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その手紙が呼び込むもの

 アウラ隊長が手紙を開いて中を(あらた)める。

 表情は疑心に満ちたものから、徐々に真剣なものに。

 手紙を顔に近付け、穴が開くほどじっと見た後で……ようやく一言。


「確かにこの魔族印は……いや、しかし……」


 魔族印?

 そういえばサインというか判子というか、魔法陣にも似た模様が手紙にはあったな。

 だが、隊長はその印を見て尚も確信が持てない様子。


「……登城する」

「あ、おい!」


 しばらく悩んだ後、結局アウラ隊長はこの場を足早に離れていってしまった。

 ユーミルが声をかけるも、応える余裕はないという素振りだ。

 屯所(とんしょ)内が静まり返ったところで、ユーミルがぐりっと顔をこちらに向ける。


「ハインド!? これだと、先程までと状況が変わっていなくないか!?」

「いや、一応変わっただろう。報告相手が」

「む?」

「直属の上司じゃなくて、魔界で上から二番目のやつに」


 おそらくだが、サマエル本人か、悪くてもその周辺まで確認の連絡が行くだろう。

 いずれにしても、アウラ隊長よりもかなり上の役職の魔族が出てくるはずだ。


「……変わっていないどころか、事態が悪化した?」

「……悪化したかどうかは、これからわかると思う」


 スキル継承の都合上、教えてくれる相手は強いほどいいのだ。

 そしてこのTBというゲームは、国の上層部に位置するキャラクターほど戦闘能力が高い傾向にある。

 いわんや、魔王から直接……などということになれば願ったり叶ったりだ。

 無論、俺たちが自覚のないまま魔界の法を犯していたのであれば、その限りではないが。

 アウラ隊長の、自力でゲートを開いた者は――という発言が引っかかる。


「登城と言っていたでござるから、魔王城があるのは確定でござるかな? どこにあるのか、ぱっと見ではまるでわからなかったでござるが」

「それも、上の魔族とやらに接触できれば詳しくわかるんじゃねえかな? ってことで、今の俺たちにできることは……」


 トビにそう返事をしてから、自分たちの置かれた状況を改めて確認する。

 アウラ隊長が出る際に再び後ろ手に拘束されたため、椅子に固定されて動けない。

 周囲には俺たちの会話に口を挟むことなく、黙って監視という職務に励む忠実な魔族たちが立っている。

 仮に逃げることが可能だったとしても、逃げたところで魔族との関係悪化は避けられない。

 ……うん。


「なにもないな。動けないし」

「本当にな! あっはっはっは!」

「お前……誰のせいでこうなったか、忘れているんじゃないだろうな?」


 高笑いするユーミルに半眼を向けるも、(こた)えた様子はない。

 どんな状況でも楽しめる、そのメンタルは羨ましいが……。

 少しでいいので「自重」という言葉の意味と行動を覚えてほしいものである。


「それにしても……いつ、サマエルの手紙なんて入手していたんですの?」


 ああ、そういえばヘルシャたちには話していなかったな。

 ヒナ鳥三人には話してあったと記憶しているが。


「すんごい昔の、ハインドの珍行動の結果だぞ!」

「今、俺たちがこうなっているのはお前の珍行動のせいだけどな!」

「こっちはやらかしたて、ホヤホヤですからねー……」


 シエスタちゃんと一緒に、ユーミルに冷ややかな視線を送りつつ……。

 俺は、サマエルから手紙を送られた経緯をヘルシャたちに話して聞かせた。

 サービス初期の投影魔法を用いたイベント開始の演説は印象的だったので、ヘルシャも「誰かが石ではなく回復魔法をサマエルに投げた」というのは憶えていた。


「あれ、あなただったんですの。投石などという下品な行為に加担しないのは当然として、どうしてそんな――」

「い、いいじゃないか。理由なんて別に」

「……あなたらしいといいますか。ともかく、他のプレイヤーに比べて覚えがめでたいというわけですのね? 有利ではありませんの」

「そりゃ、他のプレイヤーの好感度は0だろうしな。なにせ、接触の機会がほとんどない」

「いえ、そうとは限らないかもしれませんよ」

「リィズ?」


 意外なところから異を唱える声が上がる。

 なにか間違っていただろうか?


「あれだけ大人数の中から、ハインドさんの回復魔法を検知できたのですから。投石した人間も特定して、好感度がマイナスされている可能性が……」

「そうとは限らないって、悪印象っていう意味ですの!?」

「ええ。このゲームの好感度における0は、フラットという意味ですから」


 無関心ともいえますが、とフラットな表情で締めくくるリィズ。

 確かに、サマエルは尊大な割にねちっこいというか執念深そうというか……。

 見た目も含めて、蛇みたいな印象があるんだよな。

 リィズが言うように投石したプレイヤーを憶えている可能性は、充分にありそうだ。


「ところで、ハインドさん。あの手紙、ここで使ってしまってよかったのですか?」

「ああ、まあ。隊長さんの圧に屈した感はあるけど……結果的に、時短になると信じよう」


 魔族に対する切り札といえば切り札だが、使い所が難しいという面もある。

 半端な相手、例えば市民階級の魔族などには見せても意味がないだろうし……。

 そう考えると、お役人であろう首都警邏(けいら)隊の隊長に見せたのは悪くない選択だったと思う。


「時短って言っても、いきなりサマエルが来るとかは考えていないのでござろう?」


 一見落ち着いているような風情のトビだが、先程から物凄い貧乏ゆすりをしている。

 拘束されていなければ、今すぐにでも魔王ちゃんのもとに駆けだしそうだ。


「そりゃあな。サマエルが出てきて、そのまま魔王ちゃんまで! なんて、甘いことにはならないだろうよ。今はなんでもいいから、取っかかりが――」

「魔界に来たなら、なぜ真っ先に私のもとへ訪れない!? ハインドよ!」

「――あるといいなって、そう思っていたんだけど……」


 先程、蛇のようだと称したが、美形ではある。

 美形ではあるのだが、浮かべた表情・(たたず)まい・言動がその印象を薄くさせている。

 そんな魔族の男が、警邏隊の屯所に息を弾ませながら入ってきた。

 ……おかしいな? これ、サマエル本人じゃね?


「し、執政官殿! お待ちを!」


 追いかけるように屯所に戻ってきた隊長の言葉で、ようやく目の前にいるのがサマエルだと実感が持てた。

 執政官ということは現代であれば、首相だとか大統領と同義なわけで……。


「そこのお前。こいつらの縄を解いてやれ」

「……よろしいのですか?」

「構わん。責任は私が持つ」


 サマエルが警邏隊の隊員に命を下す。

 それ以上の言葉を返すことはなく、黙って隊員はサマエルの言葉に従った。

 命を受けた魔族の心証がどんなものか、サマエルが部下たちにどう思われているのかを(うかが)い知ることはできなかったが……。

 その権力の高さは本物らしく、俺たちの拘束はあっさりと解かれるのだった。


「おおっ! ありがとう、執政官! どの!」


 ユーミルが縄の解かれた手首を動かしながら、サマエルに向かって笑顔で礼を言う。

 だが、サマエルから返ってきたのは冷笑と称していいもので……。


「あ? 貴様は私の部下か? 組織に属する魔族か? 違うだろう?」

「むっ!」

「であれば、気持ちの悪い呼び方はよすがいい。寒気がする」

「むがーっ!」


 好感度が0に近いせいなのか、それとも『勇者のオーラ』がなにか関係しているのか。

 はたまた、単にサマエルの性格が()じ曲がっているからか。

 ……とにかく、このままでは話が進まない。

 そこで、最も好感度がマシであろう俺が代表して会話をすることに――って、アウラ隊長の時と似た流れじゃないか。またかよ。

 ちなみに怒り心頭のユーミルは、リコリスちゃんとサイネリアちゃんが物理的に抑えてくれている。

 せっかく、拘束が解けたばかりなのになぁ。


「あー……っと。じゃあ、サマエル。敬称とか敬語とかっていうのは……」

「必要ない。貴様らは魔界の市民ではないからな」

「そっか。とりあえず、俺たちを解放してくれてありがとう」


 サマエルに対して礼の言葉を口にしたのはユーミルと変わらないが、こちらに返ってきた笑顔は少し違った。

 ニヤリ……という擬態語が似合いそうな、片側の口の端を吊り上げるような表情。

 ……え? なにか企んでいる? 違う? それ、もしかして普通の笑顔なの? 嘘でしょう?

 会ったばかりで評することでもないけど、すっげえ損しそうな邪悪な笑顔だな……。

 き、気を取り直して。


(じか)に会うのは二……いや、三度目か? まともに話すのは初めてだよな」

「ああ。だが……」


 まだ一言、二言だが、ユーミルやそれ以外の魔族たちへのものに比べ、口調が柔らかい。

 語気が荒くない。

 どうしてそこまで、こちらに対して評価が高いのか不思議なのだが。

 続く言葉で、俺は更に混乱することになった。


「会いたかったぞ。我が、友よ……!」


 まさか、手紙に書いてあった通りの言葉を口にするとは。

 サマエルの態度に対し、呆気に取られる俺をよそに……。

 想像以上に早く魔王ちゃんに近付けそうな気配を受けて、トビが目を輝かせていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ンンンンwwwハインド氏はいっつも住人からの好感度が高いですなぁwww
[一言] なんだろ、急にサマエルぼっち説というか友達0人説(人間、魔人含めて)が俺の中で浮上してきたんだが…www
[一言]  こんな単細胞、どんだけ美人だろうが、息子の嫁に来て欲しくはないわねえ。
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