丘上の対面
「カイト……いや、トビ」
律儀に言い直し、返答を待つ男性。
呼び方の時点で分かっていたが、振り返ってその姿を視界に収めると……。
そこにいたのは、静かで落ち着いた空気を持った――ああ、やっぱりメディウスだ。
「もう無理だろ。隠れんな」
息を殺し、マントを使い地面と一体化するトビに出てくるよう声をかける。
ご丁寧に、種類の違うカモフラージュマントを装備し直している。
こちらは近くや上から見て、地面と一体化するデザインのマントだ。
「トビ?」
「……」
ずりっ、ずりずり。草の生えた地面が動く。
そのまま俺の足元、背後へと回る。
場の全員が黙って注視していると、俺の足をつかんで恐る恐る顔を出す。
「隠れんなっての! 人見知りの子どもか!」
「!」
声にびくりと大きな動きを見せたのは、なぜかセレーネさんである。
いや、セレーネさんに同じ動きをされても怒りませんが……。
トビの「なんとなく気まずい」という状態は、今更どうこうできるものではない。
こうなれば顔を出して、直接話すことでしか解消できないだろう。
そして避け続けるよりもきっと、そのほうが楽なはずだ。
「あ、あのでござるな、メディウス……」
カモフラージュマントを外し、俺の背から顔を出すトビ。
メディウスはトビの言葉を手振りで遮ると、俺たち全員の顔を順番に見回した。
「突然すまない。トビを、少し借りていっていいだろうか? 勧誘や、引き抜きなどではないんだ。顔を合わせて話をしたいだけで……許可をくれないか?」
そう言って、頭を下げるメディウス。
顔を合わせて、かぁ。
仮想空間で対面することを、そう表現する人も増えたよなぁ。
実際現実で会っているのと、感覚としては一緒――って、今はそんなことはいいか。
思考を中断してメディウスと目を合わせ、返事をする。
「ああ。いいよ」
「うむ。勝手に持っていけ!」
「ご自由に」
「あ、えと……ど、どうぞ」
と、これは渡り鳥の面々による言葉。
初めて会うメンバーも、メディウスの礼儀正しい様子に悪くない感情を抱いたようだ。
内面がどうなのかは知らないが、外面は完璧な好青年だよなぁ。
トビの話によると、これは素ではなく作られたものらしく……それが本当なら、相手に与える印象をコントロールしきっている感がある。
「行ってらっしゃいです、トビ先輩!」
「その……お気をつけて?」
「やれ、やるんだー。チャンスがあったらやるんだー」
続いて、ヒナ鳥三人の言葉。
一部暗殺? 闇討ち? をほのめかしている者がいるが、特に引き留める声はなし。
トビのPK堕ち、待ったなしである。
「ええ。お好きになさって」
「ぼ、ボクらにどうこう言う権利は……」
「はい。ございませんので」
最後に、主従がそう応える。
あまりにスムーズな全員からの返答を受け、メディウスが一瞬だけ呆気に取られたような表情に。
しかし、即座に立て直してトビに向き直る。
「……好かれているな、トビ」
「皮肉にしか聞こえないんだけど!?」
そして、トビとメディウスは丘上のやや離れた位置へ。
俺たちから見える範囲・聞き耳を立てれば会話が聞こえる位置にいるのは、メディウスの気遣いだろうか?
そこまでしなくてもいいと思うのだが、凡事徹底が彼の基本姿勢のようだ。
「随分と、大人びた雰囲気の人ですね……」
こちらとしては、あえて会話を探るような真似はしない。
しないが、メディウスの印象について好き勝手に語り合う。
陰口を言う気はないので、特に声量は抑えない。
本人に聞こえても構わない内容以外は、話さないつもりだ。
「おっ、ワルターはああいう男になりたいのか?」
「憧れはあります。できる男! っていう感じで。ボクの目標はあくまで師匠ですけど」
と、これはワルターとユーミルの間でのやり取りだ。
ぎこちなさがなくなっている辺り、しっかりコミュニケーションは取れたらしい。
トビとメディウスのほうも、上手くいっているといいのだが。
「確かに、あいつは社会人って感じがするな。俺たちと同年代なのに」
「ええ。まだ家に守られている、半人前のわたくしとは違うように思えますわ」
わずかな嫉妬をにじませながら、ヘルシャが俺の言葉に同意する。
それだけ己を客観視できている時点で、十二分に立派だと個人的には思うのだが。
「私は最初、ハインド先輩に少し似ているかな? なんて思いました! 最初だけですが!」
「俺に?」
どの辺りがだろう?
リコリスちゃんの言葉はユーミル並に感覚的なものなので、理由を訊いても答えは返ってこないだろうなぁ……。
そう思って頭を掻いていると、シエスタちゃんが顔をじっと見てくる。
「言われてみればー……ぱっと見はあの人、先輩に雰囲気が似ている気がするかも。でも……」
「?」
シエスタちゃんにしては珍しく、自分から移動してぐるぐると周囲を回る。
首の角度を変え、背伸びし、屈み……って、そんなに見られると照れるのだが。
リィズが首根っこをつかんだところで、シエスタちゃんは結論を出した。
「あー……やっぱり、そこまで似ていませんね。リコの言う通り」
「なんだそりゃ」
シエスタちゃんの言葉に、誰ともなくうなずくような動きが広がる。
本人的には、いまひとつ分からない流れだ。
「……それにしても、この場所。あっさり見つかりましたわね?」
丘の下の様子、トビたちの背を交互に見ながらヘルシャがつぶやいた。
下の平原からこの丘上まではそれなりに時間がかかるので、早期にメディウスは俺たちの姿を認めたことになる。
道中のフィールドボスは……討伐済みだったのだろうな、おそらくは。
「自信あったんだけどな、この場所」
丘はぽつんと一つだけあるわけでなく、フィールド内に全部で同規模の地形が三つは存在している。
その中でプレイヤーが侵入可能な丘はここに限られるが、それを知っている者は極僅かだ。
プロゲーマーとはいえプレイ歴の浅いメディウスがそれを知っていたのか……。
はたまた、トビが言ったように視界にとらえた人物を的確に識別する能力故か。
答えはメディウス本人に訊かない限り出ないだろう。
「あいつら、どんな話をしているのだろうな?」
「さてな……あ、PKたちが」
ユーミルに応えたところで、眼下の状況に変化が。
目を離している間に大きく減っていたPKたちが、数えられる程度まで減り……。
残った数人が戦意を喪失して敗走、最後に特攻した者たちも程なくして町へと送還。
戦いはメディウス陣営の圧倒的な勝利で決着した。
「全滅しましたねー……」
「あっけない……」
「……あれ?」
リコリスちゃんが疑問の声を上げる。
PKたちは敗れたが、ギャラリーが散っていかない。
何事かの呼びかけを受けて、列を作っている。
「さ、サイちゃん?」
「う、うん。なんか、決闘をはじめた……の、かな?」
様子を見守っていると、また戦いが再開される。
ただし今度は行儀よく、順番を守って戦っている。
負けた相手も町に戻されていかず、戦闘中は第三者が介入不可能な戦闘フィールドが形成されている。
つまりサイネリアちゃんの言う通り、これは決闘だ。
「ギャラリーと決闘……サービス精神旺盛だな……」
「俺たちを気に入ってくれたら、動画も見てね! 的なー? 宣伝マシマシ?」
「多分、そんなところだろうね」
シエスタちゃんが俺にもたれながら、彼らの意図を推察する。
隠れる必要がほとんどなくなったからって……俺は杖でも、つっかえ棒でもないんだが。
「あー、でも……」
「いい勝負にすらなりませんねー」
「ああ。ならないね」
背中からの声に応じつつ、PKたちとそう変わらない速度で負けるギャラリーたちを眺める。
稀に善戦するプレイヤーもいるが、シエスタちゃんの言う通り。
戦闘時間が少々長い程度で、メディウス一派が負ける兆しは一向に見られない。
「ランカーは? あの中に、ランカークラスのプレイヤーはいないのか!? このまま終わったのでは、つまらんぞ!」
「ランカーだったら――げふっ!?」
体当たりするような勢いで近づいてくるユーミルを見て、シエスタちゃんがすっと離れる。
するようなというか、実際にタックルされた。
もつれるように倒れたので、背中を軽く打った。痛い。
「す、すまん! 勢いあまった!」
「げほっ……はぁ。ランカーなら……今ごろはみんな、継承スキル獲得に奔走していると思うぞ」
俺たち以外は、だが。
もう何度も何度も語っていることだ。
もしあの場に誰かいたとしても、未来のライバルに手の内を晒すような真似はしないと思われる。
支え合うようにして立ち上がると、ユーミルが崖に背を向ける。
「もう偵察は充分だろう! 戻るぞ、ハインド! みんな!」
「待て。まだトビが……」
魔界に戻るぞ、などと口走らなかったのはユーミルにしては上出来だが。
もしメディウスに聞かれたら大変だ。
ユーミルを制してトビの姿を探すと、一人でこちらに戻ってくるところだった。
そのフラットな表情を見るに、悪い会話内容ではなかった様子。
「帰ったでござるよー。いやぁ、隠れていた意味がなかった……ああいう目敏いところは変わってないなぁ、あいつ」
「おお、トビ。メディウスは?」
「あっち」
メディウスは丘から崖下に――ではなく、森のほうから戻るようだった。
トビが示すほうを確認すると、既に遠ざかりつつある背中が見えた。
どうやら、この場所がギャラリーに露見しないようにしてくれるらしい。
ううむ、できる男だ。
ショートカットを使って戻ると、どうしたって目立つものな。
渦中の人物だけに、注目も集まるだろうし。
「で、なんの話をしていたんだ?」
「うーん……」
「話せない内容なら、無理には聞かないけど」
「ああ、いや、そんなことはなくてでござるな。どう話したらいいか……」
トビは腕組みをして考え込んでいたが……。
焦った様子で足踏みするユーミルを視界に捉えて、ビクッと震えた。
いや、それ怒っているんじゃないから。びびらなくていい。
「……な、なんか、宣戦布告? みたいなものを受けて……」
「へ?」
少しの間を置いてトビの口から出たのは、想像以上に攻撃的な単語だった。