ワースト10の不在
戦況は一方的だった。
プロゲーマーであるメディウス一派の連携・個人技が高度ということもあるのだが……。
対するPKの側に連携もへったくれもない、焦ったPK同士が相打ちしている――といったことも手伝い、数の差が全く活きていない。
「千切っては投げ、千切っては投げ……だなぁ」
「すごく強いですね! びっくりです!」
「しかし、PKどもは無策で直線的に突っ込んでいきますね……あの人たち、頭ユーミルさんなのでしょうか?」
「そこは、止まると後ろから撃たれる――という事情も手伝っているようですわね。なんて野蛮な……」
「すごー。見る見るうちに、ヒャッハー! とか叫んでいたPKたちが目減りしていきますねー……」
メディウス一派の五人が、あまりにも強い。
そして集まったPKたちがあまりにも弱い。
いっそ、不自然なほどに。
「ハインド殿。ワースト10は……」
「いないように見えるな」
賞金首の賞金上位10名、通称ワースト10。
多数の罪を重ねるだけでなく、高い決闘ランクを保持する者だけがそこに名を連ねる。
ゲーム内における悪の象徴にして、実質PKのトップ層であるそいつらなのだが……。
どうにも、どれだけ目を凝らしてみても姿が見えない。
「こう弱い相手ばかりでは、彼らの正確な実力が測れませんね。役立たずが……」
「リィズ殿、辛辣ぅーっ!」
「おい、トビ。そんなに叫んでいいのか? 目立つぞ」
「はっ!?」
話すうち、マントが取れかけた上に前のめりになっていたトビ。
俺の指摘を受け、慌てて居住まいを正す。
もっとも下の騒ぎを見る限り、こちらを気にする人はいないと思うが。
「……しかしリィズ殿の言うことも、もっともでござるな?」
今度は声量を大幅に絞った上で、トビが問いかけてくる。
下は怒号と悲鳴、ギャラリーの笑い声や野次で溢れかえっているが、丘の上は静かなので声は届きやすい。
「ああ。一応名目上、俺たちは偵察に来ているのだしな」
「ふむ……トビさん」
リィズが静かに呼びかける。
その声色に嫌な予感が走ったからか、やや言いよどみつつトビは返事をした。
「な、何用でござるか?」
「ここは一つ、変装でもしてPKに混ざって――」
「なんで!? 今まで拙者、なんのために隠れていたのでござるか!?」
「――冗談です」
さっきから誰かしらを崖下に行かせようとするな、リィズは。
もしかしたら、今の一方的な展開に退屈しているのだろうか?
俺がそんなことを考えていると、続けざまにこんなことを口にした。
「私たちと交戦経験のあるエルガーでも出張ってくれれば、話は簡単なのですが」
「あいつかぁ……」
その名を聞いた瞬間、複雑な感情が湧き上がる。
エルガーは過去、PKとの大きな戦いに発展した際に、俺たちを標的にしてきた高額賞金首だ。
あの時はヘルシャたちシリウスの組織力を借りて、撃退したんだよな。
正直、個の力としては俺たちの中の誰よりも強かった気がする。
「黒騎士・エルガーですか。あの男なら以前わたくしたちと戦った時に比べて、かなり格が上がっていますわよ」
「らしいな。賞金首ランク、今は5位だっけ?」
「前に戦った時は10位だったよね……」
と、ここでヘルシャ、セレーネさんからの補足情報。
エルガーは『黒騎士』という二つ名の獲得、そして賞金首としてのランクアップを果たしている。
ちなみに掲示板で黒騎士という名で荒らしをしていた人間とは無関係とのこと。紛らわしい。
そして、この間に引退・プレイを長期中断した賞金首ランカーはいない。
常時、金額が上積みされる上位ランキングの中で五人も抜くのは普通のことではない。
前よりも一層、危険な存在になっているな……個人的には是非とも、再会を避けたい相手だ。
「どうしていないのでしょうねー? 先輩」
「俺らがメディウスたちと同じことをすれば、間違いなく寄ってくるとは思うけど……」
「俺らっていうか、先輩が特別恨まれている気もしましたが」
「まあ……そうだね……」
後からあの戦闘のリプレイを見てみたら「ハインドォォォ!」と叫んでいた回数が非常に多かった。
しかも無駄に低くていい声だったものだから、迫力があって思い出すと割と怖い。
トラウマというほどではないが、エルガーに対しては若干の苦手意識が芽生えている気がする。
あれで高音のアニメ声とかだったら笑えるのだが……。
黙り込んだ俺を見て、シエスタちゃんは矛先を変えた。
「ありゃー……それじゃー、リコはどう思う?」
「うーん。正々堂々、一人で闇討ちするのがポリシーだからとか?」
「なるほどー。色んなところが滅茶苦茶に矛盾しているのは置いといてー。PK経験のあるトビ先輩は、どう思います?」
リコリスちゃんに話を振ってから、トビへ。
トビはカモフラージュマントを深めに被りつつ、視線を泳がせながら答えた。
「む、群れない俺、カッケーとか……? 流れに乗らないアウトロー気取りとか? そ、そういうのはあると思うでござる……よ?」
「なるほどー。へー。そうですかー」
にやにや、にまにまという表現がぴったりなシエスタちゃんの表情。
その顔のまま、特になにも言わずにトビに視線を注ぎ続ける。
過去の己に対する羞恥心で悶えるトビ。
やり過ぎと見たか、サイネリアちゃんがシエスタちゃんの頬をぶにゅっとつかんで黙らせる。
「もっ!?」
俺としては、トビが普段から人にしていることが返ってきているだけに思えるが。
サイネリアちゃんと目が合ったので、俺は軽く息を吸い込んでから口を開く。
「……エルガーは手下も抱えているタイプだったし、群れて戦うのが嫌ってこともないと思うんだけど」
「ふもおおお」
「そうでしたね。仲間……と呼んでいいのかわかりませんが、仲間の神官を捨て駒のように使っていました。孤高を気取るタイプではないように思えます」
「も。もー」
「シー、うるさい」
呻き声からして、それほど強い力でつかまれてはいない。じゃれ合いの範疇。
サイネリアちゃんの話で思い出したが、あのサクリファイス戦法はひどかったな……。
「あ、あれが金で雇った人間か、主義主張を同じくする者たちなのかは不明でござるが」
サイネリアちゃんがシエスタちゃんを抑えたことで、トビが復活。
気持ちを立て直すためか、矢継ぎ早に言葉を重ねていく。
「ヤツのスタンスは、和気藹々(わきあいあい)としているプレイヤーが嫌い! だから狩る! ……と、こういった感じでござったな? ハインド殿」
「多少ニュアンスは違うが、そういう類のことを言っていたな」
トビが言うよりも、もっとドス黒いなにかを感じはしたが……。
おおよその方向性は合っているはずだ。
「もひゅ……確かにー。仲良さげな動画の雰囲気からして、あの人たちはエルガーが嫌いなプレイヤーに該当する気がしますねー」
つかまれていた頬を解しながら、シエスタちゃんがつぶやいた。
モチのように柔らかい頬が、上下左右にぷにぷに動いて元の位置に戻る。
「で、ござろう? やつら、たっぷりリア充オーラあるし。だから、この場にいないのは結構不思議でござるなぁ。他のワースト10にも言えることでござるが」
「いい感じに分析できているじゃないか、トビ。やっぱりPK時代の自分と、ちょっとは重なる部分があるのか? エルガーとは、動機が近い気もするし」
「ちょっとだけでござるが。拙者、女連れでPK活動なんてチャラついたことはしなかったでござるし!」
「僻むな僻むな」
「あえて、あえて一人だったのでござるし! 本当でござるよ! 本当でござるからね!」
「わかった、わかったから」
トビが言っているのは、エルガーの相棒である弓術士のエーヌのことだろう。
それと、PKのみんながみんなリア充に恨みがあるわけではないと思うが、ここは黙っておく。
一応、PKたちが積極的に狩りたい相手――という傾向として間違っていないだろうから。
トビは一気に話を終えると、急に憂いを帯びた目で溜め息を吐いた。
なんだ? どうした?
「ふっ……今は仲間に囲まれて幸せな拙者も、一歩間違えればエルガーのようになっていたかもしれないでござるな……」
額に片手を添え、やれやれと左右に首を振るトビ。
そんなトビを見て、俺たちはほぼ同時に口を開いた。
「え? 甘ったれのお前が?」
「寂しんぼのトビさんが?」
「構ってちゃんのあなたが、ですの?」
「エルガーのようになるには、まず彼女を作らないとー」
「――拙者、今すぐPKに戻っちゃおうかなぁ! 崖から降りて、ヒャッハーしてこようかなぁ!」
怒涛のツッコミに、トビは装備していたカモフラージュマントを剥ぎ取って勢いよく飛び出そうとする。
そんなトビをセレーネさん、リコリスちゃんにサイネリアちゃんが必死に止めていると……。
「楽しそうだな、カイト」
「――!?」
トビに向けて、背後から予期せぬ第三者の声が響いた。