TBのPK事情あれこれ
メディウス一派とPKたちの決戦の地は、この先にある『トリオンフ平野』に決まったらしい。
『トリオンフ平野』はグラドに存在する、適正レベル30前後の大規模フィールドだ。
転移があるため、魔界から戻ってくるのは簡単だったが……。
「で、できれば人の少ない方面から……」
そんな、まるでセレーネさんのようなトビの言葉を受けて、俺たちは高難度フィールドを抜けた先にある丘を目指している。
少しレアな野草の素材収集箇所がある、人のあまり来ない穴場だと情報屋のベールさんが教えてくれた。
丘は平原側から見て崖のようになっており、丘から平原側に下りることは可能だが、平原側から丘に登るのは難しいとのこと。
ただ、道中に未踏破フィールドが複数含まれていたため、少々手間取ってしまった。
つい数分前に最後の森を抜けたので、この坂を登り切れば平野を見下ろせる丘の上に出るはずだ。
「人に紛れたほうが見つからなくないか? どうせ見物人は沢山来るだろうし」
実は、事前にこんな指摘もしてみた。
みたのだが、返ってきた言葉は……。
「ルミちゃんはともかく、メディウスは人混みの中でも秒でこちらを見つけてくるでござるよ?」
「え? マジ?」
「マジマジ。体とか髪、服の一部が見えただけで。だから、視界に入らないのが一番! ニン!」
「……」
などと、割と常軌を逸した内容だった。
どれだけスペックが高いのだろう? メディウスという男は。
「――が原因で、周囲は全員敵! というのが、拙者のPK時代の心情でござったなぁ」
「そうだったんですか……元気出してください!」
「あ、いやいや、かたじけない。大丈夫、今は元気でござるよ」
後方では、それぞれ馬に乗ったリコリスちゃんとトビがPKに関する話で盛り上がっている。
今から見物にいくのはPKとPKKとの戦いなので、自然とそういう流れになったらしい。
大分前にやっていたネットゲームで、PK経験のあるトビにリコリスちゃんが色々な質問をするという感じだ。
「あの頃は、現実がなにもかも上手くいかなくて……ゲーム内で暴れまわるという行為は、健全なプレイヤーからすれば大変迷惑な行為でござるが」
「はい、迷惑ですね!」
「……ご、ござるが!」
あまりに素直なリコリスちゃんの合いの手に、一瞬言葉を失いたじろぐトビ。
まあ、それは自業自得だからな……甘んじて受け取るといい。
「ある種、救いになっていたのでござるよ。リアルで人に当たり散らすよりはいいでござろう?」
「ゲームでも当たり散らさないで、別の手段で発散したらいいと思います!」
「ごもっともですぅぅぅぅぅぅっ!」
誰だって日々辛いことや悲しいこと、悩みやストレスと戦っている。
なるべく他人に迷惑をかけずに、それらを発散できたほうがいいに決まっている。
そんなド正論を受けて、トビは土下座せんばかりに頭を低く低く下げていく。
落馬するぞ、そのままだと。
「暴言は?」
「え?」
馬の首に埋まりかけていたトビは、短くかけられた声に顔を上げる。
上げた視線の先に捉えたのは、鋭い目つきと共に腕を組んだユーミルの姿。
「当時、暴言を吐いたことは? 特に、お前が嫌いなヤンキーとカップルに」
「ぶっ!? な、ないない! ないでござるよ! 当時の拙者、暗殺者気取りのイタイやつでござったし! 無言で辻斬りしていくスタイル! これ本当!」
「ふむ。ならばよ……くはないが、米粒程度の理解だけは示してやろう」
「は、ははーっ! ありがたき幸せ! ……ま、まあ、確かにカップルとヤンキーっぽいのは重点的に狙ったでござるが……」
再び埋まりそうな勢いで、馬上で器用に平伏するトビ。
後半は小声で、なぜか俺のほうにだけ聞こえるように言ってくる。チクられたいのか?
――PKと純粋にマナーの悪いプレイヤーとの線引きは、どうしても難しい部分がある。
悪人のロールプレイをしているのと、悪人がゲームをやっているのは違う……みたいな。
ややこしい話だが。
「あの時の拙者は孤独でござった。ま、メディウスに会ってしばらくしてからPKはやめたでござるし……今はみんながいるでござるから」
「じゃあ今後は、もうPKする気は一切ないんですね!」
「………………」
無垢な笑顔で訊ねるリコリスちゃんに対し、トビは沈黙。
無視しているわけではない、笑顔で沈黙。返事をしない。
……今後ずっと、というのは約束できないかなぁ。
だって、そういうプレイスタイルも捨てがたいじゃない……そんな内心が、俺には透けて見える。
「おい」
そうこうしていると、すかさず怖い姉貴分が横から顔を出す。
トビの笑顔が恐怖で引きつった。
「な、ななな、ないでござるよ? ナイナイでござるよ? い、今は、ミンナガイルカラー」
「……そうか。もしPKしたくなったら、私に言うがいい。目を覚まさせてやろう」
「ほ、本当に今はそんな気、ないでござるよ! お願いだから、剣の鍔を鳴らさないで!」
ちなみにだが、ユーミルが先程からPKに厳しい態度なのには理由がある。
元からPKなどの卑怯な行為は嫌いだが、とあるネットゲームで初心者の頃、PKに粘着された経験が尾を引いているからだ。
いわゆる初心者狩りというやつで、当時家事で手一杯だった俺に相談しにきたことがあり……。
あの時は、どうやって解決したんだっけな? 確か――
「それはそーと、TBのPKって他ゲーに比べて数が多くないですか? 先輩」
――と、そこで思考は中断。
シエスタちゃんに質問されたので、頭を切り替えて答える。
「前にも軽く話したと思うけど、ここの運営はPKもゲームの一要素として扱っている節があるからね。競争を煽る賞金首システムもそうだし、PKしか入れない闇の組織があったり、そこでしか会えない現地人もいたりするのだとか」
開発者のこだわりなのか、TBには世界の暗い部分もしっかり存在している。
もちろん、低年齢層がプレイすることを考慮して表現は抑えめにしてあるそうだが。
「はー。つまり、アウトローかっけー! っていう勢力ができやすいってーことですね?」
「だね。陰のある美男美女、陽気な暗殺者、表の顔が花屋だとか神父さんな殺し屋とか、ありがちだけど人気が出そうなNPCがごろごろと」
「へー。あ、もしかしてですけどー。私たちが普段、話しているNPCの中にも――」
「いるかもね。闇の住人」
そこまで数は多くないはずだが、各地にいると聞いている。
PKにしか使えない闇商人、闇ギルドの施設、限定武器、防具、アイテムなど、噂レベルのものも多いが……。
「なんか、そっち方面限定のキャラがいるとかアイテムがあるとか聞くと、損している気分になりません?」
「そこは大丈夫。俺たちとPKだったら、あちら側のほうが遥かに損をしているから」
「……ああー。PKはPKで、表側の関われない勢力が多いってことです?」
「そういうこと。まともな為政者、統治者なんかとの関係は絶望的だねぇ。治安維持の邪魔だもの」
結構前の話になるが、PKだと関所を通過させてもらえないので、国境越えが大変ということがあった。
他にも一部だが一般の商店が使用できない、町の正門から入れてもらえない、大部分の現地人の好感度がマイナスからスタートするなど、デメリットを挙げればキリがない。
普通のプレイヤーに比べれば、ハードモードだ。
「こういうバランスになっているのは、PKが多すぎるとゲーム内の空気が崩壊するからだね。PK有利だと……強者が心置きなく全てを手にする、荒れた世界の始まりだ」
「どこぞの世紀末みたいですねー」
「うん。周囲が全員モヒカンに見えるくらい殺伐とすると思う。自分で得るよりも、奪ったほうが早いってことだから」
「うっ!? 拙者が前の前の前にやっていたネトゲの末期が、まさにその状態で……!」
俺の一言が記憶を刺激したのか、トビが頭を抱えた。
そんなトビの頭頂部を、リコリスちゃんが不思議そうに見る。
「トビ先輩、モヒカンだったんです?」
「い、いや、割と最近の話でござるよ? 拙者、もうPKじゃなかったでござるから」
「前の前の前にやっていたネットゲームが、最近……?」
横で聞いていたサイネリアちゃんが首を捻る。
こいつのゲームをプレイする数と密度はおかしいので、気にするだけ無駄だ。
TBに専念している今の状態が非常に稀なだけである。
「拙者はモヒカンじゃなくて、モヒカンの集団にバイクで追い回される側で……」
「ネトゲはちょっとバランス調整を失敗すると、えらいことになるよな……」
「プロデューサーが短期間で何人も交代しはじめると、終わりの始まりの気配が漂うでござるな? 敗戦処理の押し付け合いというか」
「知りたくなかったです、そんな悲しい情報……」
「TBはそうならないといいでござるなぁ」
いくつものオンラインゲームの終了に立ち会ってきたトビならではの言葉だ。
大抵のプレイヤーは、サービス終了前にそのゲームをやめてしまうものだと聞いている。
最後まで付き合うプレイヤーはよほど課金した者か、はたまた愛が深い者か。
「話を戻すぞ? PKをシステムに組み込むなら、PKが増えすぎないようにするバランスと、プレイヤー間で自浄作用を働かせることが大事になる」
「自浄作用ですかー……つまり、PKを倒すPKKが増えればいいということだからー……」
「賞金システムがそうですわね。あれは先程ハインドが言ったようにPK同士の競争も煽ってしまいますが、一般プレイヤーが積極的にPKを倒す理由になりますわ。一部のクエストにもPK討伐が組み込まれていますし。他には――あら?」
滔々と語るヘルシャだったが、途中なにかに思い当たったように言葉を止める。
やっぱり頭の回転がいいな、このお嬢様は。
丘の向こうを気にしつつこちらを見てきたので、うなずきを返す。
「そう。メディウス一派が神界で得た継承スキル“信賞必罰”も、その一部と考えられるな」
「なるほど! 現にあいつら、大々的にPK討伐に向かっているしな!」
「ああ。スキルの性質を考えれば、自然とPKを倒す流れになる。もっとも、ここまで大々的に動くプレイヤーの手にスキルが渡ると、運営が想定していたのかはわからないけど」
話の区切りが見えたと同時、登り続けた丘の頂上も見え始めた。
全員揃って登りきり、眼下に見えた光景は――。