宣戦布告
「セントラルゲームズのTB動画で言っていたこと、ハインド殿は憶えているでござるか?」
セントラルゲームズというのは、メディウスたちプロゲーマーグループの投稿者名……チャンネルネームである。
丘を下りながらの会話に、俺は腕を組んで小さく唸った。
「言っていたことって……範囲が広すぎて絞れないぞ」
「ええと、最初のほうの動画で言っていた、TBでの大目的。これができたらクリア! みたいな」
「ああ、ランカー殲滅宣言のあれな」
トビが憶えているかと訊いたのは、メディウスたちが戦闘系イベントで優勝する! と、動画内で発表していた際のものを指していたようだ。
俺たちのやり取りを聞いて、リコリスちゃんが小首を傾げる。
「え? そんなに過激なこと、言っていましたっけ?」
「違うよ、リコー。先輩が言いたいのはね? 直接の発言ではないけど、あー……」
シエスタちゃんがリコリスちゃんの疑問に対し、スムーズに答え始めた。
かと思われたのだが……不意に遠い目をすると、そのまま視線を巡らせてサイネリアちゃんを見る。
「……サイ」
「……はぁ。まったく」
さては面倒になったな?
サイネリアちゃんはそんな態度にも慣れたもので、即座にバトンタッチ。
リコリスちゃんに向き直る。
「いい、リコ? あの人たちは、イベントでトップを取るって宣言したわよね?」
「うん。サービス開始からゲームをやっている人たちじゃないのに、すごいよね!」
リコリスちゃんは無邪気にメディウスたちを褒め称える。
シエスタちゃんが小さな溜め息の後にあくびをする一方、サイネリアちゃんは表情を変えない。
根気よく言葉を重ねていく。
「……よく考えて。ランカーの――今の私たちの立場で考えてみて」
「?」
噛んで聞かせるように、あるいは子どもに言い聞かせるように。
結論を急がず、リコリスちゃんの想像力に働きかけるが……。
「???」
思うに、頭が悪いわけではなく、無邪気な性格のせいだろう。
リコリスちゃんの頭上に浮かぶ疑問符は消えることなく、むしろその数を増した。
さすがにこれには降参とばかりに、サイネリアちゃんの顔にも苦笑が浮かぶ。
「ええと……リコ。中途参加でトップを取るっていう宣言はね? 既存のランカーを全て蹴散らします、ごぼう抜きします――って言っているのと同じことなのよ」
そして、ここで答え合わせ。
他人からの敵意に鈍いリコリスちゃんでも、ようやく理解した。
「……ああっ!?」
「おおっ!?」
……なにか、理解の声が一人分多かった気がするが。
ともかく、サイネリアちゃんはそういうことだと大きくうなずいた。
「……だから、ハインド先輩が言ったようになるのよ。実質、ランカー殲滅宣言だって」
サイネリアちゃんから会話の主導権をお返しします、といった視線。
ありがとう、サイネリアちゃん。
動きを止めていた俺たちは、それを受けて会話を再開した。
「で、トビ。続きは?」
「あ、ああ、うん。今の話の通り、実質敵対宣言だったけど。別にいいよな? 構わないよな? っていう確認が一つ。まあ、そこは俺もゲーマーだし」
つまり、わざわざトビに筋を通しに来たと。
なんて律儀な。
と同時に、メディウスがトビをどの程度大事に思っているかがわかる。
「他には? なにか言っていたか?」
「ちょっと遠回りになるけど、前提になる話をしていい?」
「いいぞ」
移動時間は――まあ、長くはないがそこそこある。
まだ馬のところまで戻れていないし、丘後方にあった森を抜けていない段階だ。
先程までいた丘は隠れ素材ポイントだけあって、そこに至る通り道は……。
「危なぁぁぁいっ!?」
「危ないのはお前だぁぁぁ!」
鬱蒼としていて、速度が出ない。
焦ると、ユーミルのように足を取られることになる。
転ばなかったのは結構だが、人に思い切りしがみついてくるのはどうなんだ?
「このっ……まったく、気をつけろよ。そそっかしいな」
「むぅ……すまない、ハインド」
本日二度目ということもあり、どうにか巻き込まれずに支え切れた。
せっかくの運動神経も、こう注意力散漫では意味がない。
「……それで、ハインド殿。メディウスたちは、ゲームによってヒール役になるかベビーフェイス……ヒーロー役になるか、なんとなく決めるそうなのでござるが」
「へえ?」
トビの話によると、決める基準はまずゲーム内の空気。
これは荒れているか、そうではないか。
和やかなのか、対戦重視でピリピリしているかどうかが重点だそうで。
次に人気のあるプレイヤー、実況者がどういった系統の人間か。
これらの要素を分析し、自分たちの立ち位置を決める……とのこと。
「メディウス曰く、最も怖いのは無関心だそうでござるよ? アンチが増えすぎるのはよくないものの、全くいない状態も問題があると。固定のファンばかりに囲まれて、内容が硬直化しないように。動画の味が薄まっていないかどうか、アンチの数とその発言内容で計っているそうで」
「水清ければ魚棲まず、ってやつか?」
「そんな感じでござるな。多分」
それは「アンチの数をコントロールできる」と言っているに等しいが……。
トビの話を聞く限り、できちゃうんだろうなぁ。メディウスには。
そしてこの話なのだが……ヘルシャが殊の外、興味深そうに聴いているのがなんだか面白い。
「そう考えると、TBでは……微妙だな? ランカーに喧嘩を売りつつも、今回はPKの掃討に出ているし。継承スキルの都合もあるんだろうけど、視聴者は混乱するだろ」
「ブレが出ているでござるな? 徹しきれていないというか」
「だな。どうしたんだ?」
「最初の宣言を出した時点で、想像以上にゲーム内でのアンチが増えて……それで、軌道修正した結果だそうで」
「ほう?」
ゲーム内でのアンチということは、そこまで致命的ではないのだろうけれど。
動画のコメント欄はそんなに荒れていなかった印象だし。
「その、思ったよりもアンチが増えすぎた原因……メディウスは、拙者たちにあるって言うのでござるよ」
「お?」
つまり、メディウスたちが敵対を表明したランカー勢の人気・支持が思ったよりもあったらしい。
きちんとプレイヤースキルを備えた美女・美少女ゲーマーがここまで揃っているのは珍しく、男性陣は――まあ、一部の突き抜けた者を除くとそこそこ。
この場にいる女性陣全員……とワルターは、もれなく人気があるからなぁ。
掲示板を覗くと、関係ないスレでも結構な頻度で名を見かける。
それなりの反発を予想していたが、どうもメディウスの想定以上のものだったらしい。
「俺たち――っていうか、ユーミルたちに限らず、他にも人気ランカーは多数いると思うけど……それで?」
「今回は、どちらかというとヒール役寄りで立ち回って……お前たちを特に念入りに叩き潰すかもしれないけど、それでもいいよな? って。笑顔で」
「はぁ!? よくねえよ!」
「拙者も全く同じ台詞を言い返したでござるが……軽く受け流されたでござるよ」
「受け流されちゃいましたか……」
「然り。あー、怖い怖い。そういうやつなのでござるよ、昔から」
メディウスはプロゲーマーらしく、実力で黙らせる方針に決めたようだ。
これ以上の中途半端は、余計にアンチを生み出す結果に繋がる場合がある。
その判断はきっと正しい。
正しいのだが……標的にされるほうはたまったものではない。
「興味深いお話でしたが……聞くにわたくしたち、シリウスのことは無視ですのね? へえ……」
「いい度胸をしていますね。よほど潰されたいようで」
「こっちのほうが百倍怖い!?」
「火が点くの、ものすげえ早いな……」
へルシャとリィズはもう臨戦態勢だ。
そりゃ、挑発されて黙っているような性格じゃないよな。知ってた。
「……って、そ、そんなわけで……宣戦布告を受けたってことになるのかなと」
「な、なるほど、そうか。とにかく、話は分かった。で、それはそれとして」
やっと馬を係留させておいた場所に着いた。
この距離を短時間で移動してきたメディウスは、人数差を考慮しても、やはり少しおかしい。
「継承スキルのお預けに、偵察して見せられた無双状態。その上、こんな話を聞かされたら――」
「うおぉぉぉぉ! 燃えてきたぁぁぁ!」
「わっ!? び、びっくりした……」
驚くセレーネさんの横で、気合の叫びを上げるユーミル。
リコリスちゃんが呼応して続き、ついでに乗馬であるグラドターク一号が嘶く。
うーん。にぎやかというか、うるさいというか。
「――こうなるよな。ユーミルなら」
「は、はは。みんな、頼もしいでござるなぁ……あ、いや、拙者も継承スキルは楽しみでござるよ? それ以上に、魔王ちゃんに早く会いた――」
「はいはい」
「ハインド殿! ちゃんと聞いて!? 魔王ちゃんに関する話は、メディウスの話よりもずっとずっと大事でござるよ!? ここ重要! って、赤線が拙者の脳内ノートにいっぱい引いてあるからね!?」
「その発言は大分問題ある気がするが……」
宣戦布告を受けた以上、戦力の増強は急務だ。
馬に乗り込んだ俺たちは、継承スキルを求めて魔界へと急いだ。