燃え上がるライバル心
『ケルベロス』との三連戦が終了した。
二戦目は、前衛にトビとリコリスちゃん。
後衛にリィズ、セレーネさん、カームさんを置いての戦いで、確か戦闘前にこんな会話をした記憶がある。
「トビ……お前、二連戦して大丈夫なのか?」
「だいじょう――けひ? でござるよ、ハインドど……けひゃ、けひゃひゃっ!」
「……」
とても大丈夫には見えない。
ただ、即座に魔王ちゃんのところに駆けだしていないことを考えるに、冷静な部分は残っていると判断。
「いざとなれば、私がフォローします!」
前でコンビを組むリコリスちゃんもこう言ってくれたので、そのまま送り出すことにした。
『ケルベロス』の攻撃は盾受けするには危険なものが多く、相性的にリコリスちゃんだけでは不利になる局面が増えるだろう。
だからこそ、なるべくトビは二戦目まで残したかった。
……結果、メンバーを入れ替えたことで危険な場面も目立ったが、どうにか撃破。
二組目もフィールドを突破することに成功した。
「と、トビさん!? し、師匠! トビさんが、白目を剥いて……」
「うん。割と頻繁に見る表情だな」
「しょっちゅうあんな顔をしているんですか!?」
「――」
「あ、倒れた」
「トビさん!? トビさぁぁぁん!!」
終わった瞬間、トビはダウンしたが。
ワルターが介抱し、次の戦いへ。
三戦目は前衛ユーミル、後衛にリィズ、サイネリアちゃん、シエスタちゃんに俺という構成。
前衛が一人というのは非常にハイリスクだが、どうしてこうなったかというと……。
「やつの動きは全て把握した! 一人で充分!」
と、そうユーミルが主張したからだった。
一戦目のヘルシャに触発されたのは明白だったが、言うと面倒なので黙っておく。
代わりに、ちゃんと前衛を一人でこなせるかどうかを確認する。
「把握したって……本当か?」
「本当だ!」
「あれだけ種類の多い、ケルベロスの行動パターンを?」
「把握した!」
「世界の真理までもー?」
「全て把握した! ……む?」
シエスタちゃんが入れた茶々によると、ユーミルは全知全能らしい。
そんなわけあるか。
それはそれとして、ヘルシャが心配半分、からかい半分で声をかけてきた。
「随分と攻めた編成で戦いますのね……もし失敗したら、とんだ赤っ恥ですわよ?」
「黙って見ていろ、ドリル! 私はお前の後塵を拝する気など更々ないのだからな! 調子に乗るな!」
色々と剥き出しなユーミルの言葉に、ヘルシャが目を丸くする。
次いで、目が弓の形に変わった。にんまりとした笑みである。
ユーミルからのライバル視がよほど嬉しいのだろう。
「あら? それは嫉妬ですの? わたくしの火力に対する嫉妬ですの?」
「う、うう、うるさい! それ以上言うと、もう夜中にトイレについていってやらないからな!」
「んなっ!?」
反撃として、ユーミルの口から衝撃の……というほどでもない事実が暴露される。
ヘルシャ、暗がりが怖いと言っていたしなぁ。
しかし、よりにもよって眠りが深いユーミルを選ぶとは。
はっきり言って人選ミスだろう。起こした際は相当不機嫌だったはず。
「どうして言うんですの!? どうして言うんですの!?」
「隠さなくても、同室になったやつはとっくにみんな気づいている!」
「えっ!?」
ヘルシャが向けた視線から、さっと目を逸らすリィズとセレーネさん。
ああ、そっちの二人は言い方が悪くなるが、神経質だからな……夜中に人が動く気配があれば、目が覚めてしまうタイプだ。
夏休みの間も一緒に何泊かしているし、気づかないはずがない。
今回の連泊中は、もちろんお母さんの許可を得てだが、ヒナ鳥のメンバーも部屋割りを替えてヘルシャと同じ部屋で寝たりしている。
唯一男子三名にとっては初耳だが……まぁ、あっちの二人はそれどころではないし。
「先輩、先輩。実際のところ、どうなんですか?」
「え? なにが?」
近くにいたシエスタちゃんが急にそんなことを言ってくるが、さすがになんのことか見当がつかない。
サイネリアちゃんとなにか話していたようだが、その延長だろうか?
そう思って視線を投げると、即座にサイネリアちゃんが補足してくれた。
「ユーミル先輩とヘルシャさん……言い換えると、騎士と魔導士の話にもなりますが。どちらの攻撃力が上か、という話です」
「ああ、なるほど」
トイレがどうので争っているあちらの二人と違い、しっかりと次戦に役立ちそうな話をしていたようだ。
向上心に感動したので、持てる知識の全てを使ってお相手しよう。そうしよう。
「魔導士と騎士では、そもそも攻撃時に背負うリスクに差があるからね。基本的には前衛アタッカーの騎士のほうが上だよ」
「でも、そこは長い詠唱とかでバランス取ってる面もありますよねー? 同じ後衛でも、えーと……最初の頃に騒がれた、弓術士強すぎ問題も、レベル開放に伴って解決していきましたし」
「中級魔法が出た辺りで再評価されましたよね。攻撃系魔導士系全般、パーティに一人は必須というのが最近の流れに感じます」
シエスタちゃんが弓術士の話をする際にサイネリアちゃんの背を無遠慮に叩きながら話し、サイネリアちゃんはその手を払い除ける。
仲がいいな、君ら。
「うん、俺が言ったのはあくまで理論値の話だから。そりゃ、安定感で言えば後衛のほうが火力を供給しやすいよ。敵の妨害だってあるんだし」
剣士・戦士よりも魔導士、魔導士よりも弓術士のほうが安定感は上だ。
ただ、最大火力・瞬間火力を求めた場合はこれが丸々逆になる。
「基本が銃で撃ちあうようなゲームはともかく、どのアクションゲームも大抵はこのバランスになっていると思うよ。できていないゲームは引き撃ちゲーだとか、つまらないって言われやすいから」
「おー。あるあるですなー」
シエスタちゃんが片手で銃を持つような構えをし、それをリコリスちゃんに向ける。
一瞬不思議そうな顔をするリコリスちゃんだったが、即座にかかってこいや! と挑発するようなポーズと表情に。
そしてシエスタちゃんが――バン! と口にして銃口を跳ねさせるような動きをすると、リコリスちゃんは迫真の演技で胸を抑えながら倒れた。
微笑ましいな、君ら。
「つまりですよ、先輩。その辺り、実際の戦闘と同じにしちゃ駄目ってこってすよねー?」
実際の戦闘というと……よほど距離が近く相手が油断していない限り、剣で銃には勝てない。
もっと言うなら、弓にだってまず勝てない。
先制攻撃を可能にするリーチは正義、射程は正義なのだ。
行き着く先は超長距離からのミサイル・砲弾の撃ちあいである。
これをそのまま適用して、果たして娯楽としてどうなのか? となる。
「そういうことだね。だって……」
「ゲームですしね」
「ゲームですからねー」
「うん、ゲームだからね。ああいう――」
言葉を切り、ウォーミングアップの素振りを始めたユーミルに視線を送る。
凶弾に倒れたはずのリコリスちゃんも一緒だ。
リコリスちゃんは次の戦いの編成に含まれていないが、元気一杯素振りをこなしている。
「――ああいう、近接戦に浪漫を感じる層を切り捨てることになるから。基本的に愚策でしょう」
あの種の人々にとって、格好いいは全てに優先される。
であるならば、開発会社だってそれに合わせた調整をする。
射撃を掻い潜って近づくのが難しい分、成功した際のリターンを大きく。火力は高く。
「話を戻すけど。互いに極まってくれば、ユーミルのほうが火力は出るよ? でも、さっき見たヘルシャの継承スキル……」
ヘルシャは給餌中のカームさんとリィズのところに行き、グレンを構おうと――あ、また顔に火ぃ吹かれてら。
グレン、さっきまでヘルシャの勇姿に興奮していたんだけどな。
今は平常運転、すっかり塩対応である。
「オーバーヒート、だったっけ? あれがあると、話は大きく違ってくる」
「あー」
「そうですよね……」
今までもスキル選択の幅は存在していたが、それはスキルツリーという枠の中での話だ。
改めて、継承スキルはゲーム内のバランスを一変させる爆弾的変更点なのだと再認識する。
「っていうか、あんなのバランスブレイカーじゃん。戦闘終盤に使えばデメリットないし。魔界のスキルなんて、いらないんじゃないの? いる? 本当にいる? あれを超えるスキルとか、冗談でしょ」
「随分とぶっちゃけましたねー、先輩。概ね同感ですが。多分お嬢様には言わないほーがいいです、それ」
「え、ええと……あれを超えるスキル、ですか? 魔界にあるといい……ですね?」
フォローするサイネリアちゃんの声も、尻すぼみ気味だ。
あるかなぁ、そんなの……。
なかったら、ヘルシャだけでなくユーミルの機嫌も悪くなりそうだ。
――ちなみに三戦目。
大いに張り切ったユーミルが宣言通り、八面六臂の活躍を見せたものの……。
やはりスキルの差が響き、最終的に『ケルベロス』との戦闘時間は一戦目が最短となった。