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魔都・ディノア

「うおおおぉぉぉ!」


 ユーミルが走る。

 継承スキルを求めてひた走る。


「おおおぉぉぉ!」


 初めて入場した魔界の首都・ディノアを走る、走る。

 目に新鮮な、闇夜の街の景色を半ば無視して駆け回る。


「おおおぉぉぉ……」


 あ、ついにユーミルの姿が見えなくなった。

 声も――聞こえない程ではないが、遠くなる。

 簡易マップで位置は丸分かりだが、短い時間でえらい遠くまで行くな。足が速い。


「……放っておいて、よろしいんですの?」


 ヘルシャが呆れの混ざった声音で()いてくる。

 それに対し、俺は肩を(すく)めつつ応えた。


「いいんだよ。どうせ――」


 と、そこまで言って言葉を切る。

 すると、遠ざかっていた声が近づいてきた。

 ユーミルは町の外周沿いをぐるっと回ってきそうなので、こちらは動かずに待つ。


「……ぉぉぉぉおおおおお! 魔王はどこだぁぁぁ!」


 闇夜に銀の光を波打たせつつ、パーティリーダーが帰還。

 この広大な都市内の長い距離を駆け回った割に、短時間で戻ってきたのは驚嘆(きょうたん)に値するが……。

 仲間を置いて一人でいくやつがあるか。

 戻ってきたユーミルを一瞥(いちべつ)してから、ヘルシャに向き直る。


「――どこに魔王ちゃんがいるのかなんて、知らないんだから」


 そもそも先走りようがないのである。

 現に、トビなどは鼻息を荒くしつつもこの場に留まっている。

 ヘルシャとリィズは、(かが)んで呼吸を整えるユーミルを揃って冷たい目で見下ろした。


「完っ全に無駄な走りですわ……」

「全くです」


 そんな視線を受け流しつつ、俺に向かって寄ってくるユーミル。

 仕方ないので、背中をさすって介抱してやる。


「はぁ、ふぅ……しかしだな? 普通は、魔王城がどーんと中央に建っているものではないのか?」

「きちんと魔族なりの生活圏と町が設定されている時点で、そのお約束からは外れていると思うんだけど」


 ユーミルの言葉を受けて街の中央に目をやるも、そこには尖塔(せんとう)のようなものがあるだけだ。

 首都のシンボルマークではあるのだろうが、とても人が居住できるような構造には見えない。

 もちろん、あれが城ということはないだろう。

 よって、あそこに魔王はいないと思われる。


「むぅ。魔王城というと、断崖の上にそびえ立つイメージあるのだが。そこに繋がる橋か、あるいは飛竜などで乗り込むのが定番!」

「よく考えたら、最悪の立地だけどな。それって……」


 防御を中心に考えた、砦に近い城と考えるならありだが……。

 統治という面で考えると、アクセスが最悪だ。不便極まりない。

 ラストダンジョンを兼ねる都合からか、古いゲームの魔王城は辺鄙(へんぴ)なところに配置されることが多い。


「お前、もしかして崖を探して走り回っていたのか?」

「いや、さすがに私もそこまで馬鹿じゃない。一応、あの塔の近くにも行ったし。他には大通りに沿って走って、その先に城がないか――」

「え? 大通りであの痴態(ちたい)を演じたのか?」

「――痴態言うな! って、なにかまずかったのか?」

「ああ、いや……」


 なにもなかったのなら、それでいいのだが。

 わざわざ当て推量で不安を(あお)ることもないだろう。

 町への入場が容易だったことから考えて、自治が行き届いている雰囲気が懸念材料ではあるが。


「はぁー……夜景の街、夜の街って感じですよね。綺麗……」

「うん。街灯の配置とか、かなり景観に力を入れているみたい。高台から見渡してみたいよね」

「それは素敵ですね! あの塔、登れないのかな……?」


 こちらで間の抜けた話をしている一方で、サイネリアちゃんとセレーネさんは景色についての会話をしている。

 途中からリコリスちゃんとシエスタちゃん、カームさんも加わり……。

 ああ、年頃の女子らしい会話だなぁ。

 どうしてこう、グループ内で差が大きいのだろう?


「ぐへへ……今行くよ、魔王ちゃん……じゅるり」


 などと思っていたら、こちらにも温度差がひどいやつが。

 というか、この一帯でトビの周囲の空気だけ(よど)んで見える。

 近くを通りかかった魔族が驚き、大きく距離を取るほどの圧倒的な負のオーラである。


「うわ、こわ」

「これは引くな」

「ええ。引きますね」


 トビがおかしいのは今更の話ではあるが、魔王ちゃんに近づくにつれて顕著(けんちょ)になっている。

 しきりに鼻を鳴らしているが、まさか匂いでも探っているのか?

 犬か、お前は。

 そもそも知らないだろう? 魔王ちゃんの匂いなんて。


「でておいでぇぇぇ、魔王ちゃぁぁぁん……」

「いや、いないって。そんなところには……」


 近くにあった、民家の掃除道具箱を空けるトビ。

 開けた拍子に飛び出した(ほうき)に頭を打たれるが、意に介さず不気味な笑みを浮かべたままである。

 ダメだこいつ。


「で、でも、師匠。お城のようなわかりやすい目印が見当たらない以上、どこを探したらいいのでしょうね?」


 乱れた場の空気を取りなすように、とてとてと歩みよってきたワルターが俺を見上げる。

 お前は気が利く優しいやつだよ、本当に。


「そうだなぁ。まずは定番の、情報収集からはじめて――」


 この場所は大通りから少し外れた、住宅街にあたる区画のようだ。

 まずは先程、ユーミルが突っ走っていった大通りに出て……。


「あ、あの人です!」

「――うん?」


 その時だった。

 視線を向けた大通りのほうから、数人の魔族たちがこちら目がけて移動してきたのは。

 しかもなにやら、その中の一人がユーミルのほうを指差している。


「あの人間が、魔王はどこだと叫びながら街中(まちなか)を……」

「あ」


 その声に、俺たちは動揺して足を止めた。

 もっとも、とっさに逃げられたとしてそれが正解だったかどうかは不明だが。


「人間……」

「人族……やっぱり……」

「初めて見た。へえー」

「でも、あの褐色肌の……」

「魔力の波長からして、人間だろう? まさか、混ざりものか?」


 場所の都合で数は多くないが、通行人がひそひそとそんな会話を交わす。

 ああ、やっぱり目立っていたんだな、俺たち。


「怪しいやつらめ! こっちに来い!」

「ああー……」


 どうやら、不安が的中してしまったようだ。

 人の出入りが多い割に治安がいいということは、住民による通報体制がしっかりしていて……。

 しかも、治安維持組織がしっかり働いているという証拠である。

 いかにもといった、武装した魔族たちがこちらを取り囲んで(すご)む。


「は、ハインド殿! なんとかならないのでござるか! こう……(そで)(した)とか!」

「やってもいいけど……それが通じる相手かどうか、わからないし……」

「あーれー……連れていくなら、どうかユーミル先輩だけにー」

「シーちゃん!? これ幸いとユーミル先輩を切り捨てようとしないで!」

「騒ぐな、貴様ら! 黙って歩け!」


 そして、あっという間に拘束されたのだった。

 こうなった以上、逆らわないのが状況的にもゲームシステム的にもベターである。

 ゲームである以上、ずっと拘束されっぱなしということは起こらないだろう。

 ……なにかしらのペナルティは覚悟しなければならないかもだが。


「あなたのせいですわよ! 無駄どころか、マイナスの行動だったではありませんの!」

「むぅ……私は!」


 突然の大声に、ユーミルを責めていたヘルシャが一瞬鼻白(はなじろ)む。


「な、なんですの?」

「私は! 謝罪もできないような、無様な大人になる気はない! だから言っておこう! みんな、聴け!」


 ユーミルは姿勢を正すと、キリッと引き締まった顔つきで周囲を()めつける。

 その気勢に、こちらを囲む治安維持部隊の魔族さえも、動きを止めてユーミルに注目した。

 そして――。


「……ごめんなさぁぁぁい!」


 全身全霊、渾身の謝罪が炸裂した。

 呆気に取られる通報者、野次馬、更には警邏(けいら)の魔族たち。


「お手本のような謝罪姿勢……さすがです、ユーミル先輩!」

清々(すがすが)しくも、美しいですね」

「勢いに(だま)されないでください。謝れば全て済む、というわけではありませんよ」

「おバカな叫びを上げながら、走り回ったことには変わりありませんもんねー……」

「本当ですわ! このお馬鹿!」


 リコリスちゃんにカームさん、リィズ、それからシエスタちゃんとヘルシャが口々に頭を下げるユーミルに意見する。

 今の立場と状況を(わきま)えない物言いに、魔族たちは口を開けたままだったが……。


「た、隊長……」

「あの、隊長!」


 順次、我に返ったようで、ユーミルを拘束していた魔族……隊長と呼ばれている魔族に、次々に声をかける。

 気の毒なことに、最も近くで見ていたせいか、その女性魔族は長時間のフリーズを()いられていたが……。


「あっ……だ、黙れと言っている! 口の減らないやつらめ!」


 部下の呼びかけを受けてようやく本分を思い出すと、ユーミルの肩を押すようして移送をはじめた。

 そんなわけで、満を持して魔都に入った俺たちは……。

 残念ながら初手・連行という()()()うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 警邏隊の一員が流され掛けてて草
[一言] ……これはトビのことどうこう言えないぞ……うん。 いい加減に首輪に綱つけてない飼い主が悪いw
[一言] 案外魔王ちゃんに会える近道になるのかも?
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