魔王城、顕現す
拘束を解かれ、サマエルに連れてこられたのは――都市内の入り組んだ路地。
どう考えても、魔王城に続く道とは思えない。
まさか……。
「このまま牢に……?」
「責任は私が持つ! とかって、部下の前で格好つけていたのにか?」
「私が責任を持って牢に入れる、ってことじゃー?」
「ええい、貴様ら! 人の背後でこそこそと!」
これまでの嫌味っぽい態度と印象からか、サマエルに対する信用度が限りなく低い。
個人的には、そういう類の嘘を吐く性格ではないと思うのだが……いかんせん、まだまともに会ったばかりだ。
薄っぺらい弁護の言葉は却って不興を買う可能性もあるので、ここは何も言わずにおくとする。
「……少し黙っているといい」
路地の行き止まりまで進むと、サマエルは立ち止まり……。
やけに洗練された動きで、綺麗に指を鳴らしてみせた。
周囲に人気がないせいもあってか、その音はやけに大きく耳に、頭に響く。
なにが起きるのだろう? と、俺たちは固唾を飲んで見守る。
しかしそれから、数秒――数十秒ほど経っても……。
「なにも起きないが?」
「急に指パッチンとか、無意味に格好つけたいお年頃でござるか?」
「そうなんですか? 私のクラスでも、坂本君が得意なんですよ! ホームルームで、みんなが静かにならない時にこう……」
「あ、ああ、リコリス殿……できればその坂本君とやら、そっとしておいてあげてほしいでござるよ。きっと、一年か二年後くらいに――」
「黙っていろ、と言ったはずだが!? 喋らんと死ぬのか、貴様らは!」
サマエルが叫ぶも、周囲の様子に変化は見られない。
なにか、秘密の扉でも開かれるのかと期待したのだが。
「これは切っかけにすぎん。貴様ら人間は、どうも五感ばかりに頼りすぎる」
「普通、五感以外の感覚は存在しないと思うんですけど……」
ワルターの常識的な発言は、サマエルの魔族スマイルによって華麗にスルーされた。
その人を馬鹿にしたような顔、得意だよなぁ。
投影魔法で目にした多くのプレイヤーに「腹が立つ」と言われるのも納得である。
「つまらん常識に捉われるな。もっと心の目を開け、己が魂で魔力を感じ取るのだ」
「なるほど、わからん!」
「多分あれでござるよ、ユーミル殿。コスモとかガイアとか、そういうの」
「なるほど、わからん!」
理解を放棄しつつあるユーミルが、俺のほうを見る。
どうしてこっちに話を振るかな……。
正直、サマエルの言うことは俺もさっぱりなのだが。
「あー……薄目で見てみれば?」
「そうか、わかった!」
「「「なんで!?」」」
一斉に疑問の声が矢となって放たれたが、全て回避。
ともかく、目の前の景色に集中してみる。
横でユーミルが面白い顔になっている気がするが、とにかく集中。
目を凝らしたり、あえて焦点をぼかしたりを繰り返していると――。
「おっ?」
周囲の景色が薄くなり、揺らぐ。
やがて、先程まであったはずの入り組んだ路地は消え……。
ユーミルがはしゃいだ声を上げる。
「見えた! 見えたぞ、サマエル!」
「……どうだ? なにが見える」
「「「魔王城!!」」」
揺らぐ景色の中に現れたのは、摩天楼と呼んで差し支えない巨大な建造物。
サマエルに促され、先程まで行き止まりだった場所の奥に歩を進めると……。
まるで不意に異空間に放り出されたかのように、俺たちは闇色の城の前に立っていた。
「つまり、地形利用と幻影魔法による二つの防御……?」
「そうだ」
サマエルによると、魔王城の位置は一定ではないそうだ。
魔界首都に点在する異空間内を頻繁に移動し、その出入口も不定。
そして出入口の不自然な歪みは、先程のような幻影魔法によってカバーすると。
「住民まで困惑しそうな仕掛けでござるな……」
「さっきくらい大規模な幻影なら、普段との景色の差で気づくかもだけど。壁が少しせり出しているだけ、とかだったらわからないだろうなぁ。すごい仕掛けだよ」
「ふん、当然だ。一般市民が登城するには、事前の申請と城からの認可が必要となる」
登城の許可を受けると、登城場所と時刻が通知されるそうだ。
登城が確認されるか、時刻を過ぎた時点で通知書は消滅……人間界に比べて、魔法技術が随分と高い気がするな。
「おー……そんなすごい防衛機構があるなら、警邏隊はいらないのではないか?」
「なに言ってんだ、ユーミル。こういう備えはいくらあっても過剰ってことはないだろう? 多いほどいい。警邏隊だって必要だ。町の治安維持だって城の防衛の内だし」
「その通り。女、貴様はなにもわかっていないようだな」
「む……というか、なぜそんなに息ぴったりなのだ? お前たちは」
そりゃ、立場が近いから――って、もしかしてそれも好感度に関係しているのか?
副ギルマスだと好感度が上がりやすいとか? ありそうだ。
しかし……。
「おー」
「おおー……」
本当に大きな城だな。
俺たちは今、サマエルに案内されて魔王城の中を歩いている。
城内の雰囲気は『地下大冥宮』に似ているが、グラド城に比肩する規模の大きさである。
内装も豪華だし、青やら紫やらの妖しげな色の炎・照明も目に美しい。
自然、目を奪われるし歩も遅くなる。
「馬鹿面を並べおって……」
「いやいや、それだけ魔王城が荘厳で素晴らしいってことだよ。みんな、感動しているのさ」
「そ、そうか? はっはっは! そうだろう、そうだろう!」
「そうだよ。だから見逃してくれ」
継続的に入城する許可が下りるか不明なので、しっかり目に焼き付けておきたい。
スクショは……あ、使用不可か。そりゃそうだよな。
というか、魔界はスクショを使える場所のほうが少ない。
運営的には、まだ魔界の情報を隠しておきたいということだろうか?
そんなことを考えていると、俺をヘルシャ、ユーミル、シエスタちゃんの三人が見てくる。
「おべっか」
「ゴマすり」
「たらしー」
「処世術と言ってくれないか? 大体、これから教えを請おうって相手を怒らせても仕方ないでしょうが……」
一体なにが気に入らないというのか。
誰にでも、ありのままの姿でぶつかっていける人間ばかりじゃないんだぞ。
君ら三人が特別なだけだ。
「それにしても、サマエル。広さの割に、魔族の数が少ない気がするんだけど」
「気がついたか……」
気がつくもなにも、この広い回廊でこれまでにすれ違った魔族はたったの三人。
城の規模に対し、働く者の数が全く見合っていない。
俺たちを見た際の反応は様々だったが、誰も彼も忙しそうに去っていったあたり、仕事の量が少ないということはあるまい。
疑問が湧くのは当然のことだった。
「故あって、魔王様は魔界において姿を偽っておられる」
サマエルの言葉を聞いて、アウラ隊長が話していた内容を思い出す。
そういえば彼女が話す魔王像と、俺たちが知っている魔王ちゃんとでは随分違いが顕著だったな。
「と、いうことは……俺たちが投影魔法で見ていたほうが、本物の魔王?」
「そうだ」
「秘密が漏れないように、城に出入りする魔族の数を制限していると」
「そういうことだ」
それは聞くだけで苦しい……よく見ると、サマエルの顔も疲労の色が濃い気がする。
かなり無理のある行政をしているようだが、そうなると新たな疑問も湧く。
それに関しては、魔王ちゃんの姿を探してキョロキョロしていたはずのトビが手を上げて質問した。
「どうしてそんなことを……っていうか、なんで人間界向けの放送では素の姿を晒しているのでござるか? 拙者としてはめっっっちゃ嬉しいでござるが。そっちから魔族に漏れる可能性はないので?」
「ない。そして、あの投影魔法は魔王様の演説の練習だ。よって、貴様らはただの練習台だ」
練習台……道理で、お遊戯会というかコントというか、そんな雰囲気だったわけだ。
ただ、現に魔王ちゃんの本来の姿を知る自分たちが魔界に入ってしまっているが? ということで、サマエルの断言に対して俺たちから懐疑的な目が向けられる。
「……まったく。いいか? まず、魔界を訪れることができる人間は限られている」
「まあ、そうでござるな……」
「そして貴様ら人間たちの話と、魔界の大本営たる――魔王城からの情報。はたして、魔界市民が信じるのはどちらだと思う?」
「……魔王城」
「ふん」
俺たちが当代の魔王は幼女だと言い触らして回っても、信じる者はいないとサマエルは言う。
確かにそうだし、俺たちは魔界側で行われている投影魔法を見たことがないので、強くは言えないが……。
そういった嘘が、ずっと保たれるほど甘いとは思えない。
同じ考えだったのか、沈黙したトビに代わってヘルシャが言葉を重ねる。
「あら? ですが、魔界の密偵が人間界に潜りこんでいるという話もありましたわよね? そちらから漏れるということも……」
「貴様らの世界の諜報員というものは、口が軽いのか?」
「そんなことはありませんが。何事にも、絶対ということはありませんわ。それは執政官という重職を担うあなたなら、充分わかっていることでしょう?」
「……」
必然的に人間界に潜む魔族の諜報員は、両方の投影魔法を目にする事になる。
もちろんサマエルの様子を見る限り、諜報員はできるだけ口の堅い者を選んではいるのだろうが……。
ここまで余裕のあったサマエルの表情が、ヘルシャの言葉を受けて小さく歪む。
「赤い服の女。お前が言わんとしていることには一片の理解を示してやろう。確かに、時間の問題ということはあろう。秘密はいずれ露見する。……それと、そこの頭巾の男」
「あ、え、拙者?」
「お前の言い分にも、一理ある。秘密を守ると言いながら、人間界で本来の姿を晒す。なるほど、矛盾しているな。だが、あれは魔王様にとって必要な行為なのだ」
サマエルが不意に歩みを止め、目線を上へと向ける。
そこには、歴代魔王と思しき立派な角の生えた魔族たちの肖像画が並んでいる。
サマエルの視線はその中で、最も新しいと思われる――まだ色がくすんでいない、飾られて日が浅いであろう魔族の絵に注がれており……。
あれ? この魔族の髪とか瞳の感じ、なんだか魔王ちゃんに似ているような。
「それはどういうことですの……?」
「なぜなら――」
「サマエルー。我、もう仕事が終わったのだがー? 約束の、例の菓子は――あ」
「あ」
「あっ」
しばし、時が止まった。
近くに扉はないように思えたのだが、隠し扉だろうか?
引き戸のようにスライドした壁に手をかけ、見覚えのある魔族の少女がひょっこりと顔を出している。
それに真っ先に反応したのは、もちろん……。
「……いだぁぁぁ! いだよぉぉぉっ! 魔王ぢゃぁぁぁぁぁぁんっ!」
「うわあああっ! なんだ、お前はぁぁぁっ!」