ムーンウェポンズ
「おっ……」
今にも同フィールドに存在できるプレイヤーが満員になる、その直前。
眼下の集団がざわつき、人の流れが変わる。
「来たか!」
現れたのは、遠目にも質がいいとわかる装備で身を固めた面々。
人数は全部で五……いや、六人か?
ただし戦うのは動画で宣言した通りの、五人フルメンバーの一パーティのようだ。
装備以外に所作にも隙がなく、進路上の邪魔な人並みが動きに合わせ割れていく。
圧倒的な強者の空気に、ギャラリーから上がっていた騒音の大半が消失した。
「!」
フィールド内が静かになったことで、さっと隠れるトビ。
早すぎるとも思うが、きっとメディウスを警戒してのことだろう。
位置関係は現在、メディウス一派の進行方向に対して俺たちがいる丘は斜め後方。
こちらを向けばわかるはずなので、そう警戒することも――
「!!」
――ないと思ったのだが。
一派の中の一人がこちらを指差したところで、さっと隠れるセレーネさん。
一拍遅れて、俺たちも後退して息を潜める。
「……気づかれましたの?」
「まさか。この距離だぞ? まして、あいつらの敵は目の前だぞ?」
自分は隠れる必要がないのに、付き合って隠れてくれているヘルシャ。
そんなヘルシャの声に応えつつ、恐る恐る丘の縁から顔を出す。
もちろん、丘の色に馴染むカモフラージュマントを装備してだ。
「………………」
そっと様子を窺うと、視線はこちらに向いていなかった。
それどころか、事態が想像以上に進行している。
「あっ、もう戦闘が始まっているぞ!?」
俺の声を受けて、他のメンバーがそろそろと顔を出す。
考えてみれば、PKとPKKが話すことなどそうないものな。
簡単な「約束事」の確認をした後は、こうなって当然である。
「そーいや、先輩。聞きそびれていたんですけど」
「なにかな? シエスタちゃん」
うおー! やったれやったれ! と盛り上がるユーミルの声を、横で聞きつつ。
人に寄りかかって楽をしようとするシエスタちゃんを避けつつ……なんだい、その不満そうな顔は。
質問の続きをどうぞ、と水を向ける。
「物見遊山気分のヤジウマーはともかく、どうやってPK連中を集めたんですかね? 挑発するだけで向かってくる人種も、そりゃあいるでしょーけど……それだけじゃ、こんなにたくさん集まりませんよね?」
「それは……お」
どう説明するべきか、とフィールド内を見回していると――メディウス一派の中で、一人だけ戦闘に参加していないメンバーを発見。
「あれ。あれ見て、シエスタちゃん」
壮麗な装飾の施された槍を支えに、不貞腐れたようなやる気のない姿勢で立つ長髪の少女。
職はアイコンからして、おそらく軽戦士。
周囲には明らかに彼女のものではなさそうな装備品が積まれ、それを守るように――といっても、他の四人がそもそもPKを近付かせていないのだが。
あの少女は、おそらく……。
「ぶっ……る、ルミちゃん……!」
「堪えろ、トビ。見つかるぞ」
やはり、ルミナスさんのようだ。
見覚えのある軽装に加え腰に二本の剣があったので、もしかしたらと思ったが。
トビは何がツボに入ったのか、噴き出すのを必死にこらえている。
「……とまあ、見ての通りでね?」
シエスタちゃん相手なら、これ以上の説明はいらないだろう。
あそこに固めておいてあるのは、いわば景品だ。
「なーる。俺たちに勝ったら、豪華な景品をあげるよって? なんですあれ、高級装備?」
思った通り、シエスタちゃんはすぐに理解の色を示した。
追加の質問に、俺はうなずくことで応じる。
「TB内の通貨で言うと……戦闘専の一般プレイヤーが、代金を普通に稼ごうとすると数ヶ月はかかるかな? それくらいの超が付く高級装備たちだね」
「うへぇ。それ、動画で言っていましたっけ?」
「TB内の全PKに呼びかける、っていうタイトルで別の短い動画を上げていたね」
「あー、そーですか」
ちなみに、通常のPKで行われる装備の奪取も成功すればそのまま可。
メディウス一派を全て倒せば、あの景品もそっくりいただいていいという話だ。
ついでに隙を見て景品を盗ってしまうのもありと……まあ、ルミナスさんの実力を知っている俺たちからすると、それは難しいと言わざるを得ないが。
そもそも、あれだけの人数で殺到しておきながら、たった四人の戦列を誰も崩せていない。
景品の近くまで辿りつけていない。
「ところでー……さっきからセッちゃん先輩が変な顔をしていますけど、なにか関係あるので?」
変な顔というか、恥ずかしそうに顔を覆って震えているのだが。
原因、言ってもいいのだろうか?
許可を取ってからにしたいところだが、声をかけるのもはばかられる。
うーん……まあ、腫れ物に触るような扱いをされるよりは、言ったほうが……うん。
「……景品になっているあの装備、セレーネさんが作ったものだから」
「……。なるほど?」
「全部じゃないんだけどね。あの、景品の目玉になっている槍――見張り番が持っているやつね? あれはセレーネさんのだ。間違いない」
それでなにが恥ずかしいのか分からない、という様子のシエスタちゃん。
確かに、セレーネさんは自分が作ったものに対して誇りを持っている。
売ったからにはどう扱うかは自由だし、ああいう使われ方をしたとて、恥ずかしがる理由は特にない。
ないのだが……。
「確か、ムーンウェポンズ……でしたわね? プレイヤー名が月の女神にあやかっていることから、その名が――」
「急にどーしたんですか、お嬢様。遅れてきた中二病?」
「わたくしが言い出したんじゃありませんわ!?」
「……ああ、なーんだ。そういうことですか。巷でできた通称ってこってすねー」
「そうですわよ!」
おそらく、こういった話の流れになることがわかっていたから、セレーネさんは居たたまれないのだろう。
恥ずかしいのは、その呼び名のほう。
そんなわけで、耳を澄ませると、こんな声もする。
「そのムーンウェポンは俺のもんだぁ!」
……と、このように。
どこまでも察しがいいシエスタちゃんは、ヘルシャとの短いやり取りとその声で全てを把握。
にんまりとした笑みを浮かべると、セレーネさんに目を向けた。
「有名鍛冶師も大変ですねー、セッちゃん先輩。先手を打って、ブランド名とか付けておけばよかったですねー」
「う、うん……」
顔を覆っていた手を外し、あまり弄られない雰囲気にほっとした様子のセレーネさん。
シエスタちゃんにも慈悲はあったらしい。
が、そう思ったのも束の間。
「ここは開き直って、銘でも刻みませんか? セレーネ参上! 夜露死苦ゥ! とか、おすすめですけど」
「どこのヤンキーだよ……最悪じゃないか」
慈悲はなかったらしい。
セレーネさんが再び顔を両の手で覆う。
ついでにトビも嫌そうな顔をする。
「なにセッちゃんをいじめているんですか。崖下に突き落としますよ」
「!?」
と、ここでリィズが参上ぅ! ではなく、会話に割って入ってくる。
シエスタちゃんの意地悪な笑みからセレーネさんを守るように、物理的にも割って入る。遠ざける。崖に向かって押し始める。
「い、いやいや、待って待って。このくらいはかわいいレベルの冗談じゃないですかー。妹さんってば一々、目が本気なんだもんなー……」
「シー。めっ」
「サイまで」
そもそも、セレーネさんについてはリネームの相談を受けていたんだよなぁ……大事な人にもらった名前だから思い入れはあるが、名前負けしているから恥ずかしいのだそうな。
そもそもTBはリネームできないし、俺は名前負けしているとは微塵も思っていないが。
「はいはい、すみませんでしたー。もうこの件ではいじりませんから、セッちゃん先輩」
「あ、う、うん。き、気にしてな――この件、では……?」
「わかればいいのです、わかれば。いじるなら、ユーミルさんだけにしておきなさい」
「嫌ですよ、相性悪いし。今みたいな流れだったら“じゃあ、一緒に崖下に行くか!”……とか言い出しますよー、きっと。“じゃあ“ってなにが? なにが“じゃあ”なの? そして無理矢理、走らされる私。あー……」
自分の想像の中でユーミルと言い争い、負けて疲れた顔をするシエスタちゃん。
結果的に、リィズがユーミルを使って的確にシエスタちゃんにダメージを与えた形だ。
なんだこれ。
「……で、先輩。なんの話をしていたんでしたっけ?」
「メディウスたちが、PKにどういう呼びかけかたをしたのかって話でしょ?」
「あー、そうでしたー。リコ、わかった?」
「え? ええと、ええと……」
急に話を振られ、困惑しつつも精一杯考えるリコリスちゃん。
数秒後、閃いた! という顔で手を上げつつ、元気にシエスタちゃんに向かって答える。
「……はい! ともかく、セレーネ先輩が作った装備はすごい! みんな見に来て? ……ってことだね!」
「そだねー。リコ、せいかいー」
「し、シー? さすがにそれは……あの、ハインド先輩?」
「うーん、別にいいんじゃないかな。リコリスちゃん、正解!」
「やったー!」
「え、ええ?」
腑に落ちないといった様子のサイネリアちゃん。
一生懸命考える様子が微笑ましかったので、かなり合格ラインが下がっている自覚はある。
「セッちゃんが優秀であることに、今更異論はありませんが……」
「それで正解にしてしまって、よろしいんですの?」
「アバウトでござるなぁ……」
丘の上で状況を見守る俺たちは、どこまでも気楽だった。
……それから、しばらく時が経つまでは。