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魔都の警邏隊

「あれ?」


 連行されたのは、地下の一室。

 硬質な足音の響く廊下、光の差さない暗い部屋、冷たい鉄格子。


「牢屋じゃない!」


 などということはなく。

 詰所(つめしょ)と呼ぶのが適当な、暖炉が灯る柔らかな雰囲気の一室。

 俺たちは数人体制での監視付きなものの……。

 拘束を解かれ、普通の木製椅子に座らされている状態だ。


「当たり前だ。取り調べもせずに、いきなり牢に入れる奴があるか」


 隊長の手により、人数分の飲み物がカップに淹れられる。

 コーヒー……ではなさそうなのが残念だが、かなりいい香りのするお茶だ。

 淹れ終わったものを部下の魔族が俺たちの目の前、テーブルの上に置いていく。


「魔族、文化的……」

(はりつけ)じゃなかった……」

「火あぶりじゃなかった……」

「丸かじりじゃなかった……」

「貴様ら!?」


 高速で回収されかけるカップに、俺たちは慌てて謝罪の体勢を取った。

 警邏(けいら)隊の隊長――アウラと名乗った魔族は、鼻を鳴らしてお茶を置き直す。

 口調は高圧的だけど……うん。


「……まず、訊くが。貴様たちは人間で間違いないな?」


 投げかけられた質問に、俺たちはうなずきを返す。

 一応、魔族たちにどう見られるかわからないということで、神獣たちは引っ込めてある。

 よって、この場にいる仲間は全員人間だ。


「どこから来た?」

「あ、えーと……」


 具体性を帯びだした質問に、視線が一斉に俺へと集まる。

 なんでだよ。最初に声を出しちゃったからか?

 ……まあ、別に代表して答えてもいいけど。


「……サーラから」


 少し悩んでから、最も無難と思われる答えを返す。

 それに対し、アウラはにやりと笑う。


「成程。遠く異界の地から――とは言わないのだな」

「事情通!」


 驚きの声を上げたのは、ユーミルである。

 俺たちとしても、その短い言葉に同意だが。


「当たり前だ。魔王様は魔界全土の市民に向け、常に開かれたまつりごとをしておられる」


 得意げに語る隊長に、同調するような表情の部下たち。

 おお、魔王への信愛と忠誠心を感じる。

 しかし……。


「それは素晴らしいですわね」

「うんうん、立派でござるなぁ。でも、あの魔王ちゃんが……?」


 あの魔王ちゃんがなぁ。

 そんな俺たちの感想に、魔族たちの反応は当然――


「あの?」

「ちゃん?」


 ――怪訝なものとなった。

 先程の様子から考えれば自然なものに思えたが、続くアウラ隊長の言葉に俺たちは耳を疑うことになった。


「……貴様らが誰の話をしているのかは知らないが。我らの魔王様は聡明で、誰よりも理知的な御方だぞ?」

「え?」

「はい?」


 聡明で理知的?

 いやいや、もう完全におかしい。

 互いの人物評に違和感。


「つかぬことをお伺いしますけど、魔王ちゃ……様の、年齢は?」

「不明だ。妙齢であらせられるとは思うのだが……魔界市民としては、お世継ぎ不在が心配だ。いや、余計なお世話であることはわかっている。私とて独り身だからな。だが――」


 あ、これ間違いなく同じ人物のことを指していないな。

 尚も語る隊長さんをよそに、俺たちはこそこそと会話を交わす。


「……どういうことだと思う?」

「なにやら、認識に随分と(へだ)たりがあるようですね。女性ということしか一致していないようにも思えます」

「む……もしかしてだが、魔界ではあれが妙齢とか?」

「いや、ないだろ。人間でいえば小学生の低学年くらいの見た目だし」

「しかしハインド殿。世の中には、ロリババアというものも存在するでござるよ?」

「あるけどさぁ」

「あなたはそれでいいんですの……?」

「拙者、魔王ちゃんの持つ属性に惹かれているわけではない故!」

「……」

「……あの、みんな? 無言で可哀想なものを見る目はやめて?」


 トビの意見はちょっとな……あ、いや、気持ち悪いとかではなくて。

 魔王ちゃんの見た目はともかく、長く生きているにしては内面が幼すぎる。

 他にも影武者を立てている説、人間界と魔界で姿を使い分けている説、投影魔法に細工がしてある説など色々なものが挙がったが……。

 とりあえず、隊長さんの話が一区切りつきそうなので。


「「「保留で」」」

「――と思うわけで……あ? 保留?」

「いえいえ」

「お気になさらず」

「なんなんだ、一体……」


 首を(かし)げつつも、部下に紙とペンを用意させるアウラ隊長。

 それを人数分、お茶と同じように俺たちの前に置く。


「……まあいい。ここに名前と、姓があればそれも書くように。読み書きのできない者は申し出ろ。代筆してやる」

「へーい」

「……反省の色が見られないようなら、扱いを変えるが?」

「はーい。すみませんでしたー」


 緩い返事で(しか)られたシエスタちゃんほどではないが、ここまでの会話で俺たちの警戒心はかなり薄れていた。

 理由は、明らかにこの人が「いい人」……もとい「いい魔族」そうだからだ。

 言動の端々にそれが表れている。

 魔王ちゃんの謎は一時置くとして、これ以上の悪印象を隊長さんに持たれないよう、素直に従うことにしよう。


「あの、ところで俺たちの罪は……?」

「騒乱罪で極刑だな」

「え?」

「そんなー。騒いでいたのはユーミル先輩だけですよ? 騒乱罪はないでしょー。ユーミル先輩だけ置いていくので、私たちは解放してほしいです」

「シエスタ、お前は事あるごとに私を差し出そうとするな? そういうのはどこぞの意地の悪い妹だけで間に合っているのだが!」

「さて、誰のことでしょうね? 私もシエスタさんの意見に全面的に賛成ですが」

「今すぐ鏡を見てこい!」


 隙あらば雑談という俺たちの態度だが、隊長さんは慣れてしまったのだろう。

 特に注意することもなく、そのまま話を進める。


「冗談だ。厳重注意……という名のありがたーいお説教だけで勘弁してやる」

「あ、ありがとうございます?」


 治安、法を守る人間の態度としては甘いようにも思えるが……。

 きっと、それが許される環境なのだろう。

 落ち着いたら、街をゆっくりと見て回りたいものだ。


「ふん……話は変わるが。お前たち、誰に連れられて魔界に来た?」

「と、おっしゃると?」

「解放してやってもいいが、その前に身元を引き受ける者を確認しておきたい。なにをするかわからない者たちを、ただ野放しにはできないからな」


 日本の警察みたいだな……などと思いつつも。

 答えに(きゅう)した俺たちは、互いの顔を見合った。

 魔界に来たばかりの俺たちに、そんな親密な魔族は……。


「? 人間界に散っている、魔界の者に繋ぎを取ったのではないのか? 過去にも数人の人間が魔界を訪れた過去があるが、全て魔族の手引きあってこそだ」

「い、いやー、あのー」


 隊長さんが俺のほうをロックオンしつつ質問を続ける。

 これは、さっき代表して答えたせいだろう。面倒な。


「さあ、答えろ」

「い、いえ。俺たちは地下大冥宮にあったオーブを使って、自力でゲートを開きましたけど」

「は!?」


 先程、人間界の事情に明るいというところを見せられたので、俺は事実を包み隠さずに伝えた。

 だが、隊長の目を見開いた表情からして失敗だった可能性を感じ取る。

 周囲に立つ部下たちの空気も不穏なものになった。まずかったか?


「……やはりお前たち、ここで待っていろ」

「え!? あの」

「私が直接出向いて、上に報告してくる」

「ちょ!?」

「動くな!」


 ここに来て変わる風向きに、慌てて立つも椅子に抑え付けられる。

 そこまで荒い手つきではなかったが、これまでにない厳しい対応だ。


「さすがに看過できない。なぜなら、その経路を使って魔界に()()した者たちは……」

「む!? まさか、なにか変な呪いにでもかかっているのか!?」


 しかし、どうも慌てているのは俺だけのようで……。

 ユーミルと、特にヒナ鳥の三人は暢気に話を続ける。

 というか、なぜに呪い? なにか他のゲームの影響だろうか?


「私、今すごい眠気があるから、眠くなる呪いじゃないですか?」

「だがシエスタ、私は眠くないぞ!?」

「それは呪いじゃなくて、いつものことじゃないの……」

「あ、だったら! だったら! 寝癖が直らなくなる呪いとか、怖いと思う!」

「リコまで、また脈絡のないことを……」

「あー。それは女子にとって死活問題だねー」

「でも、シーちゃんは寝癖のまま学校に来る時、あるよね? ね、サイちゃん」

「そうね。私が朝ブラッシングするパターン、多いもの」

「だって、綺麗な状態を見せたい相手が学校にはいないしー。休み時間にはちゃんとしてくれているじゃん? サイが。さすがに夕方ころには自分でチェックするし。だから、別にいいかなーって」

「いいのか?」

「よくないです。普段からきちんとしなさいよ。そういうものじゃないでしょう? 身だしなみっていうものは。大体――」

「黙れ! 貴様ら!」


 全く変わらないペースに、隊長がついに声を荒げる。

 ゲート解放のなにがまずかったのかは不明だが、どうも魔族にとって事態は深刻なもののようだ。


「……もう一度訊くが、本当に魔族の知り合いはいないのか? 貴様たちの話、(にわ)かには信じがたい。可能であれば同族の目から見て、貴様たちが普段どんな行動を取り得る者たちなのか教えてほしいところなのだが」


 重ねての確認に、俺はやや希薄と思われる関係性に(すが)ることにした。

 古い古い、念のためにと倉庫から持ち出してきた……それこそ、サービス初期に得たアイテムを懐から取り出す。

 品のいい装飾があしらわれ、(ろう)で閉じられていた封筒を隊長に。


「じゃ、じゃあ、この手紙の送り主とか、どうでしょう?」

「なんだ、いるではないか。なんという名の魔族だ?」

「……サマエル」

「……は? 私の聞き間違いか? 今、サマエルと聞こえた気がしたが」

「聞き間違いじゃないです。俺はサマエルと言いました」

「……どこのサマエルだ?」

「ま、魔王――さまの側近の、サマエルです……」


 一秒、二秒、三秒。

 たっぷり十秒ほどの間を置いてから、アウラ隊長は最大級の(いぶか)しみを込めた表情で――


「はぁぁ?」


 ――と、声を放った。

 そりゃあ、そういう反応になるよな……。

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― 新着の感想 ―
[一言] サマエルさんが魔王ちゃんの本体の可能性(笑)
[気になる点] 「綺麗な状態を見せたい相手が学校にはいないしー」って言ってるけど、「学校には」ってことは……
[気になる点] てことはもしかしてユーミルの勇者のオーラは魔王ちゃんとの繋がりを示す証拠になる…?
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