、もしかしたらその聞き込みの過程で、あらぬ噂が広がってしまうかもしれんな? 誰だろうなぁ、大事な秘密を中途半端に漏らしたのは」
あ、これ明らかにヘルシャの仕込みだ。
ユーミルのシンプルな思考からだと、ここまで見事な煽り・挑発といった行動は導きだされないだろうし。
やっぱりなぁ……ユーミルにしては、やけに気の利いたタイミングで追撃してくれると思った。
秘密を話す義理など全くないのに、すっかりサマエルは流れと勢いに押されている。
「ぐっ……即位式だ、即位式! これでいいだろう!? さっさと離れろ、女! そして黙れ!」
「む? いやいや、言ったからにはきちんと最後まで言うのが筋だろう。一体、誰の即位式なのだ?」
「魔王様の即位式だっ! 第13代魔王の継承式!」
最終的にやけを起こしたように、サマエルはそう叫んだのだった。
ナイス、ヘルシャ。そしてユーミル。