ゲームは一日……?
さて、いよいよ魔王ちゃんに会える……かもしれない、という段になったものの。
ダウンしたトビ、そして伸びに伸びた連続プレイ時間を鑑み、一旦ログアウトとなった。
ログアウト場所は一つ前の町『アプリコ』で行うことに。
「魔王の町の入口では駄目なのか? ちょちょーっと入ってだな?」
来た道を引き返す途上、ユーミルが後方を指差しつつ俺を止める。
目指す先はすぐそこだ。
だから、軽くでも町の様子を見てからログアウトしたい気持ちはわかるが……。
「トビがこの状態だしな……さすがに悪いだろう?」
体を捻って半身で振り返ると、肩を担がれたトビが力なく首を揺らす。
トビはワルターに左側を、右側を俺に支えられて移動している。
ワルターとの身長差の都合で歩きにくいが、『アプリコ』までそれほど距離はないので、なんとかなるはず。
「む……確かに、今回はこいつが一番の功労者か……」
「ああ、それを差し置いて入場するのはちょっとな。ログアウトして休憩を入れようぜ……夕食、そろそろだろうし。町に行くのは、その後でいいだろ」
「もうそんな時間だったのか?」
ずり落ちてきた腕を担ぎ直し、ユーミルの言葉に首肯を返す。
トビ自身だって、意識がはっきりした状態で町に足を踏み入れたいはず。
――とは思うものの。
「ハインド。そもそもトビのやつ、どういう状態なのだ? グロッキー?」
「わからん。現実で気絶していれば、強制ログアウトのはずだしな……なんだこいつ」
トビの体はぐったりと重く、どうも嘘や狸寝入りということはなさそうだ。
揺すっても反応が薄く、目を開ける兆候は見られない。
「状態変化のスタン・気絶とは違いますの?」
「状態変化は戦闘が終わったら解けるじゃないか。フィールド・ダンジョンにある罠地形は別として……なんなんだ、こいつ」
現実でこの状態なら、もちろん病院に担ぎ込むところだが……。
HP回復の際に「うっ」とか「おふっ」などと奇妙な声を出していたので平気だろう。
「……もうこいつ、ここに捨てていこうか? ワルター。身体中に投擲武器を仕込んであるせいか、想像以上に重いし」
「ええ!? だ、駄目ですよう! 町までもう少しですから、頑張りましょう! 師匠!」
「ワルターは優しいなぁ」
このような流れで、魔界の王都探索はお預けとなった。
ログアウト後にトビがごねないか心配だ。
――結論からいうと、その心配は必要なかった。
ログアウトした俺たちを待っていたのは、保護者たちが発するちょっと不穏な空気である。
「あなたたちが一生懸命、旅行に合わせて宿題を終わらせたのは知っているけれど」
「長時間のゲームはお母さん、みんなの体が心配だなー」
「寒くっても、ちゃんとお水飲まなきゃダメよ?」
椿母、愛衣母、そして小春母からそんなお言葉をいただいた。
まあ、なんだ……ぐうの音も出ない。
昼食後から夕食までの間、ずっとゲームで部屋から出てこないのでは心配にもなるだろう。確かに体に悪い。
つい攻略に夢中になってしまったが、失敗だったな……特に中学生三人は、成長期の真っただ中である。
食堂前のホールで、俺は頭を深く下げた。
「すみま――」
「申し訳ありません! 大事なお子様をお預かりしておきながら……わたくしどもの不行き届きですわ!」
言葉を遮るようにだったが、スカートの裾と靴の位置からマリーが俺の隣に並んでいることがわかった。
司と静さんも同じように頭を下げているようだ。
こちらはマリーよりも少し後ろの位置にいるが。
もしかしてこれは、一緒に謝ってくれている? ってことだろうか。
その心意気に俺が軽く感動していると、マリーに先んじられた未祐が俺に体当たりしつつ追従。なんでだ。押すな押すな。
次に一番年上なのにすみません、と一言添えつつ和紗さんが申し訳なさそうに。
最後に理世が黙って頭を下げた。
……。
…………。
………………秀平?
「はっ!? お、俺の場合は、ゲームで遊んでいる時間に関しては偉そうなこと言えなくて……俺よりも、むしろ中学生の三人のほうがしっかりしているというか! 徹夜せずにちゃんと寝るし! 普段も宿題やってからインしてきますし!」
場の緊張感からか、混乱した秀平が謝罪とは違った言葉を捲したてる。
ウチの母を除くお母さま方が唖然としているが、とりあえず……。
徹夜しないというのは普通のことではなかろうか?
「今回はレアケースで、休みではしゃいだせいっていうか。そもそも九割方、もっとやろうって言った俺のせいっていうか……」
確かに「魔王ちゃんに会うまで続けよう!」と、ゲーム内メールを全員に送り続けていたのは秀平だが。
なにも、そこまで一人で泥を被ろうとしなくても。
魔界という新天地への興味、そして継承スキルへの欲から誰も止めなかったのも事実である。
正義感の強い椿ちゃんがそういった事実を伝えようとするものの、ゲームの話なせいか上手く伝わらない。
趣味を共有していない人間に、独特な熱量は伝わらないものである。難しい。
「と、とにかく、ですね? あーっと……そこまで心配しなくてもいい……と、思います? 遊びは遊びとして分別できていますし……俺と違って。普段はちゃんとしていますよ? 娘さんたち」
謝罪ではなく、言い訳と三人への擁護が混ざった不思議な抗弁を終える秀平。
顔を見合わせるお母さま方の中で、一人だけケラケラと笑っていたのは……我が家の母だった。
「まあまあ、みなさんその辺で。今後はこういうことがないよう、ウチの息子に、よーく言い聞かせておきますから。ね? 亘」
秀平にウィンクし、俺の傍に来て頭を無遠慮に上からポンポンと押さえる。
そんな母の言葉に「明乃さんがそう言うなら」という空気が広がる。
後から来た上にグループ内では新参にもかかわらず、既に母は一目置かれているようだ。
これまでに三人のお母さま方と、どんな会話をしたんだろうなぁ……。
ともあれ、話を振られた俺は応える。
「あ、ああ、気をつけます。ご心配をおかけして、すみませんでした」
「よろしい。さぁさ、ご飯にしましょう。ご飯ー、ご飯ー」
唄のようなものを口ずさみながら、みんなの背を押す母・明乃。
場の主導権をあっという間に握り、自分のペースで押し流していくのだった。
「先輩のお母さん、いいですよねー。明るくて、パワフルで、それでいて優しい。甘えたくなっちゃうなー。ママぁー! ……はふぅ」
夕食後。
部屋のベッドで和紗さんに膝枕されながら、愛衣ちゃんが体を伸ばす。
お腹が一杯になったからか、いつも以上に眠そうだ。
「うむ! 明乃さんはすごい!」
「そうですね。未祐さんが胸を張る意味はわかりませんが、とても尊敬できる人です」
「……」
ちらりと俺のほうを見る理世の視線があった気がしたが、息子としてこの流れは面映ゆい。
背を向け、別の話題を探すために周囲を見回す。
「……お? どうした? 秀平。暗い顔して」
目に留まったのは、浮かない顔をしている秀平だった。
俺の声にお気に入りのジュースの蓋を開けてから、こちらを見返す。
「あ、いや。さっき俺がなんかグダグダ言ったの、よくなかったかなぁと思って」
さっきというと……あの食前のやり取りか?
小春ちゃんたちのお母さんズに注意された時の。
「そんなことねぇよ。あのまま全員で頭を下げて、じゃあ旅行中はゲーム禁止ね? なんてことになったら嫌だったし。ファインプレーだと思う」
「え?」
秀平はその言葉に驚き、それから中学生組に目をやった。
返ってきたのは頷きと笑顔、寝たまま上げられた手という三種の反応。
「ですです! ありがとうございました、秀平先輩!」
「あ、そう? ……だ、だよね! だよね! だったらよかった!」
代表して小春ちゃんがかけたお礼の言葉に、秀平が一瞬で普段の調子を取り戻す。
その勢いのまま開けたジュースをぐいっと呷り、口元を拭う。
「やっぱゲームは一日25時間っていうし、あんまり親に止められるのは嫌だよね!」
「なげぇよ。しかも時空を歪めるな」
「俺たちは自由だぁぁぁ!」
「自由だーっ!」
「ああ、もう……」
調子を取り戻すどころか、調子に乗ってしまったようだ。
秀平、小春ちゃんが自由を叫んで拳を突き上げる。
ある意味、これも平常運転といえるかもしれないが。
「大体私たち、ゲーム仲間ですもん! ゲーム仲間で旅行して、ゲーム抜きなんて玉子の入っていないおでんみたいなものですよ!」
「小春ちゃんの感性も、中々独特だよね……」
「え? じゃあ、じゃあ、お肉の入っていない肉まんです?」
「う、うーん……?」
季節が冬だからか、小春ちゃんのチョイスがそれに準じているのは理解できた。
理解できたが、どういう思考の流れでそうなったのかはよくわからない。
肉の入っていない肉まんは、もう肉まんではない。
「大体、冬休みの宿題は終わっているんですよ!? 春とか夏頃は、ゲームを始めて規則正しい生活になるってどういうこと? 変な子ねぇ――なんて、褒めてくれていたのにー! もー!」
「それ、褒められているかな? 訝しんでいるだけじゃ? っていうか、秀平母も似たようなことを言っていたな……」
「言っていたねー。わっちのおかげで母ちゃんの態度、めっちゃ軟化したし。リビングでゲームやっていても、あんまり怒られなくなったもん」
だったら、普段の生活態度が評価されていたのもあるのか。
だから一度の失敗くらいは許されると踏んで、抗弁してみせてくれたんだな。
秀平は。
「あー。そういや先輩って宿題やらずにインすると、いつも即看破してきますよねー……偶には見逃してくれても――」
「愛衣」
「――はい……」
椿ちゃんに鋭く名を呼ばれ、愛衣ちゃんがしおらしくなる。
寝転んで膝枕されたままの体勢は決して崩さないが。
「その辺りは、亘先輩のおかげですよね。いつもありがとうございます」
「いやいや、今日は失敗だったけどね。夢中になって進めちゃったのは確かだけど、休憩なしはまずかった。今日だけは上手く立ち回った秀平のほうを褒めてやって」
「今日だけじゃなくて、普段から褒めて? 俺、褒められて伸びる子よ? おーい、わっち? 椿ちゃん? 聞いてる?」
思えば、秀平のあの状態も長時間の集中がよくなかったのだと思う。
VRギアのほうで警告が出ていなかったので、心身に影響が出るほどではなかったのだろうが……。
どんなに技術の進んだ機械でも絶対はないので、気をつけることにしよう。
「まあ、ともかく。今夜はインせず、おとなしくしておくほうがよさそうだ……お母さんたちの目も光っていることだし、続きは明日にしよう」
「ええー。だったら、なにをするのだ? さすがに温泉は、ふやけるほど入っているぞ?」
「くっ……! せっかく魔王ちゃんが目の前だっていうのに、お預けに……!」
不満そうな未祐の声、悔しそうな秀平の声を聞きつつ、俺はスマートフォンを取り出した。
今の会話の流れで、ゲームとまるで関係ないことをするのもな……。
なんだかんだで、テーブルゲームなどはここ数日でやり尽くした感があるし。
ここは……。
「……TBの情報収集でもするか。最近、掲示板とかを見るのもご無沙汰だったし」
「お! いいな!」
「なに? なにをするんですの?」
そのタイミングで、ドアを開けて部屋に入ってきたマリーを横目に入れつつ。
健治からメッセージが来ていたので、先に返信して――よし、と。
適当に見る場所の担当を決めつつ、俺たちはTBの情報収集を始めた。