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地獄の番犬 前編

 トビの話通り、魔王城前のフィールドボスは手強そうだった。

 どういう絡繰(からく)りか二つの月は沈み、空は赤く染まっている。

 地形は草木が少ない荒野、起伏は少な目で、地面に血管のようなひび割れが。

 周囲の環境から感じる生命力が希薄で、どこか気味の悪さを感じさせる。

 そんな不穏な雰囲気たっぷりの中、次元を割って現れたのは地獄の番犬。


『があああああああっ!!』

『ごあああああああっ!!』

『ぐあああああああっ!!』

「ごるああああああっ!! 頭が三つで三倍うるせえええええっ!! いい加減に魔王ちゃんを出すでござるよ、このクソ犬ぅぅぅぅぅぅっ!」


 らしいといえばらしい配置だろう。

 フィールドボスは三つ首の犬型モンスター『ケルベロス』だ。

 迫力たっぷり、近づくと大きな声で吠えて威嚇してくる。

 ……が、そんな凶悪な魔獣と戦う前に一言。


「お前のほうがうるさい」

「品のない叫びですわね」

「通報しました」

「やめて!? こんな魔王ちゃんのお膝元で!」


 俺の一言に続いてヘルシャ、リィズがトビに追撃を入れる。

 TB運営は暴言に厳しいので、トビは本気で(あわ)てている。

 もちろん、この程度でリィズが通報するわけもないのだが。


「残念! トビの冒険はここで終わってしまった!」

「終わらないし! むしろこっからでござるし!?」


 いつもは率先して大声を上げるユーミルですら、この反応だ。

 トビと一緒に叫ぶ気はあまりないらしい。


「あー、ついにアカ停止ですかー。トビ先輩」

「ついにってなに!? 拙者、そんなにたくさん前科あった!?」


 やれやれ、といった仕草と糸目で話すシエスタちゃん。

 トビのやつ、しばらく一人だったから会話に飢えているな?

 いじられながらもどこか嬉しそうだ。

 ただ、それ以上に魔王ちゃんの下へ急ぎたいという気持ちを抑えきれないらしい。

 会話を打ち切って、ボスとの戦闘に移りたそうな様子も見え隠れしている。


「で、ではここからは、可能な限りお上品にするでござるよ!」


 ヘルシャの意見を参考にした、ということもあるのだろう。

 そんなことを宣言するトビに、ユーミルが懐疑的な目を向けた。


「じょうひんー? お前がかぁ?」

「や、やってやれないことはない、でござるよ! ハインド殿、早くパーティ編成を!」

「はいはい……」


 ボスの『ケルベロス』はこちらから接近しなければ攻撃してこないタイプのようだ。

 トビの惨敗の……もとい、戦いの記憶を参考に、対『ケルベロス』の最適メンバーを探る。

 もちろん最終的には全員突破するつもりだが、まずは全力で当たりにいく。

 ……なにせ、敵は俺たちのレベルより20も上みたいだからなぁ。

 正攻法で攻略可能な適性レベルを大分超えている。はっきり言えば格上だ。


「とりあえず、タンクをどうするかだけど……トビ、やつの攻撃力は?」


 来ないとわかってはいるが、(よだれ)と荒い呼気を垂れ流す三つの口から距離を取りつつ問いかける。

 体もでかいんだよな、小型の象くらいの大きさは余裕でありそうだ。


「拙者の耐久力で確一(かくいち)でござったよ?」


 事もなげにトビはそう答えた。

 ……あれ? 俺の耳がおかしくなったのかな?

 確一、つまり一発確定で戦闘不能にされたということだが……。


「……え? お前、一撃死の状態であれに挑んでいたのか?」

「正確には、空蝉(うつせみ)の術込みで二発でござるが」

「どっちでもいいよ。ほとんど同じことだろ……」


 みんな、トビの発言に対してなにも言わない。

 言わないが、表情が雄弁に語る。

 こいつ大丈夫か? と。馬鹿ではないか? と。


「いくらトビが紙耐久とはいえ、攻撃力高いな……リコリスちゃんでもきつそうか?」

「リコリス殿でも、直撃数発で戦闘不能圏内にござろうなぁ。あ、ちなみに通常攻撃の範囲で、でござるよ?」


 ということは、大技ならもっと厳しいということか。

 ちなみにこのメンバーの中だとリコリスちゃんの防御力が最も高い。

 更に敵の攻撃力が高い分だけ、カウンタースキルは有効になるが……それも戦闘不能になってしまえば意味がない。

 バフ・デバフ込みでどうなるかは不透明だが、あまり正面から攻撃を受けるのはよくない気がする。


「……わかった。少し待ってくれ」


 編成は俺に一任されている……形だけは。

 しかしヘルシャがすごい目で見てくるので、ヘルシャは入れるべきなんだろうな。

 まあ、アタッカーとして申し分ないのでそこはいい。

 魔法特化なので、役割が被っているメンバーも少ない。

 強いて挙げるならシエスタちゃんが競合相手だが、そもそもシエスタちゃん本人が――


「ふわぁーあ……にゃむ。眠くなってきたー……先輩、まだですかー」


 ――積極的に動きたがらない。

 その上、ヘルシャは等倍攻撃でも弱点攻撃をしたシエスタちゃんと同じくらいダメージを出してしまう。

 それを可能にするプレイヤースキルもすごいが、それ以上にヘルシャの装備が凄まじいのだ。

 現環境で揃う最上級のものを備えている。

 お嬢様には最高の装備を! というシリウスメンバーのヘルシャに対する愛と尊敬の念を感じる。

 そんなわけなので、魔法アタッカーはヘルシャでいいだろう。

 で、残りは……。


「うーん……」


 動かせない枠は、デバフ役のリィズ。強敵相手にデバフは絶対必須だ。

 それと前衛の戦闘不能を回復できるヒーラー、つまり俺かカームさんのどちらか。

 残りはアタッカーとタンクから二人を選抜だが、敵の攻撃力を考えると前衛タイプが最低でも二人は必須。

 二人いれば、片方が戦闘不能になった際のフォローが効く。

 そしてアタッカーとタンクを兼任できるのは、武闘家・気功型のワルターと騎士・攻撃型のユーミル。

 純タンクがトビとリコリスちゃん。

 この中から二人なので……。


「よし、これでいこう」


 編成を終えて、空中パネルの決定ボタンを押下する。

 対象者の足元に光が出て、視界内にネームとHP・MPが表示。

 前衛、トビとワルター。

 後衛がリィズ、ヘルシャ、そして自分という形だ。


「ほほー、これが先輩好みのパーティ(最新版)ですか……はー……なるほどー……」

「えっ?」


 また変なことを言い出したな、シエスタちゃん。

 完全に人をからかう時の顔をしているのだが、この子……。

 これまでの経験で、こうなったシエスタちゃんに対しては素早く的確な鎮火が必要なことを俺は知っている。


「いや、違うから。敵に合わせて最適だと思う通りに組んだだけだから」

「えー。本当ですかぁー?」


 まあ、対応に走っても無駄になることが多いのだが。

 既に飛び火してしまったようで、ユーミルが肩をつかんできた。


「なんだと!? だったらどうして私が入っていない!」

「ほら、本気にするやつが出た……」


『ケルベロス』がいるほうに押さないでくれるか?

 好みで選んでいないって言っただろうが。

 この編成には俺の職の好みも、個々人に対する好みも入っていない。


「し、師匠!? ぼ、ボクが入っていてもいいんですか!?」

「前衛二人は回避力を重視して編成したんだ。ワルターって、トビ並に身軽だろう? ユーミルも反応速度はいいんだけど、装備重量の都合でどうしてもな。リコリスちゃんはもっと重装備だし。重ねて言うが、変な意味はないぞ」

「きょ、恐縮です! 頑張ります!」

「そして、攻め手としてわたくしがどうしても必要と……仕方のない人ですわね!」

「お前……」


 あんなに(にら)んでおいて、いざ選んだらその態度ってのはどういうことだ。

 圧のかけかたが半端じゃなかっただろうが、ヘルシャの場合は。

 そしてワルター、なんでそんなに顔が赤い?

 さっきから俺の言葉、一部分だけみんなに届いていなくないか?

 恨むぞ、シエスタちゃん……。


(たま)にはいいことを言いますね、シエスタさん。私がハインドさんに選ばれるのは当然ですが」

「リィズも割と、自分に都合の悪いことは聞こえない耳をしているよな……」


 リィズにはどのパーティにも入ってもらうことになると思うので、喜んでくれているなら水を差すこともないか……連戦は大変だからな。

 リコリスちゃん、そしてユーミルには俺たちの戦いを参考に回避と防御のイメージを練っていてもらうとして。

 最後、回避の専門家でありキーマンでもあるトビ。

 トビだけは既に『ケルベロス』と何戦かしている。

 経験を活かしてトビが長生きすればするだけ、戦闘が楽になるだろう。


「やはりハインド殿は、拙者を選んだでござるな……ふふふ」

「な、なんだよ? なんで近づいてくる。そのにやけ面はなんだ?」

「ハインド殿……拙者、ハインド殿がどうしてもと言うなら……ぽっ」

「は? うるせえてめえぶっ飛ばすぞ。お前は魔王ちゃんで頭の中を一杯にしておけ」

「照れ隠しでござるか?」


 俺が苦み走った顔を向けると、トビはくねくねと気持ちの悪い動きをしてみせる。

 ただでさえ学校でそういう噂が立ったこともあるので、冗談でもそういうのはやめてほしい。

 ――と、そうそう。


「あの、カームさん。ヒーラー枠、俺と同じ職のカームさんでも問題ないんですけど……」


 蘇生魔法を持っていないシエスタちゃんだとやや厳しいが、カームさんなら交代可能だ。

 しかし、カームさんはゆっくりと頭を振り……。


「いえ。わたくしではハインド様のプレイヤースキルには、到底及びませんので」

「そ、そうですか?」

「はい。後方に控えて、皆様の戦いを次の戦いに活かしたく存じます」


 口調は柔らかいが、頑として譲らない気配を感じる。

 ちなみにカームさんのプレイヤースキル、仕事の片手間にゲームをしている割にはかなりのものである。

 ミスが少ない、判断も早いので、任せてみたい気持ちもあったのだが……そういうことなら仕方ない。

 若干、副音声で「神獣たちと(たわ)れるのに忙しい」という声が聞こえないこともない気がするが。

 カームさんの腕の中では現在、ノクスとマーネが二羽でモコモコしている。


「――準備ができたな? では、行ってくるがいい!」

「やけに偉そうですわね? ユーミルさん」


 腕を組み、半ば追い立てるようにユーミルが言う。

 それを受けてヘルシャが上げた疑問の声に、鼻を鳴らして再度口を開く。


「ふん! 別にパーティメンバーに選ばれなかったから、機嫌が悪くなっているわけではないのだからな! 違うからな! 全然そういうのじゃないからな!」

「もうよせ、ユーミル! 語るに落ちているぞ!」


 ユーミルは選ばれなかったのがよほど悔しかったらしい。

 ごめんな。ユーミルの攻撃力は捨てがたいが、一戦目はどうしても安定を取りたいんだ。

 もうこれ以上、魔族からの評価値を下げたくないし……。


「ふふっ。では、そこで大人しくわたくしの活躍を見ているといいですわ!」

「私たち、ですけれどね。ユーミルさんは、指をくわえて見ていなさい」

「うるさい! 意気投合するないい気になるな! さっさと行け!」


 ヘルシャ、リィズが肩で風を切るようにして待ち受ける『ケルベロス』のほうへと向かう。

 なんだ? 無駄に格好いいぞ、こいつら。

 二人の後ろを俺を含む男性陣三人が慌てて、更にその後ろを観戦組がゆっくりと追いかけた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実はお肉あげたら通れたりするんじゃ? もしくはトビ3人分を供物として。
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