お母さん面談 その1
「亘くん」
「はい」
「未祐ちゃん」
「はいっ!」
小春母に呼びかけられ、返事をする俺と未祐。
場所はホテル内、眺めのいい休憩スペースの一画。時間は早朝。
椅子を使い俺と未祐は横並び、ローテーブルを挟んで対面に小春母という構図だ。
「小春のこと、好き?」
これはおそらく「面談」のようなものだ。
昨夜、我が母に言いくるめられはしたが、まだくすぶる思いがあったらしい。
小春母は俺、そして年上女子の中で小春ちゃんと一番仲のいい未祐を呼び出した。
そして、座って最初にされた質問が先程のものである。
「好きです」
「もちろん、大好きだぞ! ――じゃない、大好き、です!」
俺と未祐はノータイムでそう答えた。
それに対する小春母の反応は……。
「う、うーん……」
という、嬉しさと困惑の入り混じったものだった。
何故に?
「思春期特有の照れとか、そういうのないのね……」
どうやらストレートに答えすぎたため、面食らってしまったらしい。
しかし、それは……。
「それはラブとライクの差というやつではないでしょうか!? 小春ママ!」
「そうねえ。未祐ちゃんだって、亘くんが相手ならもっと――」
「わーっ! わーっ!!」
危ない。
今、俺は未祐とほぼ同じことを言おうとしていた。
小春母は鋭い切り返しと、大人の余裕を持ってこちらに接してくる。
小春ちゃんの性格からは少し遠いな……小春ちゃん、内面はお父さん似なのだろうか?
写真を見せてもらったことがあるが、小春ちゃんの容姿はかなりお母さん寄りだ。
ただし、背の低さは間違いなくお父さん譲り。小春父は男性としてはかなり小柄である。
「それじゃあ、次は二人が小春の好きなところ……具体的に訊いてもいいかしら?」
と、この質問は特に警戒する必要がなさそうだ。
普段の小春ちゃんの姿を思い返しながら、浮かぶままに言葉を連ねる。
「まずですね、元気がよくて――」
「愛らしい! 笑顔がいい!」
「ああ、そうだな。素直だし、礼儀もしっかりしています。とてもいい子ですよ」
「へこんでもすぐに立ち直るところが、一番のお気に入りです! はい!」
「お気に入りかぁー」
未祐の言いっぷりは、相手の受け取りようによっては失礼に当たるものだ。
小春母が気にした様子はなかったが、俺は慌てて頭を下げる。
「す、すみません。無作法な奴で」
「いいのいいの。あなたたち、本当に素敵なカッ――コンビよねぇ。二人揃うと、バランスがいいわ。見ているだけでこっちまで楽しくなっちゃう」
私たち夫婦ほどじゃないけどね! などと、惚気話を挟みつつ朗らかに笑う小春母。
ああ、笑うと小春ちゃんの顔にそっくりだなぁ……小春ちゃんの笑顔がお母さんに似ている、というのがより正確だが。
ちなみに「わっはっは!」と同調して笑う未祐は、コンビという言葉の前に言い直された単語に気がついていない。
なんだかなぁ。自分だけ照れるのも癪なので、こちらもなんともない体を装っておく。
そんな俺を見て、小春母の笑みが深くなったようにも見えるが……あーあー、なにも聞こえていない、気づいていませんよー。
「ふふっ。じゃあ、反対にウチの娘の駄目なところは?」
「……」
俺はその質問に対し、今度は口ごもった。
正直に話すことを求められているのだろうが、あまりに明け透けでは気を悪くさせる可能性がある。
かといって、嘘で取り繕うのもよくない。
かなり慎重に言葉を選ぶ必要がある。加減が大事だ。
どう切り出すべきか……うーむ……。
「――小春は、少しそそっかしいところがありますね。考えるよりも先に体が動き出すというか!」
「ちょっ!?」
俺が悩んでいる間に、未祐がどんどん話しはじめてしまう。
無論、言葉を選んでいる様子は一切ない。
「行動する前に一瞬でも考える癖をつければ、より実りの多い生活を送れるのではないかと! 危ない目に遭う可能性も減りますし! お母さん、お父さんも安心! 私も安心!」
「そうねえ」
「あ、あー……っていうか、お前がそれを言うか?」
ほとんど全て、未祐にも当てはまることではないか。
幸いにも、小春母の笑顔は崩れていない。
流れのままに、今度はこちらに水を向けてくる。
「亘くんはどう思う?」
「あ、その……概ね、同じ意見です……」
もっとずっとオブラートに包むつもりだったが、言いたかったこと自体はほぼ未祐と同じである。
そそっかしく、時折短慮なので、いつか大怪我をしないか心配になる――と。
ただ、あの元気いっぱいなところは変わらずにいてほしい。
そんな感じだ。
「なるほど……」
と、そこまで盛んに開いていた口を閉じる小春母。
なにか考え込んで――いや、今の会話を思い返しているといった様子だ。
不思議そうな顔の未祐の隣で、俺はわずかに体を硬くする。
どんな採決が下るやら、果たして。
「うん……うん! 私からあなたたちに言うことは、一切ありません!」
「え」
「む?」
ないのか!?
ここまで俺は「どんな厳しい言葉をかけられるのか」と警戒し続けていたのだが、全て空振りに終わっている。
昨夜のお説教の続きではないのだろうか?
「いいお姉さん、お兄さんに恵まれて、小春は幸せ者ねえ」
あ、これは違うな……俺のひとり相撲だったか。
娘のことでお話をしたかっただけ、と小春母の顔には書いてある。
心から満足そうな、ホクホク顔だ。
「これからも小春をよろしくね! 亘くん、未祐ちゃん!」
「あ、は、はい」
「はいっ! 私たちにお任せくださいっ!」
「おっ、頼もしいなぁ! ふふふ」
最後まで笑顔で締めて、小春母は「そろそろ朝ご飯に行こう」と言い、席を立つ。
朝風呂組、お寝坊組も追々合流するだろう。
もしかしたら、もう先にカフェテリアに行っているかもしれない。
「あの、浅野さん……結局、どういう意図で俺たちを……?」
立ち上がって小春母を追いかけながら、俺は質問を投げかけた。
前日時点での呼び出し、邪魔の入らない場所の指定、それら入念な準備に反してこの内容と、妙なちぐはぐさを感じる。
小春母は一瞬だけ考えるような仕草をすると、軽くうなずいてから話しはじめた。
「なんて言ったらいいのかしら。私はトップバッターというか最初のボスというか。あなたたちに合わせて、よりゲームっぽく言うと……チュートリアル?」
「チュ――って、これまだ続くんですか!? もしかして、残り二人のお母さまからも……」
呼び出しがあるんですか? という言葉にならなかった視線での問いに、小春母は再び笑顔を作る。
そして俺の背を二度、優しく叩く。
「頑張ってね、亘くん!」
「は、はあ……」
やっぱりか……となると、発案者は目の前にいるこの人ではないなぁ。
昨夜の様子を思い返すに、最も物言いたそうだったのは――椿母か。
小春母の言い方を借りると、愛衣母が中ボス、椿母がラスボスになるだろうか。
「って、あれ?」
今、頑張ってねって言ったか? 未祐の名を呼ばずに、俺だけに。
小春母を見る。変わらぬ笑顔。
未祐を見る。首を傾げつつも、視線の意図がよくわからなかったのか、とりあえず白い歯を見せての快活な笑顔。
俺は再度、小春母に視線を戻す。
「もしかしてですけど、俺だけ続投なんですか? 浅野さん?」
「ん? ふふふっ」
「あ、あれ? 浅野さん!? 浅野さん!?」
「ふふふのふー」
小春母は応えず、上機嫌な足取りで階段を下りていった。
どうやら、そういうことらしい。
「頑張れよ、亘!」
「……」
とどめに、未祐が俺の肩を叩いて階段を下りる。
……と思ったら、ドタドタと駆け足で戻ってきた。
そして勢いのままに、俺の腕を取る。
「ほら、一緒に行くぞ! 考えるのは、ご飯を食べた後でいい!」
「……まあ、そうだな」
階段の上で抵抗するのも危ないので、俺は未祐に引っ張られるままに歩きだした。
一体なにを言われるのやらではあるが、とりあえず腹ごしらえだ。
今日の朝食はなにが出るのだろう? このホテルの食事は味もいいし種類も豊富なので、今からとても楽しみだ。