トビとの合流
最初の町では色々あったが、その後は順調に移動・攻略が進んだ。
他はともかくトビのフィールド攻略情報は的確で、魔王ちゃんのいる町――魔王城がある、魔界の首都ともいうべき場所に短時間で近付いていた。
そして遂にトビに追いつき、フレンドリストの表示で現在地になっている町『アプリコ』に到着。
「最初の町より大きいみたいだな。人……もとい、魔族の出入りも多いようだし」
「おー……あれ? なんでしたっけ? 最初の町の名前」
「ビスキュイ、だったかな? 確か。通過するだけだと記憶に残りにくいよね」
「ですねー」
シエスタちゃんとまったり話しつつ、歩を進める。
そのまま町の外観を眺めながら、見張りのいない門をくぐって中に入った。
最初の町に比べて整った外観の建物が多いものの、その割に町を囲う武骨な防壁は相変わらず……といった印象。
そんな町に入った俺たちは、早速異変を察知した。
「なんですの? この町の魔族たち、妙な動きをしていますわね……」
人垣、というほど密集しているものではないのだが。
近くを通る魔族たちの数が不自然に多く、どこか一点を気にしながら歩いているのがわかった。
呟きと共にこちらに視線を寄越すヘルシャに頷きつつ、俺も一言。
「ああ。嫌な予感がするな」
そう応えながら、魔族たちの注目が集まっていると思しき場所へ。
あそこは……TBのどの町・村にも存在する、リスポーン地点を兼ねた待ち合い広場だな。
広場には為政者である魔王ちゃんの像が建っている。
自分の立像好きだな、あの子。
大冥宮でも散々見たぞ……あ、でも建てさせているのが本人とは限らないのか。
それならサマエルの仕業だろうか? 会えたら訊いてみるのもいいかもしれない。
「綺麗に磨かれている様子を見るに、尊敬されてはいるのでしょうか……?」
像を見ながら、サイネリアちゃんが疑問を口にする。
台座周辺は掃除が行き届き、像本体は二つの月の光を鈍く反射させている。
「魔族は強さ至上主義みたいだから、ま――彼女も、見た目の幼さに関係なく尊敬されているんじゃないのかな? 聞けるのが断片的な話ばっかりで、確証は持てないけど」
「あ、そ、そうですよね。びっくりするようなレベルでしたものね……」
小声、かつ魔王とは言わないようにしつつの受け答え。
周囲は喧騒に満ちているが、酒場のマスターの話もあったため念のためだ。
聴覚が鋭い魔族に、要らぬ不審感を持たれても面白くない。
と、それはそれとして。
像を挟んだ広場の反対側、そこまで進んだ俺たちが目にしたものは……。
「――」
トビだった。
それも、デスペナルティを受けて体育座りするトビだった。
何度目のリスポーンなのか、耐久値が減って着ている服はボロボロ。
あの様子だと、おそらく装備を補修するための所持金も底をついている。
トビは放心した様子で虚空を見つめ、それをやや遠巻きに町の魔族たちが――
「お前が原因かぁぁぁっ!!」
――といった状態を確認した瞬間、銀の軌跡を残してユーミルが事態の中心に飛び込んだ。
当然のことながら、その行動でトビは益々耳目を集めることに。
負のスパイラルである。
「……はっ!? え!? な、なに!? ……って、ユーミル殿!?」
「お前が原因だろう!? なあ!? 絶対にそうだろう!」
「なんのことでござるか!?」
「評価値の話だ! その情けない姿……お前のせいで仲間の私たちの評価値まで下がったのだろう!? どうなのだ!? 言ってみろ!」
「い、いや、拙者はなにも……」
ユーミルの声で正気を取り戻したトビが、そこでようやく周囲を見回す。
集まる視線、ひそひそ話に冷たい表情。
原因は、経緯は不明ながらも「何か」に負けてボロボロで座る来訪者の男。
そんな自分の姿と置かれた環境を確認し、トビがユーミルから逃げの体勢を作り始める。
「……していない、とは言えないような? 気がしなくもないような? そんなサムシング? 的な?」
「お前が原因だぁぁぁっ!!」
す、ステータスチェッカーを、その辺でトビを見ていた魔族に……うわ!? 評価値-50!? 他の町以上に低いな!
くれぐれも無理のない範囲で進めって言っておいたのに、トビ……。
「そ、それにしても皆、いつの間に追いついたのでござるか?」
「ああ、つい今しがたな」
「到着してから五分も経っていませんわ」
「そ、そうでござるか……」
「……」
「……」
俺とヘルシャの顔を順番に見た後、全員の顔色を窺ったトビは、そこで完全に己のやらかしを把握したらしい。
特に、トビを信じると言っていたリコリスちゃんが非常に恥ずかしそうな顔をしている。
……トビは座っていた体勢から素早く立ち上がると、その勢いのまま脱兎の如く駆けだした。
「せ、拙者、急用を思い出したでござるっ! これにて御免!」
「逃がさんっ!」
「いやああああ! ――ぐえっ!?」
ボロけていた忍者服の一部をユーミルに掴まれ、トビはあっさりと捕縛された。
脱げた頭巾の下、目から輝く水分的なものが飛び散った。
泣くほどのことか?
「トビ、お前な……逃げてどうすんだ」
「だって……ユーミル殿のキレ顔、超怖いでござるし……」
「それには同意する」
「ハインド!?」
前々から、どうしてリスポーン地点が町の広場に集中しているのか気になっていたが……なるほど。
あまりに情けない姿を連続で晒し続けると、デスペナルティ以外にも付与されるデメリットがあるようだ。
結構長くこのゲームをやっているのに、まだ知らないこともあるものだ。
「それで、なにがどうしてああなった?」
詰問、というほど強い態度には出ていない。
単独先行してもらった苦労を考えると、それも申し訳ないと思ったからだ。
あれ以上魔族たちからの評価値を下げるのは嫌だったので、俺たちは場所を宿屋へと移した。
ただし防具屋が遠かったため、トビの服は未だボロボロのままである。
「……った」
「へ?」
ベッドの上で正座したトビが、小さな声で語り始める。
明瞭に聞き取れなかったため、俺は耳を近づけた。
「我慢、できなかった……」
「……」
今度は聞こえた。
ある意味、予想通りの答えであるが……。
「呆れ」の一言が場を支配する白けた空気の中、続きの言葉を待つ。
「だって、魔王ちゃんはもう目の前なのでござるよ!? 次の町でござるよ、次の町! 残りの未攻略フィールド、たったの一つ! こんなの行くしかないじゃない!? でござろう!」
「やっぱりそんな理由か」
「次のフィールドボス、明らかに一人じゃ倒せないのはわかっていたけれど!」
「わかっていたのかよ」
ここまで話を聞いた辺りで、他のメンバーは次々と部屋を出始めた。
どうやら、街に出て情報収集をしてくるつもりらしい。
「わかっていたけれど! 無謀なアタックを繰り返すこと、およそ十回!」
「時間的に、明らかにデスペナ引きずったまま再戦しているじゃねえか」
「そのことごとくに負け!」
「当たり前だよ」
「それでも! 魔王ちゃんへの愛さえあれば、ステータス差なんて覆せる!」
「幻想だろ」
「はずもなく……」
「知ってた」
しれっと残ろうとしていたシエスタちゃんがサイネリアちゃんに回収されていき、部屋の中には俺とトビだけが残された。
せめて癒しとして、ノクスだけでも置いていってほしかったのだが……。
残念ながらユーミル、ヘルシャを経由してカームさんに抱きかかえられ、連れていかれてしまった。
トビはそれまでの経緯を勢いよく語り終えると、急に広場でしていたような渇いた目をし始めた。
情緒が不安定である。いつものことだが。
「お、おい、トビ……? 大丈夫か……?」
「……トビゎ、走った……でも、もぅつかれちゃった……」
「もっと早く疲れろよ、止まれよ。いらんところで走るな。おかげで魔族の評価値がひでえぞ」
「ハインド殿……」
「あ?」
虚ろな表情を止めると、今度は無垢な子どものように、純粋な感情を湛えた綺麗な目でこちらを見上げてきた。
年下や女子ならともかく同級生の男のそれは、見ているとぶん殴りたくなってくる。
……で、なんだ?
「拙者の魔王ちゃん、ドコ……?」
「やかましいわ!」
本当に手が出そうになったが、かろうじて堪えた。
情報通りなら普通に魔王城にいるだろうし、魔王ちゃんはお前のものではない。
周りが見えなくなるほど夢中になるのも結構だが、トビを先行させたことで得た時間の短縮と、下がった魔族たちの評価値……。
差し引きでプラスだったかどうかは、非常に微妙な線に思えるのだった。